-追憶-

十三章「村の守り神」


「鈴蘭...、凪の様子はどうだい?」


「......駄目ね。全く部屋から出てこないわ」


「そうか...」


村に定められた掟を破り、政府にまで背いた彼女たちの逃亡劇はたった一週間という短さで幕を閉じ、そんな彼女たちに与えられた処罰は厳しいものだった。

あの日の村民会議で藤吉は鈴蘭とある取引をした。

それは書き連ねなくともわかることだろうが、辻の容認の元、罰を受けるのは辻だけとなった。

この事実を知っているのは藤吉と鈴蘭と僕だけだ。

もちろん、許されることではないとわかっていた。何をしてでも鈴蘭を止めるべきだったんだと思う。

しかし、凪を守りたいと本気で願う彼女の決意と覚悟を灯した目を見ていたら、止めることなんてできなかった。その思いはきっと鈴蘭だけではなく、辻も同じだったのだろう。

これは二人の意志であり、凪という一人の少女を救うために決断した覚悟の強さだ。

それなのに、それなのに僕は...


「...あなたは悪くない。全ての責任は私にあるわ。貴方も疲れたでしょう...、そろそろ休みなさい」


「...優しくしないでくれ。本当なら僕は、君にあわす顔すらないんだ...」


やり場のない感情は胸の中で渦巻き、自分に対する嫌悪ばかり溢れかえる。

どうすることもできなかった虚しさと、愛する人の笑顔を奪ってしまった罪悪感。

もはや自分を殺めてしまった方が楽になるのではないかと、危険な思考が脳裏に浮かぶ。


「...霧ノ助。凪は、凪は...まだ生きているわ。あの子を守ることはできたのよ。今は...、それを糧に前を向くしかないの。どんなに嘆いたって、過去は変えられないのだから...」


「...君は、君は...強いな。僕にはとても、無理だ...」


できるだけ、誰とも会話を交わしたくなかった僕は、鈴蘭を残して邸宅へと向かって歩く。


あれ以来、藤吉はこの村から姿を消してしまった。

時々邸宅に顔を出すこともあるが、辻という研究材料が手に入った現在、彼にとってこの村はもう用済みなのだろう。

こんな理不尽なことがあっていいのか。こんな残酷な結末があっていいのか。

彼の私利私欲のために、少女の命が奪われるなど、おかしいじゃないか。

彼女たちは、お互いを愛し合っていた。全てを受け入れ共に危険な橋を渡り、死を覚悟してまで恋に生きた。そんなあの子たちの想いを、こんな形で踏みにじるなど...


