39 妖精の宿屋事変

「で、来てみたものの……」

「ここ、ですよね。地図はここにマークがついていますし。師匠、そうですよね?」


 セルクは眉を寄せ、首をひねって、何度も俺に確認を取ってくる。

 この反応は仕方無いと思う。俺だって同じような表情になってしまっているだろうし。


 あの案内所のお姉さんに勧められた宿だが、どういうわけか真っ黒焦げになっていたのだ。1階の一部は崩れていて、応急処置的に布がかけられているほど悲惨である。


「うわぁ、黒いね。相当な火力だったっぽいよ。あ、ほら。火に強い木材だもん」


 宿屋近くに散乱する、宿屋の壁だったであろう破片を手にハルカさんは驚いていた。

 木造で3階建ての宿屋だ。一般家庭を3つほど合わせた、中規模の大きさだな。焼けていない部分を見ると、汚れているが真新しい。新築だったようだ。


 この世界の建造物は木造が主流だ。この世界の木材は雨、風、炎にめっぽう強く、頑丈である。そのため鉄筋コンクリートやレンガなどの石造はマイナーである。外観を良くする為に、外側に石を貼り付けているという事が多いのだ。


 この宿屋も、その燃え難い木を使って作られていたらしい。だが、ここまで黒焦げになってしまっているとは、何をされたのだろうか。


 俺達が入るのを躊躇っていると、カラン、と、音がする。ドアの上部に付けられた、鹿をモチーフにしたらしいチャイムが鳴って、中から子供が出てきたのだ。

 おそらく少年だろう子供は、盛大に大きな溜め息をつく。所々煤で汚れてしまっている事から察するに、片付けをしている最中なのだろう。

 とても、疲れている様子だった。


「あのぅ」

「……えっ。あ、はい。何でしょうか」

「ここ、宿屋ですよね。何があったのでしょうか」


 代表して、ルディがその子に訊ねる。まあもっとも、年上かもしれないが。

 あの子もまた、エルファリンだった。動きやすいようにと緑色のジャージを思わせる服装を着ている少年は、その耳がテテニィと同じくとても長い。


 少年は俺達が彼の溜め息を見ていた事にようやく気付いて、顔を真っ赤にした。尖った耳の先まで真っ赤だ。茹蛸みたい。


 ……たこ焼き食べたいな。


「し、失礼しましたっ! お、お客様、ですよね……?」

「ええ、案内所の方にお教えいただいたので」


 ルディはにっこりと笑みを崩さずに会話を続ける。


 ちなみに、目線は少年と同じくらいにするため、しゃがんでいるが。


「え、えっ。案内所の方にはこちらに寄越さないようにと伝えたのですが。うぅ、申し訳ありません。ただいま当宿をお使いする事はオススメできないのです。別の宿をご紹介しますので、そちらへどうぞ」


 申し訳ありません、と何度も頭を下げる少年は、本当に申し訳無さそうな表情でこちらをうかがう。


 まあ、この黒こげ状態じゃあ、案内所で言っていた安心安全とはかけ離れているからな。ここは素直に、別の宿を紹介してもらうのも手だ。

 だが……ちょっと気になる事がある。


「なあ、これ、自然発火じゃないよな」

「えっ……」


 少年は驚愕に染めた顔を強張らせる。ふむ、図星か。


「この木材はそもそも燃え難いから、自然発火はありえない。いくら空気が乾燥していても、たとえ魔法的要因があってもだ。だが、それが燃えて、崩れるに至っているなんていうのは、魔法的要因に加えて人為的な……悪意ある行為でしかありえない。だろ」

