15 二度目の自己紹介
王家専用の隠し通路。魔法:空間拡張を応用し、本来存在しない部屋と部屋の間に位置する廊下を進む。明り取り用の窓すら無いので、かなり暗い。その上埃臭い。
魔王がいざという時に使う通路らしい。さすがに、聖剣襲来時のような場合にはあまり役に立たないだろうが。空間拡張によって作られた故に歪んだ空間であるこの通路は、周囲の壁を含む建物が崩壊すると魔法の効果が消えてしまうのだ。
当然、あの剣によって半壊させられたあの城では、隠し通路は存在していない状態になっていた。
もっとも、そんな状態になるなど本来はありえないので、今は普段通りに使用出来る。
この通路の存在を知ったのはほんの偶然だった。そう、偶然、使用しているフィオルと出会ってしまったのだ。誰も意図していない秘密の漏洩である。
調べてみたところ、外にも通じているようだが、彼女は空間転移の使えない城の中を超短時間で移動するために使っていたらしい。
通路は薄暗いし埃っぽく、道はとにかく平坦なのに、各階層へと通じている。更に主要施設の会議室や、執務室。もちろん、各階に主要施設があるわけでも無く、俺のいた『青の部屋』にも通じていた。
魔法が素晴らしく、凄まじく、恐ろしいものであると改めて痛感させられたよ。
本来存在しない空間まで作れてしまうのだから。
……と、それはともかくだ。
その隠し通路を使って、俺達はルディが使っているルディの部屋に来ていた。魔王の召使で軍の魔法師団隊長なので、広さはそれなり。ただ、俺の使っている青の部屋よりかは狭いかな。
それでも高級ホテルの一般客室くらいはあるけど。
本棚や机といった学生風味の家具が多く、寝室が別になっている。普通の使用人が使う部屋は机とベッドだけでいっぱいになってしまうらしいので、これは破格の待遇だ。また本棚は何個か置かれていて、その内1つは薬草っぽい草花の鉢植えが多く置かれている。
本人の性質なのか家具に施された装飾は少なめで、明らかに誰かからもらった、この部屋には合わない剣や盾の壁飾りなどはあるものの、イメージは質素な貴族の私室という感じである。
で、ある程度広いため、俺達全員が入ってもまだまだ余裕がある。
更に、今回は音を遮断する結界魔法がかけられたため、どれだけ騒いでもドアを開けられさえしなければ誰にも気付かれないようにした。
「じゃあ、まず今の状況確認から行くぞ」
そんな俺の言葉から始まったこの会議は、初めはかなり騒々しかった。
「わぁあああぁん! フィオルちゃんが歩いてるよぉ! 喋ってくれるよぉお!」
「はわゎ」
「良かったぞー。めでたいなー」
それはもう、てんやわんやの大騒ぎである。
「……まあ、みんなもう理解してくれたと思うが、ここは俺達のいた時間から焼く一ヶ月前。つまり召喚が起きた当日だ」
「ふぇええん、スイト君が生きてるよぅ、相変わらずクールだよぅ」
「……ん。スイトは、もうちょっと、動揺すべき」
「先生よかマシだろ」
「何故僕が引き合いに出されるのかな?」
マキナもイユも自分のハンカチをハルカさんに渡している。それがすぐびしょ濡れになるほど泣いているハルカさんが、今この場で最も騒がしい人物だ。
気持ちは分かる。あの場で最も回復魔法に長けていたのは彼女だし、その力の通じない重傷を負った者がほぼ同時に2人も出てしまったのだ。
