第50話「終幕」
黒須くん、レイナ、トリー、クラリスの四人がスーパーヒーローと化したハゲと対峙していた頃。
魔術師デューカ、トラソル盗賊団の一味と共に街のゾンビたちを止めようとしていたハーディは、ある気付きを得て、一転、教会を目指していました。
その道中、運よく他のトラソル一味と正気を失っていた司令塔ボーゼ、盗賊団の幹部ゴッゾを見つけます。何故かひどく落ち込んで頭を抱える恐竜ゴンちゃんとも合流し、ハーディは説明も後回しに皆を引き連れ先を急ぎました。
大聖堂の方から発射された衝撃波やら光の束やらを目撃して、焦りが募ります。
そして聞こえたのは、空間が裂けたのではと錯覚する程の気味の悪い咆哮。
野性味あふれるゴンちゃんですら足を止めてしまう程の恐怖が、彼等を襲いました。
黒須くんの異様な戦闘の余波を感じ急ぐ彼らが見たのは、二つの影です。
障害物を破壊しながら飛ばされる司祭と、黒い波紋を生み出しながら彼を追う醜い化け物。
ハーディは直感的に、二人が飛んだ先の着地点を目指します。
そこで目にしたのは、頑強そうな変貌した身体をボロボロにして大剣を握りしめた息も絶え絶えなハゲと、禍々しく冒涜的な姿をした、黒い悪魔なのでした。
ハーディが何より驚いたのは、自身のゾンビ的シックスセンスがその悪魔を、黒須くんと認識したことです。
「クロノス? クロノス……なのか?」
「――――krkrkrrrr――」
怯えたハーディの声に、黒須くんが反応を返します。
黒い兜に覆われた頭を傾げてこちらを見る姿に、雰囲気で察してはいても疑問を持たずにはいられません。こんな化け物が、本当にあのクロノスなのだろうか、と。
「あれがクロノスちゃん? 嘘、でしょ?」
「なんという、禍々しさじゃ……」
追いついたデューカとボーゼが彼を見つけると同時に、一歩後ずさりました。
その微かな音にも機敏に反応する覚醒した黒須くんに、身体の震えが止まりません。
ゴッゾやトラソル一味も同じように、彼を見て驚愕と恐怖に動けなくなっていました。
「分からない。でも、何となく。何となくだけれど、クロノスに似た気配がする……」
問いかけたハーディ自身にも確証はない様子です。
無理もありません。右手に命を刈り取る形をした凶器を持った黒須くんは、僅かにですが、ハーディ達にも殺気を向けているのですから。
「――――Kyrrrrkk――?」
黒須くんはハーディをじっと観察し、何かを
覚醒してから初めて見せた、明確な隙。
その一瞬を、しぶといハゲは見逃していませんでした。
「ッんそぉこッだぁああ!」
「なッ!?」
「――kr――」
地面に伏せて狸寝入りを決め込んでいたハルヴァトは、黒須くんの視線が自分から外れたその時を狙い、最期の力を振り絞って襲い掛かります。
強大な光の波動を出すだけの力はないのか、ありったけの膂力を振り絞って飛び掛かり、黒須くん鎧の中心に深々と大剣を突きさしました。
「ゆぅぅ、ゆゆゆ油断しましたねぇえクロノスぅぅぅう!」
聖遺物の大剣が刺さった場所から黒と白の稲妻が激しくチリチリと迸り、血液の替わりに司祭の顔を照らします。
「く、クロノス!」
「――――K――Krkrkkrkrqqq゛q゛a゛a゛A゛A゛A゛A゛A゛!゛」
黒須くんが顔の鎧を弾け飛ばし、グロテスクに牙の並ぶ口をむき出して苦悶の雄たけびを上げ、
「消え去れぃ化け物ぉぉおぉおおお!」