「あー、確かに。誰かが燃やしたいと思って、強い意思でもってやらないとこうはならない。ボヤ程度じゃ燃えないなら、酔ったせいで悪戯を、なんて事も、無いよなぁ」


 酔っていると、少なからず正常な判断がしづらくなる。それは魔法を使うために必要なイメージ力を損なうので、炎に強い木材を燃やすなんて事も出来ないはず。


 タツキの言っている事はもっともだ。

 ならば、やはり人為的に、それも悪意ある者達によってされた事なのだろう。


 この地域が観光地だと言うなら、客の取り合いによる宿屋同士の妨害工作だろうな。まあ、宿屋がやるにしては些か規模が大きいから、おそらくは粗暴な冒険者が関わっているだろうが。


「え、えっと」

「ふぅん。見たところ、崩れている部屋はあるが、奥の方は大丈夫そうだな。部屋の方も、多少荒らされている程度じゃないか?」

「そ、そうです……って、何で分かるのですか?!」

「単純に、窓の奥は無事っぽいから」


 ガラス製の窓の奥は、かなりぐちゃぐちゃになっている程度で、壁自体は綺麗だった。外側だけがこんがり焼かれてしまったようだ。

 この木材は、熱を加えるととても甘い香りを放つ。ちょっと美味しそう。


 って、俺、お腹減ってんのかな。さっきから食べ物が脳裏にちらついているのだが。


「片付け、よければ手伝おうか?」

「えっ! そ、それは正直助かりますが、お手を煩わすわけには」

「もちろん、打算があっての事さ。片付けを手伝う代わりに、宿代を安くしてもらえないかな」

「そ、それはもちろん! ですが、よろしいのですか?」


 困惑しながらも、希望のこもった瞳をこちらに向ける少年。

 ま、今から案内所を探して、わざわざ他の宿を探すのが面倒と言うのもあるが……。


 正直、最近家事をする事が無くて、退屈していたからな。


「よし、交渉成立だな。というわけで、ルディ?」

「はい、お任せください」


 ルディは既に、もぞもぞとポシェットの中身を漁っている。異次元ポシェットの中身は常に整理されているが、取り出すには少々量が多いのだ。

 大量の木材に、工具、その他諸々。うん、大きい上に多い。


「あ、ところで、あんたの名前は? 俺はスイト。人族の16歳だ」

「― トフェサ=サッペルツ ―です。エルファリンの、14歳です」

「テテニィと同じか」

「テテニィですか? あぁ、彼女に紹介されて、は、無いですよね。うぅ、何でこんな手違いが……助かったけども」


 たしかにテテニィではないな。九分九厘、あのお姉さんのせいだろう。今思えば、宿の空き状態を把握するような事をしていなかったし、多分こういう状態になっている事は分かっていたようだ。


 で、俺達が「こう」する事も、分かっていたのかもしれないな。

 やってやろうじゃないか。


 元の外観は知らないが、元の宿よりも立派にしてやろうじゃないか!


「ね、スイト君のテンション高くない?」

「あれは相当腹が減ってんな。勢いの半分くらいはヤケクソで、もう半分は本心だ」

「テンション高くても、ポーカーフェイスだね……」

「そうか? 分かりやすいと思うけどなー」


 後ろで何か話しているようだが、俺は聞かなかった。うん。


 さてと。

 外装をある程度修復するために、ルディは外に残った。それ以外は全員、グチャグチャになった屋内へと入る。中は焦げている部分が少なく、外からでも崩れていると分かる部分だけだった。


 金色の髪を後ろで束ねるトフェサは、先程まで宿の名物だという風呂や厨房を重点的に片付けていたそうで、ロビーや受付、客室なんかは全く手を付けていなかった。


 何せ、1人だったので。


「事件は昨夜に起きました。僕達エルファリンは、熟睡するとちょっとやそっとじゃ起きなくて。だから、宿が燃えていてもすぐには気付かなくって。

 僕以外にも、宿の従業員は3人います。全員幼馴染で、仲はいいのですが……。2人は昨日から今日にかけて、仕入れに行っているのです。あとの1人は、案内所に今の状況を知らせるために奔走しているのですが……まあ、ちょっと、天然な所のある子なので、まだ戻ってきていません」


