第103話 一体いつから幻覚魔法を使っていないと錯覚していた?

 俺は学園に来てからのこれまでの事を考えた。

 そして、気付いてしまったのだ。俺を第三者目線で冷静に分析した結果、自分は落ちこぼれであると・・・

 授業ではいつも寝ていたし、呪術という花形でもない研究をしている。それに、どういうわけか俺が入試で良くない点数を取ったことが筒抜け状態だったのだ。

 そう考えると、シリウスが特待生であるリーンと行動するのが俺である事に心配するのも頷けるし、双子(仮)が俺と組むのを嫌がるのも仕方ないことなのかもしれない。俺はこの機会に信頼を回復することを決意しながら教室へと戻った。


 そこで待ち受けていたのはリーンからの非難だった。

「どういうことよ。なんで、なんで一緒に行かないのよ」


「いや、えっと、あの・・・・」

リーンがあまりにも勢いよくきたので、俺は言葉につまった。双子(仮)の助けになってやろうと思ったというのが理由だったが、どうやら俺はお呼びではなかったらしいのだ。何と言ったらいいか考えて、言葉を続けた。

「シリウスに替わって欲しいと頼まれたんだ。それに、クラスのみんなと知り合ういい機会かなと思って・・・」


「私は、私は・・・・」

 リーンは何かを言おうとした時、マリオンが先に口を開いた。

「僕もその意見には賛成だね。クラスの皆と仲良くなるのは良い事だ。僕は特別クラスの全員に自分の考えを知ってもらいたいからね」

 マリオンが興奮気味に俺の意見に肯定の意を示してくれたおかげで、リーンは何かを言おうとしたのをやめて、しぶしぶ納得してくれた。


「そういうところにゃ。」

 それを聞いていたミネットがため息をついた。

「デスネ」

 ゼロもため息をついた、かどうかはわからない。

「えげつねぇな」

 何が? ねえ、何が? それ流行ってるのか? 言いたいだけだろっ! 勝手に交替してしまい、俺の評価が下がっていくのを感じて、俺は心の中で涙を流した。

 どうやら、俺の評価はS安の様相である。


♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢


 そして次の休みの日に俺はウルティマとアルティマと学校の前で待ち合わせをしてリストに上がる者の治療に向かう事にした。

 

「それで・・・どこから治療していこうか?」

 俺は尋ねた。


「だから何であなたが仕切ってるのよ!! 何もできないくせに」

 ウルティマは相変わらずオラついていた。しかし、俺は言い返すことはしなかった。結果で示せばいい事なのだ。俺は挽回のチャンスを待つことにした。


「まずはこのマーロウという男の治療に向かう事にしよう。貴族ということだから、それなりに力を持っているだろう」


「いい考えね。特別クラスを廃止させないためにはある程度権力を持ったものを治療していくのが得策ね」

アルティマが提案し、それにウルティマが同意した。


「それじゃあ、行くか」

 俺はリストに示されたマーロウの屋敷へ向かおうとした。


「だから何であなたが先頭に立とうとするのよ!!」

 ウルティマは小走りで俺を追い抜いて先導しようとする。それに続くようにアルティマも小走りで続いた。しかし、俺の一歩と2人の一歩は2倍くらい差があるので気を抜くと一瞬で追い抜いてしまう。俺は気をつけながら2人の後についていく事にした。


 そして30分ほどしてリストに書かれたマーロウの屋敷に辿り着いた。

 呼び鈴をならし、出てきた使用人にアルティマが説明をした。

「魔導士学園の特別クラスから来ました。クラリス先生からこちらのマーロウさんという方の治療を頼まれたのですが」


「まあ、本当に来てくださったのですね。話は伺っております。さあ、こちらです」

 使用人は俺たちを屋敷の中に招き入れ、マーロウのいる部屋へと案内した。


 使用人が案内した部屋のベッドには初老の男性が横たわっていた。たぶんマーロウという男であろう。

「大旦那様、魔導士学園の者が治療にやって来てくれました」


 使用人がベッドで横たわるマーロウに声をかける。それに呼応してマーロウは上半身を起こした。

「そうか・・・わざわざ出向いてもらえるとは有り難い。この年では教会に行くのも一苦労じゃからな。それに教会に行ったとて、こんな老いぼれではもう治療も受け付けてくれんじゃろうし」