「あっていいわけないだろ───!!!」


心の芯から溢れ出す藤吉への憎しみと怒りは言葉となり、気づけば僕は情けなく涙を流しながら道のど真ん中で蹲っていた。




*




始まりはいつだったっけ。

私は恋に堕ちた。

それが堕ちてはいけない恋だと気づくのに、大した時間はかからなかった。

お母様やお姉さまに反対され、何度も喧嘩になったこともある。

それでも譲れなかったのは、純粋にあの子を愛していたからだ。


あれは辻を鍛えるために山へ二人きりで行った時のことだ。



「...な、なぎ!山は入っちゃいけないってみんな言ってるよ...、もう帰ろうよ...」


「...うっさいなぁ、そんなんだからアンタはいつまでも泣き虫って言われるのよ。つじだって、いつまでもアイツらにからかわれるのイヤなんでしょ?」


「そ、そうだけど...ここくらいし、こわいよ...」


私達の背丈の何倍も高く伸びる木々が連ね、道を作る山道。

ここは私とお母様が剣の稽古に使っている神山。

この山には夜鳴村よなきむらを古くから守っている神様がいると、前に村長のおじさんから聞いたことがある。


私達が暮らす夜鳴村よなきむらには古くから伝わる変な掟があって、その中の一つが「子供だけで山に入るのはやめましょう」というもの。

なんでも掟を破ると人間に化けた妖怪が感情を攫いに夜な夜な現れるんだとか。

私には意味がわからなかったけど、とにかくこの山は子供だけで入っちゃいけないらしい。


「大丈夫よ。私、強いもんっ」


村で私より刀の扱いが上手い子なんて、一人もいないんだもの。

妖怪だろうとお化けだろうと、負ける気がしない。

私だったらこの子を守ることくらい容易いものよ。


「...うぅ......、おいてかないでよっ」


「アンタがおそいからでしょ。ほら、はやくはやく!」


辻は出会ったころから弱虫で人に甘えてばかりだった。

こんな性格だからか、村の子たちに虐められてばかりで、そんな姿を見ていたら放っておけなくなっていた。

私も巫女の娘として腫れもの扱いを受けていたし、友達もいなかったから、同族としていっつも一緒にいる姉妹のような存在になっていたのかも。

でも、ときどきだけど、辻に抱く気持ちがわからない時がある。

お姉さまに抱いているような安心感が姉妹という関係の元でできているのだとしたら、私がこの子に抱いている感情は姉妹に抱くようなものではないのだろう。

そしてそれは友達という関係とも言い難かった。

ただ一つ言えることは、私はこの子のことが嫌いじゃなかった。


木々の隙間から差し込む木漏れ日が照らす山道を歩きながら、いつもの稽古場へと向かって一直線。

草木生い茂る細道を抜けた先に開けた空間。

山の上流から流れる川と粗くも整えられた地土。

ここで私はお母様から刀の使い方を教わった。

それこそ毎日刀を振り、腕が痛くなるほど己を鍛え上げた。

それでも結局、鈴蘭お姉さまには敵わないのだけど。


「ここが稽古場よ。これからまいにち、ここでアンタをきたえてあげるから覚悟しなさいっ!」


「え、えー......」



おそらく、この時既に私は彼女に恋をしていたんだと思う。

それに気づくまでに少し時間はかかったけど、少なくともあの子に特別な感情を抱いていることには気づいていた。

だから私は彼女のことを放っておけなかったんだ。



「せいっ、せいっ、やー!」


「せ、い、っ...やー...!」


俊敏に木刀を振り下ろす私の横で、未だぎこちなく木刀を振るう辻。

動きは悪くないんだけど、どうも気迫が足りない。

刀は人の心を表すとお母様は言っていた。

きっとこの子の臆病な性格が邪魔して剣に迷いが出てしまっているのだろう。

飲み込みは早いし、木刀を上下に振るう姿は様になっている。あとはこの子の迷いを取り払うことができれば、きっと上達する。

でも、どうすれば辻の臆病な性格を直せるんだろう...


