47 決起集会

 事の発端は、俺達が魔族領における三大人族国家:クロヴェイツについての会議中だった。


 タツキが勇者一行である者達を連れてきて、ただでさえ騒がしい連中が増えてしまったところから話すとしようじゃないか。

 ただまあ、同時に幾つか問題が発生したので、1つずつ整理しながらになるのだが……。


「うわぁああ! 触った! 触れた! 握手できたぁー!! もう僕右手洗わないぃー!」


 意外や意外、この大声を出して誰よりも目立っていたのが、何を隠そうマキアであった。


 マキナではない。マキアだ。


 あの、万年影の薄いマキアである。


 そう! あの! 5回中2回くらい、自動ドアが反応してくれない事で有名なマキアである!


 目をギラギラに光らせて、身体中から妙なオーラを噴出させ、それはもう目立っていた。まるでこれまで無かった存在感を一気に放出したかのような目立ちようである。


 何故こんな事になっているかと言えば、やはり勇者一行が関係してくる。


「というわけで、端からどんどん紹介するネ。私はシャンテ=ミロワールだヨ。職業はドールマスターで、つまり人形遣い的なやつかナ? 得意な魔法は炎系。よろしク! じゃ、次はナリだネ」


 腰まで伸びた金髪をなびかせて、エメラルド色の瞳を隣に向ける。そこには、背の低い少女がいた。

 クセの付いた赤髪をツインテールに結った、黒い瞳の少女だ。たしか中等部の子がいるとタツキも言っていたし、この子がそうだろう。


 シャンテに目線を向けられた少女は、見るからに嫌そうに、つり目を細めた。


「は? 何で私が……はぁ。私は―坂上鳴サカガミ ナリ―。言っておきますが、気安く名前呼んだり触ってきたりすんなです!」


 妙に不機嫌そうなナリは、自己紹介を終えるなりさっさと顔を逸らしてしまった。


「えっと、女性繋がりで、次は私の方が良いのでしょうか。私は―入谷絡イリヤ カラミ―。図書委員だったので、少し顔見知りがいる、のかな? 魔術師です」


 次に、黒髪黒目の女性。ああ、たしかに高等部2年生の隠れたアイドルとして有名な人だ。いわゆるメガネ女子というやつで、サラサラの長髪は女子が羨むほど綺麗である。


 人気度ランキングで上位にいるが、ギリギリトップ10に入らない感じである。ただまあ、本人が目立ちたがり屋ではないから、知られていないだかもしれない。

 おっとりしっとり天然系。男女共に好かれる人、らしいぞ。

 メガネの奥に、綺麗な漆黒の垂れ目が光る。


「次は俺だね! 俺は―瀬野琴康セノ コトヤス―っていって、職業は守護戦士! 何か、タツキ君と被っていそうな感じだけど、ま、よろしく!」


 屈託の無い笑みを浮かべたコトヤスさんは、栗色の髪をかきあげた。瞳はこげ茶色で、こちらへウィンクしてみせる。……素でウィンクとかやる人、初めて見たかも。

 鎧なんかは最低限で、金属製の大きな盾を背負っているくらいしか守護戦士っぽい所は無い。リーチ短めの剣を腰に差しており、見るからに近接タイプの戦士だった。


 コトヤスさん、って、たしか数年前の人気度ランキングで上位だった人だったような。


 えっ、って事は、この人大学生?!


 中等部の校舎は高等部の校舎と繋がっている。だからナリが召喚の起こった時に、高等部の校舎にいたのはそれほど不思議ではなかったりする。

 しかし、大学の校舎は高等部校舎と同じ敷地内にあるとはいえ、距離はかなり離れているのだ。わざわざ来ようとしなければ来られない場所にあるのである。


 何でここにいるんだ……。


「俺が最後か。じゃ、えっと。―長谷川冬真ハセガワ フユマ―。18歳。職業は……偶像彗星とか、ってやつらしい。よろしく」


 最後に自己紹介したのは、跳ねた黒髪に、漆黒の瞳、凛々しい顔つきの青年だった。背が高く、細い体型の男性だ。

 レイピアっぽい剣を腰に差し、軍服を彷彿とさせる群青色のコスチュームを着ている。俺の可視化系スキルを限り無く無効にしているのに、キラキラしたオーラが全身から滲み出ていた。


 って、偶像彗星って何だ?


