60 まさかの再登場
― タツキ ―
あれから、どれほどの時間が経ったのだろう。
夜明けごろ、よく分からないままに始まった攻防は、昼になっても全く終わりが見えていなかった。
まだ日も昇らぬ時間、背筋を襲った悪寒に目を覚ますと、スマホに電話がかかってきていた。マナーモードにしていたせいで気付かなかったが、既に10回はかけられていたらしい。
相手は勇者――要するに俺な――一行の1人、シャンテ。
『やっと出タ!』
「んあ。何だ、シャンテ。こんな暗い内に――」
そう言って、寝ぼけ眼の俺は大きな欠伸をかく。
しかし、シャンテが放った次の言葉に、俺は欠伸ではなく、大げさなほどに咽てしまった。
『―― 吸血族が、そっちに行ったノ!』
切羽詰った様子から、それはどうやら本当の事らしかった。
シャンテ達の向かった常闇の結界は、吸血族だけが住んでいるわけじゃない。それ以外にも、太陽の下で生活できない種族が大量にいるのだ。
決して罪人という意味ではなく。ただ単純に、種族的に太陽光を苦手としているだけの者達。
常に暗闇と月の光に照らされる、常闇の結界。中でも吸血族が大部分の領地を保有している。シャンテ達は吸血族を調べるために、吸血族以外が住む、いわゆる小さな村的な場所を数日かけて点々と移動していたそうだ。
その途中。不穏な噂を聞いたという。
既に、吸血族に異変が起きているという噂だ。
噂の真偽を確かめるため。また異変とは何であるのかを調べるため。彼女達はいよいよ、吸血族の領域へと足を踏み入れたという。
そこで見たのが―― 理性を失い、暴走した、妙な吸血族達。
幸いにも、彼等が出る事が無いように、常闇の結界とは別の結界が張られていたらしい。だが運悪くその一部が、一時的に壊れてしまったという。
それが、俺が電話に出る1時間前。
空の端に太陽が現れると同時。一部の店舗は開店準備を行っていた早朝。子供達はまだまだ眠っているような時間に。
心臓を激しく揺さぶるような轟音が、空いっぱいに木霊した。
異常事態に目を覚ました王子様達と窓の外を見て、愕然とする。
明かりが不十分な視界の中。
真っ赤な炎と土煙に隠された巨大なクレーターが、街の中に出来ていた。
……それからどうしたのかは覚えていない。
ただ、気が付くと俺は、クレーターを作ったであろう敵へ一直線に走っていた。適当に持って来たらしい数打ち品のナマクラ剣を大量に持ち出して。
後天性の吸血族。それは、太陽光の下で動き続けているから分かった。更に言えば、吸血族になる前が、亜人族であった事も。
瞳を血色に輝かせ、操り人形のように不自然な立ち方をする少女。発達した犬歯を覗かせ、リンゴの如く真っ赤な頬をした少女。その頭には、猫と思われる耳があった。
彼女の手には、いつか博物館で見た、ミイラのような物が抱えられている。
だがあれとは違い、時間の経過を感じさせない何かがあった。
それは瑞々しい光沢のある髪であったり、この街では珍しく真新しいワンピースであったり、使い古されてはいるが大事にされてきた事を窺わせるようなエプロンであったり。
それが誰なのかを、俺は知らない。
しかしそれが、この街の住人であった事は疑いようも無かった。
吸血族の少女の口元。
干からびて茶色くなったそれの首元。
目に痛みが走るほどに、鮮やかな深紅の液体が流れていた。
決して、返り血でした、などというジョークを言える状況じゃない。
俺の目の前で、少女は、垂れてしまった血を人差し指で掬う。
瞬間、少女はうっとりとしたような表情を浮かべ、音を立てて舐め取った。
『 次は お前だ 』
声は無い。音だって無い。
ただ、その視線が俺に向いた途端、言外にそう言われた気がした。
