40/ 死の剣は誰の首に 2

 階層連絡線シティポート。荷物預り所の壁に、機械の正常作動を示す点灯信号が明滅している。動力巻帯ベルトコンベアが回り、ガコンと巨大な木箱を運ぶ。


 その前に立つのは、皺ひとつない高級スーツを着た背の高い男だった。整えられた銀髪に、人好きのする端正な顔立ち。だがその目には暗い光を宿している。背後から革靴の足音がした。男は振り返った。


「アンドレアス、準備が整ったよ」


 いかにもビジネスマンらしい男とは対照的に、現れた男はくたびれた風体だ。髪はくしゃくしゃで、眼鏡は野暮ったい。アンドレアス・バードはギャレット・デファーへと微笑んだ。


「ありがとうございます、ギャレット。補給は足りましたか?」

「ああ、自動販売所の位置を事前に調べておいた。上層は便利が良い。それより大丈夫かい? 彼女、置いてきてしまって」

「サーシャはすぐ気付くでしょうね。その前に仕事を終えましょう」


 アンドレアスが指を鳴らすと、巨大な木箱を乗せた機械が動き出した。足音を低く響かせ、不気味な木箱はゆっくりと第二都市中央駅ニューセントラルステーションを出た。


 ――だが、彼らは気付いていなかった。

 積み上がった預かり荷物の上で、一人の人間がそれを盗み聞きしていたことを。くすり、と女は笑った。


「ところがどっこい、来てるんだなあ、これが」


 黒く長い髪に黒いスーツ。しなやかな身のこなしで女は荷物の山から飛び降りた。音もなく着地する様は、まるで黒豹のように。楽し気に、女は――サーシャ・ガルシアは目を細めた。


「社長も甘いねえ。ま、ここらへんは社長より私の方が地理に詳しいからね。お先にいかせてもらおうっと」


 サーシャはするりと荷物預り所を抜け出し、アンドレアスたちとは反対方向に向かった。



 ◆  ◆  ◆


 高層集合住宅の自室で、ヘーレーは街を見下ろしていた。きらきらと、輝くネオンの群れ。広いバルコニーは冬の冷たい空気が支配する。切りそろえた髪と真新しいタイが、凍えるような風に吹かれて揺れた。バルコニーに立つヘーレーに、MID-7ミッドセブンが小さなタイヤを回して近づいた。


『ヘーレー様。外套をお忘れです』

「ああ、すまないね。まったく私としたことが。これがないと締まらないというのにね」


 MID-7ミッドセブンが差し出した星柄の外套をヘーレーは纏う。金の刺繍が室内の電気に照らされ、小さくきらめく。


「スラーはそろそろピンチかな?」

『状況不明。ですが、急いだほうが良いでしょう』

『報告。HE-11ヘルイレブン、階下にて待機完了です』

「ご苦労、MID-7ミッドセブンMID-8ミッドエイト


 ヘーレーは微笑むと、バルコニーの手摺に立った。夜空を刺繍した外套マントが高層住宅の上で広がった。雲に覆われた空の代わりに、夜空を晴らすように。


「さ、世話を焼きに行こうじゃないか」


 バルコニーの手摺を女の靴底が蹴る。

 星空の外套マントは、昏い街へと舞い降りた。


 ◆  ◆  ◆


 かちゃり、かちゃり。

 微かな金属音を立て、男が歩いている。腰に下げた異質な武器は、東方に伝わる剣の一種。緩やかな曲線を描いたそれは艶やかな朱塗りの鞘に納められている。同じように、男の髪を括る赤い紐も彼の歩調に合わせて揺れている。


 ムソウは小さな機械を手に、難しい顔をしている。


「いやはや、探偵殿も困ったものです。まさか、携帯電話セルフォンを忘れて行ってしまうとは……」


 ムソウが手に持つ機械はシャノの秘術電話フィア・フォンだった。それに気づいたのはアパルトメントを出ようとした時だった。玄関の棚に、ぽつんとこの携帯電話が置き去りにされていたのだ。家を出た時にシャノが置き忘れたのだろう。


