第42話 文芸部とあらぬ誤解

 「文芸部!あれね」

ゆりかが部屋に向かって指をさす。


 千春は足早に部屋のドアに駆け寄り、開いているドアの中を覗き込む。

「あ!お姉様」

「千春!」

千春とよく似た切れ長の目をし、長い黒髪の女の人がこちらを見て、近づいてきた。


 「和田様、相馬様、高円寺様ね。

千春から聞いてましたわ。

はじめまして。

千春の姉の千鶴です。

文芸部にきてくださっとありがとうございます」

ニコリと笑う姿が艶やかで、話し言葉もお嬢さま。

中性っぽい宝塚の王子様のような千春とは違う。

「はじめまして」

貴也と悠希がペコリと頭をさげる。

「いつも千春さんにはお世話になってます」

続いてゆりかもお辞儀をする。

「こちらこそ千春がお世話になってます。

ここでは自分たちで作った本の展示をしているから見て行ってくださいね」

「本の展示……」

ゆりかは千鶴の後ろにある机に並ぶ本に目を向ける。

自主製作された本が何種類も並ぶ。

こうゆうのを同人誌というのだろうか。

近づいて見ると、有名な某作家の小説の続編もある。


 …ん……?


 純文学、歴史もの…その先にはカラフルなイラストが描かれた異彩を放つ本たちが。


 あ、あれは……まさかまさかまさか!


 ゆりかの目が釘付けになる。

高円寺ゆりかに生まれ変わってから、縁がなかったったアレだ。

前世のゆりかが病院の病室でスマホを使って、こっそり見ていたアレ。


 ゆりかの足が引き寄せられるかのごとく、無意識に動く。

千春も不思議そうにゆりかの後についてきた。


 おおおおぉぅ……!!

ラノベも漫画もあるではないか!

知らないタイトルだけど、そそられる!

まさか学校で出会うなんて……!


 久々の再会で小刻みに震える手が本に伸びかけたとき、千春の声に阻まれた。

「やだ!お姉様!これお姉様のでしょ!

学校にまでこんな本を!」


 ハタとゆりかの手が止まり、正気に引き戻される。

こんな本!こんな……。

頭の中でリピートされる千春の声にゆりかは愕然とする。

ダメよ、ゆりか。

高円寺ゆりかはこの本に反応しちゃダメ。

カミングアウトはしちゃダメなの〜!!


 「いいじゃない。

学校で禁止されてるわけじゃないし、漫画もラノベも乙女ゲームも創作活動よ」

おお!!

こんなにもオープンなんてすごいわ。

千春のお姉様すごい。

良家の子女って世間体を考えて隠す人が多いと思うのに。

「これでも一応、場をわきまえて、BLや百合は控えてるのよ」

なんと、BLと百合もイケる口ですか。


 「貴也、びーえるとゆりってなんだ?」

「それはね……ごにょごにょ……」

悠希の質問に貴也が真面目に答える。

「!!」

「世の中には色んな趣向の人がいるんだよ」

悠希の顔が赤い。

うーん、あれが普通の小6の反応よね。


 「お姉様がBLとか百合とか言うから、純粋なゆりかさんも固まっちゃってるじゃない」

「ゆりか、大丈夫か?」

悠希ぐ赤くなりながらちらりとゆりかを見て、気遣う。


 ひょえ!私?!

ある意味固まっちゃったけど、そんな純なことで固まっちゃったんじゃないよ?

オタク趣味について考えてただけよ。

あ、ちなみにBLや百合好きではなくて、ゆりかはノーマル好きです。

歴史ものも好きよ。

武将萌え。

いや、この話やめよう。


 「大丈夫です」

手を振りながら否定すると、それを見た貴也がクスクス笑う。

「ゆりかさんはBLとか百合とかで頬を染める玉じゃないよ」

「………!」

みんなのいる前で、なんてことを言うか!


 キッと貴也を睨みつけると、貴也は相変わらずクスクス笑っていた。

「ゆりかさんは大人だもんね」

さも何かを含んだような言い方をする。

やめろ!この腹黒悪魔!


 毎度ながらに繰り広げられる、ゆりかと貴也のやりとりに割り入ってくる人物がいた。

「あら、高円寺様は大人なの?」

目を輝かせた千鶴だった。


 「ゆりかと貴也は大人だな」

「あー、確かに大人なとこはあるわね」

悠希と千春がうんうん頷く。

「あらあらあら、相馬様も大人なの?」

ますます千鶴の目が輝きを増し、ゆりかと貴也に詰め寄る。


 大人ってどうゆう意味?

悠希と千春は性格が大人という意味だろう。

貴也は中身がリアル大人という意味……。

……では千鶴様は……?

興奮気味な千鶴に心なしか不安を覚える。


 「大丈夫、私は察しましたわ。

さっきの相馬様の言う高円寺さまは大人って意味」


 はい?

ゆりかの顔が痙攣る。

「な、な、な、何か勘違いしてません?」

千鶴はゆりかと貴也の腕をガシッと掴み、自分に引き寄せた。

そして小声で囁いた。


 「お二人はオトナな仲なんですね。

秘密なのでしょう?

誰にも言いませんわ」


 「!!!!!」

何故そうなる?!

私たちは小6よ!!


 貴也をちらりと見ると最初こそ驚き目を丸くしていたが、次第に顔が緩み「くっくっくっ」と、喉を鳴らして笑い始める。

「それはそれは……ありがとうございます」


 ぎゃーーー!!

何肯定しているんだー!

この2人どうかしてる!


 あまりのことにゆりかは2人から離れ、悠希の背後へ逃げ込んだ。

悠希の近くにいれば、貴也はそこまで変なことを言わないだろう。


 「素敵だわ。

背徳の恋……三角関係。むふふ」

千鶴がうっとりとブツブツ呟いている。

やめて!背徳の恋とか三角関係とか!

こっちまで聞こえてるし!

変な汗が流れる。


 「ゆりかさん、ごめんなさいね。

姉、ちょっと変わってて」

千春が諦めてくれと言うかのように、ゆりかの肩をポンポン叩く。

「なんとなく察しがついた。

あれは相当だな」

悠希は呆れ顔をしている。

本当に察しかついてるのか?お前さんよ。


 「う〜……あらぬ誤解よ」

ゆりかが悠希の背後で頭を抱えていると、ふいに手を掴まれる。

「悠希君?」

「………」

悠希はちらりとゆりかに視線を向け、そのまま無言で、手を下ろした。

だけど、手は掴んだままだ。

ゆりかが不思議そうに掴まれた手を見つめていると、悠希の手がギュッとゆりかの手を出し握り直し、指と指が絡まった。


 おや?これは?


 「そろそろお化け屋敷行きたい」


 あ、早くお化け屋敷に連れて行けという意味ね。

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