第34話 最終章前編 人生の終焉

時間は半年前に遡る。


釈は、体の不調を訴えた。近くの病院で診てもらったが、特に異常はみられないという。


そして、念のため精密検査を受けた結果「すい臓がん」のステージⅣであると医師に告げられた。他の臓器への転移もみられ、手術は不可能だという。


余命、半年であると妻に告げた。


ともに泣いた。


そして、「最後の日まで全力で、あなたに寄り添う」と、妻は言った。


主治医から、緩和ケアの説明を受けた。


痛みを和らげる方法として、大きな効果が期待できるのが「精神的な安らぎ」だという。


そして、最後に近づくにつれ、安心してこの人生を終える方法があるという。


それは、HOT(Happiness Of Termination)社の開発した「一番楽しかったころの記憶を脳内で鮮明に映像化する装置」である。


もう一つは、「その思い出に新たなストーリーを書き込むことができる」という。


釈と妻は、HOT社と契約した。


釈は、高校生時代の思い出を選んだ。


クラスでひと際輝いていた彼女、学年でいつも成績トップだった彼女、応援団のくじを彼女と引き当ててしまったこと、それがきっかけでつきあうようになったこと。


学校の帰りに近くの川で、二人で夕日をながめた思い出。


釈は、妻に言わずに、新たなストーリーを書き込んだ。


それが「アンドロイド・ネル」だった。


高校生時代の一番輝いていた彼女がアンドロイドとして、30年後によみがえるストーリーだ。


このストーリーの最後に、人生の終焉を迎えること。


ネルと別れていくときが、釈がこの世に別れを告げるときだ。


意識が残っていれば、妻に「ありがとう、素晴らしい人生だったよ」と言おうと誓った。


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