その2人が無事である事に対する安心と、自身が力不足である現実を叩きつけられた悲壮感のダブルパンチをくらったのだ。今は嬉し泣きが勝っているのだろうが、少なからずそういった涙もあるだろう。こういった理由から、彼女かなりの量の涙を流していた。
ちなみに、それで失った水分は自分の魔法で出した水を飲んで補給している。
……。
魔法を、使っている。
前回、一ヶ月前のこの時間帯では、魔法の素質は持っていても魔法の習得はしていなかった。魔法に対する知識もさる事ながら、自分達も魔法が使えるとは思っていない時期である。
それが、現時点で使えてしまっている。
後から聞いた事だが、魔法発動に必要なのは具体的なイメージ、適量の魔力、そしてその魔法に対応する『名称』だった。
ルディに教わった時、俺は名称など関係無く魔法が使えていたが、あれは俺の想像力が常軌を逸していたために起こった不完全発動である。名称は無くとも発動できるという証明であるが、魔法学的な『発動』とは違っていたようだ。
魔法の形は、自分のイメージによる内から外への情報と、声に出したり書いたりして魔法に使う精霊達へと伝えた際の、精霊側からのイメージ補助による外から魔法そのものへの情報。この2つの情報が混ざり、結果、魔法という現象が起こる。
名称以外の詠唱は、自分のイメージを補填するためのもの。つまり、その部分は別に要らない。が、名称を告げる事でより明確な魔法の行使が出来るわけだ。
俺はその名称すら想像力で補ってしまえるらしいので、完全無詠唱が可能なわけだが。普通は無詠唱など難しすぎる技術なのだそう。
特に昨今の魔術師は想像があっても『思い込み』の激しさが目立ち、魔法をまともに使えない者が多いらしい。ルディが想像力の点に気付いたのも偶然なのだ。
誰もがレベルで魔法を『獲得』するが、それを『習得』するのとは別問題。
『獲得』とはそれを使用する資格を得る事
『習得』とは、それを自在に使いこなす事。
この時期の俺達は、習得は出来ていても、肝心の獲得が出来ていない状態のはずだった。レベル1だし、杖などの補助具も無い。のに、普通に使えたのだ。
まあ、やっぱりこれだよな。
スキル:時属性耐性Ⅴ。俺はデフォルトで全属性の耐性を持っているけど、そのおかげでみんなよりもはっきりとした記憶を保つ事が出来た。
もっとも、記憶そのものはあの『休憩所』のおかげで取り戻せたのだが。
他のみんなはというと、それほどハッキリとは覚えていなかった。正に休憩所に来たばかりの俺状態で、最後の場面は覚えているものの、色々と忘れてしまっているようである。
だが、精神的に既に魔法は、使える事が常識だった。前回の記憶の中で魔法に関しないものは無いだろうし、前回の精神=魔法的素養がそのまま過去に来たのだとしたら。
「今の俺達は、精神的にはこの時期の人達より一ヶ月ほど進行している。文字そのまま、未来を見て、感じてきた。それ故に、その記憶が、レベル上昇を必要としない魔法『獲得』に至っている」
「ぞうだね……。じゃないど、お水が出ぜながっだもの」
既に声が鼻声状態になっているハルカさん。用意してもらったイスに腰掛けて、ゆっくりと水を飲む。
って、よく見たら、あれ、アイスティーじゃないか?
