第45話 暗闇での密会

 「……宗一郎君」


 ゆりかは驚きのあまり目を見開いていた。


 「ひさしぶり。やっと会えた」


 何故ここに宗一郎君が……?

目の前の光景が理解できず、ゆりかは呆然としていた。

一年以上会えなかったのに、まさかこんな所に、死神の格好をして宗一郎がいるなんて。


 「……本物?」

「本物だよ」

「なんで聖麗にいるの?」

「ゆりかちゃんに会うため」

「へぇ?」

びっくりしてゆりかの声が裏返ってしまう。

それを見て宗一郎がクスリと笑った。


 「前会った時、受験校悩んでたでしょ?

ゆりかちゃんと話して、あの時、聖麗を受けようって思ったんだ」

「帰国子女枠で?」

「もちろん。

偏差値70近い学校に入れるんだから」

宗一郎はクスリと笑い、ゆりかに近づいて顔を覗き込んだ。


 「いつか会えるかもって思ってたけど、まさかこんな所で会うなんて。

あーあー、せっかくの可愛い顔が涙でグチャグチャだ」

ゆりかはハッとし制服の袖で目を擦ると、袖がぐしょぐしょになった。


 これは相当酷い顔してるかもしれない!


 慌てて逆側も擦ろうとすると、フワリと目の前にハンカチが降ってきた。

「あの…」

「これ使って」

「……汚れちゃうよ」

私、間違いなく鼻も拭いちゃうよ。

「いいから」

「……今度洗って返しに来る」

「それいいね。

是非そうしてよ」

クスリと宗一郎が笑う。

その目が優しい。

「ふふ。じゃ、お言葉に甘えてお借りします」

遠慮なくハンカチをお借りすることにした。

口元にあてると、ふんわりと柔軟剤の良い匂いがした。

宗一郎君っぽい匂いだ。


 「さてと、動こうか」

宗一郎が手を差し出す。

ゆりかは先程の死神から逃げようと座りながら後ずさった状態だった。

宗一郎がゆりかの手を掴んで引き起こそうとするが、膝に力が入らない。

思わず宗一郎の両腕にしがみつく。

「大丈夫?どこか痛い?暗くて怪我したの?」

ゆりかが頭をフルフルと振る。

「……ちがう。ちがうの。腰が抜けて…動けない」

「腰が……抜けた?」

ゆりかが恥ずかしそうにコクリとうなずいた。


 「……俺、腰が抜けた人って初めて見た」

宗一郎の言葉にゆりかは益々恥ずかしくなる。

顔があげられない。

好きでこんなことになったんじゃないわよ!!


 「私だって腰なんか抜かしたの初めてよ」

ゆりかが膨れながら言うと、宗一郎の両腕が背中に回り、まるで抱きしめるような形で背中をポンポンと叩いた。

「ちゃんと俺が出口まで連れていってあげるよ」

「肩貸してくれるの?」

ゆりかが上を向くと、宗一郎と目が合う。

「ゆりかちゃん、背中に回って」

「え?」

「おんぶしてあげる」

「え?!そんないいわよ!」

今のゆりかと宗一郎の身長はそんなに変わらない。

少しだけ宗一郎のが背が高いくらい。

おんぶなんてさすがに大変なはず。


 「いいから。動けないんでしょ?

それに俺なら抜け道知ってるよ。

腰抜かす程怖い道をまた通る?」

「……それは……」

想像しただけで気が遠くなる。

あの道でまたおばけと遭遇したら、次こそ失神しそうだ。


 「部活で人を背負いながら走ったりするから、大丈夫だよ」

宗一郎がゆりかに背を向けて、こちらに目配せをする。

なんだか恥ずかしいやら申し訳ないやらで、なんとも言えない気持ちになってきた。

ゆりかが躊躇っていると、宗一郎がとんでもないことを言った。

「早くしないと置いてっちゃうよ」

「!?」

なっ!なんですと?!

「そ、それだけはご勘弁を〜」

「そしたら早く乗って。

人来ちゃうよ」


 人?

そういえば、悠希はどこに行ったんだろう。

気付けば声が聞こえない。

今もまだ探しているのか?

だとしたら、この状況であまり遭遇したくない。

非常に面倒なことになりそうだ。


 仕方ないので、すごすごと宗一郎の背に乗る。

「本当に大丈夫?」

「大丈夫」

宗一郎の背が揺れ、ヒョイっと立ち上がった。

「軽い軽い」

「重い重いの間違いでしょ」

「ゆりかちゃんは軽いよ」


 宗一郎の背中は意外とガッチリしていた。

細いから華奢なイメージがあるけど筋肉質で、まさしく細マッチョな感じだった。

なんだかドキドキしてしまう。

私、細マッチョ好きだったのかしら。

心臓の音がやたら早くなって、宗一郎に聞こえてしまわないか余計にドキドキした。


 真っ暗な部屋の黒い壁に沿っていくと、黒い暗幕があった。

その暗幕をくぐる。

「眩しい…」

太陽の光が窓からさんさんとさしこみ、ゆりかは目を細めた。

暗幕の向こうは窓に沿って人が1人通れる道になっていた。

「控え室に繋がってるんだ」

宗一郎が遥か先のドアを指差し、ゆりかを背負ってどんどん進む。

気づくとあっと言う間にドアの前に到着していた。

「ここで少し休むといいよ」


 宗一郎がドアをガチャリと開けると、視界に飛び込んできたものにゆりかの顔色が変わる。

宗一郎の背から「ひっ!」と声を上げた。

控え室の中では、何人ものお化けたちがスタンバイしているではないか。

控え室ってお化けの控え室!?