吸血族であれば、致命傷を負っても、超人的な再生力ですぐに復活してしまう。殺す気で戦って、初めて拮抗出来る。いくら勇者の補正があっても、どれほどの時間を保たせられるのかは運次第であった。
俺は未だ追いつかないフレディさん達に、街の人達の避難を要請する。
そして。剣を1本手に取り、干からびたそれを投げ捨てた少女へと向けた。
……。
戦いは、すぐに終わった。
俺の戦闘不能という、最悪の形で。
幾つも持って来た剣、斧、槍等、その全てが瞬く間に破壊され、瓦礫に埋まる。
俺も、剣達も、崩れた家の下敷きになった。
一瞬だった。
どうやってそのような力を出しているのか、と疑いたくなるほど不自然な体勢で。
武器も何も持たず。
ただ―― 一閃。
ゆっくりと空を凪いだだけで、信じられない威力の衝撃波が生まれたのだ。
たったそれだけで、幾つかの骨が折れ、どこかしらの臓器も傷付いたらしい。
俺は目の前にあった岩へと、鮮血を吐いていた。
「……っ、ぁ……」
吹き飛ばされた先に半壊した家屋があり、偶然にもそれがクッションになってくれた。クッションにしては硬いが、それでも、あの衝撃から受け止めてくれたという点では、そう言うべきだろう。
これが硬い岩盤とかだったら……今頃、俺はトマトみたいな潰れ方をしていたに違いない。
身体が痛い以外に、瓦礫の重みもあって、身動き1つ出来なかった。
おまけに、視界が霞んでよく見えない。
「っ!」
ざり、ざりっ。
血の味を噛み締め、かろうじて唾を飲み込む。
全身に激痛が走り、警鐘を鳴らす敵が。
吸血鬼が、近くまで来ている。
不規則な。それでいて確実にこちらへ歩み寄ってくる音。
死、そのものと言える音が、動けない俺の傍まで――
「もしもぉし。聞こえる?」
……。
…………。
………………?
この声は、誰だ?
やけに気の抜けた声が、目の前から聞こえた。
「貴方は、スイトのお友達?」
「……す、スイトを、知っているのか」
「ん。友達?」
「ぁ……ああ」
「そう」
鈴の音のような声が応えると、身体全体にのしかかっていた重みが徐々に消えていく。
魔力の流れからして、魔法で動かしているらしい。
しばらくじっとしていると、やがて視界は回復した。
「……っ、お前は……」
「ん。自己紹介。んと。邪神、の、娘?」
邪神。
その名の通り、邪悪な神。
その娘と名乗る者が、目の前で踊っていた。
厳密には、街をクレーターだらけにした張本人を押さえ込み、かつ俺の目の前に立っていた。
その姿はまるで、踊り子のようである。
光沢のある黒い布を中心とした、ゴスロリ調のドレス。動きやすさを追求した丈の短いドレスは、絶妙な長さでもって、鉄壁のガードを誇っていた。女性の自尊心的な意味でも、男性のロマン的な意味でも。
腰で紐を結ぶタイプのドレスは、身体の線を際立てる程には露出度が高い。にも関わらず、動き回る彼女のあられもない姿は、誰一人として拝めていなかった。
艶のある銀色の髪は結い上げられ、乱れない。
ヒールの高い靴を履いているのに、その立ち振る舞いにあるのは完璧なまでの安定感。
彼女は、何者なのか。
幼さの残る、しかし誰が見ても美少女だと分かる、整った顔立ち。
今にも蕩けてしまいそうな、はたまた転寝でもしてしまいそうな、自ら光っているように錯覚するほど、色の濃い金の瞳。
真っ白な肌は、ふんわりとした赤みを帯びている。
彼女はあれを押さえ込む傍ら、自らを、ミュリエル=アンジェッツと名乗った。
彼女の戦い方は、不思議の一言に尽きる。
短い言葉を発し、それから動く。本人はその場からあまり動いていないのに、敵が自分から彼女に向かっていく。
吸血族にとって、俺が大量に流した血は、さぞかしご馳走に見える事だろう。
しかし吸血族の少女は、猫のような唸り声を上げるだけで、俺には目もくれない。
一体、何故?
