十六章「誓い」


月日は流れ、私達は十六の歳へとなった。

夜鳴村よなきむらでは十六歳になると成人の儀式が執り行われ、そこでは村の掟を絶対に破らないという誓いを言わねばならないのだが、私には真っ直ぐ真剣にその誓いを口にできる自信がなかった。

その原因は、言わずもがな辻へ抱いてしまっているこの淡い恋心が一つ。

もうずっと、ずっと昔から辻へ抱いているこの特別な感情に最初こそ躊躇いもあったが、最近では表に出すこともなく胸に隠すことも容易となった。

しかし、この村には遥か昔から定められた同性愛を禁ずる掟がある。その掟を破ったものには死をもって罰するなんて物騒な処罰だが、これもこの村に伝わる風習であり、誰が流したのかもわからない呪いの噂が原因だ。


「凪ー、明日の儀式、わくわくするよな!」


「そうかしら?わくわくはしないわ。儀式なんて面倒なこと、いつの時代まで続けるつもりなのかしらね」


「でも、明日の儀式を終えれば私たちも晴れて立派な大人だぜ?これで凪のかーちゃんの後を継いで万屋もできるわけだし、これから二人でこの村を守っていかなきゃな!」


「ええ、そうね」


巫女であり、万屋であるお母様ももうよわい四十にして体も日に日に弱ってしまっている。

今では満足に刀を振ることもできず、毎日部屋で酒を飲んだくれる日々を過ごしており、事実上この村に万屋は存在していないという危機たる事態なわけで、早く私たちが後を継がなければもののけ退治をするものがこの村に一人もいないのだ。

お母様は私達に跡を継がせることを酷く迷っていて、未だに彼女から許可を得ているわけではないが、このまま放っておけばそのうち奴らは村の人たちを見境なしに襲うだろう。

そうなる前に、私たちが万屋としてお母様の後を引き継がなければならない。

言ってみれば、明日はその決意を表明するための儀式でもあるのだ。


「あ、そうだ。今日さ、泊まって言ってもいいか?」


「ん...別に構わないわ」


「んじゃ、少し早いけど酒でも交わして私達の成人を祝おうぜ?」


「...はぁ、調子に乗って飲み過ぎないようにね」


私の言葉など彼女の耳には一切届いていないのだろう。

辻ははしゃぎながら彼岸花で埋め尽くされた丘の上を転げ回った。

黙っていれば整った顔立ちで、綺麗な髪質を持った女の子なのに、一体どこで間違ったのか、気づけば彼女の口調は男らしく強気なものへと変わっていた。

ここで辻と初めて出会った日、この子は弱々しく自分に自信を持てない根暗な子だったのにね。

今じゃ刀の腕も私より遥かに上で、私が彼女に勝てることなんて一つもない。

別に劣等感なんて抱いたりしないわ。これはあの時私が望んだ頃だから。でも、辻が遠くに行ってしまった気がして、ちょっぴり寂しい気持ちにはなるけれど。


「あれ?辻じゃん!ここで何してんのー?明日は大事な儀式でしょ!私達も見に行くから、かっこよく決めなさいよ!」


私と辻の背後から呼びかけられた声に私と辻は振り返る。

私達と同年代の和服に身を包んだ女の子たち。

彼女たちは以前、辻を虐めていたのだが、辻の強さに見直したのか、今じゃ辻を取り巻く友人なんだとか。

この子達と話している辻の顔は、私と話している時よりも明るくて、どこか楽しそうだ。

もしかしたら、この子にとって私はどうでもいい存在なのかもしれない。

そう思うと、酷く胸が痛みだした。


「凪、悪い...夜また行くからさ、待っててくれ!」


「...ええ、いってらっしゃい」


辻は手を合わせ申し訳なさそうな表情を浮かべ、そそくさと女子数人の輪の中へ。彼女たちはそのまま丘を降りていき、村の中心部へと向かって去っていった。

そこに一人取り残された私はその場に寝転がり、先程からチクチクと痛む胸を抑えた。

これが抱いてはいけない恋心だと思えば思うほど、辻への気持ちは強くなっていき、私の頭からあの子の太陽のような笑顔が離れなくなっていく。

一体どうすればこの想いを断ち切ることができるんだろうか。

もういっそ、辻と出会わなければ...


