16 秘密の会議室

 ビードゥルヴェ。略してビード。

 ダチョウのような形で、足以外全身が羽毛に包まれ、目も大きく、声はかなりかわいらしい。

 くぇ、と鳴きながらこちらにすり寄ってくる姿が何とも愛くるしく、俗に言う鳥臭さや獣臭さといったものは無い。むしろ石鹸に近い香りだったり、甘い花の香りを纏わせていたりする。

 足は鋼鉄をも切り裂く硬度を持つ、凶器でしかない爪を持っている。しかしその用途はあくまで『走る』事に特化しており、特に人を乗せたり、荷馬車を引いたり、他のビードと競争する事くらいしか興味を持たない。加えて主食は魔力であり、口にする草や花はただの嗜好品である。


 恐ろしく省エネな魔物だった。

 人を襲う固体もいるにはいるが、その性格は総じて温厚かつフレンドリー。自身を飼う者に忠犬ハチ公のごとく付き従う。主人と認めた者のためならば、普段は見せない爪攻撃を繰り出し、血を被る事も厭わないという、どこまでも崇高な生き物だ。

 更に、相手が邪心を抱いているかを即座に判断し、本能的にも意識的にも避ける習性がある。そのため、敵のいない土地であれば荒野でも住み着き、床がたとえ石のタイル張りであろうと居心地が良ければ熟睡してしまう。


 それに、彼等は知能が高く、長く生きれば人語も話すようになるという。

 トイレを用意してやれば勝手に使うし、きれいな水があれば勝手に身繕いをするため、手入れいらず。

 基本的にきれい好きな個体しかいないのだ。


 まあ、何が言いたいのかといいますと。


 餌付けも何もなく、俺達のパートナーは決まった。

 ルーヴァイスのチョイスした個体でなくともフレンドリーな性格の子ばかり。そこから更に人に懐きやすい個体をセレクトし、その上で性能の良い子を選ぶ。

 結果、ちょっと珍しい羽色の子が揃った。


 基本は黄色らしいな。黄色いビードは一般的な移動に使われているらしく、繁殖力も高い。その代わり、寿命は短い。といっても100年くらいは生きるらしいけど。ただ、数が多い分使い潰されてしまうものも多いのだとか。聞いていてちょっと悲しかった。

 それでだ。魔族は魔王のイメージカラーである白を最も位の高い色としている。

 このビードも、色が白に近ければ近いほどベースとなるステータスが高い。何しろ真っ白なビードというのは全てのビードの先祖に当たるので、混色はその力を代々で失ってしまっているのだとか。

 ビードの祖先については諸説あるのだが、実際に『最初のビードは白かった』という記録はあり、そのビードが残した伝説と比べ、今いるビードの種が能力に劣っているのは間違い無い。


 今最も有力な説は、ビードの祖先である最初のビードは、実は天使なのではないか。というものである。シルエットはダチョウっぽいのに、なんと空を飛べるので、そう考えるのも頷けた。

 躾をするまでもなくこちらの言う事を聞いてくれるので、命令口調でなくても言う事を聞いてくれる。

 上に乗る時は嫌がるのではなく、逆に喜んで興奮したため、ちょっと手間がかかった。馬車を引くより、人を乗せて歩いたり走ったりする方が好きなようである。


 俺が勘とフィーリングで選んだのは、白に近い水色のビードだ。光が羽に当たるとキラキラと輝いて、まるでサファイアのような深い海色の瞳が気に入った。

 ルーヴァイスがメモを片手に長ったらしい名前を述べていたが、覚える気が起きない。長すぎた。ビード本人(鳥だが)も嫌そうな顔でむふぅ、とため息らしきものをついていた。というわけで、俺は勝手にこいつの名前を変える事にする。

 誰も覚えられないような名前なんて要らないだろ?


