七章「新しい村の長」


翌日のことだ。

村長が亡くなったことにより新しい村の長を決める村民会議が行われた。私も辻や辻も参加しているが、何より驚いたのは鈴蘭お姉さまも参加していることだ。

この場合、村長の一人息子である霧ノ助が村長になるのが普通なのだが、村民には反対する声もある。というかむしろ私も反対派の意見に賛同する。いくら霧ノ助が村長の一人息子だとしても、村を任せるには若すぎるし、頼り甲斐が無さすぎる。


「では、他に誰か適任がいるのか?」


「うーむ...、ならば万屋の前任者である巫女殿はどうじゃ?彼女ならばこの村を任せても問題はなかろう」


話に上がった万屋前任者の巫女とは私のお母様だ。しかし、お母様はこういう堅苦しい役職はやりたがらないだろう。適当にあしらい、遂には村を出ていくなんて言い出しかねない。

私は机に思い切り掌を叩きつけ、村民たちの議談を無理矢理制止した。


「おじさん方。焦る気持ちはわかりますが、私と凪の母親に村長なんて大役は無理ですわ。数日と持たないでしょうし、村長としての仕事もほっぽり出して白昼堂々酒を飲む姿が想像できます。ここはやはり」


お姉さまが私フォローするように口を割り、そして適任者の方へ指を指す。が、お姉さまの発言を無視するように一人の男が口を開いた。


「突然、すいませんね?実は私、前村長の古くからの友人でして、彼に頼まれごとをしていたんですよ」


中年太りが目立つ不潔な男。それが第一印象だった。取って付けたような笑顔に嫌悪を感じる。辻はそんな男に怯え、周りから見えない位置で私の手を握り締めていた。

怪しさを嗅ぐわす男は立ち上がり、村民全ての視線を人集めにし、言葉を続ける。


「自分が死んだとき、自分の代わりにこの村を頼んだ、と」


男の発言によってざわつき始める村民たち。霧ノ助も初耳なのか戸惑いの表情を浮かべ、男の顔を見つめていた。

あの村長に限って、自分の村を他人に任せるなんてことがあるのだろうか。確かに霧ノ助はまだ若い。村を任せるには荷が重すぎるだろう。でも、そうであったとしてもだ。


「待ちなさい。その話は本当?その話を裏付ける証拠はあるの?」


私は立ち上がり、男を睨みつける。辻がそんな私を止めようと手を伸ばすが私は止めない。こんな素性もわからない男に村を任せるなんてことはできない。ここにいる村民だって皆、同じ意見のはずだ。


「ふふっ、威勢のいいお嬢様ですねぇ...証拠と言われれば何もないんですが、証言をしてくれる方はおりますよ?ねえ、郁恵いくえさん」


「はい...。主人はここにいらっしゃる藤吉様を親友とおっしゃっておりました。自分が死んだとき、村を任せるとも...」


「...そんな」


郁恵の様子を探るも嘘を吐いているようには見えない。この場において一番説得力のある発言者であり、彼女の意見は村長の意見と同等とされる。つまり、現状誰の意見も通らないわけだ。

郁恵さんが言っていることが本当なら、眼前の男はそれなりに信用できる人間なのかもしれないが、本当に大丈夫なのだろうか。


何とも言えない不安が立ち込める中、藤吉と呼ばれた男は正式に村長としてこの村に滞在することが決まった。


村民会議も終わり、皆藤吉の底知れぬ得体の知れなさにそれぞれ思うところがあるらしく、納得しきれていない表情で邸宅を後にしている。

私と辻、お姉様と霧ノ助も、皆似たような難しい表情を浮かべながら村道を歩き、いつものように私の家へと向かっている。

辻は昨日と同じように、酷く怯えた表情を浮かべたまま。霧ノ助とお姉さまはとても険しい表情を浮かべ、時折二人で何か話しているのが聞き取れる。内容までは解らないが、二人もやはりあの男の言っていることが信用できないといった様子だ。


