24/ 燃殻通りの闇市場 6
「しまったな……つい置いて逃げちまった」
三階建ての建物の屋上で、ジャックはぼやいた。遠くには柄の悪い連中に連行されるシャノとグリフィンが見える。――後で何を言われるやら。
「ご安心をジャック殿。拙者も共に居ります」
傍らから涼し気な声。長い袖と一つに括った髪を風に揺らし、澄ました微笑みを浮かべる男をジャックをじろりと見た。
「そもそもテメーのせいだろうが、サムライかぶれ」
「まあまあ、そう難しい顔をせず。これで敵の拠点を知れるというもの。彼ら自身が案内してくれるのですから」
ごろつきたちは捕らえたシャノとグリフィンを車に押し込んでいる。どこかへ連れ去るつもりだ。恐らく、彼らの隠れ家に。通りすがった人々は助けるそぶりもなく、その光景の横を通り過ぎてゆく。中には馬鹿にしたように小石を投げつける者も居た。
「助けに来るお仲間はいないぜ、まああの様子じゃ仲間だったかも怪しいがな。オラッ、さっさと乗れ、抵抗するんじゃねえ。こっちはオマエを死体にしてから運んだって良いんだぞ」
「分かった、分かったよ」
シャノは男たちを睨みつつも、諦めて言われるままに車に乗り込んだ。様子を眺めていたムソウはウルシ塗りの鞘を撫でる。
「全くもって無警戒。本当に仲間割れだと思っているようですね。ええ、脅して聞き出すよりよほど効率的です」
「シャノにもそう思われてるかもしれねーけどな」
「ははは、大丈夫でしょう。探偵殿はどう見ても図太い……ああいえ、気丈な方。例え拙者が裏切ったと考えようと、傷ついたりはしませんよ。今頃、一生懸命打開策を考えておられるでしょう」
「お前、本当ろくでなしだな……」
「何。貴殿とて、同じ手段を考えていたでしょう? 拙者の方が行動に移すのが早かったというだけですよ」
ムソウの言葉には取り合わず、ジャックは肩を竦めた。
「だが、やったのは俺じゃねえ。お前だろ」
「おや。真っ当なことを言われては返す言葉もありませんね」
車が移動を始めた。行き先を隠すように、角を曲がって細い路地へと入ってゆく。
「動くようですね。では、行きますか。拠点に入るまではすんなりと出来ましょうが……もし探偵殿たちと合流する前に見つかった場合、いかがします?」
ムソウの問いに、ジャックは残忍に笑った。久しく仲間たちの前では見せていない顔で。
「その時は、殺すだけだ」
◆ ◆ ◆
石の壁は冷ややかで、その上、黴臭く湿った空気が充満している。見渡す限り辺りは陰気で、明かりと言えば鉄格子の向こうの蝋燭一本だけ。
たかだか悪人たちの住処に鉄格子のはまった牢とは随分大仰だった。恐らく地上の古い建物を移設し、使い回しているのだろう。シャノは縛られた腕を動かす。しっかりと固定されており、抜け出すには時間がかかりそうだった。
「うーん、面倒くさいことになったなぁ」
「むう……彼は何故このような……。奴らの仲間だったのか?」
グリフィンは仮面の奥で唸った。
「まあ、前向きに考えよう。敵の拠点には来たことだし」
「しかし、この状態では探ることも出来まい。何か脱出の案はあるか?」
「もうちょっとこの牢屋を調べてみないと解らないかな。それに今頃ジャックもこっちに向かっているだろうし」
「フン……本当に奴が来ると思うか?」
「拗ねてるねえ、グリフィン」
「当然だ、一人だけ逃げたのだからな」
二人がごろつきたちに囲まれた時、気付けば既にジャックは居なかった。それに、ムソウも。
「まあまあ、そのおかげでこっちも希望が持てるんだし。ただ、問題は――」
その時、鉄格子を開く音がした。人相の悪い男は牢に入ると鼻を鳴らし、拘束されたシャノを蹴った。シャノは呻き、男を睨んだ。
「ッ、こんな乱暴な扱いすることないだろ、大人しくしてるんだから」
「おう、元気そうだな?」
「お陰様で。丁寧な歓迎を受けたからね」
「楽しんでくれて何よりだよ」
男は油断なく二人を見下ろした。
「オマエら、オレたちの商品に興味があるんだってな。……何故アレを探ってるんだ? あの――
「……!」
フライブレス。闇で流通する粗製フィアの名称。グリフィンが顔を上げた。シャノは男の方へと身を乗り出す。
「やっぱり、フライブレスを流通させてるのは御前たちか」
「オレたち? ハン、オマエ何も知っちゃ居ないんだな」
「何……?」
「フライブレスは未知のエネルギーだ。まだ検査にも法にも引っかからない。そんなモノを放っておく筈がない。誰だって手に入れたいに決まってる。フライブレスを売ってるのがオレたちかって? オレたちだけじゃない。色んな奴らがアレを売ってるのさ。フン、そんなことも知らないとは、大した奴じゃないな、オマエら」