「あ、目のむくみ防止と、喉の炎症を抑える薬草をブレンドしたものです。泣いた後に良いですよ」
そう言って自分も飲んでいるルディ。まあ、さっき散々泣いていたからな。まだ若干目尻辺りが赤いのだが、何も言わないでおこう。
「続けるぞ。肉体的には一ヶ月前のものに完全に戻ってしまったが、精神的には、一ヶ月分のアドバンテージがある」
「アドバンテージかー。それをどう活かすんだぞー? 僕等は確かに一ヵ月後の記憶はあるがー……。それは、勇者も同じだろー?」
「……勇者、タツキ。さすがに、轍は、踏まないと思う」
俺の親友―
前回、彼はあの邪悪な聖剣を手に入れてしまった。そのせいで世界崩壊の危機に陥って、それを現時点で反省していた。今回は、聖剣に近付く事すら無いだろう。
「勇者の事だけじゃないだろ。この一ヶ月の内に起こった幾つかの事件。それを前もって留められるかもしれない。たとえば、そいつとか」
俺が目配せすると、1人の少年がビクリと肩を震わせた。
俺の目つきは鋭いかもしれないが、あまり怖がらないでほしいものだ。
しかし……。
驚くほどこの場に馴染んでいるな、こいつ。
もっとも、人の多くはそれを『影が薄い』と表現するだろうが。
「あ、えっと。知っている方もいらっしゃると思いますが、僕は―
今にも消え入りそうな声で自己紹介を終えると、空気と同化して居場所が曖昧になる。
ちょっと待ってくれ。
俺の視覚強化とか、魔力可視化とか、そういったスキルを無視しているのだが。
「マキアだぞぉー♪」
「わっ? ま、マキナ、ちょっと苦しい……」
一方、さすが双子。マキナはマキアに抱きついている。
体格はほぼ2人とも同じで、男女差で生じる誤差は僅かである。どちらも背が低いのは双子ゆえの弊害だろうな。おそらく、マキアが中性的で女よりの顔である事と、マキナもまた女性から見れば若干男性よりの凛々しい顔つきであるから、結果的に『色々似ている』のだ。
もっとも、存在感という点では姉であるマキナが根こそぎもらってしまったのだろう。マキナの一度会えば忘れない個性に対し、マキアは驚くほど存在感が感じられなかった。
本人もコンプレックスなのだろう。常に自信なさげにしている。
一方で、いつもマキナ一筋であるナクラ先輩が凄く、それはもう物凄く静かだ。
マキナとマキアのじゃれあいを眺めつつ、呆然としている。その表情は寂しそうであり、同時に羨ましそうでもあるが……無表情とも、言えた。
マキナ達はそんな兄の様子に気付く事無くはしゃいでいる。
「それにしても、何故あの場に7人目が……」
「それはルディなら分かるだろ? 不思議なまでに存在感がゼロ。俺の視覚強化でも時々霞んで見える」
「う、それは凄まじいですね。けど、これで合点がいった事もあります」
あれは、俺達の感覚で半月前。
あるいはそれよりも前から起こっていたのだが、最初は、使用人達のミスと思われた。
食べ物が、消えたのだ。
食料庫から、というわけではない。使用人が自分で用意したお弁当の類が、いつの間にか消えうせている事があったのである。
同時期に、幽霊騒ぎも起きていた。モンスターのような邪悪な存在でない故に聖水の類が効かず、浄化の魔法も意味を成さなかったらしい。おかげで、夜に出歩く事が困難な者が多発した。
しばらくすると、使用人達はご飯という名のお供え物をささげるようになり、幽霊騒ぎも消えて言ったらしい。その上、供物に対するお礼のメッセージや批評なんかの書かれたメモが置かれる事が増えたらしく、その辺りからただでさえ美味しいご飯がグレードアップしていた。
「あ、それ、僕です」
「だろうな」
ただ、今思えば幽霊がご飯を食べるなんておかしい話である。マキアの存在感の無さが、この魔法が存在し、幽霊の存在を全面肯定する世界であるが故に起きた事件だな。
人は『はらぺこ幽霊事件』と呼んでいる。
「うぅ、誰も気付いてくれないし、マキナとは何故か一回も会えないし、お腹空くし。一応、スイト君なら見つけたけど。歩くの、速いねぇ」
「あー……悪かった。俺、本当の幽霊に会った事があるからさ。雰囲気が妙だと思った程度で、無視する事に決めていたんだ」
何回か妙な気配を感じ取った事があったが、そこに目を向けるべきだったな。仕方ないとはいえ、食べ物の窃盗犯にしてしまったわけだから。