「あの藤吉と呼ばれていた男...、学者らしいんだ。なんでも、もののけについて調べているんだとか」


「なるほどね」


「母さん曰く、藤吉もずっと昔、この村に住んでいたって...、僕たちが産まれるずっと前の話みたいだけど...」


「...本当にあの男にこの村を任せちゃっていいのかな。私、あの男が少し危険な気がするの」


「...僕も凪に賛成だ」


私と霧ノ助の意見にお姉さまは静かに頷く。辻は話を聞く元気すらないのか、俯きながらトボトボと歩いている。


「あの男のことは僕が調べておくよ。凪と辻はできるだけ一緒にいない方がいいかもしれない。上手く説明はできないけど、妙な胸騒ぎがするんだ」


いつもは頼りない霧ノ助の言葉には重みが感じられ、その胸騒ぎはきっと私が感じたものと同じものだろう。

辻と一緒にいられなくなるのは辛いが、あの男の素性や目的がわからぬ内は、霧ノ助の言うことに従っておいた方がいいのかもしれない。


「わかった。大丈夫よね?辻...、辻?」


私は納得の意を見せるが、どうやら辻は霧ノ助の言葉には従いたくない様子だ。

私の羽織の裾を掴み、不安げな表情で首を横へ振っている。何かに怯えるように体を硬直させ、羽織の裾を握り締めていた。


「...辻」


「嫌だ...、私は凪から離れたくない...。怖いんだ...」


恐怖に怯え、震える辻の肩へ手を掛ける。腕を引き、私の体は辻の総身を抱き留めた。


「...わかった。一緒にいましょ。大丈夫。辻は私が守るから」


「な、凪...」


「霧ノ助。大丈夫よ。凪と辻に任せましょ。あなたは一刻も早く、藤吉って男の素性を探りなさい。二人には私が付いてるわ」


お姉さまは私と辻の腰へ手を回し、包み込むように抱きしめる。暖かく、安心する。こんなにも頼りになる姉を持った私は、少しばかり誇らしく思う。あまり家に帰ってくることはないけれど、いざという時に助けてくれるのが私の姉だ。

私はお姉さまに頭を撫でられ、ほんの少しだけ安心の笑みを見せた。


「お姉さま...、ありがとう」


「大丈夫よ。貴方たちは何があっても私が守る。だから安心しなさい」


「...鈴蘭、ありがとう.....」


辻もお姉さまの言葉にようやく安心することができたのか、体の震えは止まっていた。

この村でお姉さまに逆らえる人間がいるとすれば、それはお母様だけだ。もののけだろうが、藤吉だろうが、鈴蘭お姉さまに敵う者はこの村には絶対に存在しない。


「...ふぅ、君がそこまで言うなら、安心だ。わかった。凪と辻のことは任せる。僕は僕にできることをやろう」


胸を張り、頷く霧ノ助。そんな私の旦那様は、いつもよりほんの少しだけたくましく見えた。


それから十分ほど歩き、私と辻とお姉さまは家に到着した。霧ノ助とは途中で別れた。どうやら明日から早速藤吉のことを調べに行くらしい。

別れ際、私は霧ノ助に


「無理はしないで。いくらアンタでも死んだら許さないから」


なんて台詞を吐いたが、本当に大丈夫か。多少の心配と不安はあるが、霧ノ助も無理ができる程勇敢な男じゃない。きっと無事に戻ってくる。

この時の私はそう思っていた。


三人での夕食は手ごろなもので済ませ、食後の晩酌へと時間は過ぎていく。

私たちの家系は皆酒好きらしく、お母様もお姉さまも酒には強い。もちろん私も酒には強いが、この姉には敵う気がしない。お姉さまは既に一升瓶三本目へ突入していた。


「す、鈴蘭...、呑み過ぎじゃないか?」


「大丈夫よ、このくらい。貴方たちもどんどん呑みなさい」


空になったお猪口に無理矢理注がれる酒。これは二日酔いコース確定か。既に酔いが回り切っている私はお姉さまのペースに呑まれていった。


その翌日。

案の定私は酷い頭痛と吐き気によって目を覚ました。波打つような痛みを抱え、ふらふらとした足取りで台所へ。湯呑にいっぱい水を注ぎ一気に飲み干す。全身へ冷水が行き渡り、多少楽になった吐き気に息を吐く。

冬の到来はすぐそこまで来ているらしく、今日は一段と冷え込む。

辻とお姉さまが眠る寝室へ戻り、もう一度布団に包まった。ぐるぐると思考が落ち着かず、寒さと頭痛に魘されながら、結局二度寝すらすることもできなかった。


太陽が完全に登り切り、村を明るく照らす頃、お姉さまが起床。辻はこの調子だと夕方まで起きることはないか。


「それにしても...、あれだけ呑んだのによく平気ね...」


「ふふっ...私は鬼姫よ?酒には強いに決まってるじゃない」


何をいまさら、と笑みを浮かべるお姉さまは着物の袖に腕を通していた。

この村じゃきっと一番の美人へ含まれるであろうお姉さまの身体は、やはり豊満で繁華街でも人気のある花魁と言われれば納得もいくわけで。比べるわけじゃないけれど、私の身体はお姉さまとは似ても似つかない貧相な身体だ。胸なんて辻よりも小さいし...。


「貴方もこれから成長するわよ。さて、と。私はこれからちょっと家を出るわね。すぐ戻ってくるわ」


「そうだといいけど...って、どこに行くの?」


「ちょっと、実家に忘れ物よ。十分もしないうちに戻ってくるわ。少しだけ待ってて」


「あ...、うん。わかった」


体の怠さのせいか、立つことも歩くこともしんどかった私はお姉さまを見送ることもできず、布団へ寝転がる。そんな私の頭を一度撫で、お姉さまは家から出て行った。

寝室に広がる静寂は私の不安を煽り、寂しさを増幅させる。最近の村の様子の変化に私は確かに怯えていた。私だけじゃない。それは辻だって同じだ。

頭を埋め尽くす不安や恐怖を紛らわせるため、隣で眠る辻の手を握る。このまま時間が止まり、不安も恐怖も感じない世界でいつまでも一緒に居られたら。そんな夢のような想像は私に微睡みを与えた。


しかし、薄れかけた意識は一つの物音によって一瞬で掻き消され、私は目を見開いた。


「万屋のお嬢様方。いらっしゃいますか?」


不安の根源。その声は、頭痛のように私の頭へ響いた。

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