4:一度に二人から好かれて

 ――妹の咲菜は、俺に対して好意を抱いている。

 あの子の恋慕について、ルシアはとっくに気付いていたらしい。

「交際報告したときの反応で、何となく想像できました」という。少なくとも、咲菜が貧乳だからって巨乳に嫉妬したわけじゃなかったことは、見抜いていたわけだ。


 デートの別れ際にキスしたのも、それを踏まえた上での行動だった。

 つまり、半日尾行された報復として、わざと咲菜に見せ付けた――

「お仕置き」と言っていたのは、そういう意味だったのである。


 しかし、あのときのキスを、今ではルシアもちょっと反省しているみたいだった。

 咲菜がめっきり塞ぎ込んだのを知って、少し薬が効き過ぎた、と感じたようだ。

 あれ以来、互いに顔を合わせ難くなったみたいで、相手と幾分距離を置いている。


「とはいえ必要とあれば、咲菜ちゃんと会ってお話することに不都合はありません」


 ルシアは、苦笑混じりに言った。


「もっとも仮に三人でやり取りするなら、平等じゃない部分もあるので、やはり気後れはありますが……」


「平等じゃないっていうのは、どういうことだ?」


「だって、もし会話の途中で私と咲菜ちゃんの意見が食い違ったとしたら、きっと紘也くんは私の側に肩入れするじゃないですか」


「そりゃ、たしかにそうするだろうが」


「その場合だと、咲菜ちゃんは常に二対一の状況で発言しなきゃいけないんですよ」


 そう指摘されると、押し黙るしかなかった。

 だって、俺はルシアを恋人に選んだのだ。

 咲菜にとっては残酷だとしても、致し方ない。


 そして、ルシアもまた、俺を責めたりはしなかった。


「いつからか、すぐ近くで一緒に過ごすようになって――」


 尖った耳の先端を、ちょっぴり落ち着きなく動かす。


「どんなときでも紘也くんは、必ず私を肯定してくれましたよね。……だから、私も紘也くんが好きになったんです」


 思い掛けなく両想いになれた理由を聞かされ、こっちまで照れてしまう。


 うーん、本当にルシアは可愛いなあ。

 俺もルシアが好きだ。大好きだ。


 悪いけど咲菜、やっぱりお兄ちゃんはおまえを選べないぜ……! 



     〇  〇  〇




 かくして「ルシアと咲菜に話し合いの機会を作ろう」という提案は、実現に至った。


 日取りは、次の月曜日。

 それぞれ学校から帰宅したあと、高瀬家うちのリビングに集まる予定が組まれた。

 いつも週明けは、両親の仕事が終わるのが遅く、夜まで邪魔は入らない。


 ちなみに一応、

「ルシアと咲菜が二人だけで対話した方が良いのではないか?」

 と考えたりもしたのだが、結局三人で集合することになった。

 これは意外にも、咲菜が強く希望したためである。


 当日、約束の時刻になると、ルシアが我が家を訪れた。

 玄関で出迎え、妹の待つリビングへ招き入れる。


 ルシアと咲菜は、テーブルを挟んで、差し向かいでソファに腰掛けた。

 俺は、ダイニングカウンターの椅子に座る。今日の主旨に沿って、少し離れた位置から二人を見守ることになっていた。



 話し合いは当初、ごく穏やかな雰囲気ではじまった。

 当たり障りのない話題から、やり取りは互いの反応を探るように進む。


 けれど、やがて心を決めた様子で、咲菜が僅かに身を乗り出した。



「今日はあたし、どうしてもルシアさんに言いたいことがあります」



 途端にリビングの空気が張り詰める。

 果たして我が妹の声帯から、いかなる言葉が発せられるのか。


 ルシアは、待ち構えるように居住まいを正した。

 たったの数秒足らずが、恐ろしく長い時間に感じられる。

 思わず、俺は息を呑んだ。




「――あたし、実はずっと前から……!!」




 …………。


 ……は、はあ……? 