「くぇ」


 俺の心を読んだかのように、ビードは目をキラキラと輝かせていた。あ、この目……。


「うん。よし、お前は今から『こだま』だ。良いか?」

「くぇ!」


 こだまは元気良く返事をすると、ぴょい~ん、と飛び上がる。天井の高い所にいて良かった……。

 軽く、10メートルは跳躍したぞ、今。


 ちなみに、こだまというのは俺達の通う泉校の初等部で、俺が当時かわいがっていた兎の名前だ。兎としては非常に珍しい色合いの兎だった。

 白とか茶色とかは見るが、きれいな空色の毛とかはいない。近い色だとグレーはあるが。

 羽毛の色も、瞳の色も、かなり似ているのだ。


 こだまは名前が気に入ったらしく、更に俺にすり寄ってきていた。

 とまあこんな感じで他の奴もパートナーが決まり、乗鳥訓練開始……と言いたい所だが、俺達が「進め」「止まれ」「走れ」などの命令方法を学んだ後、ビードに乗って軽く部屋を一周する程度だった。走り回れる程度の広さはあるが、それが出来れば別に走る訓練はしなくていいらしい。

 鞍や鐙の類が無かったので最初は不安だったが、それらが無くても、柔らかすぎると言っても過言ではないほど身体が沈み、固定される。

 激しい動きを強いられても、広げた股を締めれば落ちる事は無さそうだ。


 というわけで。

 本当に30分程度で訓練が終わった。

 ……。


 うん。

 はやっ?!


「言っただろうが」

「言われたけども! ずっと城にいてビードに触った事もない奴もいるから、もうちょっとくらいは時間がかかるかなー、とか考えても仕方ないだろ?!」


 誤算としては、ビードが総じてフレンドリーである事と、俺達の中に自分より大きな鳥に対して物怖じする奴がいなかった事か。

 いかにも人見知りっぽいマキアでさえ、すぐビードと仲良くなったし。


「むしろ、動物くらいにしか気付いてもらえないぞー。自動ドアには無視されるがなー」

「それはそれで凄いね」

「そんな事より、もうすぐ、だよな?」


 先輩から声がかかる。

 そう、もうすぐなのだ。

 まさか先輩から言われるとは思っていなかったが……もうすぐ、20時なのだ。

 この世界は26時間表記で、俺達の世界と1時間の感覚は同じ。1日がもう少しあればいいのにとか考えた事はあったが、まさかそれが現実になっている世界があるとはな。

 ビードの乗鳥訓練の後、俺達はそのまま練習場に残っていた。訓練場と言っても隠し通路の途中に良さげな空間があっただけなのだが、窓も無いのに空調は利いているし、ルディの部屋だとアムラさんのような勘の鋭い人に見つかりそうなので、ここは実に都合が良かった。


