2:典型的三角関係の休日

 次の日曜日。

 いつもの休日よりも、少し早めに起床した。


 ルシアと一緒に外出する予定があるからだ。

 すなわち、いわゆるデートである。

 妹から猛反対に遭っても、俺たちの交際は順調だった。


 ちなみに両親は、息子がエルフと付き合っている事実を、まだ知らないようだ。

 今のところ、咲菜は他の誰にも言い触らしたりしていないらしい。



 朝食を済ませ、手早く身形を整えた。

 玄関のドアを潜り、マンションをエレベーターで降りる。


 一階のホールでは、すでにルシアが待っていた。

 マリンブルーのワンピースを着用している。可愛い。

 互いに挨拶を交わすと、建物から出て駅前を目指す。


「すぐ隣に住んでいると、待ち合わせが楽だな」


「同感です。他にも何かと都合がいいですから」


「そうだな。いつでも気軽に会えるから、困ったときにも協力し合える」


「はい。それに浮気相手を部屋に連れ込もうとしても、すぐわかります」


「って付き合いはじめたばっかなのに、もう浮気の心配してるのか!?」


「まさか。紘也くんのこと、ちゃんと信用してますから」


「頼むぜマジで。俺はずっと、ルシア一筋なんだからさ」


「ところで古代エルフ族には、浮気した恋人を呪い殺す魔法の儀式がありまして」


「ぅおおおぉぉ――い!! やっぱちっとも信用されてないんじゃないの俺!?」


「あくまで、そういう儀式があるという雑学トリビアですよ」


「どうして、その雑学に今のやり取りで触れたんだ」


「ちなみに儀式が成功した場合は『素敵なエルフの恋人がいるのに、同居している妹と一線を越えてしまった若い男が、苦しみながらミイラ化して死ぬ』という呪いが発動します」


「メチャクチャ呪いの対象が限定的なんだけど!? ていうか、それじゃ部屋に連れ込んだんじゃなくて、浮気相手は元々一緒に住んでる家族じゃねーか!! 近親相姦かよ!?」


「あくまで、単なる雑学ですよ」


「雑学じゃなくて冗談だろ……」


 むしろ冗談であって欲しい、切実に。


 尚、エルフは異世界と違って、こっちの世界じゃ大半の魔法が使えない。

 地球では魔力の源泉が枯渇していて、詠唱しても効果が生じないそうだ。

 なので、仮に儀式が実在していても、呪われることはない。たぶん。



 やがて大きな交差点で、赤信号に引っ掛かった。

 立ち止まって、行き交う車が停まるまで待つ。


 と、そのとき。

 不意に奇妙な気配を感じた。


 ――誰かが、自分を注視している。


 警戒心を刺激され、周囲を見回す。


 果たして、直感は正しかった。

 背後を振り向いた際、視界の端に不審な人影が映ったのだ。

 道路沿いのコンビニには、店の前に自販機が置かれていて……

 たしかにその傍から、俺とルシアを眼差す人物が居た。


 だが不審者も、こちらの様子に気付いたらしい。

 ちょっと慌てたような動作で、物陰に身を隠す。


「紘也くん、どうかしましたか?」


「……いいや。別に何でもないよ」


 不思議そうな顔で、ルシアが問い掛けてきた。

 一瞬迷ったものの、いったん曖昧に誤魔化す。

 不審者の正体には、心当たりがあったからだ。


 怪しい人影は、比較的小柄で、ミニスカートを穿いた女の子だった。

 ボーダーシャツの上から、なぜか暑苦しいジャンパーを羽織っていた気がする。

 そして、明らかに不似合いなメガネを掛け、帽子キャップを目深に被っていた。



 ――あの背格好からして、妹の咲菜以外にあり得ない。


 ポニーテールを下ろしているものの、間違いなかろう。

 あれでも変装したつもりみたいだが、バレバレである。


 ひょっとして、これから俺たちのデートを尾行する気なんだろうか。

 我が妹ながら、あいつも何考えてんだかわからんやっちゃなあ……。



 さて、それでこの事実を、ルシアにも伝えるべきだろうか? 