「その、今まで正直に打ち明けられなかったんですけど……」


 咲菜は、頬を桜色に染め、両手を胸の前で組み合わせる。

 紅茶色の瞳が潤んで、熱っぽい輝きを帯びていた。


「やっぱり自分の気持ちをいつわれません! ルシアさんを、お兄ちゃんにられるなんてイヤ!!」


「ぅおおおおぉぉ――い!! ちょ、ちょっと待てやああァァ――ッ!?」


 全身全霊を込めて、俺はツッコミを入れた。


「ル、ルシアは俺の恋人なんだぞ!! おまえは何を言ってるんだ!?」


「ルシアさんは、あたしの憧れなの! ――あたしが通う中学校で、ルシアさんは『優秀なエルフの卒業生』として、密かに有名で……あたしにとっては、掛け替えのないなんだから!」


 問い質すと、咲菜は昂りを抑え切れない様子で言い放つ。

 ルシアは、珍しく呆気に取られたみたいで、緑色の瞳をしばたたかせていた。

 もっとも、動揺や困惑を禁じ得なかったのは、俺だって同じだ。



 いや待て、ということは。


 咲菜が悩んでいた「禁断の恋」ってのは、自分の兄を好きになったことじゃなく――

 自分と同性のエルフを好きになったことだったのかよ!? 


 おいおい、おかしいだろ色々と! 

「ひとつ屋根の下で子供の頃から一緒に暮らす妹は、いつも優しくて大好きなお兄ちゃんに素敵な恋人ができて嫉妬しちゃう」もんなんじゃないの!? 



 俺は、軽い眩暈めまいを堪えつつ、咲菜に重ねて問い掛ける。


「お、おまえ、マジでルシアのことが好きなのか……? 恋愛的な意味で」


「そうだって言ってるでしょう、何度も言わせないで。くどいわね」


「だけど、これまで一度もルシアが好きだなんて言わなかったじゃねーか」


「言うわきゃないわよ! 人間とエルフの異種族間恋愛なんだし!」


「い、いやあ……そりゃ、おまえがルシアに懐いていたのは知ってたけどさ。まさか、恋愛対象として見ているなんて想像してなかった」


「あたしだって、お兄ちゃんがルシアさんと仲が良かったのは知ってたけど。まさか二人が交際しはじめるだなんて想像してなかったわ」


「う、うぬぬ……。お、俺は、てっきり今まで、おまえが俺のことを……」


「何よ。まさか『ひとつ屋根の下で子供の頃から一緒に暮らす妹は、いつも優しくて大好きなお兄ちゃんに素敵な恋人ができて嫉妬しちゃう』ものだとでも思ってたの? 冗談は止めて」


 圧倒的図星だった。

 咲菜は、汚物を見るような目つきで、こちらを眼差す。

 馬鹿、やめろよ。そんな目で見るのは……

 お兄ちゃん、ちょっとゾクゾクしちゃうだろ? 


 ていうか、勘違いしていたのは俺だけじゃない。

 日頃は洞察鋭いルシアですら、誤解してたんだからな。



 ……さて、ところで。

 当のルシアはというと、ソファに腰掛けたまま、頭を抱えていた。


「おいルシア、大丈夫か」


「――え、ええ。お気遣いなく、紘也くん。少し考えを、整理していただけなので」


 心配して声を掛けると、ルシアはいったん深呼吸して答えた。


「何しろ、エルフには元来『女の子が女の子を好きになる』という恋愛の形態がないものですから。自分が卒業した中学で有名だったなんて話も、今初めて知りました」


「あ、あ~。そうか、そうだったんだな……」


 妙に納得させられた。

 ルシアも日本暮らしは長いから、同性同士の恋愛に関する知識自体はあるはずだ。

 しかし、それを実際に受け止めるには、感覚的な理解が足りていないのだと思う。

 だから咲菜が好きな相手も、自分じゃなく俺だと決め付けてしまった。


 そうだ、翻ってみれば――

 先日のデートで、ルシアが映画に感動できなかった理由も、たぶんそこにある。

 なぜなら『星の迷路』は、からだ。

 ただし他方で、逆にそれが咲菜を落涙させたのだろう。



「ねぇルシアさん。あたしじゃ、恋人にはなれませんか?」


 咲菜は、ソファから腰を浮かせ、ルシアに迫った。


「女の子同士は駄目ですか? あ、あたしは、本気でルシアさんが――」


「ええと……あのですね、咲菜ちゃん。女の子同士だからとかはともかく、もう私には紘也くんという恋人がいるのですが」


「そんなの、単にあたしよりも半月ぐらいお兄ちゃんの告白するタイミングが早かっただけです。何度も言うけど認めてないし、椅子取りゲームで決まったようなものだとしか思ってません!」


 とんでもない暴論である。

 こりゃあ遠回しに諦めさせようったって、無理みたいだ。


 ルシアもそれを悟ったのか、次は直接的な表現で断った。


「申し訳ありませんけど、私は咲菜ちゃんを恋愛対象としては考えられません」


 よっしゃルシア、よく言った! 