 シャノたちがセジウィーク邸に向かった一方、残ったムソウは残るもう一人、イルフェン・ティービーのことを調べていた。蒐集趣味に際して作り上げた自らの情報網を使い、ティービーなる人物について情報を得た、のだが――肝心のシャノに連絡がつかないのだった。


「よもや探偵殿、拙者と連絡のつかぬ間に首なし騎士と遭遇してはおらぬでしょうね」


 むむ、とありもしない疑いを秘術電話フィア・フォンに向け、ムソウは唸った。何にせよ、朝にはシャノたちも戻ることだろう。


「仕方ありません。一旦、拙者一人で向かいますか、ティービー邸に」


 東方の衣装に似せた長い袖を翻し、ムソウは階層連絡線シティポートに乗り込んだ。


 ◆  ◆  ◆


 ――夜が来る。夜が来る。


 霧の闇に紛れ、それは訪れる。

 輝かしき栄光の機科学都市の中枢に、それは荒々しく踏み入る。

 明かりを呑み込み、文明なるものを闇で覆い。

 その暗がりに這い寄るものを、止める者は居ない。


 より高みに。より遠くに。より良きものに。

 人々の、妬みと希望がそれを突き動かす。 


 それに名はなく。人の姿ではなく。命の姿ではなく。在るのはただ、忘れ去られた遺物たち。

 前進せたかめよ。前進せたかめよ。前進せたかめよ。


 それは踏み荒らすものとして存在する。それは進み行くものとして存在する。


 そして――それは顕現する。


 ◆  ◆  ◆


 紅茶のカップはぬるくなっていた。手刺繍のファブリックソファの上には、歪な形の剣が眠っている。イルフェンが、腰に下げていると家具を傷つける、と苦言を呈したのだ。首のない男は応じ、ソファに剣を置いた。


 アンリエッタはフィアの欠片を手に取った。治療に使うようにと、グリフィンから譲られたものだ。フィアをあてがうと、首のない男の切断された左腕が輝き、元の形を取り戻してゆく。黙って手当を受けていた黄炎の火が、ちらちらとアンリエッタの顔を不思議な色に照らす。


『……アンリエッタ・アダムス』

「ええ、そうよ。あってるわ」


 確認するように名を呼んだ声に、アンリエッタは頷いた。


「貴方は、まだ呼び名がないのだったわね。スラーは何か提案していたけれど……呼ばれたい名前は出来た?」

『不要だ。我が身は応えるものであり、我が身を訪ねるものはない』


 すうっと、アンリエッタの指が黄炎に触れた。不思議な炎は彼女を焼かない。人であれば凡そ唇がある所を、女の細い人差し指が撫でる。


「駄目よ」


 アンリエッタは目を細めた。首のない男は女を見つめ返した。


「そんなこと言ったら――私、貴方を許せなくなるわよ?」


 アンリエッタは微笑んでいない。高級な眼鏡の向こうから、静かな瞳が首のない男を見つめていた。


「私、スラーを蔑ろにする人は許せないの。誰一人として。貴方が、人間じゃなくても」


 女はゆっくりと指を離した。首のない男は押し黙り、アンリエッタを見つめていた。アンリエッタは残ったフィアの欠片を大理石のテーブルに置いた。


「その顔。もしかして、不思議かしら? 私がスラーを愛していること」

『……』


 首のない男は無言。言うべき言葉を彼は持たないからだ。


「ふふ、私、さっきも随分暴れたものね。貴方は人の祈りを聞くのですっけ。じゃあ、きっと驚いたでしょうね」


 アンリエッタはぬるくなった紅茶を口にした。熱くもなく、冷たくもない、ただ飲みやすいだけの温度の液体がするりと喉を通る。


「彼は下層の善良なる人。私は上層の悪い人。丁度いいでしょう?」

『汝が信ずるのであれば、真であろう』


 貴方もいる? と、アンリエッタはカップに紅茶を注いだ。首のない男が紅茶に指を触れると、それは彼と同じ色の炎に燃え上がり、消えた。


『……汝は何故、スラー・セジウィークと共にいることを願う』

「ひみつ」


 アンリエッタはきっぱりと言った。何を問われても、今それを答える気はないと。


「それに、貴方は自分で理由を見つけないと」


 首のない男の手で空になったカップは、煤一つついていなかった。


 ◆  ◆  ◆


 ティービー邸の豪勢な廊下の奥に、その隠し部屋はある。三重のセキュリティを認証し、金にあかして作った過剰なまでの防衛装置――一瞬で人間の首を切る赤熱刃や針が仕込まれた落とし穴など――を解除し、ようやく辿り着くのがその部屋だ。