 それに、長谷川って。


「「お兄ちゃん!」」

「兄ちゃんだー!」


 超スピードで突進してきた3つの人影によって、俺の質問は風の中へと消えていった。


 彼等がフユ先輩にアタックした際、何か鈍くて不吉な音がしたような……うん、気のせいだと思う。フユ先輩、はにかみながら3人の頭を撫でているし。


「兄ちゃんもこっち来てたの?! 何で連絡してくれなかったんだよー!」

「というか、お兄ちゃんってばあの時、先に家に帰っていなかったっけ! お仕事があるとか言わなかったよね?!」

「え、えっと、僕、僕は……うぅー、質問が思いつかないよぅ!」


 わーっと群がる3人に、押し倒されそうになるフユ先輩。微笑みを浮かべているが、何だろう、僅かに顔が青ざめているような気がする。


 あっ、もしかして、さっきの嫌な音が聞き間違いじゃなかったとか?


 どこかしら骨が折れていそうで怖いんですけど!


「ナツヤ、俺が連絡出来るって知ったの、ついこの間だから」

「マジでか!」

「はいはい、順番な、順番。ハルカ、ティッシュあるぞ」

「あう、ありがと」

「アキヤ、別に全員質問しなきゃいけないってルールは無いからな」

「あ、言われてみれば」

「ついでだ、他に何か質問・要望があったら受け付けるが、何かあるか?」


 瞳を輝かせて、俺達を流し見るフユ先輩。ふわりと浮かべられた笑顔は、同じ男性でもドキリとさせる、不思議な魅力が込められている。


 長谷川冬真。彼はいわゆる、テレビの向こう側の人間である。


 男女混合アイドルグループ:ムーンドロップのリーダーを務める、今をときめくアイドルだ。唄もダンスもお手の物、更に扱えない楽器は無いというハイスペック。

 芸名はFUYUで、よくフユ先輩とか、フユ様とか、青薔薇の貴公子なんていう異名まで持っている人なのだ。世界中にファンがおり、ハルカさん人気をそのまま世界規模にしたような存在である。


 雑誌ではよく、クールビューティーと書かれていた。だがその実態は、とても気が利くお兄さんだ。


 強いクセのあるメンバーを纏めるお兄ちゃん。

 自然な流れで兄弟達を自身から剥がす所作から、お兄ちゃんは伊達ではないと分かる。


 動作が一々かっこいいし、洗練された動きなのだ。クールとかビューティーとか言われるのは、こういった部分からなのだろう。


「ふ、ふっ。FUYUさんだぁ……っ!」


 フユ先輩のファンが世界中にいる事から分かると思うが、俺達召喚された者達の中にも、彼の熱狂的なファンがいた。

 それがマキアだったのだ。


「えっと、君は?」

「ぼ、僕、マキアですっ。そのっ、えっとっ、あのっ!」

「この世界には色紙が無いようだから、今はとりあえず、握手で良いかな」

「光栄ですっ!!」


 そして冒頭へ……。


「僕としては、FUYUよりHIMAの方が好きだがなー」


 双子の姉であるマキナは、フユ先輩ではないメンバーが好きなようだ。相変わらずの眠そうな瞳を、駅サイト中のマキアに向けていた。


 ムーンドロップのメンバーは4人で、男女共に2名ずつで構成されている。元は別々のグループが、吸収という形で男女混合になったらしい。そこから人気が跳ね上がったため、過去の彼等の事を知る者はかなり少ないのだが。