 思わず、心の中で声援を送る。

 いや俺だって、妹に失恋を味わわせたりするのは、決して本意じゃない。

 でも、恋人との関係に横槍を入れられれば、やはり無視できないのだ。


 これなら、咲菜も引き下がるだろう……

 と思ったのだが、困ったことに当てが外れた。


「今はそれでも、かまいませんよルシアさん」


 咲菜は、生温かい微笑みを浮かべる。


「エルフだから、女の子が女の子を好きになることの素晴らしさが、まだよくわからないんですよね? ――大丈夫です。あたしが手取り足取り、じっくりねっとり教えてあげますから!」


「そりゃそういう意味じゃねええぇぇ!?」


 咄嗟に絶叫してしまった。

 ていうか、何をルシアに教えるつもりなんだ!? 


「何よお兄ちゃん。こないだルシアさんのことを、『傍で見てるだけでも幸せ』だって言ってたじゃない。だったら、あたしとルシアさんの燃えるような恋を、黙って眺めててくれない?」


「それもそういう意味じゃねええぇぇ!?」


 我が妹ながら、凄まじい我田引水っぷりである。


「ルシアはおまえを恋愛の対象じゃない、って言ってんだぞ!」


「あたしにとっては性欲の対象として完璧なの、ルシアさんは」


「性欲の対象かよ!? ガチで欲情してんのかおい!?」


「だってルシアさんのおっきいおっぱい最高でしょ!?」


「……お、おまえ、本当に巨乳に対する嫉妬だとかはなかったんだな……」


「むしろ、あたしはおっきいおっぱいを揉みたい。お兄ちゃんは違うの?」


 …………。

 まあ、それは揉みたい。


 ――って、つい共感してしまった。いかん。

 この場は邪念を払い、己の愛を真摯に主張せねば! 



 などと、俺は今一度決意を固めていたのだが。

 そのあいだにうっかり、隙を衝かれてしまった。


 気付くと、咲菜はテーブルの上を乗り越え、ルシアの肩を手で掴んでいる。

 相手の顔に自分のそれを近付け、両眼を見開いていた。呼気が荒い。


「ね、ねぇルシアさん……本当に、女の子同士はいいですよ……。う、うふふっ。……ほら、あ、ああたしが、教えてあげます。怖くないですよ……?」


「あ、あっ――お、落ち着きましょう、咲菜ちゃん。駄目、駄目ですから。わっ、私には、紘也くんがいますから! ねぇっ、お願い……ッ……――!」


 さすがのルシアも身の危険を感じたのか、咲菜を懸命に制止しようとしている。

 けれど、哀願するような呼び掛けも、無意味だった。


 なんと咲菜は、ルシアの唇に自分のそれを重ねてしまう。

 唐突な出来事を目の当たりにして、俺は声を失った。



 ああ、キスだ。


 ルシアと咲菜が、女の子同士でキスしている。



 咲菜は、二、三度、唇と舌で唾液を交換し、それからルシアを解放した。


「……っは、はあ、はあっ……。ふ、ふひひっ……。やった、ルシアさんと、キスしてやったわ……! や、やっぱり、思った通り。ルシアさんとのキス、堪んない……!」


 喜色に溢れた面差しでつぶやき、こちらを振り返る。


「どうかしら、お兄ちゃん。――妹にされた気分は?」


 その一言で、どうして咲菜が今日三人での話し合いを望んだのか、やっと俺は理解した。

 この前のデート後、俺とルシアのキスを見せ付けられたことを根に持って、こいつは最初から報復を目論んでいたのだ。


 唇を奪われたルシアは、半ば放心状態で、目の焦点が定まっていない。

 何かぼそぼそつぶやきながら、くてっとソファに身体を沈めている。


「……や、やだ……。女の子同士で――私、紘也くんがいるのに……き、気持ちいい……!?」




 ……いったい何なんだ、この状況は……。



『エルフの恋人が、自分の妹に略奪されかけている』



 そんな信じ難い光景に直面しながら――

 俺はなぜか、不思議な興奮を覚えはじめていた。






<恋人がエルフだなんて、世界が認めても妹は認めません。・了>

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恋人がエルフだなんて、世界が認めても妹は認めません。 坂神慶蔵 @sakagami

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