 幼馴染という事は、全員エルファリンである可能性が高いな。

 普段森に住んでいるエルファリンが、こんな観光地にいるのには何か理由があるだろう。聞くのはマナー違反だから聞かないけど。


「僕は接客担当です。この宿は、良い温泉と良いサービスを売りにしていました」

「温泉かぁ。入れるなら入りたいよねー」

「先程ある程度は綺麗にしましたし、横にちょっとだけ資材が置かれている事を気にしないのであれば、すぐにでも用意できます!」

「あ、やったぁ♪」


 ハルカさんが手を叩いて喜んだ。うん、女性にとって、お風呂は大切だもんな。

 それはともかく、被害状況を確認しようか。


 温泉は異物を投げ込まれただけで、使えるとの事。ただし、桶や男女風呂を分けるための柵も破壊されてしまったらしい。湯を張って入る前に、柵くらいは直しておかなければなるまい。

 厨房は冷蔵庫が破壊されていた。食材を保存するための空間は奇跡的に無事だったが、開閉の際にちょっとしたコツが要るな、こりゃ。


 ロビーにあった4つのソファは、どれもが3つか4つに分かれている。


 客室はベッド、テーブル、1人掛けソファ、ランプなどなど、あらゆる物が壊されていた。屋内で言えば最も被害を受けていると言っても過言ではない。

 聞けば、ここに来た冒険者達が犯人だと言うので、手近な客室を重点的にやったのだろうな。

 逆に、従業員用の寝室は完全に無事だった。さすがに従業員を起こすようなマネはしなかったらしいな。それと、この魔力の残り方は……。


「防音結界、だな」

「だろうな。さすがに、放火騒ぎでかなり長い間起きないなんて、よっぽどだ。多分、犯人が逃げる時結界を切って、それで騒ぎに気付いたんだろう」


 俺よりも魔力の痕跡を辿るのが得意なタツキが言うのだ。間違いなく、そうなのだろう。中が燃える事はほとんど無いと考えたのか、外の騒ぎに気付き難くしたのか。


 だが、炎に強い木材と言っても、木である。元々の本質は燃えやすい。実の所、炎に強い木材というのは魔力を多く含んだものの事を言う。長い時間炎に当てられると、甘い香りを放つ以外に木の内部にある魔力が消費され、魔力の無い、燃えやすい木へと変わってしまうのだ。


 その性質を知ってか知らずか、知らないとしても、これは立派な営業妨害及び殺人未遂となる。

 ま、こっちの世界にその法律が適用されるのかは謎だが。


 ああ、規律の神アスタロットのおかげで、その辺りは俺達の世界と同じかもしれない。驚くほど俺達の元いた世界に似通った規律を提唱しているからな、あの神様は。


「事件の事は警察にも伝わっているだろうが、個人的に調べておくか」

「その前に、片付けだ」

「了解! で、俺は何をすれば良い?!」

「まだ使える物と、使えない物で分けるのは当然として。一番酷い客室は俺がやるから、ロビーを頼むよ。今日だけで終わるとは到底思えないし、ゴミかどうかを分けるだけにしておこう」

「オッケー! というか、イユを呼んだ方が良くないか? これ」


 汚れを落とせばまだまだ使えそうなシーツやカーテンが多すぎる。こういうのは直すのが一番なのだが、それが最も上手いイユは今いない。


 イユはいつの間にか、裁縫士という職業を手に入れていた。自分で作る物の品質が向上するという、職業ならではの補正が付くようになったらしい。時々嬉しくて変な踊りを踊っていた。