 ずらりと並んだ研究機材に、様々な資料。隅には研究の過程で生まれた屑フィアの山がある。ティービー邸内に作られた秘密の研究室こそが、イルフェンにとっての最後の砦。トラヴァースの遺産を見つけた六人以外は知らぬ場所だ。


 イルフェンは六人の中で唯一研究者ではなかったが、代わりに随一の資産家だった。故に、彼は大金を使い、この部屋を作り上げた。いざという時に、仲間たちがここを利用できるように。そして、もしイルフェン自身が死したとしても、この世に何かを残せるように。


 秘密の研究室には、過去全ての秘術<フィア>の研究記録が全て残されている。どれも、イルフェンが仲間たちからデータの複製を預かり、この部屋に残した。


「手伝わせてすまないな。君はトラヴァースのことを快く思っていないだろうに」

「仕方あるまい、緊急事態だ。ネクロクロウ一人倒せば済むというならほかに手段もあろうが……君の敵は黄金の昼の集いゴールデンヌーンなる組織だ。君自身が対抗手段を持つ必要がある」

「ああ。差し迫った状況で出来ることは限られている。悠長に研究を重ねている時間はもはやない――故に、私の得意とする機械設計の仕組みを秘術<フィア>に応用して、黄金の昼の集いゴールデンヌーンに対抗する武器を作り上げる」

「設計図は仕上がっているな? 見せてくれ、システムとフィアに問題がないかチェックする」


 スラーは演算機コンピューターを操作し、持ち出した記録媒体からデータを表示した。スラーが他の準備をしている間、グリフィンは画面に映った設計図に素早く目を通し、次々と細かな部分を修正する。


 ――鮮やかだ。スラーは息を呑む。彼ら六人が一年かけて構築した理論も、構造も一瞬で読み解き、最適化してゆく。見る者を圧倒する手際。この男は、誰よりも優れた秘術<フィア>の知識を持っている。


 演算機コンピューター上で図面を修正しながら、グリフィンは話す。


「……だがスラー。君の考えていることはそれだけじゃないだろう」

「……ああ。フライブレスの情報を、ある人に送るつもりだ。私たちが死んだ後でも、残したものを読み解き、理解し、信じてくれる人間に。そしてそれを公開する力と意思のある人間に」

「……ヘーレー・アレクシス・キングか」

「ああ。そうだ。よく分かったな」

「彼女とは、科学会合の日に話したからな。何となく分かった」


 あの夜、リバーサイドホテルのバルコニーで。星刺繍の外套マントが印象的な女だった。誰もが振り向く美しい顔立ちに似合わず、科学と未来について、熱心に語った。


「変だろう、彼女」


 くすりとスラーは笑った。グリフィンも苦笑した。


「確かに、パーティ会場の真ん中で機械を着こんでいる人間は中々居ないな」

「いやあ、しかし私も若い頃は似たようなことをしたものだよ。まさか科学技術会合のような大きな場ではやらないが!」


 スラーは機械に不備がないか点検し終えると、電源を入れた。ゴウン、と内部が正常に動き出す音がした。


「彼女には世話になっているんだ。まだ私が無名の頃から、科学者の集まりに紹介してくれた。お陰で色々やりたいことが実現できるようになった時には既に多くのつながりを得ていた。不始末を押し付けて悪いが――何、私を拾い上げたのは彼女のようなものだ。こうなったら、最後まで面倒を見てもらおうじゃないか」


 スラーは言って、悪戯っぽい笑みを浮かべた。自らの死について話しているとは思えない雰囲気で。


「本当はネクロクロウに追われなければ、私自ら各所にデータを運ぶ予定だったが、そうもいかなくなった。この屋敷を含め、私が立ち寄りそうな場所の高速通信回線インターネットは見張られているだろうしな……これは二番目に殺されたパーシーの件からの推測だ」