 HIMAとは15歳の少女である。容姿が特別美しいというわけではなく、どちらかと言うとかわいらしい容姿だ。

 彼女は努力家で知られており、ヌードで見せる筋肉は美しい。

 がんばりやなところが人気の秘密だ。


 ちなみに俺は、彼等ともまた違うメンバーを推している。だがそれを言うと話がややこしくなりそうなので、この話はまた今度にしようか。


「それデ? 私達は、具体的には何をすればいいのかナ?」


 ちょうど、勇者じゃないのに勇者一行を纏めているシャンテが、質問してくれたことだし。


「ああ。シャンテ達には、吸血族達の根城、常闇の結界内に潜入、調査してもらいたい」

「ほウ」

「常闇の結界の中はかなり広くて、小国5つがすっぽり入っているんだ。正直、吸血族以外の種族はあまり調べていないが、彼等にここ最近の吸血族の様子や、被害状況を調べてくれ」


 吸血族本人から情報を集められるわけがないので、その周囲から攻めようという話である。


 常闇の結界は結界と付いているが、実の所内側を夜にする以外の効能は無いからな。吸血族が外に出ようと思えば、簡単に出られるはず。

 しかし結界外に被害が出たのは、城へ被害報告が通達されるおおよそ2週間ほど前。結界内では既に異変が起きている時期なのだ。


 ちなみにこの情報は、記憶があやふやなアムラさんに手伝ってもらって得たもの。これ以上の『前回』の情報は得られないだろう。


「了解だヨ。とにかく集められるだけの情報を集めろって事だよネ!」

「そういう事だ! 頼むぜ、シャンテ!」

「その言葉は、もう少し勇者っぽくなってから言っテ、タツキ」

「ぎゃんっ」


 華奢な身体からは想像もできないような威力で、タツキの脳天にチョップがお見舞いされる。


 ステータス的な補正のおかげで、音の割にダメージはそれほど無いだろう。だが、痛い事に変わりは無いだろうな。ドンマイ。


 とまあ、そんな感じで勇者一行メンバーと共に、クロヴェイツへ出発した。

 手早く準備を済ませた勇者一行に、俺達のビードを貸し出す。彼等なら2時間以内に常闇の結界までいけるだろうし、調査もはかどってくれるはず。あくまで貸し出すだけだから、そんな売られる子羊みたいな目をしないでくれ、コダマ……ッ!


 ……冗談もほどほどに、今は俺達の事を考えた方がいいだろうな。うん。


「冒険者ギルドって、どこも同じような建物なのかな」

「さすがに地方ごとに材質が違うぞ。けど、構造は確かに同じだな」


 転移魔法陣から移動し、俺達は冒険者ギルドの受付にいた。


 召喚の儀を行った神殿には無かったが、本来、転移魔法陣は管理しているギルドに許可申請を出す必要がある。不正が行われないように、双方のギルドで使用許可と使用報告を行わなければならないのだ。

 犬耳の亜人さんが受付嬢をしており、対応も丁寧で、スムーズに申請が通ってくれた。


 今は受付近くのフリースペースにいる。ここは普段、冒険者達が依頼について確認したり、ギルドの職員がビギナー冒険者にギルドの説明をしたりする時に使われる。木で出来た背の高いテーブルが置かれ、イスはない。