 ちなみに、変な踊りは俺の記憶の中だけに封印するつもりだ。


「念話で打診はしておいた」

「おぉ」

「早くても明日以降だとは思うが」


 さすがに、授業を放り出してまで今すぐ駆けつけるとは考え難い。日帰りでやってくる可能性は否めないが、イユの作品には熱狂的な段が大勢いる。すぐには動けないだろう。


 動けないはず。


 今から1人増えても困るだろうし。

 うん。


「何で、来ちゃうかな……」

「えへ」


 うん。隣にな、ちっちゃい影があったからな。何と無くそうじゃないかなー、とは考えたさ。

 けど、本当に来るとは驚いた。


「……話は?」

「聞いた。大丈夫。出来る」


 イユは『普通の声量で』快く承諾すると、目に見える布地を掻き集めていく。

 俺とハルカさんからのプレゼントという事で、ミールさんの再生が終わった後、もう一度動作確認も含めてイユに生体再生を施したのだ。


 イユの小声はケガによるものなので、これで治せるのである。

 もっとも、話し方は変化しないが。


「スイト。場所」

「この部屋を一旦片付けるから、それまで待ってくれ。……すぐに来るとは思わなかったから、ゆっくりやっていたんだ」

「うん」


 まさか、念話で「来てくれると嬉しい」くらいのニュアンスで話した僅か10分後に来る。なんて、誰も思わないだろうよ。


 というわけで、俺は早急に今いた客室を片付ける。具体的には、収納鞄に色んな物を放り込んでいくだけだ。異次元ポシェットよりも容量は小さいが、この程度ならするする入っていく。

 ルディのお古なので、遠慮無く使わせてもらおう。容量は小さくとも、中に入れた物の時間経過を無くす事が出来るという便利機能付きだ。超便利。


 がらんとした空間を風魔法でさっと埃やら塵やらを纏めて、と。

 よし、綺麗になった。さすがに穴の空いた壁とか、床に開けられた穴とか、天井に開けられた穴とかはまだどうしようもないけど。


「というわけで、頼んだ」

「うん」


 客室は全部で8つ。スタッフの人数に対して意外と多い。空間拡張で作り出しているらしいな。外観より内装が広い事はこの世界の一般家庭から王城まで一般常識なので、驚かない。


 驚かないが、この6部屋全部が同じような状況なのかと考えると、憂鬱だな。


「じゃ、やりますか!」


 俺は、鞄にしまってあった真っ白な布巾とエプロンを取り出すと、着込む。布巾は頭にかぶせて、給食の時によくやった頭巾を作って、と。


 掃除開始だー!


「……良い顔だね」

「ああ、良い顔だ」


 僅かに開けられた扉の向こうから、そんなハルカさんとタツキの声が聞こえた気がした。

 気のせいだな! うん!



「大丈夫だったかー?!」

「ケガは?! メチャクチャ汚れているけど、ケガはある?!」

「「あわわわわ……」」


 空が闇色に染まりきるかきらないかといった頃、外に出ていた者達が戻ってきていた。

 案内所に出向いていたらしい少女は、彼等よりも早く帰ってきている。この街ではない場所へ何かしらの仕入れに出かけていたという者達は、その2人を帰ってくるなり抱きしめていた。


