第41話 学園祭見学当日

 「あ!ゆりかさーん!」

千春がゆりかを見つけると大きな声で呼びかける。

「千春さん、ごきげんよう!」

学校のロータリーに寄せた黒塗りの車から、制服姿のゆりかがひらりと降りると、千春に駆け寄った。


 今日は中高の学園祭の日。

何度も見たことがある立派な外観の建物だが、今日はいつもより人が多く、活気が溢れている。


 「和田君と相馬君は?」

「ここで待ち合わせてるから、もう来るんじゃないかしら…て、言ってる間に来たわ」

ゆりかが指をさした先に和田家の車があった。

その後部座席から悠希と貴也が降りる。

姿形が綺麗な2人が同時に登場したことで、辺りが騒つく。


 中等部のその半数は初等部からの持ち上がりで進学している。

高等部はさらに外部からの入学者が増えるものの、あらかた見知った者が多い。

この場にも見たことがある人間が多くいた。


 「和田財閥の悠希さんと相馬コーポレーションの貴也さんよ」

「初等部以来だけど、オーラが違うな」

「貴也さん、相変わらず美しいわね」

「悠希さんだって背が伸びて凛々しくなったわ」

「王子様と天使様みたい」

「素敵ねー」


 千春が笑いながらゆりかの肩に手をポンと置いた。

「あなたの許婚殿と幼馴染殿、人気ね」

「千春さん」

思わずゆりかは苦笑いをする。


 確かに悠希と貴也はキラキラしていた。

悠希は王子の様な雰囲気で、貴也は天使の様な笑みを浮かべて、周りを圧倒している。

実はただの俺様と悪魔なのに。


 「みんな、姿形に騙されているのよ」

思わず本音がポロリと溢れてしまう。


 それを地獄耳が聞いていた。

「誰が何に騙されているって?」

近付いてきた悠希が訝しげな顔をして訊いてきた。

「なんでもありません」

ゆりかが目線を逸らし、澄ました顔をする。


 「…全く…」

悠希がため息を吐くと、ゆりかの額を拳で軽く小突いた。

「あ、いた!」

「痛くないだろ」

悠希が不満そうに眉を顰める。

「条件反射です」

急に小突かれたら痛くなくても、なにかしら声がでてしまう、それだ。

ゆりかがおでこを触っていると、貴也が笑って話かけてきた。

「おはよう。

さっそく何か問題?」

どうやら貴也には聞かれていなかったようだ。

もし聞かれていたら…と想像すると、怖い。

少しばかりゆりかは安堵する。


 「相馬君、おはよう!」

ゆりかと悠希のやり取りを見ていた千春が助かったとばかりに貴也に話しかけた。

「さあさあ、こんな所で立ち止まらず中に入りましょう!」

千春がゆりかの腕を掴み、ズイズイと進んだ。


 初等部の制服を着た4人の姿は一際目立つ。

ゆりかも言わずもがな、聖麗学園では有名な存在だった。

あの高円寺グループの令嬢で、高等部では眉目秀麗で有名な高円寺隼人を兄に持つ。

しかも、かの和田財閥の御曹司の許婚ときた。

誰もの目を惹く愛らしい容姿をし、立てば芍薬、座れば牡丹とはこの少女のことかと言いたくもなる。


 その横でゆりかの腕を掴んでいる千春もまた目を惹く容姿をしていた。

切れ長の目や整った顔立ちからは中性的な魅力が伺えた。

自分達が想像する以上に目立った御一行であった。


 「さて、どこに行こうかしら?」

ゆりかが受付でもらったパンフレットを見つつ、辺りをキョロキョロ見渡す。


 「そもそも学園祭って何をやってるものなんだ?」

悠希の質問に一瞬、貴也とゆりかは目が合う。

今更何を言うか。

貴也君を誘ったのはお前だろ。

ついツッコミたくなるものの、そこは飲み込んだ。

彼は純粋に小学生だ。

経験値はゆりかと貴也に比べれば圧倒的に少ない。

言葉は知っていても、わからないことがまだまだあるのだろう。


 「私も初めてだから、よくわからないけど、姉の話だと学生が部活動の展示物をしたり、クラスでお店や舞台の出し物をして、一般の人を招く行事みたい。

学校毎に雰囲気が違うから、見学者も多いらしいよ」

千春がお姉さんから聞いた話を悠希に説明をする。


 「あ、プラネタリウムとかお化け屋敷なんてある。

手作りケーキカフェも興味あるわ」


 なんて学祭っぽいのかしら!