 この世界は魔法が発展しているためか、病院の役割を教会が担っている。薬を用いた医者もいるが、魔法の方が優れているので、魔法で治療を行う事を皆は望む。しかし、光属性持ちというのはかなり少ないらしく需要に供給が全く追い付いてないのが現状である。だから、大多数は結局薬を用いた治療という事を選ぶことになるのが一般的らしいのだ。

 教会側もお金だけでなく独自の基準で治療するものを選別しているため、魔法で治してもらうにはかなりの順番待ちとなっているらしい。そこで、俺たちが順番待ちになっているものを治療していくことによって特別クラスの有用性を示すというのがクラリス先生の今回の作戦なのだ。


「では、診察をします」

 アルティマはマーロウの目を観察したり、胸に手を当てたりしながら、いくつかの質問をした。そして、マーロウの症状から病気を診断しているようだった。


「あなたに悪い部分が診断できるかしら?」

 俺と一緒にアルティマの後ろで見ていたウルティマが俺に尋ねた。

「いや。・・・分からないな」

 アルティマが口にする黄疸とか腹水等の医療専門用語からして俺には全く意味が分からなかった。


「でしょうね。っていうか、よくそんなので治療のボランティアに立候補したわね。・・・あっ、冒険者ギルドの方だと危険があるから、こちらにしたってわけね・・・・本当に足手まといもいいところね」

 相変わらずウルティマはオラついている。

 完全治癒ベルフェクトゥス・ヒールを使う俺としては悪い部分など診断せずとも治すことができるので、むしろ何で診察をしているのかと問いたいところである。

 

「どうやら肝臓に異常がみられるようです。今から魔法で回復させます。

 『 光の精霊よ 聖なる御手で 闇を掬え 局所治癒リージョナル・ヒール』」

 アルティマの手はマーロウの鳩尾付近に当てられて、その周りがボウッと光に包まれた。なるほど、局所治癒リージョナル・ヒールで済ますために患部を特定したという事か。


「おお!! 体が軽い。こんな気分がいいのは何年ぶりじゃ」

 アルティマの魔法は的確にマーロウの悪い部分に作用し治療に成功したようだった。マーロウはベッドから起き上がり、柔軟運動をしたり体を動かした。ひとしきり体の健康を確認した後、マーロウはアルティマに礼を言って握手をした。

 それを見ていたウルティマは「どんなもんよ」と無言で俺の方を見た。


 俺達はひとしきり感謝をされた後、次の場所へ移動すべく玄関を出た。その時屋敷の二階から何かが木の枝を折りながら落下してきた。

 「いったーい」

 それは少女だった。折れた木の枝や葉っぱが少女に降りかかっていた。俺達は何故少女が上からという疑問で一瞬固まっていた。だが、最初に我に返った俺は少女に近づいて魔法をかけた。

 

 『完全治癒ベルフェクトゥス・ヒール


 少女は光に包まれる。


 「あれ、痛みがなくなったわ・・・」

 少女は起き上がり、自分の体が無事であることを確認すると、次に俺の存在に気付いたようだった。

 「あなたが治してくださったのですか?」

 「ええ」

 俺は答えた。その時2階から「カーラお嬢様! カーラお嬢様!」という女性の声が聞こえてきた。


 「いけない。ちょっと急ぎの用事がありますの。誰だか知りませんが、ありがとうございましたわ」

 少女はお礼を言った後どこかへと走り去っていった。


 その時フードの中にいたアーサーが顔を出し、俺にささやいた。

「今の少女はどこかで見たことがありますにゃ」

「えっ? どこでだ?」

 俺はさっきの少女に全く見覚えがなかった。

「忘れましたにゃ。つい最近どこかで会った気がしますにゃ」

 アーサーの言う事だ。勘違いの可能性が高いような気がする。俺は気にせず、双子の元へと戻ろうとした。双子の方を見ると2人ともプルプルと震えている。


「今、お前、光魔法を使ったか? それもかなり高位の魔法を・・・」

 アルティマは驚きの声を上げた。

 