 話を戻して、13時間表記に戻すと今は7時。バリバリの夕食時である。

 軽く動いた事で腹は減った。アムラさんが来なければ昼食も抜いていたはずなので、昼に食べ物があっただけでもありがたく……。


「夕食をお持ちしました。イユ様は3人前ですが、我慢してください」


 アムラさんマジ感謝します。

 しかも、昼間に余った1人分の食事を、イユがペロリと平らげていた事をちゃんと把握している。

 こいつが恐ろしいまでの健啖家で、3人分じゃ満足しない事をきちんと理解していた。


「スイト様。それで、いつ頃……えと、スミェフォ、でしたか。それに連絡が?」

「スマホな。20時頃の都合が良い所で、とは言ってあるが、細かく指定していない。場合によっては明日以降になる可能性もあるな……」


 その場合はメールとか送ってくれるだろうし。通信アプリ:LEINには便利なスタンプ機能が付いている。場合によっては文字を打つより早く、相手に意図を伝えられるのだ。

 あいつが常用しているのは、すぐ行く! ちょっと待って! ハイパーごめんなさい! なので、後2つが送られてくれば明日とかに連絡が来るとか。

 あるいは、ベッドの中にいる間に色々と話す事になるか。

 通話が出来ればLEINも使える。これ、俺達の常識。


 あ、タツキは知っているだろうか。

 まあ、あいつの事だから気付くだろう。多分。

 と、俺がタツキからの連絡が来なかった時の対処法を考えていると、俺のスマホから音が鳴った。

 表示を見れば……うん、タツキからだ。

 俺は画面に触れ、通話に応じる。


「もしもし」

『おう、待たせたか?』


 聞こえてくるのは、聞き慣れた変声期過ぎの、しかしそれほど低くは無い溌剌とした声。聞くだけで元気そうな印象を与えてくるのは相変わらずだ。


「全然。時間通りだな」

『おう。王族に勘が良くて話の分かる奴がいてだな。隠し通路を案内してもらった』

「なるほど。俺達がいるのも隠し通路だ。じゃあ、普通の音量で良いわけだ」

『良いぜ。遮音結界は張ったし』


 通話に応じた青年、タツキ。俺の親友にして、この世界に召喚された勇者。

 『前回』において、邪悪な聖剣:アルシエルに精神を乗っ取られ、あまつさえ魔王であるフィオルを死に追いやった張本人である。

 もっとも、聖剣によって完全に正気を失っていた上、我に返った後はフィオルを救おうとしてくれた。何かしらのおかしな要因でも無ければ、かなり良い奴だ。


「時間制限は?」

『無い。しいて挙げるなら明日の朝まで、ってところか』

「こっちもそうだな。やりたい事もあるし」

『じゃ、とっとと終わらせた方が良いな。今後の方針、だろ?』

「ああ。この先1ヶ月の記憶が俺達にはある。覚えている程度の違いはあるが、それでも一番嫌な記憶はあるだろ?」

『……まあ、な』


 口籠もったのは多分、フィオルを傷付けただとか、俺を助けられなかったとか、それらに対する後悔からだろう。


「その記憶を利用して、色々とやり直そうと考えている。明日のやりたい事もそうだ」

『ふぅん。たしかに、一ヶ月分のアドバンテージは大きい。俺達もやりたかった事をやり直せるかもしれないし、そうしようかな。という事は、一ヵ月後に会うのは無理そうか』

「そうだな。場合によっては可能かもしれないが、一ヵ月後……お前がこっちに来た時、魔族領でちょっとした混乱があってだな。それも止めたいから、多分無理だ」


 ブランディ族のトラブル。あれを未然に防いだとしても、聖剣の襲来でとんでもない事になっていただろう。しかし、タツキが聖剣を手にしないのであれば、こっちは城で迎え撃つ算段を立てる必要も無い。立てられるとも思っていないが。

 ならば、未然に防ぐべきなのはブランディ族の問題だ。現時点で既に起こっている事であれば未然も何も無いが、少なくとも兵士の3分の2以上が一領土の問題解決のために城を離れる事態に陥らないはず。

 そこら辺の情報収集はアムラさんにお任せである。


「それに、賢者と勇者が召喚早々邂逅する、っていうのもおかしな話だろ。まんま地球の裏同士にいるわけだし。俺達は願ったり叶ったりだが、人族側は、なぁ」

『……その通りです、勇者様。賢者様との邂逅は、せめてあちら側の問題が解決する1ヶ月、もしくはそれ以上の期間をあけるべきです』


 おっと、知らない声が聞こえたな。

 敬語の上、タツキの呼び方が勇者様。という事は、こっちの世界の住人か。

 さっきタツキの言っていた、勘が良くて話の分かる王族、かな。声が高いけど、俺には分かる。男性だ。王族なら王子。いや、あっちは帝国だから、皇子だな。


『それもそうだな。ただ……一ヶ月かぁ……』

「何だ、寂しいのか?」

『……』

「おい、まさかの図星かよ」

『う、だって、一ヶ月会えなかったのに、再会が「あんな」だぜ? もっとガッツリ会いたかったー!』


 会う事に関してガッツリとかどういう事かが分からん。

 ただ、言いたい事は分かった。要するに話し足りないのだ。

 そんな欲求不満のタツキには、LEINの機能を教えておく。予想はしていただろうがな。


『直接話したい』

「ムチャ言うな。魔族領と人族領を直接繋ぐ『転送魔法陣』は無い。そうなると徒歩で向かうにしてもそれなりに時間が要る。一ヶ月のアドバンテージを無駄にするかもしれない」

『うぅー……』


 会話始めと打って変わって、かなり落ち込んでいる事が電話越しに分かる。が、これは仕方ないのだ。

 たとえ、タツキが長く俺に会わない事で拒絶反応を起こそうと、仕方ない事なのだ。

 おかしな方向へ身体が曲がるとか、時々意味不明な言語で叫ぶとか、そういうのは無い。無いが、まあ、わずか1週間ほど会えなかっただけで生きた屍と化していたのには驚かされたな。


「二度と会えないわけじゃないから、そう落ち込むなよ。それよりも、会えるようになるまでに『転送魔法陣』を置ける場所を確保しておいてくれ。こっちでも場所は確保しておくから」

