十五章「君想ふ心と覚悟」


私は突然の出来事に対処できなかった。

真剣を構えた狐面を被った二人の女性は私へ斬りかかってきたのだ。

二人の持つ刀の切っ先は私の頬を掠め、切り口から流れる頬をぬぐって、私は一歩下がって距離を取った。


「い、一体なんのつもりっ!?」


張り上げた声への返答は返ってこない。

ただ沈黙のまま二人は私を見据え、刀をこちらへ向け、構えている。


この二人は私の命を取りに来ている。

本気で私を殺そうとしている。

ピリピリと張り詰めた殺気を肌で感じた私は怯んでしまい、動くことができない。


これが、カナデとイズモの本当の姿なのか。

私の願いを叶えると、二人は言った。

ではなぜ私は今この二人に命を狙われているのか。

思考を落ち着かせながら、呼吸を深く数回繰り返し、震える声でもう一度問う。


「どういうつもりなの...カナデ、あなたはいったい...」


「...私達は、村の守り神。前にそう言ったよね、お姉ちゃん」


一言だけ淡々と吐き捨てるカナデの声は冷たく、寂し気で、イズモはずっと沈黙を貫き通したままだ。

どうやら私の質問に答える気はないらしい。

お母様が言っていた「山に入らない」という掟を破ったために、私に降り注ぐ不幸は死か。

こんなことならお母様の言いつけを破るんじゃなかった。


私は震える身体をその地へ付け、次に振られるであろう刀身を躱すことすら諦め瞳を閉じる。

そのとき、私の頭に浮かんだのはお母様でもなければお姉さまの姿でもなく、弱々しく笑顔を浮かべる辻の姿だった。


───ああ、あの子の稽古、最後まで付き合ってあげたかったな。


「...カナデ」


「わかってるよ。大丈夫」


閉じられた視界でもわかる。

カナデは手に持った刀を私へ向かって振り上げている。

これに斬られれば間違いなく私は死ぬだろう。


死を覚悟した私はもう目を開けることなく、その場で蹲った。


しかし、カナデが振り上げた刀が私へ下ろされることはなかった。


「...来ましたか。カナデ、大樹様のご意志よ。本気でやるわ」


「わかった」


耳に届く二人の会話。

私は恐る恐る視界を塞いでいた瞼を開けた。


まず視界に入ったのは大樹に注がれていた太陽の光に照らされ美しく宙を舞う金の髪。

そして次に、カナデの持っていた刀を振り払うかのように木刀を構える少女の姿。

その瞳は真っ直ぐ二人の女性を見据えていた。


「わたしの...わたしの大事な人に...手を出すな!」


私を庇うように立ち、木刀を大きく構えながら叫ぶ彼女の声は森全体へ響き、強く発された彼女の覚悟に私は涙を浮かべた。


「なぎ...、ごめんね...おそくなっちゃって」


「...つじ.......、ありがとう....でも、どうしてここがわかったの...?」


「...わたしにもよくわからないんだ。でも、でも...変なむなさわぎがして...もしかしたらなぎ、また一人で山に行ってるのかもって...そしたらいても立ってもいられなくなっちゃって...」


辻は笑いながら「無事でよかった」と息を吐いた。

こんなタイミングでこの子が助けに来てくれるとは思っていなかった。

私ももう諦めていたというのに...


しかし、辻が助けに来てくれたからと言って今の状況が変わるわけではない。

稽古を始めてまだ一か月の辻が二人を相手にやれるのか。

カナデとイズモは真剣で、辻が手に持っているのは木刀一本。

どう考えたって分が悪い。


「なぎ、だいじょうぶだよ。わたしが、なぎをまもる。だから、そこで見てて?」


辻は一度だけ私の方を見てにっこりと微笑んだ。

その笑顔に胸を強く打たれるような感覚を覚え、辻の顔をはっきり見つめることができなかった。


「...金髪のお姉ちゃん、もう泣いてないね」


「そうね...」


「...なぎはまもってみせる。わたしが...ぜったいに」


両者互いに睨みあいながら、じりじりと距離を詰めていき、その張り詰めた空気に息苦しさを感じる。

それに辻から感じる気迫は一体...