「憤怒」
「ギッ! シャアアァァアァア!」
ミュリエルの放つ短い言葉。その言葉通りの状態に、目の前の少女は振り回される。
憤怒であれば、毛を逆立ててミュリエルに飛び込んでいく。怠惰であれば、全身から力を抜き倒れこむ。今のところこの2つしか見ていないが、それでもたった2つの言葉に、少女が振り回されている事に変わりは無かった。
少女の攻撃は、ひっかく、噛み付く、といった、猫にありがちな攻撃方法ばかり。魔法なんかは、理性がないと使えないようだ。
少女はやがて、肩で息をし始める。対して、ミュリエルはその場から動いていないどころか、そのふわふわひらひらした服にすら攻撃がかすっていない。血の1滴、砂埃などは、その漆黒の服には目立つはずなのに、全く付いていなかった。
戦いではない。
一方的な戯れ。
それはさながら、猫とじゃれあう美少女。
踊りにしか見えない動きで魅せるミュリエルは、無表情のまま、少女を翻弄する。
「な、何が起こっているんだ」
「ん。意識誘導?」
「……マジかよ」
無表情で、とんでもない事を言うな、こいつ。
少女は明らかに理性を失っている。だから、精神に作用する魔法は効きやすいのだろう。しかし吸血族は元々、精神異常耐性が高い。これは体質であり、理性がどうのという話ではない。
いつもよりは効きやすい。ただそれだけで、相手の感情を、その視線を、ただ一点に集中させているというのか。
「……ありえない!」
「? 出来ているけど」
『普通』なら、ありえない。
それをやってのける彼女は、何なのか。
そもそも人間なのか。
50メートルは離れているのに、普通の音量で会話できている点から見ても、普通じゃなかった。
いやまあ、これは魔法でどうにかなるのだが。彼女曰く「意識誘導」をしながら別の魔法を使うというのは、これもう3、4人同一人物を用意しないと出来ない芸当だろ!
さっきスイトの名前言っていたし、知り合いなのか?
こんな奴と?
いつ、どうやって知り合った、こんな化け物?!
「シャァア!」
少女は宙へ高く、高く飛び上がり、その鋭い爪をミュリエルへと振り上げた。
見開かれた目の焦点は、真下で佇むミュリエルのみに定められている。インパクトと同時で最大最高の力が集中するようなタイミングで、その爪が振り下ろされる。
もしかすると、既にクレーターだらけになったこの場所が、たった1つのクレーターに纏められてしまうのではないか。
この街全体を巻き込んで。
レベル25の勇者を圧倒するというのは、そういう事なのだ。
勇者補正は決して侮れない。レベル1の時点で、こちらの世界の一般冒険者を上回る能力を保持していたから。
そもそもレベル依存などしていない世界から来た者は、基礎ステータスが高い。そこにレベルによる数値化された能力が加わるのだ。そりゃ強い。
勇者や賢者には、そこへ更に別の恩恵が発生する。
勇者であれば、攻撃力と防御力に関係するステータスに。賢者であれば、魔法攻撃力と魔法防御力に関係するステータスに補正が付く。
俺の防御力は、そうだな。1トントラックが全速力でぶつかってきても、せいぜいかすり傷程度の傷しか付かない。というところか。
元の世界では超人並みである。
その俺の骨を幾つも折るような攻撃。
その最大出力が、どれほどの衝撃になるのか。
俺は思わず目を―― 閉じなかった。
「―― プリズムプリズン」
変わらぬ調子でそう呟くと、吸血少女の手が、表情が、足が、空中でピタリと停止する。
途端、少女を中心にして、空間に亀裂が入った。
亀裂は少女の半径1メートルに広がり、やがて球状の光の珠へと変化した。
そして―― 消える。
「ん。おっけー」
