第24話 真島司との思い出
あの後、ゆりかは真島司が帰って行く後ろ姿を、2階の自分の部屋の窓から見つめていた。
手を伸ばし、遠くに見えるその姿に窓越しから触れる。
冷たいガラスの触感の先にいる真島の小さな背をそっと撫でた。
前世でゆりかが最後に見た姿よりも、年を重ねて50代となった真島の姿は、髪に白髪が目立つ様になり、顔立ちも少し年を感じるようになっていた。
あの人は今、どうゆう人生を送っているのだろう。
ゆりかの胸が締め付けられた。
その晩、ゆりかは夢を見た。
――――――――
真島司と図書館で一緒に提出課題の勉強をしている。
入行して3年目の彼らだったが、日々の業務に加え、行内勉強会やら試験勉強に追われる日々だった。
今回の財務の課題は文系のゆりかには不可解な計算式が出てきて、どうやってこの課題を終わらせようかと毎日頭を悩ませていたところに、同期の真島がこの週末に一緒にやろうと誘ってくれたのだ。
2人の間にカツカツとペンを走らせる音が響き、時折、電卓をパチパチと叩く音がする。
「ああ、答えが合わない」
ゆりかが頭を抱えた。
すると真島がゆりかの手元の問題を覗きこみ、「これはこうやるんだよ…」と教えてくれる。
真島が公式をあてはめ、再度電卓を叩いて、ゆりかに見せる。
長い指がパチパチと電卓を弾く。
男の人らしい血管が少し浮き出た骨ばった手の甲。
この手に触れてみたい。
ゆりかは今まで何度思ったかわからない。
真島といるとドキドキした。
「やっと終わったー」
ゆりかが両手を挙げて終了を告げると、先に終えていた真島は読んでいたテキストを閉じた。
どうにも真島のことが気になって集中できずにいたゆりかは、だいぶ遅れをとってしまっていたようだ。
「真島君に教えてもらえて助かったよ。
ありがとう!
他の子たちも真島君に教わりたがってるよ」
ゆりかの言葉に、真島は目尻に皺を作り苦笑をした。
同じ支店で働くゆりかと真島は、数少ない総合職同士で仲が良かった。
銀行の支店には一般職の女性がたくさんいるのに対し、男性自体の人数は少ない。
若くて清潔感がある好青年の真島は必然的に女性から人気があった。
ゆりかはそんな彼が女性行員から様々なアプローチを受けていることを知っていたし、そのことをネタにしばしば真島をからかうことがあった。
でもその日の真島はなんだか違った。
いつもだったら困ったように受け流すのに、今日はその目が真っ直ぐにゆりかに向けられていた。
「
ゆりかは真島の言葉をすぐには理解できず、真島の顔を見返す。
「…同期だから?」
「違う。
大切な同期なのは間違いないけど…」
彼の顔が赤かった。
「真島君…?」
真島の顔の赤さからゆりかは彼の意図することを悟ると、心臓がトクンと高鳴った。
「澤井のこと好きだから」
彼の口から紡がれた言葉は、ゆりかがずっとずっと望んでいた言葉だった。
「付き合ってほしい」
その瞬間、世界の時間が止まったかのように感じた。
ゆりかもやっとのことこと声を絞り出す。
「……私もずっと…」
ゆりかはハッと目を覚ました。
辺りは暗く、ゆりかの心臓がドキドキしていた。
上半身を起こし、周囲をゆっくり見渡すと、いつもの天蓋付きベッドの中だった。
夢か…。
前世の記憶だった。
前世の『真島ゆりか』としての。
あれはまだあの人のことを「真島君」と呼び、相手はゆりかのことを旧姓の「澤井」と、呼び合っていた頃のこと。
ずっとずっと片思いをしていた彼から図書館で告白された日のこと。
真島との若い頃の淡い思い出だった。
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