「そんな筈ないわ。 詠唱をしたのが聞こえなかったもの」

 もしかして、詠唱をしなければ魔法を使ったことが分からないのか・・・


「少女が怪我をしてそうだったので、完全治癒ベルフェクトゥス・ヒールという魔法を使ったんだけど」

俺は言ってみる。


「嘘をつくな!! なんでそんな神官クラスしか使えない魔法を使う事ができるんだよ」


「そうよ!! そんな詠唱をしたようには聞こえなかったわ。嘘をつくにしてももっとマシな嘘をついてよ!! 怪我してるかどうかも分からないのに、そんな大きな魔力を喰う魔法を使うなんて常識的にありえないわ!」

 2人は全く信じようとしない。


「じゃあ、次のリストの患者は俺が治すから見ておいてくれ」

 ここで言い争っていても始まらない。次の患者を治して、俺が完全治癒ベルフェクトゥス・ヒールを使えることを証明する事にした。


「強がりはよしてよ! どうせ私に頼る事になるわ!」

 ウルティマは相変わらずオラついている。


 次の患者の元に向かっている間2人は何かを話合っているようだったが、俺には全く聞こえない小さな声だった。


 そして、次に選んだのもモーゼスという貴族のところである。今いる場所は貴族の屋敷が密集しているようで、次の場所までは5分とかからずに到着した。


 リビングに通された俺達はモーゼスの向かい側の椅子に腰かけた。

「わざわざ来ていただいてありがとうございます。最近、ゴホッ、咳や痰がひどくて、少し動くだけで息切れがするので、これは何か悪い病にでもかかったのかと思っていまして・・・ゴホッ そんな時にクラリスさんから治療のボランティアの件を伺いまして、ダメ元で応募してみたんですが。まさか、こんなに早く来ていただけるとは・・・ゴホッ、ゴホッ」

 喋ってる最中にも咳込むほど体調は悪そうであった。

「わかりました」

 俺は立ち上がり、モーゼスの傍へと近づく。

「本当にわかったの?」

 ウルティマは俺に聞いたが、俺は答えない。というか答えられない。今のを聞いてどこの場所が悪いのかは俺には分からない。しかし完全治癒ベルフェクトゥス・ヒールには関係ないのだ。

 このまま魔法を使ってもいいのだが、詠唱をしないと使った事を疑われてしまう。問題は完全治癒ベルフェクトゥス・ヒールの詠唱が何だったかよく覚えていないという事だ。先ほどのアルティマの詠唱から 光の精霊よ から始まる何かは確実である。そこで俺は詠唱は何となくでいくことにした。


『 光の精霊よ 聖なる御力で 治し給え 完全治癒ベルフェクトゥス・ヒール

 光の精霊よと完全治癒ベルフェクトゥス・ヒールの部分だけ大きな声で、それ以外の部分はごにょごにょと早口で小さな声で詠唱をした。

 案の定詠唱は間違っているようで魔法は発動しない。なので、自分の力で魔力を合成して完全治癒ベルフェクトゥス・ヒールを再現する。すると、モーゼスは全身が光に包まれた後、その光は彼の体の中心へと収束した。


「「えっ!! なんで?」」

それを見ていた双子の2人はシンクロして驚いた声をあげた。


「のどの痛みがなくなった?! いや、咳もとまったぞ。ありがとう。ありがとう」

 モーゼスは立ち上がり俺に感謝をしたあと、「少し動いてくる」と言って部屋を出た。部屋を出たの確認した後双子の2人は矢継ぎ早に俺を問いただした。


「ズルして特別クラスに入ったんじゃなかったのか?」

「そうよ!! なんであなたが『 完全治癒ベルフェクトゥス・ヒール 』なんて最高上位回復魔法を使えるのよ?」


「冷静に考えてみてくれ。何故、テストで悪い点を取ったのに特別クラスに受かったのか? 実技試験でそれを上回る結果を残したからと考えるのが普通じゃないか? つまり俺の魔法の実力は相当なものだという事だろ」

 俺は何故このように考える事ができないのかが不思議だった。実際は実技試験で詠唱部分の答えを力技で正解に変えたのが大きいとは思うが、2人はそんなことは知らないのである。当然、実技試験が優れていたと考える事ができるのではないだろうか。


「そんな馬鹿な話があるか?!!」

 アルティマは俺の実力をなかなか信じようとはしなかった。実際に『 完全治癒ベルフェクトゥス・ヒール 』を使ったんだから信じてくれてもいいのに、何故か頑なに俺の実力を信じようとしない。