ミュリエルは無表情でありつつ、満足げに頷いて汗を拭う。
汗などかいてもいないだろうに。
とても軽い調子で、俺に向かってブイサインを向けた。
まだ痛みの残る身体に無知を打ち、軽く動かす。
俺は、基本の回復魔法以上の魔法は使えない。攻撃魔法はある程度出来るが、支援となると、全く才能が無いのだ。
だが、その代わりとでも言うように1つのスキルがあった。
この世界に来た時からあったらしいスキル:自己再生。非常にゆっくりとだが、自身の傷やHPを徐々に回復するパッシブスキルである。
致命傷を負った時は速度が上がるが、今回はそうでもない。普通に動ける程度には回復してくれたので、まぁ、動いても大丈夫だろう。
俺は軽く、服に付いた砂を払った。
「で、あいつはどこだ?」
「光の牢獄。異空間」
「それ、魔法か? 時間制限とかはあるのか?」
「魔法、というより、魔呪法術。時間制限、は、無い」
やはりというか、全く疲れた様子の無いミュリエルは、腕を天へと向けて身体を伸ばしていた。服の構造上、脇やら腰やら丸見えである。
うわぁ。これ、角度によっては……ゴクリ。
いやいやいや。無い、無いぞ俺。
俺はハルカさん一筋。俺はハルカさん一筋ぃ!
俺は軽く頬をつねる。そんな事をせずとも、今なら腕を激しく動かすだけで激痛は走るのだが。ともかくも集中しなおせたので、結果オーライである。
「魔女……? 何だそりゃ」
「魔女じゃない。魔呪法術。魔法、魔術、呪術、法術。魔力というエネルギーを扱うための技術を練り合わせた、前人未到の精霊奥義。私が作った」
「マジか?!」
おいスイト!
何て奴と知り合いなんだ?!
魔法以外よく分からん技術の集大成っぽい、謎の超能力持ちじゃん?!
「使用するには、原罪に触れる必要がある。……一度だけ、会った事、ある」
驚く俺に構わず、ミュリエルは話し続けていた。それまで決して崩さなかった表情を崩していたのは見逃してしまったが……まぁ、いい。
それにしても、原罪、ねぇ。
イントネーションが、この間遭遇した嫉妬だとかに似ているような。
どちらにしろ、本来遭遇してはならない類の物なのだろうな。
「貴方も、気を付けるといい」
「何が」
「貴方も、原罪に……触れている。間接的に、だけど」
「はぁ」
嫉妬ならあるぞ。欠片だったし、ちゃんとは触れていないけど。むしろ触れなかったけど。
原罪って事はあれか。嫉妬とか、それ以外に存在する大罪そのものを生み出したやつ。けど、嫉妬の欠片でさえ近付くのが困難だったのに、原罪なんて。
俺が触るのは無理なのでは。
「ん。……『エクタラス』の権能がー……半分くらい染み込んでいる、みたい? 気を付けないと飲み込まれる。今もちょっと、危ない? うん。危険」
「……っ! それって」
ミュリエルの放った言葉に、俺は反射的に、薄手の手袋を着けた左手を睨みつける。
凍ったような冷たい感覚と、指先から徐々に広がる黒いシミ。ミュリエルの言葉に反応するようにじくじくとした僅かな痛みを発している、邪悪な力。
邪悪な聖剣アルシエル。
『前回』触れてしまったそれが、未だに俺を苦しめていた。
俺の身体と心の半分を飲み込んだあれは、スイトのおかげで切り離す事はできた。出来たが――
未だ、その力の半分ほどは、俺の中に残っている。
邪悪な力が徐々に広がった結果が、この右手。根絶できれば良いのだが、その方法は分からない。勇者の使えるスキルに封印はあったが、スキルレベルが低くて使えなかった。
解呪とかも、半端な物は進行を抑えるくらいの効果はあった。だがそれだけだ。根本的な解決にはならなかった。
一度やばくなった事はあったが、その時はサトリのおかげでどうにかなったのだ。