「凪、ここにいたのね。浮かない顔して、どうしたの?」


足音を静かに立てながら丘を登り私を見つめる桃色の着物を身に纏ったお姉さま。

彼女は私の返答を聞く間もなく私の隣へ腰かけ、私の頭を撫でおろした。

少しばかりくすぐったく感じるが、お姉さまに頭を撫でられるのは嫌いじゃない。寧ろこういう気持ちが沈んだ時は何時だって私を支えてくれる力だ。


「...私、お姉さまの妹でよかったわ」


「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。この村に同性愛を禁ずる掟がなければ、私は貴方と結婚したかったわ」


「...何、その冗談。嬉しくて泣いちゃいそうだわ」


「冗談じゃないわ?それくらい貴方を愛しているってだけよ」


お姉さまと交わす言葉はどれも互いに愛情のこもった私達の本音だ。

私は十分にこの人からたくさんの愛を貰った。

それはもう返し切れないほどたくさんの愛情を。

私は心から思う。

この人の妹で良かったと。


「...辻にとって、私はどんな存在なのかしら」


「......さあね。私はあの子じゃないからわからない。でも、貴方のことを大事だとは思ってるはずよ」


「...そうかしら。そう、ね。そうだといいわ...」


お姉さまは私の気持ちを知っていて、敢えて何も言わない。この人は何時だって私の味方で、私だけを守ってくれる。

だからこそ、私はこの想いを拭わなきゃいけないのに...


「...私は姉不幸な妹ね」


「...そうね」


春風に攫われる彼岸の花弁は宙を舞い、私の視界を真っ赤に染めていく。

この季節の風はとても気持ちがよく、このまま眠ってしまえそうなほど陽気で、暖かい。

こんな悩みがなければ素直に自然と戯れ、昼寝でもしていたかったのだけれど、そんな気分にもなれないわ。


「凪。貴方がどういう結論を出しても、私は貴方の味方だからね。何があっても、私が守るわ」


「...ありがとう」


お姉さまは愛しく微笑み、立ち上がった。

先に帰っているわ、と言い残しお姉さまは丘を下っていく。

その後ろ姿を見つめながら、未だ胸を締め付ける痛みに顔を歪めながら、私も彼岸の丘を下って行った。



夕日も下り、赤紫色の光が覆う空を縁側に腰かけながら見上げお茶を啜る黄昏時。

私は靄がかかったように薄れゆく記憶を辿り、回想に想い更けていた。

それは私が辻への想いを自覚する前日のことだ。

村の大人たちが大人数で山へと入っていき、もののけたる妖怪の類に近い化け物を発見し、国のお偉い方がこの村にやってきた日のこと。

大人たちはその日、山奥から狐の面を被った巫女服の少女二名を拘束し、村の中心部で公開処刑を行った。

幸い、私達はその時互いに自宅で稽古に励んでいたため、その処刑の光景を目にすることなく済んだのだが...

私はあの二人の少女のことが気になって仕方がなかった。

何か大事なことを忘れているような、そんな気がしてならなかった。


「カナデとイズモ.....何処かで聞いたことがある様な気がするのに、全く思い出せない...」


何故その少女たちが処刑されたのかは誰も教えてくれはしなかったが、その少女二人を殺したことによってこの村に長年降り注いでいた呪いは解けるだのなんだの、村の大人たちは口にしていたが...

