第110話 呪術研究会活動報告・その4

~魔法使い・ティーエの視点~


 私は信じられない事実に気付いてしまったのです。

 アギラが連れていた少女はアスタロスいう悪魔族でも最高峰に位置する十二柱の一人の可能性があるのです。いえ、可能性があるどころの話ではありません。もう、これは確定事項じゃあないでしょうか。

 ドロニアさんの持つ『悪魔大全』というものをチラリと見たところ、アスタロスという悪魔族の項目に書かれた容姿に関する特徴がアスカという少女とほぼ一致しているのです。


 何故こんなものをドロニアさんが持っているのか。


 そこで私は気付きました。ドロニアさんは何とか喋れない体で、何とか私に真実を伝えようとしてくれているのではないのでしょうか。いえ、きっとそうに違いありません。


 私は再び悪魔を滅するための勇気が湧いてきました。


 といえども正面から向かっても歯が立たないことは分かり切ったことです。


 私には二人を救うための秘策がありました。結界です。イーリス帝国とジパンニには悪魔族に対する結界があると聞いています。知らずに、その結界を通った時、何が起こるか楽しみです。結界によって弱ったところを打ち取るのならば私にもできるんじゃないでしょうか・・・・


 何なんですか? 


 イーリス帝国の結界とやらは全く機能していないじゃないですか。2人とも素通りです。全くもって変化が見られませんでした。そこで私は思い当たりました。はるか昔に張られた結界です。もう有効期限が切れているんじゃあないでしょうか。


 そういう事なら仕方ありません。ジパンニの結界に賭けるしかありません。あそこは結界を更新し続けていると聞いたことがあります。私は馬車に揺られながら、その時が来るのを待ちました・・・ 


 どういう事ですか?


 ジパンニの結界もまるで役に立っていないじゃないですか。もはや早々に私の戦意はそがれていきました。いえ、こんなことでは駄目です。ドロニアさんも必死に頑張っているのです。私が諦めたらそれでおしまいなのです。何か、何か方法があるはずです。針の穴をも通す小さな可能性かもしれませんが、諦めなければきっと見つかるはずです。


 そして、私は巫女様の話を聞いていいアイデアを思いついてしまったのです。


 龍神様が弱っている。その話を聞いて私は閃いてしまったのです。圧倒的閃き!! 悪魔的思考!!


 クロエさんの屋敷についた後、私は一人で巫女様の元へと訪れたのです。私が勇者と共に北の大陸を縦断した大魔法使いティーエであると知って、面会に応じてくれたのです。


「それで? どうしたのだ?」


「はい。提案があって、やってきました。龍神様の件です。先ほど危険な状態だと聞いたのですが、それを脱する方法を私は知っています」


「何? それはどのような方法だ?」

巫女様は食いつきました。


「魔力の高いものを生贄に捧げるのです。竜族は魔力の高いもの食せば、魔力を回復すると聞いたことがあります」


「そんな事か。その方法は知っておる。しかし、今の時代そんな生贄に自ら進んでなるものがいるはずがあるまい」


「それがいるのです。今日、龍神様に会いたがっていた少年がいたのですが、彼がそうなのです。彼は自分一人の命で多数の命が救われるならいつでも命を捨てる覚悟があると常々言っているのです。だから気にせず生贄としてお使いください。私が何とかして連れてきますから」

 私の計画はこうです。食事の時に睡眠薬を混ぜて変態悪魔を深い眠りへと誘い、生贄として龍神様とやらに差し出すのです。深い眠りに落ちているのであるならば、抵抗されることもありえないでしょう。残念なのは『テトラニチン』などの致死性の薬品を持ってきていないことでしょうか。でも仕方ありません。今回は予期せず、変態悪魔を葬り去る事を決定したのですから。


 そもそもこの睡眠薬も最近はいつ王都が灰になるかと気が気ではなく、夜は不眠症に悩まされるようになった私自身のための薬なのです。しかし、それでも何が幸いするか分かりませんね。まさか、この睡眠薬が変態悪魔抹殺の役に立つ時がこようとは。


「そなたの生徒ではないのか? 本当にそれでいいのか?」

 巫女様は決断を躊躇われています。ここであの少年は悪魔だという事を説明する事を考えました。しかし、それは愚行なんじゃないでしょうか。それを言ってしまえば、クロエさんに確認を取り、操られたクロエさんは決して悪魔であることを認めるはずはありません。そうすれば、逆に私が疑われるということもありえるのです。

 反対にアギラは自己犠牲の精神の持ち主で人のために動いていると言っておけば、生贄の話を知らないクロエさんに確認を取れば肯定の意を示すんじゃないでしょうか。いえ、きっとそうに違いありません。

 

 自分の計画に確信を得た私は力強く頷きました。


「ええ。きっと彼も望んでいることでしょう」


「そうか」

巫女様は天井を仰ぎ見ています。「そうか」というの肯定と捉えていいのでしょうか。

巫女様は何か考えていらっしゃる様子。


 私は立ち上がり、クロエさんの屋敷へと戻ることにしました。そして、私は悪魔的計画を実行に移すことにしたのです。食事の時、変態悪魔の飲み物に睡眠薬を混ぜる事に成功しました。