とはいえ。いつまでも、彼に頼っているわけにはいかない。
「ミュリエル、もしかしてこれを――」
「タツキ君! 無事?!」
コレを消す方法はあるのか。
そう尋ねようとした俺の言葉を遮って、ハルカさんが向こうから駆けてきた。隣にはマキナがおり、何処かで合流したらしい。
マキナは運動音痴だし、きっと、彼女に合わせていたから遅くなったのだろう。
ハルカさんは俺を見つけると同時に、信じられないほどの加速を見せた。
「ケガは?!」
「あ、えっと、無いです」
思わず敬語になるほど真剣な眼差しに、俺は安心した。
ハルカさん、やっぱりかわいいな、と。
「むむっ、ミリーがいるなー? どうしたんだぞー?」
「ん。スイト、に、会いに来た。いない?」
「う、うん。残念ながらね。ちょっとトラブルがあって」
ハルカさんが、身振り手振りを交えて事のあらましを伝える。
というか、あれ? ハルカさんもミュリエルと知り合いだったのか?
え、何。賢者側しか知らない感じの人なのか?!
「思考にはまっているところ申し訳無いがなー。僕等は単に、スイト料理愛好会のメンバーなだけだぞー。会ったのも作ったのもつい先日だなー」
へらへらと笑いながら、マキナが教えてくれた。
……。
あぁ、なるほど。
ミュリエル。彼女もまた、スイトの作り出した料理に魅了された信徒、というわけか。
だよなぁ。スイトの作った料理とかスイーツとかは、まるで麻薬の如き中毒性があるのだ。不定期で振舞われる品々に、同学年のみならず教師から近くの病院にまでファンがいたほどである。
そういえば、一度麻薬の可能性を疑われて警察が来たっけ。
逆に魅了されていたような気がする。
むしろ巡回の警部だったかおまわりさんだったか、定期的にスイトの家にわざわざ買いに来ていた気がするぞ?
……考えてみるとあれだな。
スイトの料理、いろんな意味でやばくないか。
「はー。よかった。大したケガはないみたいだね!」
「俺は勇者だからな。身体は頑丈に出来ているし、簡単には死なないって」
ぺたぺたと俺を触っていたハルカさんが、そう結論付ける。一応重傷レベルから、表面的にかすり傷程度までは、一気に治したからな。
後から回復スピードが落ちるからやりたくなかったけど、ハルカさんを心配させたくないので見栄を張っておく。
ハルカさんなら、何でも無い顔で回復魔法を使うからな。俺がどう答えようと、かすり傷程度でもケガを負っていれば使うのだ。
であれば、なるべく心配させない方を選ぶ。
さっきは結構不味い状況になっていたが……ま、あのレベルの化け物が、この先もばんばん出てくるわけが無い。
無いったら無い。
だから、大丈夫。
「そうだ! 大変だよ。この騒ぎで、一部の貴族さんがお城へ避難しようとしたみたいでね」
「敵は吸血族だったし、安全とは言えないだろうが、まぁ妥当だな」
「えっ、吸血族?! そ、そっか。だったらたしかに、安全じゃなかったかも。って、ああ、そうじゃなくてね。その貴族さん達って、いわゆる王様派の人達だったみたいだけど、何かお城に入れてもらえなかったみたいなの」
「はぁ?」
王様派。要するに、贅沢三昧で国民から税を搾り取ろうとしている王様を、陰で操って私腹を肥やそうと企んでいる貴族達。
彼等は王様に媚を売っているわけだから、今回は城に避難させてくれると考えたらしい。
きっと快く城門を開いてくれると。
だが。
「開かなかった、と」
「うん。それでその貴族さん達が怒って、さっきの騒動で避難している人達を煽ったの。あの城を攻め落とせば、金をやるって」
ほら、とハルカさんが見せてくれたのは、この世界共通で使われている通貨。大なり小なりたくさんあるが、いわゆる銀貨や金貨であった。