当時の私達には何の事だかまったく理解できなかった。

しかし、先日。お母様はこの村に古くから伝わる呪いについて教えてくれた。


二百年ほど前。

同姓という村の偏見も気にせず互いを熱く愛し合っていた二人の少女がこの村で暮らしていた。

当時の夜鳴村にはまだ同性愛を禁ずる掟が定められてはいなかったらしく、二人は自由が許す限り互いを求め合ったという。

しかし、彼女たちが愛し愛され合う時間はあまりにも短く、それは一瞬のような人生だったらしい。

そんな彼女たちは人としてやってはならない禁忌を犯してしまったのだ。

それは、永遠を望むが故に、魂をあやかしへ捧げるという行為。

村を覆う神山の奥深くに聳える願いを叶える大樹に彼女たちは願ったのだ。永遠の恋を、永遠の時間を。

だが、彼女たちの願いは無残にも当時の村長によって打ち砕かれ、彼女たちは彼岸の丘で共に処刑された。

そしてこの頃から夜鳴村付近で妖怪や魔物、もののけの存在が確認されるようになったらしい。

お母様曰く、これはその時処刑された二人の少女の無念が招いたこの村に伝わる呪いであり、以降このようなことが起こらないようにと定められたのがこの村の掟なんだとか。

この話が事実なのかは私にはわからない。ただ、その少女たちの気持ちはよくわかる。

愛する人と永遠に添い遂げたいと思うのは人として当然のことであり、それを妨げることのできる人間なんて一人もいない。少なくとも、私はその少女たちの無念がこの村を呪っているんだとしても、それは仕方のない事なんじゃないかと思う。


「...あぁ、そろそろ辻が来る時間ね」


時計を確認すると時刻は午後の6時過ぎ。

もうすぐ辻が酒瓶を抱えてやってくるだろう。

それまでに居間の片づけを済ませ、布団も二人分用意しなくては。


私は立ち上がり、居間に散乱した座布団や机に広げられた湯呑、菓子の紙くずなどをすぐさま片付け、寝室の押し入れから二人分の布団を引っ張り出す。

この家には基本私と辻、お姉さまと霧ノ助以外は立ち入ることもましてや宿泊することもないため、布団は二人分しか置いていない。

まあ、辻は寝相が悪いのでいっつも私の布団へ割り込んできて、朝起きると高確率で密着しているので彼女に布団は必要ないかもしれないが...


寝室の準備を終え、酒のつまみになるようなものを軽く用意しようと台所へ足を運べばそこには既に辻の姿があった。


「あ、あれ...辻、いつの間に来てたの?」


「今来たばっかだぜ。遅くなって悪かったな」


「そ、そう。別にいいわ...」


辻は此方へ視線を向けていたが、私は一切彼女の顔を見ることはできず、素っ気ない態度を取ってしまった。

そんな私の態度も気にしてない様子で、辻は腕に抱えた酒瓶を今の机の上に並べ遠慮なく座布団の上に腰かけた。


軽めのつまみを皿に乗せ、そのまま酒が広げられた机の上に置き、私も辻の隣へ腰かけた。


「それじゃあ、私と凪の成人を祝して、かんぱーい!」


「ん...乾杯」


互いに猪口を交え、一口。

下に絡み付く辛味はいつになっても慣れないもので、でもそれが癖になってしまう。

それにしても、この子は本当に美味しそうに呑むものだから、本当に同い年なのか疑ってしまうわ。

酒が飲める歳になって、こうやってたまに晩酌を交わすことも多くなったけれど、辻の呑みっぷりは少し異常な気がする。

それとも、私がただ単に酒に弱いだけなのか...


「ん...はぁ...凪...、ちょっと、こっち向けよ」


「何?」


私は辻に言われるがまま辻の方へ顔を向けた。

辻はほんの少し顔を赤く染めながら私をじっと見つめ、ゆっくりと顔を近づけた。

まさかもう酔っぱらっているのだろうか。どこか息も荒く感じるし...