 そして皆が寝静まった時、私はむくりと布団から這い出ました。そして変態悪魔がいる部屋へと急ぎました。そして、変態悪魔の寝ているはずの寝室へと入って驚愕したのです。


 ソロモン君以外、変態悪魔も、あの少女も布団はもぬけの空だったのです・・・



~呪術研究会部長・クロエの視点~


 私はまたも目撃してしまったのです。


 先生がアギラさんの飲み物に何か粉末を入れているのを・・・


 それは聞かなくても分かるものです。またもや、例の『惚れ薬』に違いありません。先生はどうやら勘違いをしているようです。私とアギラさんができているのでは・・・と。

 そんな事はありえない事です。私は先生の事を応援しているんですから。そんな薬に頼らなくとも、先生の魅力を発揮すれば実力で勝ち取る事ができます。


 私は先生の誤解を解けず歯痒い思いをしました。


 そして、夜が更けた頃、先生の布団からごそりという音が聞こえました。


 ま、まさか・・・・夜這いというやつですか。私の心拍数が跳ね上がりました。ドキドキして旅の疲れも忘れて、目がさえわたってしまいました。


 それにしても何て大胆な行動に出るのでしょうか。流石は北の大陸を縦断した勇者パーティーの一人。その行動力は私の想像の範疇を超えています。


 先生達が行っている行為を想像しただけで、胸の鼓動が高鳴り、夜の静寂の中、私の激しい息遣いがこだましているように感じてしまいます。


 今夜は眠れそうにもありませんね。私はなんとか寝ようと無理やり目をつむりました・・・ 

 

 そして気づけば、太陽が昇るころに先生に起こされ、驚愕の事実を知らされたのです。



~魔法使い・ティーエの視点~ 


 もぬけの空になった布団を見つめ、私はすぐさま冷静になりました。魔力探知です。集中すれば変態悪魔の魔力くらいはこの天才魔法使いならば探知する事が可能なのです。


 私は魔力探知を開始し、変態悪魔の所在を突き止めることに成功しました。どうやら、巫女様の屋敷にいるようでした。そこで私は真相がわかりました。


 巫女様は決心して、変態悪魔を龍神様への生贄とする事を決定した。だから、夜の寝こみを襲ったというところですか。なかなか行動力がありますね。しかし、本当に紙一重でした。いくら寝こみだからと言って、あの変態悪魔を襲うなど命知らずもいいところです。今回はたまたま私の睡眠薬が功を奏し、事なきを得たにしても、もうちょっと慎重に行動してほしいものです。


 私は変態悪魔が屋敷に囚われているの確認し屋敷へと戻りました。そして、私は一睡もせずに変態悪魔の魔力を感知し続けました。何が起きても対処できるよう私の精神は研ぎ澄まされ続けているのです。今の私なら闇夜に飛び交う蚊ですら捉えることができるんじゃあないでしょうか。


 そして、とうとう動きがあったようです。


 私はクロエさんとドロニアさんを起こしました。あの変態悪魔が龍神様とやらに殺られるところを見れば、変態悪魔の呪縛から解放されるにちがいありません。

 

 2人を起こし、家を出る時に予想外な事が起こりました。


 変態悪魔の手先であるソロモン君に出会ってしまったのです。


「どこかに行くんですか? アギラ達も目を覚ましたらいなかったんですが、何か知りませんか?」


私は考えました。この悪魔の手先にも主が食われる様を見せつけ、驚愕の表情をさせるのです。悪魔の手下程度の魔力なら私でも何とかなる気がします。


 私は3人を連れて、変態悪魔の進む先へと向かいました。


「せ、先生、こ、これは?」

茂みに隠れながら、洞窟の前で張り付けにされた変態悪魔を目にしてクロエさんが私に聞きました。


「どうやら、龍神様の生贄として名乗りを上げたようです」


「なん・・・だと・・・」

ソロモン君は驚愕の表情を見せました。そうです、その表情が見たかったのです。これまで精神をズタボロにされてきた私の感情が晴れ渡りました。


 洞窟の中から大きな雄叫び声が聞こえてきます。どうやら洞窟の前に差し出された生贄の存在に気付いたようですね。

 

 変態悪魔も身動きが取れず、最後の咆哮を発しました。もはや何を言っているのか分からないくらい焦っているようです。その最後の断末魔は私の疲れ切った体を癒す子守歌のように聞こえました。


 これで変態悪魔も一貫の終わりですね。洞窟の中から龍神様の手が変態悪魔をもぎ取りました。これで・・・これで・・・世界に平和が訪れるのですね。いえ、まだです。変態悪魔の手先であるソロモン君がいるじゃないですか。しかし、それもすぐに終わることです。