「……君は、死を恐れていないのか」

「恐れる? いいや」


 そう返したスラー・セジウィークの表情に笑みはなかった。その顔に浮かぶのは恐れでも、悲しみでもない。


「ないとは言わない。死への恐怖はたしかにある。だがそれ以上に、ただ――腹を立てている。仲間を四人も殺されて、その上、我々を脅しつけて成果を奪い取ろうとしている奴らに。一矢報いでもしないと気が済まない。だからこうして、奴らが嫌がりそうな手段で対抗してやろうというのだとも」


 ゴウン、と音を立て、研究室の機械が作動した。全て、動作は正常だった。長い雌伏の時間を過ごす間にも、イルフェンは日々、いつ使われるかもしれない秘密の研究室の整備を続けていたのだ。


 スラーは手袋を外し、机に置いた。グリフィンはまだ効率化作業を進めている。 演算機コンピューターの光がその仮面を薄明るく照らしている。文字板タイプボードを叩くグリフィンの背を見ながら――スラーはぽつりと語り掛けた。


「ここで死ぬつもりはないが――心残りをなくすために、一つ聞いておきたい」


 スラーは一拍、間を置いた。それから言葉を選んで、口を開いた。 


「ヘンリー・トラヴァースに秘術<フィア>の知識を教えたのは――グリフィン、君か?」

「…………」


 グリフィンは――答えなかった。文字板タイプボードを叩く軽い音だけが、二人だけの研究室にこだました。暫しの静寂の後、スラーはすまなそうに頭を掻いた。


「悪かった、聞かれたくないことだったようだな。どうにも、興味が沸くと知りたくなる性分でね。まあ研究者というものは大抵そうだろうが」


 その時、背後で研究室の扉が開いた。扉から、揺れるケープ付き外套インバネスコートが覗くと同時に、高級な茶葉の匂いが広がった。


「二人とも、進み具合はどう?」

「悪くはないが、もっと急ぎたい、といったところだ」


 シャノはティーポットと菓子が乗ったトレイを置いた。


「ティービーさんから差し入れだよ。高そうな紅茶とクッキーと……それとブランデーも。気合入れてくれってさ」


 スラーは眉を寄せ、使いさしのブランデーの瓶を振った。


「やれやれ、イルフェンは私たちを寝かしつける気か? それは祝杯をあげる時としよう」

「それにしても、厳重なセキュリティだね。解除コードが解ってても、紅茶を運ぶのは一苦労でしたよ」

「あの通り、イルフェンは心配性だからな。その警戒心のおかげで、奴らに見つからずにこの設備を作り上げることが出来たわけだ……と、そうだ」


 スラーはふと思い出したように言った。


「探偵殿、少し彼と一緒に居てくれないか? 機材をチェックしていたのだが、足りないものがあるようでな。恐らく倉庫にあると思うんだ。だが彼を一人でここに残すのは心配だと思っていたところだったんだ」

「わかりました、じゃあセジウィークさんが戻ってこられるまで、ここに居ますから」

「うむ、頼んだ」


 答えるとスラーは足早に倉庫へと向かった。


 ◆  ◆  ◆


 一方その頃。

 ゴウン、ゴウン。近くから、機械設備の駆動音がする。ぴたり、進むのを止めて、耳を澄ます。暗闇の中に聞こえるのは、設備の音と自分の呼吸だけ。人の気配がないと分かると、再度進みだす。


 誰も知るまい。既に、その屋敷に招かれざる客が入り込んでいることを。それは屋敷の奥深く、邸内中に張り巡らされたダクトの中だ。黒いスーツが汚れるのも気にせず、彼女は進む。外の排気口のロックは特別なものだったが、数分の格闘の末、サーシャ・ガルシアはそれを開放するのに成功し、こうしてまんまとティービー邸の中に忍び込んだのだった。


「ていうか、なーんで社長、私から隠そうとするんだろ。別に何の変哲もないお屋敷じゃあないの。社長、まーた何か悪さを企んでるのかな。社長が記事のために何しようが給料さえ出るなら気にしないのにな。信用されてないのかなー」