一日中木刀を握っていた辻の掌には肉刺できていた。

この子なりに強くなりたいって気持ちはあるんだろうけど、やっぱりどこか弱気な一面が邪魔しているようだ。


気づくと夕も暮れ始めており、西の方角から指す真っ赤な光は不気味に森を照らし出す。

そろそろ帰らなきゃ、お母様達も心配するだろう。

今日の練習はここまでにしておいた方がいいか。


「今日の練習はこれくらいにして、そろそろ帰ろう。みんなしんぱいするだろうしね」


「...ふぅ、やっと...おわったぁ」


「明日もやるから、手のまめ、ちゃんとほごしておきなさいよ!」


「...え?...うん、ありがとう...」


「...なによ、変な子ね。さあ、帰るわよ!」


私は辻の手を握り、視界の悪くなった山道を急ぎ足で下った。

道中辻は情けない声を上げながら、やっぱり怯えていたけど、そんな彼女を何処か可愛いと思ってしまった。


刀の稽古はそれから何日も続き、月を通り越して季節は初夏へと流れていった。

辻もだいぶ慣れたのか、稽古を始めた当初よりも木刀を振るう速度は上がっており、表情も何処か凛々しくなっている気がする。

しかし、私が感じていた気迫の無さは相変わらず健在しており、やっぱりどこか迷いを感じているようだった。


「んー、前よりはぜんぜんマシになったけど、やっぱりなにかが足りないんだよねー...」


「たりない...?」


「うん。なんだろう......つじってさ、自分がよわいって決めつけてない?自分はよわいから、なにをしてもムダだって...、そう思ってない?」


「...うーん、わかんないけど...私って本当によわいから...、すぐ泣くし、さ...」


辻は俯いたまま困った表情を浮かべ、弱々しくはにかむ。

自分に自信がなければどれだけ練習しても上達はしない。

もしこれが原因なら、辻に自信を持たせるしかないけど...

そんな方法あるかしら。


「な、なぎ...だれかいる...あそこ」


「え...?」


突然私の背に隠れ、森林の薄暗闇を指さす辻。

その方向へ視線を向けると狐の面を被った長髪の少女が木々に隠れこちらを見つめている姿が見えた。

巫女服に身を包み、背丈は私たちとあまり変わらない。

表情をうかがうことはできないが、此方を興味津々に見つめていることがわかる。


「ねえ...あれがかんじょうをさらうっていう妖怪かな...こわい...」


依然と私の陰に隠れビクビク怯える辻をその場に残して、私は面を被った少女に駆け寄った。

後ろから辻が止めようと声を掛けていたが、無視して少女に声を掛ける。


「あなた...、そこでなにしてるの?村の子じゃないよね?」


「私は、カナデだよ!お姉ちゃんたちが楽しそうに木刀を振り回してたから...、楽しそうだなぁって」


カナデと名乗った少女は私の腰に添えられて木刀を指さし、弾んだ声を上げた。

歳は私たちとさほど変わらない。年齢相応の喋り口調で、嬉しそうに笑いながらはしゃいでいる。

やっぱりこんな子は知らない。

村の子供じゃないなら一体...


「私ねー、この山に住んでるの。まもりがみ?ってのをやってるの!イズモちゃんと一緒にね、よなきむら?ってのを守ってるんだ!」


「...ちょっと言ってることがわからない...でも、この山に住んでるってことは、この山のどこかに家があるの?」


「...んー?何言ってるのかわからないや。私たちの家はこの山なんだよ?お姉ちゃんたちも一緒に暮らす?」


少女の奇怪な言動に私は戸惑っていた。

悪意や敵意は一切感じられない。ただ、私が少女に抱いた印象は、どこか人間味のない無機物と会話しているような虚無感。

恐怖や不気味な感触は一切ない。でも、少女と話していることに不明な不安を感じていた。

そんな時だ。

林の奥からもう一人、面をかぶった着物の少女が顔を出した。


「カナデ...こんなところにいたんだ。そろそろ上に戻ろう?ここは危ないから...」


「あ、イズモちゃん。うん、わかった!それじゃ、お姉ちゃん、またね!」


イズモと呼ばれた少女は私を一切見ることなく、カナデの手を引いて薄暗い森の中へと去っていく。

後を追いかけようとしたが、自然の悪戯によって巻き起こされた強風によって二人を見失い、先程感じた虚無感を依然と抱えたまま辻の元へ戻る。


「だ、だいじょうぶ...?あの子、だれだったのかな?」


「んー、妖怪...かもね」


「え、えー!なぎ、なにもさらわれてない...?だいじょうぶ...?」


「だいじょうぶ。ちょっとしたじょうだんだって!」


私の言動一つで取り乱す辻の反応はいつも通りの様子。

きっとあの子も冗談を言っていたに違いない。

守り神なんて、いるはずがないのだから。

そんな自己完結で不安を拭えば、中断していた辻の稽古を再開しようと木刀を握った。


それから、翌日とそのまた翌日と...

謎の少女カナデは私たちの前に姿を現し続けた。

よくよく考えればこの時すでに、私たちの運命は決められていたのかもしれない。

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