先程の恐怖を思い出す。

怖さのあまり思わず宗一郎の首にしがみつき、気付けば首を絞めていた。


 「ゆりかちゃん!苦しい!」

「ああ!ごめんなさい!」

「ゲホッ…大丈夫……」


 「あれ?!高円寺様?!」

ふいにお化けの中のゾンビが声を上げた。


 え?なによ?

ゾンビが高円寺ゆりかに何か用がありまして?

見るからに気味の悪いゾンビに呼びかけられ、ゆりかの眉間に皺が寄る。


 「どうして宗一郎がおんぶしてるんだよ?!」


 急に言われた言葉に、ゆりかは無理矢理現実に戻され、冷水をかけられた気分になった。


 「ん?実は、ゆりかちゃんがお化け屋敷の中で動けなくなっちゃってさ……」

「ゆ、ゆ、ゆ、ゆりかちゃん?!

宗一郎、お前……天下の高円寺様を……」

「天下の高円寺様?」

宗一郎が不思議そうに言葉を繰り返す。


 すると宗一郎の背にいるゆりかがゾンビをキッと睨みつけた。

「ひ!」

今度はゾンビがゆりかの顔を見て喉を鳴らした。

生憎、おんぶのおかげで宗一郎にはゆりかの顔が見えていない。

余計なことを言うんじゃ・な・く・て・よ。


 宗一郎君の前で学園における家柄という権力階級のトップにいるなんて、敢えて見せたくない。

彼とは普通の子として知り合った。

上下関係のない純粋な友人関係でありたい。


 「私が腰を抜かして動けなくなったんで、おぶって連れてきてくれたんです」

ゆりかの表情がいつも通りの表情に戻った。

「腰を抜かしたって……1人だったんですか?」

ゾンビの問いにゆりかの眉がピクリと動く。

「友人とはぐれました」

「………まさか、和田様と相馬様と?」

「和田様の方です」

ゆりかの言葉を聞くや否や、ゾンビが後退りガタンと後ろにある机にぶつかった。

「大変だ!和田様が1人でまだ中にいるかもしれない!探し出して丁重に扱え!」

「受付誰だよ?!なんで教えないんだよ!」

「さっき坂本さんだったの見たよ」

「あ〜、あの子、中学からだから知らないんだよ」

「わー、ヤバイヤバイ!」

「中のヤツらにも電話して!」


 辺りが騒然とし、お化けたちが慌てふためく。

ゾンビをはじめお化けたちに怖がられるなんて、複雑な気分だ。

この様子だと悠希や貴也の登場は早いかもしれない。

宗一郎と遭遇することを考えたら、頭が痛い。

さっさと外に出なければ。


 「ゆりかちゃん」

皆がバタバタ動く中、宗一郎の落ち着いた声がすぐそばで響く。

「とりあえず座ろっか」

「うん、ありがとう」

近くにあった椅子にそっと座らせてくれる。


 少しばかり2人の間に沈黙が流れる。

さっきの『天下の高円寺様』発言をどう思っているのだろう。

ちらりと宗一郎の顔を見るが、いつも通りの穏やかな顔をしている。


 「ゆりかちゃんって有名なんだね」

沈黙の中、ふと宗一郎から切り出された。

「幼稚園からいるから、顔は大体わかるわ」

「それでも天下の高円寺様なんでしょ?」

ああ、やっぱり気になるわよね……。

「あれは言い過ぎよ。

私はただの高円寺ゆりかよ」

そう、中身は庶民。

普通である。

「俺も『高円寺様』って呼んだ方が良いのかな?」

「それはダメ!」

思わず立ち上がり宗一郎の両手を掴んで、宗一郎と向き合う。

突然のゆりかの行動に、宗一郎がびっくりして目を見開いていた。

「ゆりかちゃん?」

「宗一郎君は特別だもの。

そのまま『ゆりかちゃん』って呼んで欲しいの」

宗一郎の表情が柔らかくなり、そして綺麗な目で真っ直ぐとゆりかを見つめた。

「じゃあ、俺はずっとゆりかちゃんって呼ぶからね」

それを聞くと、ゆりかも安心したかのように「ふふふ」と笑った。


 「さてと、そろそろ行かなくちゃ!」

「はぐれた友達ならここで待ったら?」

うーん、それは遠慮したい。

貴也と千春の所で待った方が無難だ。

「出口でも友人たちが待ってるの」

「そっか。それじゃあ、そっちのがいいか。

もう動ける?」

「もう大丈夫みたい」

宗一郎と両手を繋いで向かい合ったまま、片足をぷらぷらと動かして見せた。


 「……次はいつ会えるのかな?」

宗一郎の問いにゆりかは少し考えてしまう。

スマホの番号を教えるべきか。

でもモタモタしていたら、悠希が来そうだ。

「休み明けの放課後にハンカチ返しにくるわ」

「そうだ。ハンカチがあったんだ。

そしたら校門で待ってるよ」

「ええ」

ゆりかがにこりと笑った。

「じゃあ、行くわ」

そっと手を離してドアに向かって歩くと、宗一郎も付いて来てくれた。


 「じゃあ、休み明け待ってるね」

「うん」


 手を振りながら、ドアを開けて、一歩外へ踏み出す。

すると、ゆりかの姿を見て駆け寄ってくる人物がいた。

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