 本人が居ないのをいいことに、サーシャはぶつくさと愚痴をこぼした。進んでいると、やがてダクトの分岐路にぶつかった。サーシャは通信機に向かって話しかけた。


「フローレンス、次の分岐に来たけど、アヤシソーな方はどっちか分かる?」


 通信の向こうから、クッキーをかじる音が聞こえ、それから人の声が返事をした。


『あのう、ええと。うちが収集したティビー邸の配管図はそこでおしまいですね。あとはカンで進むしかないかと』

「カンね。やっぱ、最後はそうだよねぇ」


 サーシャは二つの分岐路を指で交互に指す。カンにはそれなりに自信があった。特に、厄介ごとを嗅ぎつけるカンには。


「よし、こっちにしよっと」


 何の確信もなく決めると、サーシャは左のダクトに進む。


「フローリィ、案内ありがと。そろそろ通信切るね」

『一人で大丈夫ですか?』

「て言っても、そっちの地図は終わっちゃったみたいだしね。あとはこっちでどうにかするよ」

『それもそうですね、じゃあサーシャ』


 ばり、もぐん。と噛み砕く音。今のは音が大きかったから、アーモンドがついたクッキーだろう。


『頑張ってくださいね、私は仮眠しますー』

「はいはい、おやすみ」


 ぶつりと通信が切れた。サーシャは一人、暗いダクトの中を進んでゆく。何分も、その状態が続くかと思えた時、やがて遠くに白い光が見えた。最初は暗闇になれた目が齎した錯覚かと思った。だが違う、確かに、この先に光がある。


 サーシャは高揚を抑えつつ、慎重に前へと進んだ。やがて――光が入る箇所に辿り着いた。通気口エアダクトの格子状の蓋の下には、部屋があった。

 人の気配を感じ、サーシャは息を殺した。


 かつ、かつと部屋から足音がした。


「グリフィン、紅茶のお代わりは要る?」

「ああ、頼む」


 聞き覚えのある声に、サーシャは内心目を丸くした。あの鉄砲玉みたいな探偵と、妙なわざを使う仮面の技術者の声だ。


(ははーん、探偵さんいるんだ。社長より早いなんてやるじゃん? でもそれって面倒ってことだよねえ……)


 自らの厄介ごとを嗅ぎ当てる嗅覚に感心しつつ、サーシャは思案する。


(じゃ、先に潰しておこうかな――)


 室内には二人。サーシャは勢いよく通気口エアダクトの格子扉を蹴った。


「なにっ……!?」


 ガシャン! 響き渡る金属音に室内の二人が通気口エアダクトを見た。だが、サーシャがグリフィンを組み伏せる方が早かった。


「ぐっ……!」

「グリフィン!」

「はーい、こんばんは探偵さん、大人しく――うわっ! 早い早い!」


 グリフィンを床に抑え込んだサーシャに、シャノの銃口が向いた。サーシャは慌てて飛び退いた。


「こんな狭い部屋で撃っちゃ、危ないよっ」


 真っ直ぐに、シャノに向かって蹴りが飛んだ。シャノはその蹴りを肩で受ける。鋭い蹴り脚の動きが止まる。


「しまっ――、」


 サーシャが焦りを浮かべた。その隙に、銃口が腹部へぴたりと当てられた。シャノの目が乱れた髪の隙間から睨みつけた。


「撃つ時は、当てるに決まってるだろ」


 服の上からでも固い銃口の感触が分かった。

 ――ごめん、降参、とサーシャが口にしようとした時だった。バタバタと走る音がして、研究室の扉が開いた。


「何事かね!?」


 そこには、物音を聞きつけて戻って来たスラー・セジウィークの姿があった。肩で息をするスラーが部屋の中を見渡す。そして、スラーとサーシャの目が合った。


「……あれ? スラーじゃん」


 一瞬の、間があった。両者とも、驚いた様子で互いの顔を見る。スラーもまた言葉をこぼした。


「……姉さん?」


「ねえさん?」

「……姉?」


 思いもよらぬ単語に、シャノとグリフィンは先程まで高ぶらせていた緊張感を一気に失う。――今、彼らは何と?

 困惑する二人に、スラーが困った様子で言った。


「サンドラ・セジウィーク。私の姉だ。すまない、銃を下ろしてくれるかね? 探偵殿」

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