ただ、聞いてみれば実の親でさえご飯を用意せずに出かけてしまう事があったらしく、外で山菜や野草を見つけて食べる事が趣味と化していたのでさほど問題は無かったそうだ。
外に、ちゃんと出られたならの話であるが。
「ここ、地図を描こうにも寸法がどうしても合わなくて。外に出たのは4回くらいかな。一応、部屋の大きさを均一にした地図なら作ったけど、もう無いなぁ。あ、覚えている範囲で書き写そうか?」
喋り方はどうもネガティブ臭いが、時々ポジティブ発言を盛り込んでくるな、こいつ。
ちなみに、世界崩壊時には、俺達のいた部屋の真下にいたらしい。地震が起きて外に向かっていたところを、俺達同様聖剣に邪魔されたわけだ。
不幸で幸運な奴である。
「まあともかくだ。これであのはらぺこ幽霊事件は無くなった。こういう風に、色々と買えて行こうと思っている。そういうわけで、これからやる事を、大まかに決めていこうと思う。さすがに事件全部を解決するのはムチャだからな」
「……なるほど。……えと、吸血鬼、とか?」
「それな。あれに費やす兵力がちょっと、な。勇者が来ない確率がかなり高いしあんな規模の災害がそうそう起こるとも思えないが、城を守る力が上手く機能していなかった事は問題だぜ」
「それは、ええ。少なくとも、現時点ではまだ吸血族に異変は起こっていないはず。そうですね、半月以内に手を打たなければ」
あの事件は原因が判明していないから、完全な防止が難しいな。ただ、対策くらいなら立てられる。そういうわけで、俺とフィオルは互いに目配せしあった。
現時点で事件は起こっていないのだ。今からその対策を講じれば、無意味と判断されておじゃんになるかもしれないからな。秘密裏に準備を進め、それを表に出すタイミングはフィオル達に任せる。それしか方法が無いわけだが。
それと。
「あとは、イノシシだな」
「明日出てくる奴だね。あれを止めるの?」
「ああ。止める」
ハッキリと断言する。
今回は、止める。絶対に。
誰の被害も出させない。絶対に!
「えと、どうやって止めるのかな。どこから来るのか、分かるの?」
「分かる。知っている。アレからずっと調べていたからな。後悔からやっていた事だが……ここで役に立つとは思わなかった。これで失敗したら、少なくとも俺とハルカさんは一生後悔するから」
「……え、私も?」
おっと、知らない内に殺気を漏らしてしまっていたらしい。ハルカさんが引き気味になりながら訊ねてきていた。その表情は引きつっている。
とはいえ、あれだけは止めたいのだ。あのイノシシ、今の俺では倒せないだろうが、あの時点で倒す事の出来たルディがここにいるのだ。勝てる。
そして、あいつを――
「……スイト君?」
「ああ、いや。ともかく、あの歩く災害(子供)を、森から出る前に叩くぞ」
「森からって。場所は」
「下の駅周囲の村出入り口から、徒歩数分の場所だ。一般的には薬草が豊富でモンスターの比較的少ない、冒険者でも訪れない初心者用の狩り場だな」
正確には、子供達の遊び場とされている領域である。
小さい子供でも安心安全な森であり、危険域前に柵もあるので、比較的安全と言える数少ない場所だ。
もっとも、あんなイノシシが現れた後、血だまりや腐臭のせいでその場所は無くなってしまっていたが。あの場所に当時、3名ほどの子供が入っていったという報告がされている。
その子供達は行方不明であり、なおかつイノシシが現れた事から死亡した事になっている。そんな彼等の背格好や目撃情報だけで、俺はそこに目星を付けた。
その子供達の足跡を追い、そして、ある時間、ある場所に出向けば『あの子達』は助かると分かった。
今日一日は俺達も眠っている事になっているので休息にあてようと思う。
だから、行動を起こすのは明日だ。仮に今から動いてその子供達は助けられたとしても、イノシシ自体は止めていないので『前回』と同じ惨劇が待っているだけだ。それはそれで後悔する結果になるのは目に見えている。
今日は早めに休んで、朝一番でレベル上げを行う。魔法の練習は今更必要無いので、昼前には森へ到着。相手の強さからして罠を張っても無駄だろうから、子供達の目撃情報を元に各ポイントで待ち伏せ。