この前までは全く見えなかった辻の自信が、今は構えた木刀から気迫と共に強く感じることができる。


「確かに、前に一度見た時よりはずっと強くなったみたいですね。でも、それが本物の覚悟なのか...それは見ただけではわからない。カナデ、手加減は不要。行くわよ」


「うん、金髪のお姉ちゃん、覚悟を見せてね...凪お姉ちゃんのためにも」


互いに言葉を掛け合ったカナデとイズモは直線状に並び、刀を構えた。

そして、重なる身体は真っ直ぐ辻へと向かって走っていく。

先頭を走るカナデが脇に構えた刀の刀身は辻目掛けて伸び、その背後で大きく刀を振り上げるイズモ。

どちらとも刀を振るう速度が尋常ではない。

このままでは辻が───


しかし、辻は二人の刀を目で捉えきれないほどの速さで薙ぎ払い、すかさず二人の背中に木刀を叩きこんだ。


「っ...!」


「...私達の連携をこんなにも簡単に......」


私は目の前の状況についていけず、ただ目を疑った。

つい一月ひとつきほど前までは素人同然だったあの子が、たった一月の間でここまで成長するなんて。

しかも、私が辻に足りていないと見ていた「気迫」と「自信」を今のあの子はその刀に投影している。

依然として私を庇うように立つの姿はとても逞しく強い覚悟を持った一人の少女。

彼女はもう、弱虫で泣き虫で怖がりなあの辻ではない。


「...ふぅ......ここまでにしておきましょう。私たちの連携を見事躱して一切の躊躇いを見せずに凪さんを守った。これが貴方の強さです」


イズモは真剣を鞘へ納め、狐の面を外した。

カナデもそれに倣って面を外し、そこに浮かべた満面の笑みで私たち二人を見つめた。

意外と美人に分類されるような綺麗な顔たちだった。

仮面を被っているなんて、勿体ない。


「...お姉ちゃん。手荒い真似をしてごめんね。でも、こうでもしないときっと辻お姉ちゃんは本気を出さないだろうなって」


「...それってどういう意味...?」


「んー、お姉ちゃんって意外と鈍感なんだね。それは自分で考えればわかると思うよ」


悪戯に微笑むカナデはくるりと体を回転させ、次にこちらへ顔を向けた時、彼女は元の少女の姿に戻っていた。

イズモも同じように少女の姿へと戻っており、二人とも全く同じタイミングで狐の面を被った。


「さて、と。二人のお姉ちゃんと遊べて楽しかった。お願い事も叶ったみたいだしね」


「ねがいごと...?それって、なんの話?」


「あ、えっと...つじにはかんけいない話よ。それより、あなたたち二人は一体なにものなの?」


「私達のことはいいでしょう...それよりも、お二人はそろそろ村に戻られた方がいい。そのうち此処へ大人たちがやってきます。その前に...早く」


イズモは私たちが来た道を示すように腕を前へ。

ここに村の大人たちがやってくればいろいろと面倒ごとになるだろうし、私たちは言われた通りに村へ降りることとしよう。

もう二度と会うことのない彼女たちへ背を向け、辻の手を握り締めれば木々が茂る林の向こう側へ続く道へと歩き出す。

去り際、カナデはこんな言葉を私達へ向けて残した。


「例え、何に阻まれようとも、大事な人を守りたいって気持ちは忘れないでね。私との約束だよ!」


その言葉に私と辻は笑って頷き、山を下って村へ戻れば何事もなかったかのように私達は帰途へと就く。

結局、あの二人の正体は解らなかったが、大樹の力あってか辻も自分に強く自信を持てるようになり、私を超える程の実力を手にした。

いや、きっと初めからこの子は強かったんだろう。

自分を信じきれない気持ちと、虐められるような心の弱さに目を瞑って全力を出し切れていなかった。