 その時、ドロニアさんが不穏な事を口にしました。




~呪術研究会部長・クロエの視点~


 昨日、夜這いに行った後何が起こったのか。もしかして、惚れ薬なんて使う先生に幻滅して自暴自棄になって自ら進んで生贄に・・・いえ、そんな事はありえません。きっともっと違う理由があるんでしょう。事を及ぶ際にあまりに胸がなくて・・・なんてそんな事はもっとありえませんよね。私は先生に心の中で詫びました。

 しかし、私にはそれほど男女の機微に詳しいわけではないのです。

 あれこれ考えていると、ドロニアさんが驚愕の一言を呟きました。


「あのドラゴン・・・失われた古代竜語を喋ってた・・・」


「「えっ」」

ドロニアさんの呟きに私と先生は驚きました。


「ド、ドロニアさんは、そ、その古代竜語がわかるんですか?」

私は尋ねました。


「少しなら・・・」


「そ、それで、り、龍神様は、な、なんと、おっしゃっていたんですか?」


「力・・・・女・・・・こんなところ・・わざわざ・・分かったのはそれだけ・・・・でも」


「でも、何ですか? まだ続きがあるんですか?」

 先生は先を促します。


「アギラも古代竜語を使っていた」

 それを聞いた皆全員驚きました。ドロニアさんだけでなくアギラさんまで絶滅したといわれている竜達が使う古代竜語を理解しているのです。やはり特別クラスというのは凄いですね。そんな言語も学んでいるとは。先生が理解していないところをみると自主的に勉強しているということですか。


「それで何て言ってたんですか?」

 再度先生は尋ねました。


「女・・・知ってる・・・やりたい・・・断片的だけど、それしか分からなかった」

 それを聞いた先生は何かに気付いた様子でした。私には何が何だか分かりません。ソロモンさんは何か難しい顔をしています。


「こうしてはいられません。至急、巫女様のところへ行かなくては!! 事態は一刻を争います」

 先生はアギラさんの身が心配で気が気ではないようです。意中の人が今まさに生贄として生死をさまよっているのです。その心中察して余りある所です。


 その原因の一端はこんなところにお誘いした私にあるというのに、ティーエ先生は一言も私を責めるような言葉を言いません。流石は北の大陸を縦断した勇者のパーティーの一人というところですね。こんな事態も日常茶飯事というところなんじゃないでしょうか。


 先生と一緒にいるというだけで自分も物語の登場人物の一人だという高揚感すら湧いてきます・・・


 まぁ、私は先生と生徒の禁断の愛の物語に出てくる脇役の一人にすぎませんが・・・



~魔法使い・ティーエの視点~


 何という事でしょう。

 北の大陸の洞窟まで辿り着いた私にしか気づけない言葉のパズルに天才魔法使いである私は勘付いてしまったのです。

『力』『女』『こんなところ』『わざわざ』

この4つのワードから隠された会話を類推するに、たぶんこんな感じじゃないでしょうか?

「力がほしいのか・・・? この世のすべての女をわがものにする力を・・・だが、こんなところまでわざわざやって来ても、力を与える方法を我は知らぬ・・・」

これなら、あの時変態悪魔が北の大陸で竜と一緒にいた説明がつきます。変態悪魔は竜の力を世界中から集めて回っているに違いないのです。そしてそれに対する変態悪魔の返答はたぶん・・・


『女』『知ってる』『やりたい』


つまり、「女を自分のものにする力を望んでいる。そして、お前から力をもらう方法も知っている。この世の全ての女と俺はやりたいのだ」

たぶん少しくらいは祖語があるかもしれませんが、大筋はこれで間違いないはずです。


 完璧な計画のはずがどうやら裏目に出てしまったようです。


 今、一番守らなくてはいけないのは巫女様に違いありません。生贄に差し出した権力者を復讐心から慮辱する。変態悪魔が好みそうなシチュエーションじゃないでしょうか・・・


 


~吸血鬼・ソロモンの視点~


 私はどうすればいいのか分からなかった。皆の会話が耳に入ってこない。それというのも血液パックが最初に自分で持っていた7パックのうち4パックはすでに使ってしまっていたからである。今はもう残り3パックしかないのだ。

 アギラは十字架に張り付けにされながら私の存在に気付き、メッセージを送っていた。そして私はその全てを理解した。

アギラは無言ですべてを私に託したのだ。

『あとは任せた』

つまりあの頷きは私に全幅の信頼を寄せた結果だったのだ。


 しかし、私はその信頼に応えることができるだろうか? このままではあと3日で血液パックが尽きてしまう。今から帰路についたとしても、血液パックを補充する前に『吸血衝動』に駆られてしまうのは火を見るより明らかな事だった。1日飲まないだけなら体が動けなくなるだけで済むだろうが、3日、4日となれば、その先は未知の領域である。自我を失ってしまえば、血を求め続ける殺人吸血鬼になり下がってしまう可能性だって考えられるのだ。私に残された選択肢はアギラを龍神から救うという一択しかない。


 私は何とかしてあの龍神からアギラとアーサーを救い出すことを決意した。そのためには一人では不十分である。洞窟から伸びた手から推定するに、かなり力を持った生物である事が窺えるのだ。私は他のメンバーの説得を試みる事にした。



  【 残り血液パック 3パック 】


 

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