 イメージとしては立ち食いレストラン的な空間だな。まあ、料理なんて出てこないけど。


「じゃあ、早速だが」

「宿を取る?」

「それもそうだが、それはルディとハルカさんに任せる。タツキは、俺と一緒に酒場へ来てくれ」

「おう、良いぜ! けど、何で酒場?」

「情報収集は酒場でって、相場が決まってんだよ」


 酒場は何も、酒飲みだけが来る場所じゃない。小さな町や村の酒場なら酒飲みくらいしか利用しないかもしれないが、大きな街の酒場には、それはもう色々な人が来るのだ。


 冒険者は俺達のような未成年の若者もいて、熟練の冒険者に連れられて来ている奴はいる。酒豪で知られるドワーフはもちろん、酒ではなくつまみ目当ての客だって少なくない。

 酒に酔った人なら、普通は話さないような情報をポンと手渡してくれる事もある。


 そういった所に行くなら、そうだな……。


「マキア、一緒に来るか?」

「……えっ、僕?」


 まさか呼ばれるとは考えていなかったのだろう。

 マキアは俺と目線が合ってからしばらく、目をぱちくりさせていた。

 だが、俺に誘われた事を噛み砕き、理解したところで、その瞳が少しずつ煌きだす。


 セルク救出の時は、戦闘経験が少ないとか何とか言ってメンバーから除外していたマキア。しかし今回、俺はマキアも戦力になると考えて、連れてきておいたのだ。

 もっとも、それは裏方的な戦力なのだが。


「いいか、影が薄いっていうのはある種強みだ。こう、重要そうな話をしている所へぬるっと入って言ってだな、盗み聞きよろしく情報収集をしてもらいたい」

「えっ、つまり、いつもどおりにやれって事?」

「いつもがどんな感じなのか分からんが、それで」


 グッドサインを出せば、マキアは快諾してくれた。


 それにしても、いつもどおりとはどういう事か。ぬるっと会話に入るの、マキアにとっては『いつも』の事なのか?


「面白そうだねー。僕も入れて」

「ああ、いいけど……って、は?」


 マキアの謎について唸っていると、横からテレクが現れた!


「お前、何か用があるって言っていなかったか?」

「あるけど、ついでに良い情報収集場所を教えようと思って」


 驚愕を顔に出すまいと堪えていたが、どうやら表情に出てしまったらしい。俺の様子を見て、満足そうにケタケタとテレクは笑う。


 笑うついでに取り出したメモ用紙を俺に手渡すと、そのままギルドの外へと出てしまった。

 何だったんだ……?


 メモ用紙には住所が書かれているので、この場所に行けという事なのだろうが。


 あいつは来ないという事なのだろうか。

 まあ、それはいい。問題なのは、彼女の方だろう。


「わあぁ、ここがっ、ここが冒険者ギルドですかっ!」


 おそろしく興奮している、フード姿の小さな影。黒い長袖のフードに、白いホットパンツ、同じく白いニーハイソックスに黒のブーツで露出を抑えた、ある意味怪しい子だ。

 もっとも、そんな事を面と向かって言えば、言った側がどんな目に合うか……。


「それで、ここでは主にどのような事をするのでしょうかっ」

「そうだなぁ。街の住民から依頼を受けて、それをギルドに入会しているクランさんに紹介する、とか?」

「そうなのですか!」

「後は、その依頼を達成した際に報酬を渡したり、冒険者の訓練を行ったり、まあ色々だ。街の便利屋を、ちょっとばかし発展させたような場所さ」


 依頼には相応の報酬を用意しなければならない。なので本当の意味で、何でもやるわけじゃない。そういうボランティアは、危険が付きまとわない依頼くらいしか受けてもらえないだろう。

 冒険者の多くは武闘派だし、多少危険が付きまとうのは当然。モンスター退治、屋根の補修、希少な素材の収集等々、結果的にその依頼の種類が数多くなっているだけだ。


 それにしても、冒険者ギルドの事は子供でも知っている常識。それを知らないとはね。



 ―― 魔王フィオルは、世情は知っていても常識を知らないらしい。



 仕事に忙殺されていた彼女を連れ出したのは、つい昨日の事だ。召喚の儀の報告も兼ねて、フィオルの顔でも見てやろうと、俺は城の執務室へ向かった。

 しかし待っていたのは、書類と黒インクの雪崩だったのだ。


 大きな扉をゆっくり開いたにも関わらず、その奥で積み上げられていた書類がほぼ全て倒れてしまったのだ。それによって押し潰されたのである。

 何とか抜け出した後、俺を殺しかけた書類を調べたら、あらびっくり。何と、内容の重複した書類が大量に混ざっていたのだ。


 俺がぐちゃぐちゃにしてしまったからこそ判明した事だ。魔法によってただただ書類に判子を押すだけのフィオルには、気付けなかった。

 まあそんな事もあって、実際に一日に処理しなければならない書類はかなり少なくなった。数日溜めてもすぐ処理できるような量になったので、空いた時間を有効活用したいと俺達に相談してきたのである。


 その活用方法が、ここであった。


 簡単に言えば、初めての外出の結果が、ここにいるフィオルの様子である。


 そんな彼女は、最低限の常識や王族としての作法は完璧、魔族領各地の政情を全て把握している。しかし城の外では普通、という事はほとんど知らないのだ。


 たとえば、庶民が一般的に使う硬貨が石貨や鉄貨という事を知らない。

 たとえば、各地を旅する冒険者をただの村人と間違える。


 常にハルカさんが付いているから、大丈夫だと思いたい。が、うーん。ハルカさんって常識人で嘘を付く人では無いのに、不安感が消えないのは何故だ?


