ジャックの探偵代理事件 3
空はいつもの通り薄曇りだったが、その場所は賑わっていた。
辺りは広く開け、都市部では珍しく木々が多く植えられている。
今日は休日なので子供の姿も多く目に映る。若いカップル、木陰で休む老人、様々な市民がそこに居た。
「ほら、広い場所だぞ」
ジャックが声を掛けると、リードをつけた三匹の犬は地面の匂いを嗅ぎ、楽しげに土の地面を歩く。
散歩に来るという案は悪くなかったようだった。犬たちは外の空気を吸い、人々の声を聞きながらウロウロとしている。
少し入口の近くを歩かせてから、ジャックは三匹を連れて人の少ない位置に移動した。それから部屋から持ってきたボールを取り出す。ボールを見ると犬たちはキラキラと目を輝かせ飛び跳ねた。
「よーし、気になるか? じゃあ遊んでな」
ボールを軽く転がしてやると、犬たちははしゃぎ、ノロノロ動くボールを追いかけ始めた。
コロコロ。ゴロゴロ。ボールは白いフワフワの犬のところへ行ったと思えば、蹴り飛ばされて茶色いクルクルのところへ行き、白黒斑が噛みついたと思うと、またぽんと地面に放り出された。
平和だった。――よし、今度こそ大丈夫だ。ジャックはリードを持つ手をぐっと握った。暫く遊ばせてからシャノが帰ってきそうな夕方頃を見計らって戻ろう。
犬たちは好き勝手にボールを追いかけていたが、気の向くままに動くためいつのまにか茶色いクルクルと白黒斑のリードが絡み始めていた。
「ああ、ちょっと待て。今解くから……」
ジャックはしゃがみ、二匹の絡んだリードを解こうとし――その時、グン、と強く手を引く感覚を覚えた。
「あ?」
見れば、左手にリードがなかった。そして白いフワフワの犬の姿もない。慌ただしい足音と共に遠くに駆け去る男の姿があった、その腕の中には白い毛の犬。
「なに……っ!? 待てオイコラ!」
何が起こったのか分からなかった。誰だ? 何故犬を連れて行く?
だがそれも一瞬のこと、ジャックは即座に立ち上がり男を追いかけようとした。しかし――問題があった。白黒斑と茶色いクルクル。残りの二匹の犬を放り出して行くわけにはいかない、連れていくにしても二匹とも体が小さく足が遅い。
「チッ……こいつらどうする……!? 抱えていくしかねえか……!?」
犬たちを抱き上げようとした時、ジャックはふと、一つの影に気づいた。
「……貴様、こんな所で何をしているんだ」
駆ける子供の土埃が舞う公園に、白と紺の上等そうな長衣が翻った。その頭部には表情の読めぬ銅色の仮面。
愛らしい小型犬のリードを持つジャックを見て、怪訝そうにグリフィンが尋ねた。だがジャックにはそれに答える暇はなかった。
「グリフィン、会いたかったぜ! この二匹頼んだ!」
「は? まっ、何なんだ!?」
「犬ドロボーだよ!」
リードを押し付けられ困惑するグリフィンを置き去りにし、ジャックは男の後を追って駆け出した。公園を走り抜け、遊ぶ子供たちの横をすり抜け、泥棒男の逃げた道へと向かう。
走る速度はジャックの方が圧倒的だった。すぐさま出遅れた分を取り戻し、逃げる男の背中が路地裏に入るのを見つけた。
「テメッ、うちの顧客を返せ!」
「ヒッ!? 追ってきた!?」
ジャックの声に気付き、泥棒男が振り向いて目を見開いた。落ちていた空き缶を蹴り、慌てて足をもたつかせるその男は見覚えのない冴えない中年だ。フワフワ犬は何が起こっているか理解しておらず、早く過ぎ去る景色を少し不安そうに見ているだけだ。
「商売邪魔されたら追うに決まってんだろうが! 大体、人間ってのはなァ!!」
ジャックは速度を上げ、路地のゴミ箱を踏み、跳び上がった。
「な……ッ!」
壁を蹴り、男の走る速度より早くその宙空を飛び越え、そしてその行く手に着地した。男は日常ならざる光景に唖然とした。
「――逃げられたら追いたくなるんだよ」
「な、な、なんだお前!! ただのペット預り所のくせになんだその体力は!」
「悪いなァ、俺はただの代理人だ!」
「よせ! 俺はこの犬の飼い主に恨みがある!! 真面目に働いてた俺を工場からクビにして――」
「知るか! 死ねッ!!」
ジャックは腕を大きく振るった。その腕から凄まじい速度で――空き缶が投擲された。
――カーン!
鋭く風を切った後、小気味良い音を立て、汚れた空き缶が男の額に真っ直ぐ命中した。そのまま、男の体は頭から後ろにスーッと倒れ、ドサリと音を立てて気絶した。
「そういうのは犬を盾に使うんじゃなくて、ちゃんと法律機関に行け」
放り出された白いフワフワの犬をキャッチすると、殺人鬼は静かに諭し、
「……あと、ペット預り所じゃなくて探偵らしいぜ」
それから、少し捕捉した。
「ワン!」
白いフワフワの犬がつぶらな瞳で愛らしく吠えた。
◆ ◆ ◆
その後、ジャックは取り戻した犬を連れ、グリフィンと合流した。グリフィンは事情を聞くと『犯人はどうした』と尋ねたが、時既に遅し。戻った時には路地裏に放置された犬泥棒は逃げ去っていた。
アパルトメントに戻ると、はしゃぎ疲れた犬たちはグッスリと眠り、翌日、飼い主たちが迎えに来るまで何事もなく過ごした。
「お疲れ様、ジャック。苦労かけたねー」
最後の一匹が引き取られていくのを見送り、シャノはコーヒーを差し出した。
「ほんとにな、犬の面倒みるのって大変だな……」
――別に本来はそこまででもないんだけど。シャノは思ったが、黙っておいた。
「でもお陰で今月の収入が増えたし、ホント助かったよ。今日の晩御飯、ちょっと良くしない?」
「あー良いね、それで行こう。肉を増やす」
飼い主の一人から渡されたクッキーをかじりながら、グリフィンが皮肉げに口を開いた。
「貴様、犬の扱いが上手いようなら続けてはどうだ。生活費の足しにもなる」
ジャックは顔をしかめた。
「嫌だね、もう懲り懲りだ。っていうか御前ちょっと面白がってるだろ」
「ごめんねジャック。次までにはちゃんと預かりマニュアル作っておくからさ」
「俺の話を聞け、もうしねえっての! この話は終わりだ、今晩の献立買いに行くぞ」
「えー、残念、結構なつかれてたのに」
立ち上がり、ジャックは買い物袋を持った。シャノはグリフィンの方を向き、肩を竦めた。
--------------------------------------ジャックの探偵代理事件(了)
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