最終章「悲願愛花」


間に合わなかった。

僕は、僕は......


「......これは、一体、どういうことかしら...、霧ノ助...」


二人の少女が倒れこむ地に繁華街から帰ってきた鈴蘭。そして、彼女を守ることができなかった僕が立ち尽くす。

凪のお母さんは重症こそ負ったが命に別状はなく、村人たちによって繁華街の病院へ運ばれた。

村に残された僕たちは、二人の少女が寝そべるその場所へしゃがみこみ、主に凪の手当てを行う。

しかし、この出血ではもう...


「...おねえさま......ごめん、ね...」


「凪......、大丈夫、大丈夫だから...私が、私...が.......」


鈴蘭は酷く取り乱し、頬を涙で濡らしながら必死に凪の名を呼んでいた。それに返す凪の笑顔はとても清々しく、これから訪れるであろう死に対する恐怖は一切感じられない。

僕は何もできず、そんな彼女たちをただ茫然と見つめていた。

最早息も絶えた辻も何処か安らかな表情を浮かべ眠っている。

どうして、互いを愛し合っていたこの二人が命を削る様な戦いをしなければならなかったのだ。

この二人はただ、ただ...愛する者と添い遂げたかっただけなのに。


「......ねえ、ねえ...おねえさま...つじのかおが、みたい...の」


「っ...ええ......霧ノ助、お願い」


「あぁ...」


僕は冷たくなってしまった辻の体を抱き上げ、凪の隣へと寝かす。

既に動かなくなった辻の体の体温から、本当に彼女は死んでしまったのだと改めて実感し、その残酷な現実から僕は目を背けたくなった。

しかし、凪も鈴蘭も目を逸らすことはなかった。

二人とも、起こってしまったことから逃げず、それを受け入れ覚悟を決めているのだ。

それなのに、僕は...


「つじ......つじ、つじ...っ、つ...じ......ごめん、ね...まもってあげられなくて...ごめんね......」


凪は力なく重たい腕を引きずりながら辻の手を握り、涙を零しながら何度も何度も辻の名を呼ぶ。見ているだけで胸が痛くなるような情景に目を逸らそうともした。

しかし、そんな僕に鈴蘭は言う。


「私とあなたが愛したあの子の最後よ...私達が見届けなくて誰が看取ってやるの?」


震え声を発し、瞳一杯に涙を溜めて鈴蘭は言う。

その言葉には凪と辻の一生が詰まっているような気がして、僕は静かに二人を見やった。

人間の死はこうも呆気なく儚い。

例え愛する者がいたとしてもだ。彼女たちは結局、なんのために死ぬのだろうか。なんのために愛し合っていたのだろうか。

きっとその答えは一生わからないのだろう。


「...おねえさま...もうひとつだけ...おねがい...あの丘に、つれてって...」


依然として、凪は辻の手を離すことなく鈴蘭へ伝える。

鈴蘭はただその言葉に頷き、凪の体を背負った。

僕も辻の体を背負い、鈴蘭が歩く道へ続く。


もうすぐやってくる春を待ちかねるように、丘を埋め尽くす彼岸の花は風に揺れていた。

かつてここに埋められた二人の少女の墓石。

確か名前はカナデとイズモ。

まるで、凪と辻のような二人が眠る墓石の前へ二人を寝かせ、僕らは彼女たちに最後が訪れまでここにいる。

二人の恋を看取る役目を、こんな僕が引き受けてもいいのか正直わからないが、きっとそれは権利なんかじゃなく、義務なのだろう。


花の絨毯に寝かされた凪は辻の顔を見てとても幸せそうな表情を浮かべている。もうすぐ命尽きる者の表情にはとても思えないが、それだけ凪は自分の人生を幸せだったと感じることができたのだろう。

掟によって処された者はもののけと化し、村を襲うなんて言われているが、凪はきっとこの村の人達を呪うことはない。

こう見えて、彼女は人の痛みがわかる強い子なのだから。


「......おねえ、さま...わたし、ね...すごく、幸せだった...おねえさまの妹にうまれて...つじと出会えで...霧ノ助と、ふうふになれて、たくさんの人たちから愛されて...ほんとうに...幸せだった...」


「...凪、私もよ。あなたの姉になれて、本当によかったわ。幸せだった...」


二人の嗚咽交じりの声に涙が誘われ、情けなくも両の目からは涙が零れ落ちる。最後の最後まで、僕は泣いてばかりで、凪に掛けてやる言葉すら見つからない。ただ、嗚咽を上げ、凪の顔を見つめながら泣く。その姿に凪は呆れ顔を浮かべながらいつもの調子で僕に言った。