 背丈は全く同じなので、事態の重さに対してちょっと、和む。


「はぁ、満足だわ。ケガが無くてよかったけど、私達がいない時にこんな事になるなんてね」

「同時に2人もいなかったのがダメだったな。やっぱり、早寝早起きが信条のこいつらだけじゃ、危なかったわけだ」


 この宿に残っていた2人は、その言葉にうなだれた。

 この2人。トフェサと― パメル=チュリップ ―は見るからにほわわんとした性格をしていそうで、実際にほわわんとした性格である。


 この宿:妖精の唄という名前の宿屋は、地下は深夜のみ開く酒場。1階は食堂や温泉などの施設。2階と3階は客室とスタッフ用の寝室がある。

 夜の酒場を担当するのは、幼馴染である彼等の最年長、主にコックを務める― フィリップ=ピエルカ ―である。スタッフ全員が幼馴染と言っても、彼だけが21歳らしい。


 白い服を身に着けたフィリップは、土産の柑橘類を片手に胸を撫で下ろしている。

 そしてドワーフ風の服を着た少女― メルル=クラン ―は14歳。


 メルルは家事ではなく、鍛冶に特化した才能を持っているらしく、泊まった冒険者や他の店の刃物や金属の手入れを格安でやっているそうだ。

 どれだけ安いのかと値段を聞いたらあらびっくり。


「安すぎる」

「ええっ、結構取っているつもりだよ!」


 姉御肌なメルルは、エルファリンには珍しい日に焼けた肌の親指と人差し指をくっつけて円を作り、それを上に向ける。いやあ、原価率とか全く無視した値段でそんながめつそうなポーズをとられてもね。説得力が全く無いから、頭を撫でておこう。


 とまあ、メルルが何やら騒がしくしているが、価格設定やら何やら。そこらへんの問題も含めて、色々と修正していこうかね。


 そういえば、内装が幾らか整ったみたいだし、外も結構何とかなっていそうである。

 そろそろ夕飯時だし、ルディを呼びに行くか。


 おっ。


「ただいま戻りましたー」

「おかえり、ルディ君。ふふふ、スイト君のご飯がお待ちだよ!」

「何でハルカさんが言うの」

「メインはね、何と、ミートパイだよ……!」

「だから、何で言うの。というか、見せないようにしていてよく分かるな?!」


 みんなの気をそらさないように、匂いを外へ出さない結界を張っておいたというのに。

 ハルカさん、まさかアビリティを使ったのか?


 何と言うチートの無駄使い!


 え、俺もチートの無駄使いをかなりしているって?


 何の事だ? 食材の酒類や品質を確かめるために鑑定、もとい不完全知を使ってはいるが、あれは有意義な使用法だろう。


「そ、そうだ。大火事だったって聞いたけど、実際はボヤ程度だったのか? かなり直っていたというか、この宿を建てた時よりも綺麗になっていたような気がするけど」


 フィリップのその言葉にメルルが頷くと、俺とルディ以外の全員が、まるで凍りついたように停止した。ん? 何でタツキ達も驚いてんのかな?


「えっと、見事なまでに真っ黒焦げだったよね」

「お、おう。かなり真っ黒だったぜ。え、まさか、この数時間で直したっていうのか?」

「信じがたいですが、ルディさんならやりかねないですよ!」


 ひそひそと話しているタツキ達。それぞれ神妙な面持ちで、ルディに何度も目をやる。

 信じがたいなら、外に出てみてみれば良いと思うけど。


「修復率はどんな感じだ?」

「見た目だけなら90%は超えていると思いますよ。崩れかけていた部分は完全に直せていませんので、また明日ですね」


 ルディは困ったような笑顔で答えると、フードを脱いだ。そういえば、ずっと被っていたからな。ウサミミは魔道具で隠せても髪の色までは隠せないからな。白い髪で若いとなると、どうしても目立ってしまう。ホワイト種の有名度は物凄い。


 外にいる限りフードは外せないだろうし、ずっと動く仕事を任せてしまったからな。気候が涼しいとはいえ蒸れただろう。

 俺は魔法で風を送っておく。


「ありがとうございます、スイト様。それで、夕食はスイト様がお作りになったというのは本当ですか?」

「ん、まあな。嫌だったか?」

「いえ! 楽しみです!」

「「「だよね!」」」


 タツキとハルカさんがそう叫ぶのは分かる。

 だが。


 何でセルクと、今日会ったばかりのトフェサが一緒になってルディに賛同しているのかな?