「ハルカさん、くれぐれも頼むぞ」

「うん、大丈夫! タツキ君も、行ってらっしゃい」

「がんばってくださいねー」


 一応ルディも、ハルカさん達と一緒に行動する。変な事を覚えないよう、見張っておいてくれ。そう念じながらルディを一瞥すると、彼はふんわり笑って頷いた。


 ルディもまたフードを被っている。魔族もそうだが、人族にも白髪の子供はめったにいないのだ。ルディもフィオルも、あの城の外では目立ちまくる存在なのである。


 どうやらホワイト種の魔族は、魔法、物理関係なく髪を染められないらしい。何がどうなっているのか、染めても染めても、染めた傍から色が消えてしまう。そのため、彼等が目立つ髪色を隠すためには、フードを被るくらいしか方法がないのだ。


 かつらを被るという選択肢が無いわけではない。だが、今回に限っては時間が足りなくて用意できなかったと言っておこう。

 決して、面倒くさかったわけではない。イユに頼んでも、決して1日で出来てしまったりしないのだ。


 ……出来ないよな?


 と、ともかく。場所は酒場へと移る。

 今日だけで複数箇所の酒場へ行く事になると思うし、サクサクやっていこう。


「それでぇ、具体的にどんな情報を集めれば良いわけ?」


 当然のように横にいたテレクは、この際無視しようと思う。


「ひっどいなー。ここの情報を教えたの、僕だよ? もうちょっと褒めてほしい!」

「ここには酒も置いてあるだろうけど、テレクからはアルコールが一切感じられないな」

「何で分かるの?!」


 ここで「ハッタリだった」なんて言えば、怒るだろうか。怒るだろうな。冗談混じりで。


 こんな酒臭い所で、頬を赤くしていれば。普通は酔っていると勘違いしてもおかしくない。確信を持って言ったわけではないのだ。


 俺はテレクを再び無視し、手書きのメニュー表を手に取った。

 店内は明るく、天井がやけに高い。ウェイトレスが忙しなく人混みを突っ切っていき、バーというよりも居酒屋と言った方がしっくり来るような、温かい雰囲気の店だ。


 客入りは上々。広い店内の中央にある厨房のような部屋から、ジョッキやら料理やらを大量に運ぶウェイトレスが出入りしていた。彼女達は満員御礼の店の隅々まで料理を運び、あるいはいつの間にか店の外まで続いていた行列に水をサービスしている。


 うん、雰囲気の良い店だ。テレクのチョイスは間違い無い。


「ところで、何でここを選んだんだ? 1つの席に同時に座れるのは、4人までじゃないか。相席出来た奴から情報をもらおうと思っていたのに」

「そんな事だろうと思ったよ。最初のお店だし、大事に行きたいよねー。けど、僕のチョイスに、間違いは無い。これは僕自身が自慢できる数少ない特技さ」

「それって、どういう――」


 ニヤリと笑って、既に頼んでいたらしいジョッキを勧めてくるテレク。おかげで言葉が遮られてしまったが、ニヤニヤと笑うだけで謝罪は無かった。

 無視した仕返しなのかね?