事が起きる前に子供達、もしくはイノシシを発見できれば僥倖だ。
「というわけで、基本炎魔法:信号弾くらいは覚えてもらいますよ、先輩」
「……む。了解だ」
最初はマキナ一筋で人の話を聞かない人だと思っていたが、この人、ただの脳筋というわけではなかったりする。
基本の炎魔法以降は魔法に関する才能が全く開花していないが、それはそれ。これはこれ。魔法の才能が無い分、運動に関する才能は群を抜いているだけだ。
勉強が出来ないとは誰も言っていない。
むしろ、マキナから聞いた情報によれば、一応成績トップ10以内に食い込みそうなくらいには頭が良いとの事。ただ、それを運動とマキナに対する情熱が脳内を占めてしまっているだけで。
何にせよ、マキナの言う事しか聞かん! 的な人じゃなくて助かる。
ちなみに、信号弾の魔法はこの世界でポピュラーな魔法の1つ。遠く離れた場所や仲間への簡易的な伝言ツールとして使われている。自分の意思で色を変える事が出来、使った魔法の属性によって様子は変化するが、用途は同じだ。先輩でも使える魔法で助かった。
光属性や水属性、土属性で様子が変わるのであれば、その様子によって誰が上げたのかすぐに分かる。
先輩は炎属性。花火みたいになる。
マキナは雷。電気の火花がしばらく宙に浮かぶ。
ハルカさんは水。色水の靄が少しの間宙に留まって拡散する。
先生は風。色の付いた風球から徐々に風が拡散していく。
俺は光属性。魔力が続く限りずっと光っている魔力の塊が空に浮く。
イユはルディ達と一緒に森の外で待機。万が一そちらへイノシシが向かった場合、土属性の信号弾を上げる事になった。土属性は、色の付いた土を空に打ち上げるだけの物なので、それを空中に維持する別の魔法が必要である。だがまあ、ルディがいるので瞬殺の後ゆっくり上げてくれるだろう。
危険と遭遇の場合は赤。
子供達発見は緑。
どちらともに遭遇なら黄色。
万が一倒せたり、イノシシが帰ってくれたりしたら青。
最後のはルディしか使わないだろうな。
あ、マキアは……良いか。
「えっ」
「身体的にも精神的にも、戦闘とは無縁だろ、お前。柔道とか剣道とか、人相手で模擬戦ならともかく相手は本能まっしぐらの3メートル超えるイノシシだぞ?」
「……うゎぁ……」
想像したらしい。マキアはマキナそっくりの顔を引き攣らせながら、後ろへ退いた。
「……でも、それなら。なおさらみんなが心配だよ。お願い、手伝わせて!」
後から「出来る事ならしたいというか、そのぉぅ……」と言葉を萎ませつつ続けるマキア。
とはいえ、出来そうな事が何一つないのも事実。
うーん……。
「マキア。お前、掃除できる奴?」
「掃除? 出来るけど」
「整理整頓はお手のものだなー。僕の自慢だぞー!」
どこかの兄バカを髣髴とさせるマキナだが、それまで自信なさげで小さかったマキアの声がハッキリとしていた。本当なのだろうな。
マキナの研究所はかなり散らかっていたらしく、彼女自身全く片付ける気配が無かった。それを普段片付ける係りが彼だったのかもしれない。
「じゃあ、明日までに新しいタオルと毛布を準備してくれ。場所は分かるだろう?」
「あ、うん。それなら分かる」
「なら、そうだな。ルディ、使ってもいいのかどうかの判断と収納を頼む」
「あ、はい」
「連れて行くかはまた別の話だが、準備は手伝ってもらう。それで一応手を打ってくれ」
「……分かった」
悔しそうな表情だが、魔法を知らない非戦闘員を連れて行くには危険すぎるからな……。
あと、だ。
「乗馬……ああいや、乗鳥するから人馴れしたビードを借りたい。ルーヴァイス!」
「了解。練習は必要だから、時間を空けてくれ」
「分かった。どのくらい要る?」
「よほどの無能でなければ、早くて30分。単なる不器用なら2時間だ」
「……今から出来るか?」
「ビードが入れて歩き回れる場所を確保できて、人払いが完璧なら」
「加えて、俺達が隠し通路を使って行ける場所、だな。ルディとフィオル、頼む!」
「「あ、はい」」
2人は息を合わせてこくこくと頷く。
今現在、時間は……13時か。どうりで腹が減ったわけだ。俺達はいない事になっているから食べられないかもしれないが、人間、1日くらい飯を抜いても生きていられるさ。
たとえ、先程から全員の腹の虫が鳴いていても!