兄からの事前に聞いた話では、学祭のお金のかけ方が、普通の学校とは違うと聞いた。

出し物のクオリティもお金がかかっているだけあって、なかなかのものだという。

私の知る学祭よりハイクオリティとは楽しみだ!

ちなみに兄のクラスはカフェとか言ってたような。


 ゆりかがパンフレットを見ていると、貴也が覗き込んできた。

「とりあえず展示物を一通り見て疲れたら、カフェで休もうよ。

あとはイベント系の時間を気にしながら回ってみよ?」


 うん!いい案だ!

さすが貴也君!

学園祭経験ありだ。

学祭をよく心得ている。


 「そうね。そうしましょう!」

ゆりかは楽しみで、若干いつもよりテンションが高くなる。

そんな貴也とゆりかの様子を悠希が少し面白くなさそうに見ていた。

「どうしたの?悠希」

貴也が悠希に気付く。


 「……おばけ屋敷は俺がゆりかと入るからな」


 「「「え?」」」

あまりにも唐突な言葉に貴也とゆりか、千春は思わず声を出してしまう。

「ああ、それは大丈夫。

僕、お化け屋敷は好きじゃないから、外で待ってるよ。

ゆりかさんはお化け屋敷に行きたいんだよね?

松原さんは?松原さんはお化け屋敷、苦手?苦手だよね?」

「ちょっと、貴也君、なんでそんな訊き方するのよ……」

そう言いかけたゆりかの背筋が凍った。

貴也が千春に見せた顔が、この世の物とは思えない程、冷たく怖い笑顔をしていたのだ。

無言の圧力である。

千春にお化け屋敷に入るなという。


 貴也の尋常じゃない笑顔に千春はギョッとし、「私もお化け屋敷はちょっと……」と口にした。


 千春さん、貴也君の本当の姿を見てしまったわね……。

こちらの世界へようこそ〜。


 「一緒に入れないなんて、ざ、残念だわ〜」

ゆりかもなんとなく貴也の雰囲気に飲まれ、一緒になって茶番劇をしてしまう。

何故悠希のワガママに付き合わなきゃいけないんだという気持ちもあるが、貴也が怖い。

仕方ないので、今は付き合っておこう。


 「そうそう、私の姉は文芸部なんで、後で文芸部に寄ってもいい?」

千春がこの場の雰囲気を仕切り直すかのように、切り出した。

「千春さんのお姉さんは文芸部なの?」

ゆりかが少し驚いた顔をして千春を見た。

「今、意外って思ったでしょ?

姉は私と違って漫画から文学小説までなんでもイケる口なの」

千春が笑う。


 千春の姉が文芸部とは意外だった。

千春は文章を読むといえば雑誌か漫画。

活字を読むくらいなら映画で観てしまえというタイプである。

イマドキな女子といえば、イマドキな女子である。

姉妹でもやはり違うらしい。


 前世の自分の息子たちーーコウとナオもピアノに対して違かった。

兄のコウはピアノが好きでよく弾いていたけど、弟のナオは趣味にはならなかった。

同じように育てたつもりなのに、兄弟でも違うものだった。


 数秒の間ボーッとしてたのだろうか。

「ゆりか?」

悠希の呼びかけにハッとした。

気づくと悠希がゆりかの顔をじっと見つめていた。


 「え、あ、ああ、文芸部はどこかなー?って思って……」

咄嗟に思いついた嘘を口にし、手にしていたパンフレットを覗き込む。


 「文芸部はここだな」

一早く悠希が見つけ出し指をさした。

探すのがやたらと早いではないか。

色々なところで能力の差を見せつけられる気がする。


 「ところで文芸部って何するんだ?」

「文芸部って文学を研究したり、小説を読んだり、書いたりする部だよ」

貴也が答える。


 ん?またこのパターン?

一般常識知らないの〜?

ふっ。まだまだ私のが上だな。

が・き・ん・ちょ。


 ゆりかが影で1人ふっとほくそ笑んでいた。

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