それが何かのきっかけで辻に自信を持たせたんだと思うけれど、そのきっかけって一体なんなんだろうか。

カナデは何かを知っているようだったが、濁されてしまったし。


兎にも角にも、私たちは無事に各々の家へ辿り着くことができた。

頬の怪我のことをお姉さまに散々しつこく聞かれたが、正直に話すことはできないだろう。

お母様は既に次の仕事のために村を出て行ってしまったようで、辻の稽古に最後まで付き合ってあげれなくてごめん、と置手紙が残されていたが、彼女に稽古はもう必要ない。

あの子は私と出会った頃よりもずっと強くなったんだ。

もう心配することはないだろう。

今日は色々と大変なことがたくさんあったが、なんとか全て上手くいった。

一件落着だろう。



この日の翌日。

私と辻は山で起きたことに関する記憶をすっかりと忘れてしまっていた。

ただ、大人たちが話していた「もののけ」という言葉は今でも脳裏に残っている。

この頃からお母様の万屋としての仕事はもっと忙しくなっていった。



辻の稽古を終え、私たちは彼岸の丘へと肩を並べ、花の絨毯へと腰かけていた。

一昨日とは見違えるような辻の剣舞には度肝を抜いたが、これも一月という長い練習の成果だろう。

しかし、彼女の稽古は無事に完遂したのにも関わらず、私の胸には何かが突っかかっていた。


「んー...何か大事なことをわすれてる気がする」


「なぎ、さっきからそればっかり。ゆめでも見てたんじゃない?」


昨日は確かによほど疲れるような出来事を経験した気がするのだが、それが全く思い出せない。

忘れちゃいけないことのような気もするのだけれど...


「ほら、なぎにプレゼント」


「え...?」


考え事をするような仕草で遠くを見つめていた私の頭に手を伸ばす辻。

私は視線を上の方へとやった。

そこには彼岸花で編まれた真っ赤な花飾りが。


「前に、なぎにもらったからさ...今度はわたしが作ってあげようって思って...」


辻は照れ臭そうに頬を掻きながら、チラチラと私の反応を伺うように見つめていた。

そんな仕草に私まで恥ずかしくなってしまう。


「...ありがとう。嬉しい...」


一言だけ素っ気なく返し、私は視線を逸らした。

この時から私は彼女のことを少しずつ意識しだすようになっていた。

対して辻は、自分に自信もって物事に取り組めるようになり、村で虐められることもなくなった。

これで私の役目も終わりだ。

もう私が辻を守る必要がなくなり、毎日辻と顔を合わすこともなくなるのだろう。

そう思ったら、なぜか私の胸はチクリと痛みだす。

この感情は一体なんなのだろう。

わからない。

わからないけど、辻を見るたび愛しく感じてしまうのは一体...


「凪、それはね、恋の病よ」


「こ、こここいっ!?だ、だって...あの子は女の子だよ?」


「恋に性別は関係ないわ。好きになってしまったらそれは恋なのよ。でもね、この村では許されないことだわ。残念だけど諦めることね」


そんな姉妹の会話が交わされるくらい、私は辻を意識し、会えない日が来るたびに胸に痛みを感じた。

確かに前から辻に抱いていた感情は不思議なもので、友達とも家族とも違った特別な感情を彼女に抱いていた。

だからと言ってそれが恋に直結するのかと言われれば何か違うような気もするのだが。


と、こんな風に私は毎日恋の病によって悶々と考え込み、辻とまともに顔を合わせることもできなくなっていた。



今思えば、この時話せるだけ話しておけばよかったと後悔している。

だって、二度と話せない時が来てしまうのだから───

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