「そうよ!! 筆記試験で17点だったなら、仮に実技試験で満点でも受からない筈よ!!」


 詠唱に関して言うべきだろうか。俺の筆記試験は実は50点くらいはあるという事を・・・いやっ、それはダメだ。俺は入試の後のミネットとの会話を思い出した。

 それを教えれば俺が中二病であるという事が明るみに出て、またもや違った意味で冷たい視線を送られる気がしたのだ。つまりは言うも中二病という地獄、言わぬも落ちこぼれという地獄、ということである。どちらも選択できない、いつの間にかそんな雁字搦めな状況に陥っていた。

 そして、俺がどうするか逡巡しているとアルティマがウルティマに声を掛けた。


「ウルティマ!! 僕の頬をつねろ!!」


「ッ!! 分かったわ!! そういう事ね!! じゃあ、私の頬もつねって!!」

??? どういうことだってばよ??

二人はお互いの頬を両手でつねりだしたのだ。全力でつねっているのか、お互いにプルプルと体を震わせている。かなり痛そうである・・・


「いや、何してるんだ?」


「どうやら、僕達はお前の幻覚魔法にかけられてしまったようだからな。正気に戻るためにこうしてるんだ。それにしても一体いつからだ? あの少女が空から落ちてきたときからか?」


「そうよ!! 痛みで覚醒すれば、あなたのちゃちな幻覚魔法に踊らされることはないわ!! 私達を操ろうなんて100年早いわ!!」

 いやいや、そんな事しないって。どんだけ俺は信用がないのだ。


「いや、そんな魔法は使えないから」

俺は必死に弁明した。


「そんな嘘に騙されるか!! さっきの詠唱も何かおかしかったしな!!」

アルティマはウルティマの頬を離そうとしない。そして、俺が詠唱を誤魔化していたのをちゃっかり気付いていたようだった。


「そうよ! 私たちは知ってるのよ。あなたが試験官を操って不正に合格したってことはね」

 この2人は何を言っているのだ。全くの冤罪である。何を根拠に試験官が操られたなんていう馬鹿げた妄想を抱いているのか・・・

 ここまで妄想を膨らませてしまっているのでは、ちょっとやそっとで俺の話を信じてはくれないのではないだろうか。何をしても全て幻覚だと思われてしまう。

 

「そうだ!! シリウスが言っていたぞ。試験官は操られた痕跡があるってな」

 アルティマが衝撃の新事実を口にした。シリウスが? どういう事だ? 何故シリウスがそんな嘘を? 俺は何か言いようもない不安に襲われた。


「他に何か言ってたか?」

俺は2人に聞いた。


「あなただけじゃないわ。リーンやソロモン、それにゼロとかいうあなたの仲間はみんな不正して特別クラスに入ったに違いないと言ってたわ。みんなお見通しなのよ」

 リーンも? 俺はシリウスと一緒に行動しているリーン達の事が心配になった。


「いや、待ってくれ。シリウスが嘘を言ってる可能性もあるんじゃないか?」


「いや、それは・・・」

 アルティマは返答に困った様子を見せる。


「今からシリウスの所に聞きに行ってみないか? 今日はどこに行ったか知っているか?」

 なんとなくリーン達の事が心配である。


「患者の多いところで力の差を分からせるって言ってたような・・・」

 何かを感じとったのか、ウルティマは小さな声ではあるが俺の質問に答えてくれた。


 患者が多い場所・・・病院か? それとも教会? 俺が考えているとモーゼスは部屋へと戻ってきた。


「全然息切れしませんよ。本当にありがとうございます。魔導士学園の特別クラスは本当に素晴らしいですね」

 モーゼスと握手を交わした後、俺達は近くの病院へと向かう事にした。双子の2人は未だに俺の力が信じられないという様子で渋々と俺の後をついてきている。


 そして、病院に向かう最中、俺達の進路はガラの悪い男たち数人に阻まれることになった。


「へっへっへ、ここを通すわけにはいかないな。そこのローブを着たあんちゃん。恨みはないが、ここで死んでもらうぜ」

 どうやら俺の事である。ガラの悪い男たちの一人が俺を脅してきた。


 ますますもってリーン達の身が心配である・・・

 


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