司祭は大剣を突き刺したまま渾身のエネルギーを浴びせようとして、
「――A゛A゛A゛A゛A゛A゛a゛――――がぶ」
「…………んえ゛?」
限界まで開いた口の形のまま、黒須くんは司祭の肩に噛み付きました。
「ああ、くそ! やっぱりこの展開なの!?」
いつものお約束にハーディが頭を抱えました。
「ひ、ひいいい、ぐ、きさ、きさま、はな、はなせえ゛え゛え゛え゛」
ハルヴァトはたまらず黒須くんを足蹴にします。しかし密着した体制では思うように力が出ない様子。ショタ×ハゲとは誰得な光景ではありますが、需要は見込めますね。
嫌悪感を全開にした司祭は、無理矢理に黒須くんを突き飛ばしました。
黒須くんは司祭の首の肉を噛み抉りながら吹き飛び、それと同時に大剣もすっぽ抜けます。
獲物から離れると同時に闇に包まれ、変身が解除されました。横たわるいつもの黒須くんとエレシュキンが現れます。
「――ぁん……」
「…………ん、んん……」
元の姿に戻った黒須くんのもとに仲間が駆け寄りました。
「クロノスちゃん!」
「死霊妃も出てきよったぞ!? なんじゃ!?」
「クロノス! 大丈夫か!?」
深き闇の瘴気が霧散していき、鎧は詰襟に戻ります。
あれほどの力を振るっていたにもかかわらず、黒須くんの表情は割と健やかでした。
「おーい! ハーディ、デューカ、ボーゼのおっさん!」
「ヤローども! ゴンちゃん!」
倒れた黒須くんを心配して皆が見舞う中、大聖堂の方角から声が聞こえてきました。
駆け付けたのはトリー、クラリス、レイナ、そして彼らに追従する大量のゾンビと、その先頭にいるゾンビ少女のエッダでした。
中々ホラーな光景ですが、それを気にする余裕はありません。
「ンギャオォォーン!」
「みんな、無事だったんだね!」
「……これは……終わったということか?」
レイナだけが、まだ槍を構えています。
久しぶりの一同集結に、喜ぶ暇はありません。
倒れている黒須くん、エレシュキンはもとより、その先で肩から溢れる瘴気を抑える司祭が皆の注目を集めていました。
「そ、そん゛な、ば゛かな、ちがう、あ゛りえない゛、そ゛んな゛、そんなはず゛が゛、゛わた゛し゛が、ち゛が゛う゛、゛」
黒須くんに噛まれたことによって注入されたゾンビパワーに、必死の抵抗をする司祭。
涎と涙と鼻水をまき散らし見るも絶えない表情ながら、正気を保っていました。
「う、ううん……ハー、ディ……? それに、皆も……」
そんな中、悪魔で勇者な活躍をした主人公が目を覚まします。
「気が付いたのかい、クロノス」
「……えっと、なにが……」
「いや、ボクも今来たばかりでよく……」
きょとんとした顔で、辺りを見回す黒須くん、どうやら記憶が混乱しているようですね。
「手前がなんか急に変身して、なんか、こう、ガッと! とにかく司祭の野郎に勝ったんだよ!」
トリーが身振り手振りを交えて説明しようとしますが、その貧困なボキャブラリーはどうにかならないのでしょうか。
「ぼく、が……?」
そう説明されても何が何だか、という様子の黒須くん。
不安そうに回した目が、もがくハルヴァトの姿をとらえました。
「あ゛り゛え゛な゛い゛、゛わ゛た゛し゛が゛、゛あ゛く゛ま゛に゛、゛か゛み゛に゛え゛ら゛ば゛れ゛た゛、゛わ゛た゛し゛が゛、゛あ゛り゛え゛な゛い゛い゛い゛い゛!゛」
すぐにでも皆の仲間入りを果たしてゾンビになるであろう街の司祭さま。そんな半狂乱の彼に、近づく影がありました。