「...ほんと、さいごまで、泣き虫ね......霧ノ助...いままでわたしのために、ありがとう......」


「っ...ぅ、うぅ...ほんとにっ、僕は...君に、なにもできなかったっ...すまない、ほんとうに...すまなかった」


悔やんでも悔やみきれない。何度自分を責めても責めたりない程だ。でも、そんな僕を彼女は許すようにやさしく微笑む。力なく、虚ろとした瞳も徐々に閉じていくのを見て、僕たちは凪の最期を悟った。

鈴蘭はそんな凪の手を強く握り、名前を叫ぶ。正直こんな鈴蘭は初めて見たし、見ていられなかった。

僕は僕で、涙で顔をぐしゃぐしゃにし、自分でも何を叫んでいるのかわからないほど声を上げた。


「...ありがとう......」


凪が発した一言に鈴蘭は涙を拭い、最後に見せるのはとびっきりの笑顔だ。

その笑顔を見た瞬間、凪は安心した表情でもう一度辻の方へ顔を向け、その瞼を閉じた。


春はもう直やってくるが、今日は北風の冷たさが村に注ぎ込み、二人が眠る丘の花弁を高く宙へ散らせていく。


せい死という概念をこんなにも美しく引き立たせる花は他にはないだろう。少なくとも、僕はそう思うほどに、今の光景は美しく、そして物凄く儚かった。


「...凪、おやすみなさい」


鈴蘭が言った一言に凪が返すかのように空から降るのは白い雪。

それは真っ赤に染まった丘を白く塗りつぶすように、降り注ぎ、彼岸の丘を幻想的な風景へと変えていく。


「あーあー...せっかくの貴重な研究資料を...なんということだ......恋やら愛やら下らないものに壊されたんじゃ、溜まりませんなぁ」


背後から機嫌の悪そうな男の声が響いた。

僕は背へ振り返り、十数人の役人を連れ生き引き取った少女二人を嘲笑う藤吉の顔を睨みつけた。

鈴蘭は藤吉へ顔を向けることすらしないが、大事な妹を失ったやり場のない怒りはどうやら藤吉へ向かれているようで、凪の手を握る鈴蘭の両手は激しく震えていた。


「まったく、もののけを作り出し操るという実験は成功したが、脆弱な村の娘一人に呆気なく殺されてしまうようじゃ、あれも失敗作か...さて、また次の作品を作り出すために、今一度この村は私が仕切らせていただきましょうかね...」


愉快気に笑う藤吉の声は僕に苛立ちの感情を植え付け、僕は彼の顔を一度殴ってやろうかと立ち上がらせる。しかし、それを制止するかのように静かで冷たい鈴蘭の声が響く。


「次、なんてないわ。だってあなたたちは今ここで───」


『───物言わぬ肉の塊になるのだから』


狂気じみた笑みを浮かべた鈴蘭は持っていた風呂敷の中から金棒を取り出す。それは以前辻が鈴蘭を怒らせたとき、彼女が辻を半殺しにするために使った凶器。通称「麩菓子」。この金棒が、鈴蘭が鬼姫と呼ばれる所以。


「は──────?」


鈴蘭は見に見えぬ速さで金棒を藤吉の顔面へと打ち込み、体制を崩した藤吉の体を足で思い切り地面にねじ込ませる。そして動けなくなった藤吉の顔面に落とされるのは棘の付いた鉄の麩菓子。