 正直なところ、判断に迷う。

「交際後の初デートだけど、実は妹の監視付きなんだ」って言うのか。

 どう考えてもドン引きものである。

 デートを尾行する妹がいる男なんて、普通は恋人にしておきたくない。


 とはいえ、それを隠したままでデート続行するのも、不誠実な気がする。

 うわーしかし俺ルシア好きだからなー、こんなんで嫌われたくないわー。


 ていうか、咲菜の立場からすればどうなんだ。

 暴露されれば、尾行の事実を言い訳できまい。

 ルシアとの関係も、今後は尚更悪化するかもしれない。

 結果、あの子は傷付き、辛い思いをするんじゃないか。

 否が本人にあるとはいえ、それは少し可哀想だな。


 やはり、ここは黙っておいた方がいいか。

 嘘を吐き通すのも、時と場合で優しさって言うし……

 って、そりゃまるっきり浮気する男の発想じゃねーか。

 呪いでミイラ化するわ!(※古代エルフ族並みの感想こなみかん



 などと密かに悩んでいるうち、地元の駅に着いてしまった。

 結局、咲菜のことを告げられないまま、電車に乗り込む。


 それから三駅分ほど揺られ、市内中心部で降車した。

 下車駅の構内を出て、電気店と隣接したビルへ入る。



 ここの最上層には、複合型映画館シネマコンプレックスがあるのだ。


 今日のお目当ては、『星の迷路』というタイトルの映画だった。

 本年度屈指の人気作で、有名監督の映像美が話題になっている。


 二人分のチケットを学割で購入し、第三スクリーンまで移動した。

 指定座席は、館内中央付近。近すぎず遠すぎずで、いい位置だ。


 上映時刻の直前、こっそり変装した妹を探してみる。

 ……案の定、少し離れた席には、咲菜の姿があった。

 館内まで追ってくるとは、本当にご苦労なことである。


「紘也くん、もう映画がはじまりますよ」


 ちょっと余所見していたら、にわかにルシアから声を掛けられた。


「さっきから普段より少し変ですけど、気になることでもありましたか?」


「ああ、いや。本当に何でもないんだ。ちょっと考え事していたぐらいで」


 正面のスクリーンに向き直りつつ、辛うじて取り繕う。


「ところで今サラッと、普段から基本的に変な人みたいな言い方したよな」


「エルフの女の子に意地悪されて喜ぶような人が、普通だと思いますか?」


「馬鹿言え。単に喜ぶだけじゃなくて、ルシアの意地悪は大好きだぞ。快感すら覚える」


「あらごめんなさい。ただ変な人じゃなくて、私の恋人は本物の変態さんでしたね……」


 ほどなく証明が消え、館内が暗闇に包まれた。

 いよいよ、上映がはじまろうとしていた。



 映画『星の迷路』は、人間とエルフの異種間恋愛を描いた作品である。


 地球とラドゲイトという異なる世界に生まれた二人が、序盤は緩やかな日常を積み重ねながら、徐々に惹かれ合っていく。

 しかし中盤に差し掛かった辺りから、SF的な苦難に直面し、仲を引き裂かれそうになるのだ。

 主人公たちは、双方の世界を崩壊させかねない、驚くべき災厄に巻き込まれてしまう……。


 最終的には、異世界転移の際に生ずる特異点を利用し、過去の事象を改変することで危機を乗り越えるのだが、その代償にエルフの女の子がすべての記憶を失うことになる。


 そうして、主人公がラストシーンで、

「たとえ、記憶を保ち続けようとそうでなかろうと、人間だろうとエルフだろうと――自分が好きになった恋人は、たった一人だけだから!」

 と訴え、不変の愛を誓うことで、物語は幕を閉じた。



「――ふむ、なるほど」


 エンドロールが流れはじめると、ルシアは小声でつぶやく。


「全体的に少女趣味な雰囲気がありましたけど、評判通り悪くない映画でしたね」


「感想が素直じゃないな……。俺は面白かったし、かなり感動的だったと思うぞ」


「紘也くんは本当に素直ですね」


「いきなり馬鹿にしてんのかよ」


「まさか。意地悪し甲斐があって、愛おしいって意味ですよ」


「何だと。俺なんか、常にルシアのことは全部が愛おしいぞ」


「……もう。何でもそうやって、すぐに私のことを肯定しないでください」


 ルシアは、不機嫌そうに拗ねて、顔を横へ背ける。

 暗がりでよく見えないけれど、頬が少し赤くなっている気がした。



 それはさておき、咲菜はどうしたんだろう? 


