十九章「面の下に浮かぶ涙」


村内は既に地獄絵図。

奴らは意志を持ったかのように村内に火を放った。

数は三十程か、まるで何かに操られたかのように君の悪い動きを見せながら四方へ広がり、村民たちの住居を襲っていた。

その中たった一人異様な雰囲気を漂わせる姿があった。白装束に身を包み、揚げ帽子を深く被った狐面の女性。その隙間から覗く金色の長髪は風に靡いている。

明らかに他のもののけとは比べられない狂気を感じ、私は一瞬で悟った───


「凪!貴方、何をしているの!どうしてここに...」


狐面の人間に模した妖を掻き分けて放たれるお母様の声。

流石のお母様もこの量が相手では余裕もないらしく、既に必死の表情。

お母様が長年愛用していた巫女の羽織も、奴らの刀によってズタズタに引き裂かれてしまっている。


私は一度、周りを見回した。

そこは戦場と化したかつての思い出の地。

火煙に包まれた村の中心に一人立ち尽くす私の視線は目の前に立ち塞がる狂気へ向けられた。

他のもののけとは何かが違う。

憎しみの大きさも、この村に抱く復讐心も、どれもが私が今まで相手にしてきた妖とは違った。

そしてそれは私がついこの間まで抱いていたものと全く同じ感情だ。

辻を失って私がこの村の人々に、藤吉に、掟に抱いた負の感情そのものを象った存在。

それが私の前に立つ彼女ならば、奴の正体はきっと...