「うぅ、ごめん、フィリップ。上には上がいたよ……!」

「味音痴のお前が賛同するほどだとぉ?!」


 味音痴なのか、トフェサ君。


「トフェサが美味しいって?! あの、フィリップのご飯以外美味しくないって言い張ったあのトフェサが美味しいって言ったの?!」

「凄いですねぇ~。2ツ星のレストランでも不味いって言ったトフェサ君が~」


 それただ単に味覚が鋭すぎるだけじゃないかな。俺の料理はよく分からないけど、フィリップの料理が、異常に美味いとか。


 というか、この世界にも美味しい料理に星を付ける習慣はあるのか。

 カラン。


「え、何ですかこの大騒ぎ」


 きゃあきゃあわあわあがやがやと、何故か俺の料理でテンションが上がってしまった者達。それらが騒いでいるタイミングで、テテニィがやってきた。


 いや、帰って来た、だな。

 スタッフルームには、ご丁寧にスタッフ全員の名前が書かれていたのだ。そこにテテニィの名前もあったので、巫女の仕事が無い時はここで働いているのだろう。


 疲れた顔で帰ってきたので、多分大忙しだったに違いない。


「お姉さんが、すみませんでしたはぁ……」


 言い終えるのが先か倒れるのが先か。絨毯も布などの類も何も敷かれていない、ピカピカ(ただし所々穴が空いている)の床にテテニィは頭から倒れこむ。


 俺達はギョッとした。

 だが、完全に倒れる前に、フィリップがテテニィを支えた。


「巫女の仕事は、心身ともに疲れるらしいから、察してくれ」


 流れるような動きで台詞を述べると、そのまま2階へ上がってくフィリップ。去り際のフィリップは、まるで、戦場へ行く兵士のような、どこか哀愁を漂わせるものだった。


 フィリップの足音が消えるまで、その場が静寂に包まれる。


「……食べよっか」


 静寂を破ったのはハルカさんだった。完全にテンションは落ち着いているが、食欲までは消えていないらしい。期待のこもった目で俺を睨みつける。


 腹が減っていたのは俺だけじゃないらしい。


「じゃ、準備するわ」

「手伝います、スイト様」

「楽しみだなー」


 食事の準備を手伝う気の無いタツキは、へにゃ、と笑って事務室へと向かう。地下の一室を使った、倉庫も兼ねた場所なのだが、鍵が壊されかけているだけで被害は少なかった。

 あそこは備品が多くしまいこまれているため、テーブルを取りに行ったのだろう。


 ちなみに、ミートパイ以外にも、ちょっと傷みかかった食材でスープなども作っておいた。あったまるし野菜をたっぷり摂れるようにしておいたぞ。パンはフライパンで焼いた簡単なものだな。


 まかないなので、シンプルに、かつ美味しく。

 俺達は明日、試練に挑む。エルファリン達は酒場と温泉のみを開く事にするらしい。というわけで、明日もがんばろう的な感じで作った。お手軽なものばかりだが。


 空腹を最高のスパイスにして食べて欲しい。


「では」

「「「いただきます!!!」」」


 テテニィの分を取り分けて、ご飯を食べる。

 食べ物の恨みは怖いからな。後で食べられるように取っておかなければ。


 うんうん。みんな良い顔で食べてくれているから、美味しくできたのだろう。良かった。


「やっぱり美味しぃ……」


 表情を緩めたハルカさんを見ていると、やっぱり、うん。



 空腹って、本当、最高のスパイスだよな。



「やっぱり、自覚した方が良いと思うよ、スイト君」

「だよなぁ。俺もかなり大っぴらに公表しているのに、スイトだけが気付かないなんておかしいよな」

「ええっ、これで本人無自覚とか怖いぞ?!」

「フィリップ様もそう思います? これは直接言った方が、スイト様のためになると思うのですが」


 俺の作った料理の載った皿を片手に、部屋の隅に寄ってコソコソ話し始めていた。


「……お前等、仲良いな」



 さすがにベッドの枠は直せなかったので、修学旅行みたいに男女別の大部屋で寝る事になる。

 床に敷くタイプのふとんもあったからな。それを使わせてもらおう。


 夕食は、有り合わせで作ったご飯だったが、そんな風にわいわいと賑わって終了した。

 明日は色々ありそうだ。


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