『……既にいくつか、候補地があるぜぃ……』

「じゃあその中から厳選しろ。でもって、そこの領主と話し合え。無断だと何を言われるか分からないからな。絶対な」

『そんな念押ししなくてもやるって。あの魔法陣、複雑だからな……。ま、細かい事はそっちで決めておけよ。文字盤くらいはこっちで作ってやる』

「おー」


 そういや、転送魔法陣について説明していなかったか。

 かなり簡単に言えば、文字そのまま転送するための魔法陣である。

 簡易的な移動魔法でもかなり魔力を消費するらしいが、魔族領は魔力が豊富なので、周囲の魔力を利用する仕組みさえ作ればほぼノーコストで発動出来てしまう。超便利。

 魔法陣は複雑なつくりであればあるほど、難しい魔法を使う事が出来る。メリットは一度作ってしまえば誰でも同じ魔法が使えること。デメリットは、魔法陣そのものの内容が細かすぎて、作った本人でもカンニング無しには描けない場合が多い事。


 円形、正方形、星型、立体など、その種類は実に様々。最も簡単なのは、地面に円を描いて、適当に炎や水の絵を描いたもの。基本魔法程度のものは使えてしまう。

 そして俺達の言う転送魔法陣だが。

 魔法陣の中央。他の魔法の魔法陣は、この中央にも絵や文字が描き込まれているのだが、この転送魔法陣の場合は空いている。

 これは転送座標の指定のために空けられており、ある2つの魔法陣を繋ぐための鍵となる。

 転送魔法の中でも、その場所に固定したまま使うタイプ。別大陸への商業をしようにも、海にはモンスターがたくさんおり、空を飛べる者も少ない故に重宝する魔法だ。

 人族領では魔力濃度の関係で常時発動は出来ない。だが魔族領では普通に常時発動してあるので、別大陸や主要都市への移動はかなり簡単である。

 風景を見ながら旅をしたい者や、普段人の入らない地域にモンスターを狩りに行く冒険者はあまり使わないものだ。


 さて、この魔法陣だが、中央のエンブレム以外は全て全く同じ模様である。座標指定をしていない、そのままではどこか知らない場所と繋がってしまう欠陥品だ。それを解消するのが中央の空白である。

 たとえば、意味も無くリンゴの絵を描くとする。それを無系統魔法:コピーにてもう一方の魔法陣に写せば、この世でたった2つしか無い転送魔法陣の完成だ。2つの魔法陣が繋がり、設定した合言葉を発するだけで、魔法陣AからBへと移動できる素晴らしい魔法である。

 ただ、魔力水で描けば数分で乾いて使い物にならなくなる。本格的な固定転送魔法陣の場合、地面に描いたり彫ったりするのではなく、魔法ガラスという物質を魔法陣の形に作り、それを地面に設置。適時魔力を流して発動させるのが普通だ。


 魔法ガラス。それを聞いた時、てっきり魔力を含んだガラスとか、宝石みたいなものかと思っていた。

 しかし、それは違う。自然界に存在するれっきとした鉱物の一種であり、その原石を溶かして形を作り、冷ます。そうすると、二度と溶けない不思議な物質となるのだ。

 非常に不思議な物質なのだが、原石の時は普通のガラスのような構造をしているため、魔法ガラスと呼ばれている。


 ともかく、それで作った数千年も前の古代の武器や家具が、硬い岩や火山灰からなる地面から完全な状態で発掘された。と言えば、どれだけ不思議で頑丈な物質か分かるだろうか。

 数千年前に作られた魔法陣だとしても、魔力を流しさえすれば未だ使える代物である。

 それを、人族領と魔族領を繋ぐ扉にしようという事だ。


 もちろん、人族の多くが魔族に対して嫌悪感や恐怖を抱いているわけで。

 魔族と交流を深めたいと言う物好き領主や国王がいるなら話は別だが、簡単には行かないだろう。

 そう思っての念押しだったが、タツキは候補地が幾つかあると言っていた。魔法陣はそれなりに大きくなるし、ある程度魔力のある場所でないと使用者の負担が大きすぎる。その上魔族と交流したい人がそれなりにいないといけない。