それは黒須くんがこの街で、この世界で、初めて仲良くなった人間の友達。
「あ゛あ゛あ゛…゛…゛」
「え、エッダ!?」
ゾンビ少女がゆっくりと、ゆっくりと司祭の方へ歩いています。俯いた顔は流れた髪で覆われていました。
彼女に追随するように、元・街の住人もゆっくりと司祭のもとに近づいていきます。
それは獲物を見つけたゾンビの歩みではなく、
「あ゛あ゛あ゛…゛…゛」
「い゛や゛だ゛、゛い゛や゛だ゛ぁ゛ぁ゛、゛わ゛た゛し゛は゛、゛神゛に゛、゛え゛ら゛ば゛れ゛た゛の゛だ゛、゛わ゛た゛し゛が゛、゛ば゛け゛も゛の゛に゛、゛な゛る゛は゛ず゛が゛な゛い゛、゛あ゛り゛え゛な゛い゛い゛い゛い゛!゛」
「いけない、エッダ。近づいちゃダメだ!」
変身の反動によって上手く体を動かせない黒須くんは、エッダや街のゾンビの様子がおかしいと分かっても、それを止める術がありません。
いつもならあっという間にすぐゾンビなのに、なかなか完全にゾンビ化しない司祭も不思議です。
黒い瘴気と白い聖光がお互いを喰らいうように混ざり合い、彼の身体の周囲を稲光となって走りました。いまだ聖剣から溢れる光こそが、司祭の拒絶の強さの現れなのでしょう。
「み゛とめ゛んぞ゛…゛…、゛認゛め゛んぞおおおおおおおお!!」
神に選ばれた英雄であるという絶対的な信仰心と、
ミズヴァルの街の司祭が、聖遺物の大剣を天に掲げて絶叫します。
「んん゛んの゛の゛おお゛おおお゛お゛おお゛おお゛お゛お!」
「あ゛あ゛あ゛…゛…゛」
「エッダぁあ!」
静かに、音もなく広がった光に、司祭とエッダは包まれました。
ただ白い、空間の狭間で、ハルヴァトは彼女と対面します。
「エッダ」
「あ゛あ゛あ゛」
彼が優しく声をかけても、エッダは応えてくれません。ただ、苦し気に呻くばかりでした。
司祭が手を伸ばし、彼女の頬にそっと触れました。
エッダが彼を襲うことはありません。
司祭もまた、もはや彼女を滅ぼすべき悪と認識することはありません。
「エッダ……エッダよ」
「あ゛あ゛あ゛」
司祭は慈愛に満ちた笑顔でエッダを抱きしめ、一筋の涙を流します。
「エッダよ。貴女の行く道に、どうか、光のあらんことを」
その言葉は、父が子を送り出すためのもの。
微笑みを浮かべながら、司祭の姿が徐々に薄れていきました。
花畑を包んだ光が収まっていきます。
風が優しく流れ、白い花びらが空へと舞います。
ミズヴァルを一望できる展望台。
崖の上に現れたのは、巨大な純白の岩に飲み込まれたかのように姿を変えた司祭と、抱きかかえられるように深く、深く突き刺さった聖遺物の大剣でした。
その前には祈るように跪く、
長い戦闘の間に日は傾き、夕焼け空が花の街を包む時間。
展望台から望むのは、荒廃してなお凛として輝くミズヴァルの街並と、風にあおられ揺蕩(たゆた)う白い花。
それはいつかの、少女の『宝物』だったはずの風景でした。
気が付けば、元は街の住人だったゾンビたちも膝をつき、岩となったハルヴァトを拝むように背を丸めています。
全てが様変わりした街の中、変わらぬ美しさの『街で一番綺麗なところ』。
その景色だけは、まるで何事もなかったように。
こうして、ミズヴァルの街の大騒動は、ひと時の終焉を迎えることとなりました。
異世界・オブ・ザ・デッド 紀田 伎人 @sawazawa
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