「こっちを殺さずに連れてきたのはそれを知りたかったからか?」
「一応、それもあるがな――」」
間髪入れず、男は容赦なくシャノの顔を蹴り上げた。受け身を取る間もなく、シャノは床に倒れた。切れた唇から血が滲む。
「シャノン……!」
「安心なんかするなよ。別に二人とも殺したって良かったんだぜ。生かしておけば使い道が増えるってだけで、死体にも価値はあるんだからな」
「ゲホ……ッ、あー、一つ聞きたいんだけど。わたしたちの死体の価値って? 観葉植物の肥料とか?」
「残念だが、うちは花屋じゃあないんでな。――聞いてるぜ、オマエら、ウル・コネリーの手先なんだろ」
「それは――」
言葉を濁すシャノを、男が遮った。
「隠さなくて良い、見張りから話は聞いてるんでな。ハ! 分かるか? あのクソ犬野郎の手先がオレたちのフライブレスに探りを入れに来たなんて、不愉快極まるハナシってことだ」
男は我慢ならない様子で吐き捨てた。
「ここじゃ
「……つまり、言葉を選ばずに言うと……公開処刑?」
「盛り上がるだろうよ」
にたりと男は笑った。シャノは冷やりと汗をかいた。男の表情をじっと見るが、冗談を言っている様子はない。
「いやあ……その、どうかな、処刑とか流行りじゃないっていうか、二百年くらい古いし、皆もっと楽しいことの方が好きだと思うよ?」
「なァに、ここは大都市テムシティ下層の更に下、世間から見向きもされないモノが集まる場所だぜ? 流行りじゃないものだって大歓迎だ」
言うと、男はシャノの髪を掴みあげた。ぴたり、と冷たい感触が額に当たる。それは金属の銃口だ。弾倉の位置が仄かに黄色く輝いている。
「まあ、どうやらただの使い走りみたいだし、これ以上生かしておく価値もなさそうだ。ここで殺して、死体だけ飾ったってウケるだろうよ」
「ま、待った待った、わたしなら……もっと君たちの役に立てると思うよ。そのフライブレス製の武器なんかより、よっぽどね」
「へえ? 何だ、言ってみろ」
「例えば……ウル・コネリーの情報をそっちに売るとか」
男は初めて、シャノに興味を持ったように視線を動かした。
「面白い、命惜しさに
「今を生き延びなきゃ明日もないわけだしさ」
「奴にバレたら生きてたことを後悔するだろうよ」
男はせせら笑い、額から銃口を離した。
「良いだろう、連れて行ってやるよ。ボスの所にな」
男はシャノを立たせ、乱暴に歩かせる。グリフィンを残し、鉄格子が重い音を立てて閉ざされた。
「シャノン……」
「……おい」
連れ出されるシャノの背を見送り、ぽつりと呟いた時、突如牢の中に別の声がした。グリフィンは驚き、振り返る。先程までは気付かなかったが、良く見れば暗い牢の奥にもう一人、男が居た。聞き覚えのある声だった。
「おい、グリフィン」
「……何?」
暗闇に目を凝らす。そこにあったのは――数日間行方知れずだった友人、エイデン・マッカイの姿だった。武骨な体躯に、ぼさぼさの黒い髪。長い間日の光を浴びていない様子だった。
「エイデン……。君も、ここに居たのか」
「君に詫びようと思ってこいつらのことを調べてたら……この通りだ。情けない。本当はこんな場所で会うつもりじゃあなかった。君の足を引っ張ってばかりだな、俺は」
「ここで何を調べていた?」
「当然、奴らが量産してる粗製フィア……あいつら曰くフライブレス。そのことだよ」
「粗製フィア……私の精製するフィアとも、君のフィアとも違う。到底我々の品質には及びはしない。だが……彼らはその技術を一体どこで手に入れた?」
「俺も、それが知りたくて探ってたんだよ。フィアの技術者だって言ったらすんなり潜入できたが……二日前にバレてこのザマだ」
エイデンは大きく嘆息し、それから思い出したように言った。
「あの探偵は大丈夫か? 何か考えがあるのか?」
グリフィンは静かに首を振った。
「いや……ないだろうな」
「な、ないのかよ」
「シャノンのことだ。何とかその場を凌いだだけだろう」
「お、終わりだ……」
「うむ」
「うむじゃねえだろ!?」
エイデンは頭を抱えようとしたが、腕を縛られているため出来なかった。こんな状況でありながら、グリフィンは先程までとは打って変わって、自分が落ち着いていることに気が付いた。……安堵している。彼とまた会えたことに。エイデンのしたことに何も感じていないといえば嘘になるが、それでも、嬉しかった。
グリフィンは鉄格子の向こうに視線をやる。蝋燭の火がちらりとその仮面に反射し、揺れた。
「シャノンも何か打開策を見つけ出すだろう。こちらも出来ることを探すまでだ」
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