第15話 許婚になりました

 「悠希、貴也、ゆりかちゃん、幼稚園卒園おめでとう!」

和田父の言葉で、乾杯が行われる。

ゆりかはスパークリングワインの代わりに用意されたリンゴジュースをゴクリと飲んだ。


 食事会は和田財閥系列ホテルのイタリアンレストランを貸し切って行われていた。

部屋の中央に長方形の大きな長机があり、兄、ゆりか、悠希、貴也が窓に背を向け座っている。

その向かいに各々の両親がいた。

言うまでもなく車の中での一件で、父が相馬父を遠ざけたため、和田家を挟んだこの席順となった。

もちろんそこは父と父の心中を察した兄によりスマートにエスコートされてだ。


 高層階の窓からは都心を一望できる。

夜だったら夜景はさぞかし素晴らしいだろう。


 大人たちの前には食前酒とバゲット、そしてアンティパストが次々にやってきて並べてられていく。

ゆりかと悠希、貴也の前にはお子様料理が並ぶ。

兄はお酒なしの大人と同じコース料理。

お子様料理も美味しいが、なんとなく大人と同じ料理がうらやましくなり、隣で優雅にコース料理を食べる子供である兄をじっと見つめていた。


 前世では、こうゆう場所でこうゆう食事をしながら、プロポーズされたんだよな…。

ついつい同じような光景に思い出してしまい、ぼんやりしていた。


 「ゆりか?そんなに見つめないでくれないかな?

食べにくいんだけど」

兄が嫌そうな顔をして、手を止めた。


 あ、やば…。

ぼんやりしすぎた。


 「あ、ごめんなさい。

ついお兄様たちのお料理が素敵だったから見てしまいました」

適当な嘘でとりあえず取り繕うとするが、ただぼんやりしていたのを兄には見透かされているようだった。

「今日はゆりかのお祝の席なんだから、ぼやっとしちゃダメだよ」

眉間にしわを寄せ注意された。


 「ゆりかちゃんも大人の料理が良かったかしら?

コースだと量が多いかと思って、お子様メニューにしたんだけど」

和田母が気をつかってくれる。

「あ、いえ、お子様メニューも美味しいし大好きなものばかりだから嬉しいです。

本当に素敵なレストランに素敵なお料理だなぁって思ってたんです」


 自分が大人だったら、尚良し!って思ってたくらい。


 「まあ!うちのレストランを褒めてくれて嬉しいわ。

ゆりかちゃん、うちのレストランでよければ、これからいくらだって来れるわよ。

悠希にどんどん言っちゃって」


 ん?悠希君に?

あ、和田系列だから悠希君に頼めば食べ放題、来放題ってこと?

それは嬉しい。


 気づいたら和田母に向かって和田父が首を横に振っている。

「まだだ」と、なにか止められているよう。

隣にいる悠希を見ると、なにか言いたげに和田母を見ている。


 すると遠くから相馬父が話しかけてきた。

「ゆりかちゃんは将来、お母さんに似て美人さんになるだろうから、たくさんの男の人がこうゆうお店に連れていってくれるよ」

しかも何の悪ふざけか、ゆりかに向けてウィンクまでしてきた。


 !!

自然とウィンクをする人間を初めてみたかもしれない。

ゆりかは思わず口をパクパクさせてしまう。


 「なんなら貴也か僕が連れて行って…」

「お父さ」

「「そんなのダメ」だ!」

相馬父の言葉をそれ以上言わせまいと、目の前にいた貴也が止めようとしたが、

それさえも遮るように父と和田母の声がハモった。

振り向くと父が恐ろしい目つきで相馬父を睨んでいる。


 ひー!

パパを刺激しないで!


 父が暴れ出ししたらどうしようとゆりかがビクビクしていると、和田母の方が先に口を開いた。

「ゆりかちゃんはうちのお嫁さんになるのよ!」


 え!それ今言う?


 和田母に加勢するかのように、父も立ち上がり叫ぶ。

「そうだ!ゆりかも優子も君には手を出させないからな!」


 ぎゃ!

パパもみんなの前でそれ言っちゃうの?!