―― コンコン
「……ッ?!」
部屋の扉を、誰かが叩く。
ルディもフィオルもいない状態が少し続いていたので、とりあえず事情を聞きに誰かがこの部屋を訪れるのはありえる話だった。この部屋には音などを遮断する結界が張ってあるのだが、この魔法そのものの発動は誰かに悟られる危険があるのだ。
魔法を発動している間中、その維持のために体内から外へ魔力が流れていく。魔法の維持に使われた魔力がその後どうなるのかというと、周囲の空気に拡散する事になる。
この魔力の拡散は周囲の精霊を押しのけるため、それが『魔力の波動』と呼ばれる現象を生み出す。それを読み取る力を持つ人間もまた、いる。
これが敵……今回の場合、俺達が眠っていると信じているものたちの事……なら一大事だ。俺はいつでも魔法が発動出来るように身構える。
しかし。
―― コンコン コン ココン コンコン コンコンコン
不規則に、しかし不思議と規則的なタイミングでノックされる扉。しかも、やけにノックしている時間が長いし、ノックをしたら一度反応があるか確かめるものではなかろうか。
ますます警戒を強める俺だったが、フィオルが発した次の言葉で力が抜ける。
「……アムラ?」
驚いた様子で、フィオルが呟いたのだ。
そういえば、あの時、あの場所には彼女もいたな。
……聖剣に殺されてしまったが。
「ルディ」
「はい。皆様、少しの間、お静かに」
「「「……」」」
ルディが結界を解き、部屋の扉に身を寄せ、扉の向こうにいる者と会話し始めた。
「……はい。アムラ様」
『やはりいましたか。その声はルディウスさんですね?』
「ええ。ここは僕の部屋ですから。何用でしょう」
『フィオル様はいらっしゃられますか』
「……ええ、まあ」
『賢者様は?』
「ッ」
『すぐに返事が返って来ない。いるという事ですか』
「いえ。賢者様方はまだ眠っておられるのでは」
『いいえ、確認しましたが、全ての部屋がもぬけの殻でした。慌てて探したら、ここに結界が張ってあったので。開けてくれませんか』
「……っ」
ちらり、と、ルディがこちらへ目線を送る。
アムラさんをここにいれてもいいのかどうか。それは俺にも分からない。彼女はフィオルが信頼する人物だという事は知っているが、今この場にいてもいい人物かどうかという点では……。
……まあ、魔王陛下の命令なら聞くだろうな。緘口令くらいなら呼吸をするように守りそうである。
何にせよ、フィオルがいるから大丈夫、かな。
あの人相手に人質交渉とか、負ける想像しか出来ないので、みんなをフィオルよりも後ろに下がらせてから俺は頷いた。万が一立てこもり事件と見間違われないようにだ。
ルディがカチリ、と鍵を開ける。
重い緊張感が流れ、これ以上内静寂に場が満たされて――
「食事を15人分持ってきました。食べてください」
彼女の開口一番の言葉に、俺達は同じ対応をしてしまった。
腹の虫がオーケストラを奏でるという、羞恥極まりない状況になってしまったのだった。
ご飯?
いただきましたとも。
美味しかった!