 まあ、ジョッキの中身はレモンソーダで、アルコールは入っていないようだし。酒を飲ませて酔わせたいわけではないようだな。

 一体何のつもりなのかと、俺はレモンソーダを口に含む。


 うん。普通にレモンのソーダだ。シュワシュワと弾ける感覚と、後に残る爽快感がたまらない。

 うーん? 普通に美味しいけど、何か怪しいものでも入っているのか? テレクは変わらずニヤニヤ笑っているし。何が何だか。


 と、俺が思考にはまったのとほぼ同時。



「―― アルモント!」



 騒がしい店内に、女性の声が響いた。

 その瞬間、騒がしかった店内はあっという間に静まり、静寂が訪れる。


 店内中央にある、厨房と思われる立方体の部屋の上。そこに件の女性はいた。


 日焼けした肌。ウェーブのかかるくすんだ金髪。赤茶色の軍服を、へそ周りの出る思い切ったデザインで着こなし、風の無い室内でその長い髪をなびかせる、女性。

 丸みを帯びた魅惑的な唇には、綺麗な桜色のグロスが乗せられている。

 瞳はまるで、深海のような深い藍色。


 彼女から放たれた女性にしては低い声が、場を支配していた。


「―― アルモント?」


 女性は力強く放った先程の声音とは違い、色気をたっぷり含ませた声で尋ねる。


 何が起こっているのか分からない俺達は、一瞬だけ、戸惑いそうになってしまった。

 戸惑うのは、ダメだ。そう俺の本能が告げる。


 だが、どうすれば良い? そもそも何をすればいいのかも分からない。他の連中を見てから動いたのでは遅いだろうし。


『スイト、タツキ、それと……マキア。今から言う言葉を、周りに合わせて叫んで』

「っ」


 突如として脳に直接響いた、テレクの声。こいつ、完全にマキアの事を忘れかけていただろ。


 いや、今はそれどころではないか。俺はタツキ、マキアに目配せすると、レモンソーダの入ったグラスを掲げる。

 その一瞬後だった。



「「「 ブローデルガ!!! 」」」



 それは、会場全体が揺れるような錯覚を起こすほどの、大きな声と化した。

 脳が揺れる。鼓膜が破れそうになる轟音だ。

 周囲が、店内にいる人という人が、一斉に叫んでいた。


 これは一種の合言葉だったのだ。スキル:言語理解で、俺達の知っている言語に変換差無かったのはそのせいである。


 本当に意味が無いのかはこの際横に置いておこう。

 声が静まり、女性は360度全てを見回してから―― 口を開く。


「今日はよく集まってくれた。正直、この店を埋め尽くすほど集まってくれるとは思わなかったよ」


 女性がにぃ、と笑えば、そこかしこから「そりゃ無いぜ姐さん!」とか「当然だぜ姉貴ぃ!」と聞こえてくる。全て野太い声だった。


「集まってもらった理由は、他でもない。―― クーデターさ」


 再び屋内が揺れる。

 気分はライブの場内だな。ほら、超人気なアイドルの一挙一動に合わせて、方々から喜色に染まった声が投げかけられるやつ。


「アタシらはこれまで、よく我慢したはずだ。我慢して、我慢して、時には歯向かって……今が変わる事を願っていた。だが状況は悪くなる一方! そうだろ!」

「「「オォ!」」」


「アタシら庶民の暮らしは、困窮を極めている! 女王サマがいくらこちらへ食料を横流ししてくれても、アタシらの生活は貧しくなる一方。聞けば先日、食料の件がバレて、女王サマが周りの腐れ貴族共から非難されているって言うじゃないか! 許せるか? 許せないだろうオマエら!」

「「「オォ!!」」」


「女王サマは『自分だけで充分』だと言った。けどね、アタシらが加われば、女王サマの勢力は十二分になるはずさ。そうだろう!」

「「「オォ!!!」」」


「あのアホでバカな王サマは、あのスラムで何て言った? 『パンが無いなら菓子を食え』だとよ! アタシはそう聞こえたね。オマエらもそうだろうさ!」

「「「オォ!!!!」」」


「危険なモンスターの肉を食うのはやめだ! 王宮に乗り込み、女王サマを救い出し、あんの憎ったらしい王サマからたんまりと高級な肉を掻っ攫おうじゃないか!」

「「「オォオオォォオオ!!!!!」」」


 腕を振り上げて叫ぶと、その場にいる全員の咆哮が混ざり合い、響く。方々でジョッキグラスを打ち合う音が鳴り、やがて咆哮は喧騒へと変わっていった。

 女性はいつの間にか姿を消している。厨房と思われる部屋に降りたのかもしれないな。


 それにしても、先程の演説。かの有名な、フランス革命でよく聞いた言葉があったな。こっちでもそういう事があるのか。


 モンスターは次から次へと沸くので、肉は安価である。いくら狩ってもすぐに繁殖するからな。希少種になればなるほど肉質も良くなる傾向があるので、貧しい家庭の奥様方にはありがたい食料である。