 一瞬しーんと静まりかえる。

言われた当の本人の相馬父はぽかーん顔である。

「…はあー」と和田父が眉間を指で押さえ、深く溜息をついた。


 貴也のお父様と和田様の気持ちはよくわかる。

どうしたらいい?この空気。

私には収集できないぞ。


 そんな中、この微妙な空気をぶち壊す勇者が立ち上がる。

花が綻ぶようにクスクス母が笑っていた。

「もう、あなたったら」

父の両肩に手をあてて、優しく撫りながら、大輪の花を咲かせるかのように微笑む。

「大丈夫。私はずーっとあなた一筋ですから」

するとみるみる間に父の顔が普段の優しい父の顔になり、母を見つめる。

「…優子」

そのまま、母は父を席に座らせると、

父は「大きな声を出してすみません」とコホンと咳払いした。


 ママ!すごい。

あの空気を変えるなんて!

卒業式の写真撮影の時といい、今回といい、メンタルが強すぎる。

しかも今度は完全にパパを掌で転がしているではないか!

いつもおっとりしている母が今日ばかりは女性として最強な人物なのではないかと気づいた。

 今後、師匠と仰ごう!


 母の勇姿にゆりかが感心して見つめていると、 母と目が合う。

そしてゆりかにニッコリと微笑みをむけると、今度は父と和田父に視線を向けた。

「あなた、和田様、お嫁発言もしちゃったし、そろそろいいかしら?」

「ああ、それが今日の目的でもあるからね」

父がコクリと頷く。

「食事も食べ終わりそうだし、そろそろ良い頃合だね」

和田父が高級そうな腕時計で時間を確認し、そう告げると、母親たちが立ち上がり何やらコソコソしている。


 そして「悠希とゆりかちゃん、ちょっとこっちへ来て」と奥にある個室に連れ出された。

個室のテーブルには白い花のブートニアと花冠が用意されていた。


 わあ、可愛い花冠!


 和田母が悠希のスーツの胸ポケットにブートニアを差し込み、母が私にお揃い花を使った花冠をのせた。

「なんで花?」

悠希が花を触ろうとすると、和田母に止められた。

「いじらないでね。変になっちゃう」

悠希が顔を顰めた。

「本当はね、花嫁さんみたくベールをつけたかったけど、パパが泣いちゃいそうだから、それはいつか本番の楽しみにしたのよ」

ママが私の花冠の調整をしながら話す。


 ベール?花嫁さん?


 「はい、できたわよ」


 窓ガラスに自分たちの姿が映る。

まるで小さな花嫁花婿みたいだった。


 母親たちに促され、再び席に戻った。

「お、それらしくなったね」

可愛いらしいカップルに和田父が目を細める。

ゆりかの父は無言で、若干目が潤んでいる。

兄は無表情、相馬親子は例のごとく美しい顔で微笑んでいた。


 なんだこの空気?生暖かい空気。


 悠希の顔を見るも、悠希はさも当然とばかりに平然とした顔をしている。

しかしゆりかにはなんだか異常事態のように感じられ、この場から逃げたくなるような衝動に駆られていた。

と、トイレに行こうかしら!


 そう思った時にはすでに遅し、和田父がその場を取り仕切り、立ち上がって話し始めた。

「一応ここにいる人たちにはきちんと知らせておきたくてね」


 あわわわわ。

絶対にヤバい話だ!これはヤバい!!

ゆりかの顔色が悪くなっていく。


 そして和田父が決定打を口にした。

「悠希とゆりかちゃんを許婚とすることに両家で取り決めた。

小学校に上がったら、正式に公表しようと思う」


 ゆりかの頭の中でカーン!とゴングがなった。

人生のゴングだ。

ゆりかの目の前が真っ白になっていた。

みんなの「ゆりか!」と呼ぶ声が遠くに聞こえる。

気づいたらショックのあまり腰を抜かしていた。


 私、6歳にして結婚という人生修行が始まるようです。


 こうなることは4歳の時にわかっていたけれど、改めて宣告されると衝撃を感じずにはいられなかった。

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