-幕章-

幕章「彼岸の花の祈り」


「随分と長いこと話し込んじゃったわね」


「あぁ...」


お茶を置き、窓から見える夕焼けを見つめた。

過去をこんな風に語り合える日が来るとは思っていなかった。

彼女の前に顔を晒せば殺されるんじゃないかとさえ思っていたのだが、彼女はあのときのことを僕のせいだとは責めなかった。

思えばこの十年間、僕はこの村のことを一日たりとも忘れたことはない。

春には村へ続く街道を彩る花道、夏には緑生い茂る山々が涼し気な香りを運び、秋にはそれらも紅へ化す。そして冬には赤く染まる丘にも幻想的な白雪が降り積もり、それが解ける頃に春がやってくる。

そんな四季折々を感じることができるこの村を、僕は今だって愛しているし、これからも愛していくのだろう。


「霧ノ助...、あなた、またこの村を出ていくの?」


「...あぁ、そうだね。明日には村を出ていく。今日は墓参りに来ただけだからね」


「そう...」


十年間、鈴蘭が守り続けたこの村は今も変わらない景色を映してくれている。

それこそ、今にでもあの二人が仲良くはしゃぎまわる光景が目に浮かぶくらい、あの頃と何も変わっていない。

だからこそ、僕はあの頃のようにまっすぐ笑える時が来るまで、この村には帰らない。

旅を続け、自分の過去とちゃんと向き合えるまでは、この村の住人として生きていくことはできない。僕はそう思っている。


「...そうそう。お母様の後任として、万屋を継いだ子たちがいるの。まだ幼いのに、凄い腕よ。良かったら後で顔を見てやってくれないかしら」


「...そうか。僕なんかが顔を出していいものかはわからないが、どんな子たちなのかは興味があるなぁ」


「ふふっ...それじゃ、行きましょうか」


鈴蘭は微笑みながら僕を連れ出した。

向かうはかつて凪と辻が過ごした愛の巣であり、万屋の看板を掲げた平屋だ。

あの頃は石と木材だけで建っていた家だったが、今では石煉瓦で外壁が覆われ、昔よりも頑丈になっている。

しかし、広さや形はかつてのものまんまだ。


「柊、琥珀、入るわよ」


引き戸越しに叫ぶ鈴蘭は家主の許可なく扉を開け、勝手に家へ上がった。

奥からは楽し気に笑う二人の少女の声。

廊下を歩き、居間へ顔を覗かせると、そこには凪と辻が着ていた羽織を着こんだ二人の少女の姿。

彼女らは僕らを見るなり顔を明るくさせ、幼い子供のような仕草で僕たちへ駆け寄ってくる。

そんな二人に僕は凪と辻を重ねてしまい、気づけば両の頬から涙が零れていた。


「鈴蘭おねーちゃん、この人だーれ?」


「もしかして、鈴蘭の恋人?」


「違うわ。私の大切なお友達よ。あなたたちもちゃんと挨拶しなさい」


「「はーい!!」」


二人の少女は僕を見つめ、頭を深々と下げる。

腰に据えられた刀も凪たちのお古のようで、その姿は幼い頃の二人を見ているようだった。


とても不思議な感覚だ。

あの二人とは全くの別人のはずなのに、どうしても他人とは思えない。

彼女たちが浮かべた凛とした瞳は、かつてこの村で禁忌に屈しずも愛し合った二人の英雄を彷彿とさせるような儚さが見える。

鈴蘭が今日、僕に話した過去はこの時のために語ったものだったのだろうか。

この二人を見れば、僕は救われると...?

だから、鈴蘭は僕をこの二人に会わせたのか...?


「お兄さん、何で泣いてるの?」


「私たち、泣かせちゃった?」


「...っ、なんでもないさ......ただ、君たちにそっくりな二人を思い出しただけだ...」


涙を拭い、全てを吐き出しすかのように僕は息を吐く。

そして、心から彼女たちに託された万屋としての証に敬意を払い、僕は笑った。


その後、柊と琥珀は凪と辻のように、互いを愛し合うこととなるのだが、それはまた別の機会に話そう。


とにかく、凪と辻が残し、鈴蘭が守ったものはきちんとこの村で受け継がれている。

あの二人がいたからこそ、彼女たちは明るい未来へ歩いていくことができたのだ。

妖も、もののけも存在しない今の時代、夜鳴村よなきむらにはある掟が作られた。

作ったのはこの村の現村長である鈴蘭。

その掟はこうだ。


『愛する者を、命を懸けて守ること。例えそれが、禁忌を犯すこととなろうとも、絶対に離してはいけない。握った手を離さず、健やかなるときも、病めるときも、全てを懸けて守ること』


破った者は、死よりも恐ろしい罰が下るんだろう。



さて、と。

凪と辻が紡いできた物語はこれで終わりだ。

最後の最後まで、愛し合った二人の想いは未来永劫、この村の伝承によって伝わっていくことだろう。

そして、何百年経ったとしても、あの丘の上で英雄として称えられるのだろう。


それを僕は少し離れたところから見守ることとしようか。


そんな風に、前向きな想いを胸に馳せ、僕は今日も旅を続ける。

いつか、もう一度彼女たちに出会えるまで───



彼岸哀歌 (完)

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