「お母様。私は逃げない。貴方から教わったこの村を絶対に守るという使命を、今ここで果たすわ」


現在ももののけと応戦中の母へ告げる私の覚悟。

いっつも迷惑ばかりかけ、大した親孝行もできなかったが、それでも私は貴方の娘だ。

家業である万屋を継ぎ、この村を守るという呪いを代々受け継ぐ最後の代。

それがこの私だ。


もう背後からお母様の声は聞こえない。

私の想いを酌んでくれたらしく、お母様は目の前の妖へその身、刀身を振るう。

最後まで、お母様に迷惑ばかりかける私はダメな娘だ。

ここで死ねばきっと地獄行き間違いなしだろう。


互いに交わる目線はもはや周りの情景も忘れさせ、どちらが先に動くかで勝負が決まる様な状況。

狐面を被った彼女の瞳は鋭く私を睨みつけており、その手に握られた鋭い刃を私へ向けている。

対する私は未だ刀すら構えず、彼女に対して真正面に突っ立っている。

正に隙だらけの私を如何に確実に殺すか、それを考えているかのように彼女は私の動きをまじまじと見つめていた。


周りのもののけたちも私を囲みだし、一切の逃げ場がなくなる状況へと追い込まれていくが、はなから死ぬ覚悟でこの場に赴いた私に恐怖による圧は一切感じられない。


大きく息を吸い込み、腰に据えられた愛刀へ手を掛ける。

しっかり使い古された一太刀には様々な想いが込められているが、そこに負の感情は混在しない。

私の強い意志と、あの子が残してくれた思い出だけが私の背を押して、その刀身を抜く。

瞬く間に横一列へ滑るように放たれた渾身の一太刀は白装束の前に立ち塞がる妖を切り裂き、土埃を巻き上げる。

そのまま一歩下がることすらせずに次の妖へ目線を向け、体を大きく回転させながら刀身を振り上げる。

数瞬の隙すら与えず、彼女たちの足、腕、首を斬りこみ、空いた片方の腕で殴っては叩き、掴んで刀を突き刺す。

乱暴にも思える私の剣舞はお母様直伝のもので、これ以上の戦法は私にはない。


次々と体を前進させながら敵を切り裂く私への彼女らの攻撃は躱すことすらなく、その身一身で彼女たちの憎しみを受ける。

一突き一突き、貫かれる私の体からは鮮血が散り、宙へ吹雪く。

それでも私は迷いなく、立ち止まらずに剣を振るい、私へ攻撃を仕掛ける彼女たちを一掃した。


「...っ、はぁ...はぁ、あとは...アンタだけね......」


出血と痛みから朦朧と私の意識は揺れるが、ここで倒れるわけにはいかない。

目の前の妖をこの刀で斬らなければ終われない。

彼女の憎しみこそ、私が受け止めなければならない一番の負の感情であり、忌々しき掟を残したこの村に、産まれ落ちた巫女の娘に課された業だ。


プルプルと震える右手で刀を構え、大量の血液が流れ落ちる足を何とか立たせる。

彼女たちの攻撃は全て、致命傷を避けてきたが、それでもここら辺が限界だろう。

徐々に体温が下がっていくのを感じる。

出血が多すぎたわね。


「...さあ、来なさい......ここで全部終わりにしましょ...あなたの憎しみは全部私が受け止めてあげるから...」


息を整えながら告げた私の言葉に目の前の彼女は微かに動く。

その体はゆっくりと私の方へと歩み寄り、手に持った刀は大きく上へ振り上げられる。

そのまま歩む彼女へ私も距離を詰めるようにゆっくりと歩き出した。

フラフラと左右へ揺れる体を気合で真っ直ぐ歩かせ、その距離は確実に縮まっていく。


彼女へ歩み寄るたび、私の耳にはどこからともなく声が聞こえたんだ。

今までこの村の掟によって処された少女たちの叫び。

その中には聞き覚えのある声もあった。

私が大好きな優しい声色で、ひたすら私に謝るあの声に、私は微笑みを向けた。



『これは、あなたのせいじゃない。あなたは何も悪くない。だから、もう終わりにしよう』



刹那、目と鼻の先ほど縮まった距離から振り下ろされた彼女の刀身。それは私の頬を掠め、その反動を利用した私は彼女の肩を抱き、右手に持った刀を思い切り振り上げた。

刃は彼女の顔を覆っていた狐の面を真っ二つに切り裂き、被っていた揚げ帽子ですら塵へと返す。


そこから距離を取った彼女は顔を見上げ、私を見つめた。


「やっぱり...ね......」


涙で顔をぐしゃぐしゃにし、怒りと憎しみによって表情を歪める愛する人の顔を見て、私は息を漏らした。


自慢の金髪を振りかざしながら、そこに立っていたのは、あのとき藤吉によって処刑された辻だった。

藤吉のもののけを作り出す研究は成功したのだろう。

そして、この村にこの子たちを向かわせたのも藤吉だろう。

悪趣味にも程がある。

わかってはいたけど、辻とこんな形で再会し、刀を交えることになるとは...


でも、私は折れない。

例え目の前にいるのが私の大好きなあの子だったとしても、ここで剣を捨てればあの子のことも裏切ることになる。

だってあの子、あの時言ってたわ。


『あとは任せたぞ!』


そう、私がこの村を守らなきゃ、辻に怒られてしまう。


「待ってて、辻...今、その涙止めてあげるから......」


両眼から大粒の涙を零す辻へ、私は最後の力を振り絞り、刀を向けた。

ふらつく体を前へと倒し、その勢いで辻へと走っていく。

対する辻はそんな私の大きく剣を振り翳し、声にならないような声で叫びあげた。


刀身が交わるたびに私の頭へ流れ込む辻の記憶と想い。

処刑が決まったあの日、辻はお姉さまとの面会で自らが一人処刑台に立つことで私を守ると提案した姿。それから、藤吉の屋敷の地下で幾日によって受けた拷問は次第に辻の心を蝕み、そこから生まれた憎しみは死んでも尚こうして私へ向けられる。

それを受け止め、彼女と共に果てることが、私の役目であり、最後の仕事だ。


交わる刃は互いの体を傷つけ、意識も遠のくほどの痛みを与える。

それでも最後まで私達は倒れることなく自分の想いをぶつけ合った。

それは憎しみなんかじゃなく、愛情であり、哀情でもある。


がむしゃらに走り回ったあの日を、肌寒い夜に寄り添ったあの日を、下らない出来事に心揺らしたあの日を、涙を浮かべながら誓い合ったあの日を。

全力の私の想いを。

私は辻へと叫ぶ。


「辻、愛してる──────」


直後、私の刀は辻の胸を貫き、その鮮血は私の顔へと飛び散った。


音もなく、辻はその場で倒れこみ、数瞬の間辻の顔を見下ろした後、私の体もその場に崩れ込んだ。


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