 この条件に当てはまる場所が、幾つかあると言っていたのだ。

 魔族の事を見てもいないのに怖がる人族もそうだが、人族全体が魔族を嫌悪していると知ったかぶっている魔族も大概だ。

 お互いの理解が想像以上に足りていない。空からの交流も海での交流も無く、極々限られた地下都市でしか情報の入手法が無いのだから当然か。


「……候補地に、スペイディアはありますでしょうか」

『? 誰だ?』

「あ、今のはマロンさん。元々こっちの人で、スペイディア出身のメイド。ハルカさんの世話役だ」

『そか。じゃあ質問の答えだが、候補地ではある。ただ、ちょっと行くのは躊躇われる、かな』


 そりゃそうか。聖剣がある場所だからな。何かの手違いでまたあの惨事になってしまいそうで怖い。

 だが。


「それについて、考えがある」

『それ、というと聖剣か? 正直、レベルを上げたところで止められないと思うが』

「レベルは関係無い。ただ、対抗策をちょっと、な。そこは俺達が合流してから解決した方が良さそうだ。というわけで、詳しい話は会った時、だな。これは延々と語るよりも見た方が分かりやすい」

『マジでかー!』


 残念そうに叫ぶタツキ。おーい、今、後ろの方で呆れたような声が聞こえてきたぞー。

 既に一ヶ月会っていない上、数刻前には会ったと言っても、ものの数分程度だ。

 ああ、既に拒絶反応が出まくっているのか……。


「これ、スピーカーになってる?」

『おー……』

「苦労をおかけします、皆さん」

「スイト君、向こうに見えないとはいえ、無表情での謝罪はやめた方がいいと思う」

『……ハルカさん……』


 お、タツキが反応した。

 そしてついに突っ込まれたよ、俺。

 これまで黙っていたハルカさんが、うずうずしながら俺達の会話を聞いていた事は知っていた。ずっと、視線が痛かったから。

 にしても、ハルカさんの声が聞こえた途端、タツキの声が若干持ち直したな。

 ああ、そういえば。と、ある事に思い至り、ハルカさんに手招きをする。

 ?を浮かべつつ、てとてとと寄って来たハルカさんへとスマホを手渡した。

 急に手渡されたスマホと俺を交互に見つめると、ハルカさんはスマホへと声をかけた。無論、その向こう側で声を聞いているタツキに向かって。


「タツキ君。私、賢者として召喚されたの。だから、この世界が未曾有の危機に晒されているというなら、私は全力で阻止したい」

『……それは、俺もだよ』


 声にハリは出たものの、暗いな。そりゃまあ、ハルカさんの友達であるフィオルを傷つけたのは聖剣だったが、それを握っていたのはタツキ。

 原因が別にあって、本人には何もする気がなかったが、結果的に「そう」なってしまった事実は変わらない。今のハルカさんはかわいらしい外見に似合わずかなり強気の口調なので、怒っているようにも聞こえるかもしれないな。

 だが。


「なら、もうあんな事にならないようがんばろう。私も、がんばるよ。まだ、何をすれば良いのか具体的に分かっていないけど。それでも、出来る事をする」

『俺だって。俺が勇者とか、柄じゃないと思うけどさ。出来ればあんな、世界崩壊なんてもう見たくない。うん、だから、その。がんばる』

「それで良し! 勇者だもん。絶対出来るよ」

『……っ!』


 ああ、この笑顔を親友に見せたい。

 満面の笑みを浮かべたハルカさんは、スピーカーモードのおかげでスマホに耳をつけなくても良いというのに、その耳を俺のスマホに付けていた。

 そして、スマホから聞こえるタツキの声は、誰がどう聞いても調子が上がっているし、彼がハルカさんをある意味特別視している事は丸分かりだ。

 ただ、ちょっとな。

 これは予想外だったわ。

 ハルカさんの行動はまるで――



「リア充、だぞー?」


 こっそりとマキナから耳打ちされて、俺は頭を抱えた。


「まあ、リアルが充実している、という意味では、異世界に召喚された時点で全員リア充だな」

「じゃなくてだなー。本来の意味だぞー」

「……」


 ノーコメントを貫いておく。

 ハルカさんは「そういう」感じの事には疎そうだし。

 タツキだって「そういう」感じの事には鈍そうだし。

 だがこれは多分、おそらく、もしかしたら、ひょっとすると。


 ……。


 自覚の無いラブ・フィールドって、何であんなに見ている人をイラつかせるのかね。

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