どれも1枚あれば1ヶ月を暮らすのに事欠かない程度のお金である。
あぁなるほど。クーデターの日取りが決まっているとはいえ、この騒ぎに乗じてお金をばら撒けば。
日々の糧を得るのにも苦労する民達。
既にクーデターの準備を終えた若い男衆。
そして、今は全く必要の無い「その場のノリ」が、民衆を動かしてしまったのだ。
明後日に城門の破壊を担当する事になっている俺は、これが何を意味するのか、分かってしまった。
俺が城門を破壊する。その騒ぎに乗じて、フレディさん達が王様をどうにかする。王様をどうするのかはフレディさんから聞いていないが、まぁ、良い予感は全くしない。
処刑以外の方向で、とは言っていたがな。
そこはいい。そこはいいのだが。
この作戦は、ちょっとばかり大変な欠点がある。
実は、あの城門。
ちょっと調べた限りでは、あまり頑丈ではない。
見た目重視でそもそも頑丈ではないが、調べてみれば全く手入れがされていない事が分かったのだ。
金属には酸化する物がある。見た目を追求するが故に、耐久性に著しく欠ける城門が出来上がってしまったらしい。
つまり、あれを壊すのは、俺や、ましてやナフィカさんでなくても良い。
さすがに子供が壊せるとは言わないが、大勢の民が一気に押し寄せ、総出でぶつかれば。
あらびっくり。拍子抜けにも程がある脆さを発揮するのだ。
あれは、俺達のような「いかにも強そうな武器を持つ者」が、派手に壊してこそ意味がある。
派手さの演出という事なら、俺にも出来るからな。
ただ、それを俺が出来るか分からない上京になっているのだ。大勢の大人が集まっているだろうし。
「クーデター開始を『今から』に変更せざるを得ない状況、って事か?!」
「そういう事だぞー。フレディの姐さんから聞いたが、至急来い、だそうだぞー?」
「それを早く言ってくれ、マキナ!」
俺は周囲を見渡し、城を見据える。そこら中で火の手が上がり、何やらわぁわぁと騒がしい。
あぁ、もう、始まっているようだ!
「よし、行こう!」
「「「おおー!」」」
俺の号令に合わせ、俺達は城へと向かって走り出した。
が。
「おぅふっ」
突如として顔面スライディングを決め込んだマキナ。
走り出そうとしていた俺達は、その体勢のままマキナを凝視する。
マキナの身体は、小刻みに震えていた。
「マキナちゃん?!」
「う、思ったより、早く、副作用が……出た、みたい、だ、ぞー……」
「マキナちゃあぁーん?!」
どうやら、自分で作ったらしい薬品を自分に使っていたようだ。この緊急事態で素早く動くために、一時的な体力増強剤を飲んでいたらしい。
その副作用は、薬の効果が切れると同時に、その間に使用した体力が一気に疲労感となって襲ってくるというもの。
マキナのような運動音痴で体力無し子には、劇薬である。
唐突に超絶グロッキーになったマキナを、ハルカさんが介抱し始める。
うーん、これは。
「……えっとぉ。行って、いいのか?」
「ん。良いと思う」
こっくりと頷くミュリエルに、俺も頷き返す。
すっかり勢いが無くなっていたが、問題無いだろう。
何せ、ハルカさんのおかげで体力も気力も満タンなのだ。
俺は再び、地面を蹴った。
その後、ハルカさんがスマホに何か叫んでいたような気がするけど、無視した。
そういえば、俺のスマホはどこだろう?
……多分、ログさんの部屋だろうな。
外に出る時の記憶が全く無いし、荷物の一部が無いのだ。きっとそうだ。
うぅ。スイトから電話が来ていたらどうしよう。
怒られるかな?
怒られそうだなぁ……。
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