 だからといって、全てのモンスター肉が美味しいわけじゃない。

 特によく獲れるモンスターの肉は、成熟具合にバラつきが生まれやすい。野生だから仕方無いとは言え、大量に獲れる上に不味い肉となれば、畑の肥料にするくらいしか出来ない。


 だが、簡単に肥料になるなら苦労は無い。

 そもそもモンスターは危険だ。たくさん獲れるとはいえ、それは冒険者のような戦いなれた者達が、クエストなどで狩り、売られた肉が店頭に並んでいるのである。


 それを買うのだから、当然、お金が必要となる。

 そしてお金は、この国では大多数を占める農民であれば、農作物がもたらす。


 聞けば、一部の王侯貴族が権力にモノを言わせて、食料を安く買い叩いているのだとか。時間をかけて、手間隙を惜しまず育てた穀物、野菜、畜産物が、不当な値段で売れてしまうのである。


 これでは、安い肉を買う資金さえ無くなってしまう。

 加えて、元々手に入るはずだった自分達の食料さえも奪われているのだ。畑や牧場の広さに対し、食料自給率が著しく低い。という事が、この国で起こっているようだな。


 植物を成長させる魔法は存在するが、みんながみんな使えるわけじゃない。使えたとして、加減を間違えれば枯らしてしまうから、迂闊に練習も出来ない。

 結果、植物、特に米や麦などの穀物類が手に入らず、不味い肉と僅かな野草だけで、日々を過ごさなければならないのだ。


 むしろ、肉だけの日が続く事も常となっているかも。


 人が動くためのエネルギーは、その大半が糖質だ。お菓子はここでは高級品のようなので、パンや米などの炭水化物から取らなければならないだろう。


 それが無い。


 たんぱく質は肉から摂れるし、魔物の肉は特に多く含んでいる。だから心配しなくても良い、と思うかもしれない。だが、不味い肉というか、きちんと処理のされていない肉は普通に危ないだろう。


 四の五の言っていられないだろうから食べるだろうが、そこから食中毒になる奴も出てくるだろうな。


 更にはそれで医者にかかろうと思っても、医者が病気を治せるのかが運次第であり、薬というのは総じて値段が高い。

 そうすればどうなるか。


 生活が貧しすぎる国民が、未だに贅沢三昧を遂行している貴族を、恨む。


 恨みの果てに、国民は王侯貴族へと牙を剥く。


 もっとも、女王の味方になると言っているから、女王様には恨みを抱いていないようだが。困窮はしているが、冷静なところが残っているのは幸いである。

 女性が言っていたとおり、この国の女王が国民の食料を何とか工面していたのが功を奏したらしい。そのおかげでこれまでクーデターは起こっていないし、その辺は前に聞いていた情報と一致しているな。


 ただ、俺達が思っていたよりも、状況はかなり悪化しているらしい。


 喧騒が鳴り止まない中、周囲は杯を酌み交わす。中身はビールであったりワインであったりするようで、俺達のような未成年でなければ、全員が酒を勢い良く飲み干ししていく。


 水は魔法で出せるからか無料だ。だが、酒はその材料が植物由来のものも多いし、高いはず。それを飲み交わしている時点で、事態は山場へと差し掛かっているのだと窺える。

 この店にあった酒類の在庫を大盤振る舞いしているのだ。それを察すれば、ここにいる者達が決死の思いである事も察すれるのだから。


「さあ、行こうか諸君」


 テレクの含み笑いに、俺達は溜め息を吐くしかなかった。


 酔った奴から情報を集めようとしていたのに、気が付けばテレクの怪しい企みに参加せざるを得なくなっているのだから。


 相席上等、入れない人が行列を作るほど混んでいる会場に、女性の店員が「あっ、こちらへどうぞー」なんて軽い調子で案内してくれた時点で、怪しむべきだった。

 だが、全ては後の祭りである。


 俺達は怪しみながらも、ご機嫌なテレクに付いて行くしかなかったのである。

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