 館内が明るくなったので、妹が座る席の様子を窺う。

 咲菜は、メガネを外し、目元をハンカチで覆っていた。

 どうやら号泣してるらしい。


 おまえが一番感動してどうすんだよ……。




     〇  〇  〇




 映画館を出たあと、俺とルシアは目抜き通りを歩きはじめた。

 行き先は、事前にネットで下調べしたイタリア料理屋である。

 これから、少し遅めの昼食にするつもりだった。


 目的の店に着くと、空いてる席に差し向かいで腰掛けた。

 メニューを選びつつ、さり気ない仕草を装って、店内を見回す。

 俺から見て斜め前のテーブルには、やっぱり咲菜が座っていた。



「それにしても、正式に交際することにしてから、今日が初めてのデートなのに――」


 注文の料理が届くと、ルシアはフォークを片手に考え深げな表情を浮かべた。


「何となく私たちって、すでに恋人同士としての初々しさが足りないと思いませんか」


「まあ、付き合う前だって、一緒に出掛けることがなかったわけじゃないからな……」


 マンションの隣に住んでいて、元々お互い仲がいい友達だったのだ。

 加えて毎日学校で顔を合わせるとなりゃ、そうなるのも致し方ない。


「初々しさは少なくたって、俺はルシアが傍に居てくれるだけでいいんだ」


「つまり、もう私みたいなエルフの女の子には飽きた、ということですか」


「んなこたぁ一言も言ってないけど!? どうしてそんな曲解するの!?」


「初々しさが少ないので、このへんで恋の刺激が幾分必要かと思いまして」


「なんか俺が悪い男みたいになってるじゃん! いらねぇよそんな刺激!」


「そうですか? 刺激がなくても私のこと、飽きたりしないでくれます?」


「だから飽きてないし、じゃなきゃ正式に付き合おうなんて考えねぇって」


「ところで古代エルフ族には、恋人に飽きた男を呪い殺す魔法の儀式がありまして」


「ぅおおおぉぉ――い!! おまえ、マジで全然こっちの話を聞く気ねぇだろ!!」


「あくまで、単なる雑学ですよ」


「雑学はいいから話聞けよ……」


 ていうかルシアの雑学のせいで、俺の古代エルフ族に対するイメージは、もはや完全に「邪悪な呪術師集団」である。いいのか。



 気を取り直して、俺も昼食に取り掛かろうとした。

 が、突き刺さるような視線を感じて、手を止めてしまう。


 恐る恐る斜め前を眼差すと、咲菜がこちらを忌々しげに睨んでいた。

 メガネの奥から輝く紅茶色の瞳は、刃物みたいに目つきが鋭い。怖い。

 料理には手を付けもせず、全身から殺気を立ち昇らせている。


 ――しかも、思い掛けなく目が合った。


 けれど咲菜は、決して視線を逸らそうとしない。

 ひょっとして、俺には気付かれてるのを理解した上で睨み返してんの? 

 なーんて怯んでたら、咲菜の口元が声も出さずに何度か形状を変えた。

 唇の動きを、どうにか目で読み取る。



『 デ レ デ レ す る な ! 』



 何かスゲェ警告されてるうぅぅ――ッ!? 


 今のルシアとの会話、デレデレはしてねぇだろ! 

 呪術トリビアで弄ばれたりはしたけど! 



「紘也くん、料理が冷めちゃいますよ」


 戦慄していたら、ここでもルシアから声を掛けられた。


「本当に度々どうしたんですか。何か恋人にも言えないような悩みでも?」


「い、いやいや……マジで何でもないから。全然大したことじゃないから」


「もしかして、恋人に『おっぱい揉ませて欲しい』って言い出すタイミングで悩んでます?」


「悩んでねぇよそんなこと言い出すタイミング!? どこから出てきたんだその悩みは!!」


「だって紘也くん、いつもおっぱい揉みたそうな顔をしているから」


「どんな顔だよそれ!? ていうかそんなふうに見られてたの!?」


「えっ……じゃあ揉みたくないんですか?」


「……いや、そりゃあ、揉みたいけど……」


「正直者ですね紘也くん。そうですか、お望みとあらばかまいません」


「はああああ!? ちょ、マジかよ。おっぱい揉んでいいのか俺……」


「はい。幸いにして古代エルフ族にも、おっぱいを揉むことに関連した呪いは存在していません」


「古代エルフ族が他人を呪う基準が謎すぎるんだが」


「伝説によれば、貧乳派部族にも配慮したのだとか」


「絶対作り話だろその伝説!? ていうか貧乳も揉めなくはねぇよ!」


「尚、重大なお知らせですが、もしここで私のおっぱいを揉んだ場合は漏れなく特典が付きます」


「はあ? どんな特典だよ」


「今後学校でクラスメイトから初デートの感想について訊かれたとき、私が『いきなり紘也くんにおっぱいを揉まれた』と答えるようになります」


「呪術的には殺されないけど社会的に殺されるタイプのやつだこれ!」



 そのとき、またしても不穏な視線を感じた。

 咲菜が血走った目で、こちらを相変わらず凝視している。

 再び声は押し殺したまま、何やら唇の動きで訴えてきた。



『 揉 み た きゃ 揉 め ば ? 』



 何かスゲェ悔しそうにしてるうぅぅ――ッ!? 

 揉むのをうながされてるのに、逆に怖いんだけど! 



 ていうか、もういい加減にして昼飯食わせてくれ。

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