「もう、なに...?どうしたの───んっ!?」


私はいつもは酒に強い彼女をからかうように嘲笑を浮かべながら軽口をたたいてやるつもりだったのだが、辻の取った行動によってそれは叶わなかった。

彼女は私の唇を奪ったのだ。

何の躊躇いもなく、私の唇を───


「...悪い」


「...なによ、いまの......」


私達は黙り込み、それでも互いに見つめ合って寄り添った。

私は気持ちに整理が必要なほど混乱していたが、こればかりは雰囲気に流されるまま、ただただ辻のぬくもりを感じていた。


「...私、ずっと前から、辻のことが好きだった。いけないことだってわかってる。村の掟を破ることになるって、わかってる...でも、でも...私は辻が好きなの...」


私は腕を彼女の腰へ回し、顔を胸へと埋めた。

今まで伝えることのできなかった言葉を、今日はなぜか躊躇なく口にすることができた。

辻は私の気持ちを静かに聞き、私の総身を強く抱きしめる。

私はとても幸せだった。

こんな風に辻に触れ、気持ちを伝えられたことが、嬉しかった。

一度でいいから、辻とこんな風に肌を重ねたいと本気で願っていた。

これが罪だとわかってはいた。それでも、一度感じたこの幸せを手放すことなんて、できるわけがない。

もっとこうやって寄り添っていたいと、私は心から願った。


「...凪。私も、私も同じだよ。凪が稽古を付けてくれた時から、あの時からずっと...私も凪のことずっと見てたんだ。でも、掟があるからって、私はずっと自分の気持ちを隠してきた。きっとそれで凪に辛い思いをさせたこともあるんだろうなって...そう思ったら...私...」


辻の胸へ顔を埋めていた私は、辻の表情をうかがうことはできなかったが、震えながらも気持ちを口にする辻の声は確かに涙を流していることを告げていた。

いつしか私は辻にこう言った。

「私が辻を守る」と。

しかし、今では私は辻に守られている。

この子の強さにずっと守られているんだ。


「...辻、私...私ね...掟に縛られたくない。辻と、もっともっと...こんな風に一緒に...」


「...わかってる。私だって、同じだよ。私も凪といつまでもこうしていたい」


私は顔を見上げた。

潤んだ瞳で視界はぼやけているが、辻は確かに満面の笑みで私を見つめていた。


この日、私と辻は破ってはいけない掟を破ってしまった。



それが招いた結果は辻一人の処刑。

これは私にとって、一番辛い罰となり、後悔と罪に意識を永遠に植え付けた。



翌日。

村の中央広場にて行われた成人の儀式。

私と辻はお母様から託された巫女服に身を包み、この村に古くから伝わる乱舞を繰り返し行った。

乱舞の途中、辻と目が合うたびに昨夜のことを思い出し顔を染めることもあったが、何とか無事に踊り終え、村長によって誓いの儀が行われる。


「汝らはこの村の掟を絶対に破らないと、神に誓えるか?」


村長から問われる言葉はとても重苦しく私の胸へ響く。

しかし、私達は一切の躊躇いなく口を揃える。


「「誓います」」


ええ、誓いますとも。

私は辻との関係を誰にも知られず、生涯永遠に彼女を離さないと、神に誓う。

もしもこのことが誰かにバレた時は、共にこの命を絶つ覚悟だってできているのだから。


もちろん口にすることはしなかった。

しかし、私のその覚悟は辻にも伝わったようで、微笑みながら大きく頷いた。


*


これがすべての始まりだった。

これが私達の抱いてはいけない恋の始まりだった。

あのとき神に誓った言葉も、辻亡き今ではなんの力も持たない。

私はきっとこのまま腐って死んでいく。

あの子がいない世界を生きていけるほど私は強くないのだから。


私は虚ろな瞳で目の前に置かれた刀を見つめた。

それは辻が残した彼女の形見。

できることなら、もっと早くこうするべきだった。


私は鞘から刀身を抜き、切っ先を自分の腹部へ突き立てる。

このままこの手に力を入れれば、また辻に会えるかな。



今、そっちに行くからね───

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