「アムラ様も記憶、あるのですか」
「曖昧に、ではありますが。速度を上げる魔法を自身に何度もかけている内に、時耐性が少々付きまして」
「そうでしたか……」
この場にいなかったので、てっきり記憶は無いものとばかり。俺達の状況からして、こちらから誘うべきではないとは考えていた。だから確かめていなかったわけだが。
フィオルはともかく、ルディは前回と全く違う行動をとっている。諜報大臣アムラにとってみれば、前回と違うのはそれだけで不審だったのだろう。調べてみれば、案の定俺達は誰もいない。探してみればルディの部屋に結界が張られている。
そりゃ気付くわけだ。
「ただ、耐性は低すぎたのか、皆様の容姿やお名前は覚えていないのです」
「それでも凄いのですよ、アムラ様。時属性は耐性を得るだけでも相当な努力が必要ですから」
「そう、でしょうか。では、遠慮なく胸を張らせていただきます」
胸を張る、というか、ずっと姿勢が良かったので今更胸を突き出されてもなぁ。第一印象からして真面目な印象だったが、たまに子供っぽいジョークを織り交ぜる人らしい。
胸を張ると言ってすぐ、本当に胸を張ったからな。常に無表情な口元と、目元の見えない狐面のせいで、どこかの怪しい宗教団体にも見えなくはない様子になっているのは、彼女の尊厳やらこだわりやらを尊重して言わないでおこう。
ともかくも、彼女がいればもっとスムーズに事が進みそうだ。手に入れたい情報を即座に集めてくれそうである。彼女自身も強そうだし、戦力的にも問題無い。
なら、俺達も色々と秘密を開示しておこう。彼女がフィオルの言う事を絶対に聞く、というのは、あくまで俺個人のイメージだ。だが、俺達に対してはそれほど好意は抱かれていない上、前回の記憶はほぼ無いため、俺達が何をしていたのかなどを知る術は無い。
基本的に相手を疑わないといけない職業のようだ。態度は前回と同じで真面目だが、気付かれない程度にこちらへ警戒を解いていない。
先生が妙にそわそわしていたから気付いた。この人、多少なりとも人柄を調べられたはずの前回よりも、雰囲気が刺々しい。
フィオルは見た目が小さな子供だからな。騙しやすそうに見えるのは否めない容姿なので、俺達がよからぬ事を企んで彼女に近付いた輩だと思われてもおかしくはなかった。
という事で、俺はそっとスマホを取り出した。
案の定、アムラさんの鋭い視線がこちらへ向いた。
そりゃ、妙な行動をすれば警戒を強めますわな。
ま、こっちは予想の範疇だから驚かない。むしろ、取り出したそれを見せびらかしますとも。薄い板状の物質を、こう、ルディ達の死角で見せびらかして……。
「スイト君、どうしたの?」
「? スイト様、それは何ですか?」
当然、部屋の誰かが俺の様子の変化に気付くだろうから、それを利用してルディ達に気付かせる。俺としてはわざとらしさをアムラさんに感じ取ってもらえていれば『成功』だな。
俺は光の灯るスマホの画面を操作し、電話をかけた。
相手は、そうだな。ハルカさんで良いか。
「ルディ。ハルカさんとフィオルを、外界と音を遮断した結界に入れてくれ。出来れば、俺とルディで同じものを頼む」
「え、あ、はい」
俺の世話役であるルディや、ずっと城にいるフィオルはともかく、アムラさんとの連絡は魔法:念話しか使えない。この魔法を使う連絡手段だと、万が一にも魔法が使えない空間に入ってしまうと連絡が取れなくなってしまうのだ。
これを見せるのは、いわゆる信頼の証。
ハルカさんは何と無く俺のしたい事が分かったのか、アムラさんと俺を交互にチラチラと見つめている。しかし意図が読めないルディとフィオルは「?」を頭上に浮かべつつ、俺の言葉に素直に従ってくれた。
キィン、という音が響き、俺とルディを箱状の結界が包み込む。結界は、意図して隠さなければ誰にでも見え、大抵の場合シャボン玉のような不思議な色合いの光を纏っている。
外の音が聞こえなくなっているかどうか、確認のためにアムラさんへ視線を送ると、手を叩いてくれた。うん、問題なく発動しているようだ。
と、いうわけで。
「……あー、もしもし。ハルカさん?」
俺はスピーカーモードに切り替えて、ルディにも聞こえるようにしてから『向こう』へと話しかけた。