何度も何度も振り下ろし、その度に散る血液に、彼の命はもうない事を悟る。

狂気的な光景を目前にした役人たちは恐れをなして逃げようと走り出すが、当然鈴蘭が逃がすわけもなく、彼女は逃げ惑う役人たちにも金棒を放り投げた。

それから少し経ち、鈴蘭の怒りも収まったころには雪が積もり、そこに藤吉たちの姿はない。

何があったかは想像にお任せすることにする。


眠る二人を凪の自宅へ運んだ僕たちは彼女たちと一緒に酒を交わした。その晩僕たちは眠ることも忘れ、酒に呑み呑まれ夜を明かしたんだ。


翌日。繁華街から帰ってきた村人たちと共に、二人を見送る葬儀を行った。

夜鳴村よなきむらを藤吉の魔の手から救った英雄として、僕のおじさんよりも華やかで豪華な葬儀だった。

そこに巫女様の姿はないが、彼女もきっと病院で二人の死を悼んでいることだろう。

凪と辻の死に涙を流すものもいれば、笑って見送りたいと願うものもいる。これだけたくさんの人に愛され、見送られ二人もさぞかし幸せだろう。

ただ、僕はやっぱり自分を許すことができない。

あのとき凪を行かせていなければ、少なくとも凪は死ななかった。僕が止めていれば、彼女を救うとは出来たんじゃないだろうか。

僕の中でそれだけが強く根付いて離れなかった。


凪と辻の墓は鈴蘭の計らいで彼岸花が埋め尽くすあの丘に建つことになった。

あそこなら二人の大好きなあの花がいつでも眺めることができるだろうし、二人もきっと喜ぶことだろう。


それから数時間が経過し、葬儀を無事に終えることができた。


二人の葬儀の後、村民会議が行われた。

藤吉が行方不明となった今、正式に村の長は誰がなるべきかという議論。

もちろんまず最初に僕の名前が上がったが、僕は自ら辞退し、代わりにこの村の長に相応しい人物を推薦した。


「...ええ、いいわ。私がこの村の村長になりましょう。その代り、私の大事な大事な妹を奪ったこの村のくだらない掟を廃止することが条件よ。あんな古臭い大人が作ったしきたりに従うなんてごめんよ。あんなものは後世に残すべきものではないわ」


鈴蘭は大きな声で胸を張り、村人達に告げた。

その声に皆は賛同し、こうして夜鳴村の未来は鈴蘭に託されたわけだ。

対する僕は、ある準備を行っていた。

そう、村を出る準備だ。

行く宛てなんかないが、正直この村にいてはいけないような気がした。皆が前に進もうとしている中、僕一人が未だに二人の残像を追いかけている。そして、その残像はおそらくこの村にいる限り消えてはくれないだろう。

だから、僕は旅に出ようと思う。もしかしたらこの村に戻ってくることはもうないかもしれない。

それでもここが僕の故郷に変わりはないわけだが...


「霧ノ助。もう二度と、会えないかもしれないのでしょう?だったら、一度だけ、こっちを向いてくれるかしら」


出発の日、鈴蘭に呼び出されたと思えばこれだ。もっと大事な話かと思ったのだが...

とりあえず、言われた通り僕は鈴蘭へ顔を向けた。

その直後、唇に柔らかい感触を感じ、近づけられた鈴蘭の顔に目線がいった。

まさか、初の接吻が彼女に奪われるとは僕も思っていなかったため、かなり躊躇いたじろいだが、鈴蘭は相変わらずしてやったりと余裕そうな表情を浮かべていた。

そういえば、鈴蘭は元花魁だったな。


「門出の祝いよ。これで、どこに行っても私以外の女は考えられなくなる呪いのような物よ」


「それはまた...、嫌な呪いだ」


どうやら、見送りは彼女だけのようで、逆に安心した。

こんな僕を見送るほど、この村の人間は暇じゃないようだ。

もうじき僕が大好きな元の村へと戻っていくだろう。

なにせ、村長はこの鬼姫様だからね。


「...それじゃ、鈴蘭。また会う日を楽しみにしているよ」


「ええ...こちらこそ」


僕は鈴蘭に背を向け、繁華街へ続く道へと足を踏み出した。

もう二度とこの村には帰らない。その覚悟だけ胸に、一歩一歩道を踏みしめて歩く。その度に思い出すのは凪と辻の共に歩く姿で、やっと吹っ切れたはずの涙は再び僕の顔をぐしゃぐしゃに濡らしていった。

この後悔を一生背負い、一人で生きていく。そして、心から僕が笑える日が来たら、その時は二人の元へ足を向けるとしよう。


徐々に遠くなる村の入り口。そこに立つ鈴蘭は未だ僕へ目を向けており、素敵な笑顔を浮かべている。

少しずつ少しずつ遠くなるその面影に、やっと僕は振り返ることなく前を向いた。

大好きな僕の故郷を背に、春風が吹く方へと歩く。

その背後には、狐の面を被った二人の少女の姿が見えた。顔は確認することはできなかったが、どこか凪と辻に似ていて、それはいつまでも僕を見守るかのように手を振っている。

しかし、二人の少女は数瞬の間に消えてしまい、その二人が立っていた場所には彼岸花が一輪咲いていた。


「...まったく、この村は不思議なことがいっぱいだね.....」


干渉を飲み込み、大きく息を吐いて、僕は春が待つ方へと歩いた。

いつか、ここで再び笑い合える日を夢見て。


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