『はいはい~。聞こえるよ、スイト君。ね、フィオルちゃん』
『えっ、えっ、スイト様のお声が聞こえますよ?! 何ですか、これは?!』
「は、ハルカ様とフィオル様のお声が聞こえます……」
「これはスマホっていってな。俺達の世界における通信端末。魔力が無くても動く、非常に便利な代物だ。もっとも、本当なら電気エネルギーやら電波塔やら人工衛星やらが必要なのに、どういうわけか動いている摩訶不思議な物体と化しているが」
『それに加えて、私達以外の人が手にしても使えないよね。操作は元の世界から来た人しか出来ないし、スマホから身体が離れていると問答無用で電源が落ちるし』
多分魔法的なもので動いているのだろうなー。と思って実験してみた事がある。魔法が使えなくなる牢屋の中から、電話をかけてみたのだ。
通じちゃったよ。
パズルゲームとか、他人と対戦するようなゲームでなければ遊べるし、もう、何だろうな、これ。
インターネットは普通に使える。更新される事の無い小説とかは見ていて悲しくなるが、俺達が召喚される直前の状態までに開かれていたサイトの類は覗けるようだった。
つまり、科学情報見放題である。その気になれば最新の銃とかの設計図だって手に入ってしまう可能性さえあるのだから恐ろしい。
偽情報も大量に存在するが、これを悪用すれば魔法が存在するこちらの世界であっても、自分だけの天下道を楽々歩けてしまうだろう。魔法の知識こそ無いが、それでも医学知識や最新鋭の機械装置に関する知識は無駄と言えるほど転がっているのだ。
この世界に無い物を作り出し、それを莫大な金で売る事だって出来てしまう。
とはいえ、これを扱えるのが俺達だけなので、俺達自身をどうにかしなければ知識の宝庫は手に入らないが、それとこれとは別だ。
確かに、あまり知られたくない物体である。
だが、これからの信頼関係もある事だし、色々と話しておく必要はあるのだ。彼女には信頼第一で行動するように心がけよう。何せフィオル達と違い、俺達の記憶は皆無なのだから。
興奮冷めやらぬ様子のフィオルは、結界が解かれてすぐ、アムラさんに色々と話し始めた。俺達しかこれが使えない事も含め、スマホの機能についてちょっとだけ開示しているらしい。この様子から、やはりアムラさんは信用に足る人物だという事が窺えるな。
フィオルは世間知らずだ。しかしそれは、外の景色を多く知らないというだけで、魔族領各地の情報だけはしっかりと把握していた。
不思議なくらいに、各地のスラムの状態や、国ごとの経済状況など、ちゃんと理解した上で、どうすればいいのかを考えていた。
考えただけで行動に移せていないのは、彼女の『仕事量』に関係があるのだが、それはまた今度だ。
ともかく、彼女は周囲から遠方にいたるまで、あらゆる状態を把握し、理解する頭脳を持ち合わせているのだ。そして、それ故に誰が信用に足るのかを客観的に判断する事も出来ている。
実際、キナ臭い貴族には常に目をつけているし、大臣の中にもそういう者はいるので、それらにもちゃんと監視を付けていた。
そんな彼女が信頼している者が、信用に足らないという事は無いわけで。
あとは、俺達をどこまで信用してもらえるか、だよな。
このスマホが、俺達にとってかなり貴重な手札である事はおのずと理解するだろう。
「……フィオル様」
「アムラ……良いのかしら?」
「ええ。彼等は『証』を提示した。なら、こちらも出さなければなりませんので」
彼女は仮面に手を掛け、ゆっくりと外す。
そこにあったのは、きれいに整った美しい顔立ちだった。髪と同じ緑色の瞳に、長いまつげ。美しい女性と言える風貌である。ただ、彼女の両目の下に赤色の刺青がある。
揺らめく炎のような模様。隠すからには、それは彼女にとって秘密のものであり、俺達が提示した『証』に見合うものという事。
まあ、それにどのような意味があるのかは分からないが。
ともかく、彼女の信用は得られたらしい。
さあ、腹ごなしは済み、後顧の憂いも無く、ビードの乗鳥訓練と行きますか!
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