第102話 特別クラスの危機

 俺はアスカが少女にしては強すぎる事に疑問を感じ、一つの結論に達しようとしていた。


 それは、俺と一緒で転生者ではないかという事だった。

 

 そこで探りを入れるために、アニメなどのワードを言ったりして反応を確かめたりしていたのだが、一向に反応を示さなかった。そこで俺は考えた。時代が全然違う転生者なのでは・・・と。そこで歴史的な人物である『徳川家康』などと言ってみた。これなら江戸時代以降の日本人ならだいたいわかるのではと思ったからだ。さらに、もしかすると日本人じゃない転生者という可能性も考えられるのである。


『リンカーン』やら『ナポレオン』等いろいろ試してみたがアスカは全く尻尾を出す事はなかった。


 俺の完璧なトラップに対しことごとく無反応であったのだ。というより俺を変な目で見ている事が多かった。その無反応さは演技なのか素なのか・・・そこまでして転生者である事を徹底して隠すとは大したものである。


 あれこれと考えていると、そのうちアスカが転生者であろうとなかろうとどうでもいいような気がしてきた。転生者であれば同じ境遇を分かち合いたかったが、ただそれだけである。仮に時代も場所も違う転生者であったら、特に話すこともない気がした。俺はアスカが自ら自分の秘密を語ってくれるのを待つことにしたのだ。


 そんなある日、俺は学校で衝撃の事実を告げられた。


 魔導士学園の特別クラスの存続が危ういというのだ。もともと特別クラスは国王の娘の怪我を治癒するために作られたクラスである。だから勇者一行が『奇跡の薬』を北の大陸から持ち帰った時点で特別クラスの役割は終わっていた。

 しかし、大々的に募集をかけた事もあり、魔導士学園の発展のために特別クラスは当初の予定通り発足する事となった。それが、ここにきて暗雲が立ち込めているようであった。


「・・・というわけで、皆さんには慈善活動を行っていただきたいのです」

 教室の檀上ではクラリス先生が話をしていた。特別クラスの生徒に慈善活動とやらをお願いしているところだ。俺は続く先生の話に耳を傾けた。

「私はこのクラスを何度か教えさせて頂いているのでわかりますが、皆さんは本当に素晴らしい方達だと思っております。皆さんが来てから私達の学園で行われている研究は飛躍的に進んでいると聞いております。たとえ亜人種であっても、この学園は魔道を究めるという志があるものを歓迎しております。しかし、学園の一歩外へ出れば、亜人種を受け入れ難い者達がいるのも事実なのです。力ないものは異質な者を恐れる傾向にあるのです。本当に愚かな事です。だからでしょう。学園には特別クラスを廃止せよという訴えがあがっているのです。そこで、皆さんには特別クラスの有用性を示すために様々な慈善活動を行って頂きたいのです。回復魔法を使える方達は率先して、王都の人々を救って頂きたいのです。光属性の回復魔法使いは希少な存在で教会でも人手不足なのが現状です。ですが、この特別クラスには光属性を持つ方は多くいらっしゃいます。だから、皆さんの力で『特別クラスを廃止せよ』などという間違った認識を正して欲しいのです」


「やるわ!! 私の回復魔法で困ってる人を助けて、特別クラスが危険な者の集まりじゃないって証明するわ!!」

 話を聞いていたリーンが立ち上がって叫んだ。


「ふん。どうやら、私の出番のようだな。私の力をもってすれば、そんな間違った訴えも退けられるだろう」

 リーンに同調するかのようにシリウスという少年も席を立って発言した。リーンを意識しているのか先に立ち上がったリーンの方をチラリと一瞥した。


「回復魔法を使えないものはどうすればいいんだ? 先生さんよ」

 蜥蜴人族リザードマンであるロゼが疑問を口にした。その尻尾はロゼの焦燥を現したかのように上下し、後ろの机に何度も当たっていた。その揺れる机に座っているウルティマという少女はプルプルと震えていた。

 その少女の身長はかなり小さく小人族ホビットではないかと推測されたが、一度も交流をしたことがないので本当のところは分からない。


「回復魔法を使えない人たちは冒険者ギルドで奉仕活動をしていただければと考えています。皆さんの実力が一般の冒険者以上であることは試験の結果から明らかですから。依頼を受ける時は魔導士学園の特別クラスであることを伝えてください。そうして困っている人たちの力になっていけば徐々に外の方たちにも受け入れられることでしょう」

クラリス先生はクラスの皆に呼び掛けた。


「なるほどな」

それを聞いたロゼは興奮し、尻尾を上下させる。

バシバシ、バシバシ

その後ろで、尻尾が当たる机に当たる度にビクッビクッと反応し、俯きながら体を震わせる少女。

プルプル、プルプル


「先ほども言いましたが、回復魔法を使える方は優先的に負傷者を回復させていただきたい。ここに治して頂きたいリストがありますので、三人一組になってリストに名がある人達を治して欲しいのです」

クラリス先生は右手に紙束を持ち言った。


「何で三人一組なんですか?」

マリオンが聞く。


「それにはいくつか理由があります。何かあった時に複数いた方が対処しやすいというのが大きな理由です。回復魔法の途中で魔力が尽きた時に交代できることや患部の誤診があった時に複数いた方が診断も正確性が増すでしょう・・・」

 俺やリーンが使うような『完全治癒ベルフェクトゥス・ヒール』は魔力を大きく消費するのであまり使われないのである。本来は患部を診断して、その場所だけを治癒させる『局所治癒リージョナル・ヒール』が一般的である事をこの学園に来てから学んだ。

 ただ俺にとっては『完全治癒ベルフェクトゥス・ヒール』を使っても特に魔力が尽きる気配がないのでこちらを使い続けている。

 そして、さらに先生は続けた。


「1日に何件か回る場合、交代で行った方が効率が良い事もあげられます。あとは、亜人種からの治療を拒否する方もいるかもしれませんので、グループに一人、人族を入れた方がいいかと考えました」

 それを聞いた亜人種は少しざわついた。


「けっ、そんな奴ら助ける価値があるのか」

カインは憤る。


「力の弱い者は得体のしれない存在を恐れてしまうものなのです。しかし、皆さんのこれからの行動で皆さんがどんなに素晴らしいかを証明してほしいのです」


「こんなにも大人しく授業を聞いているクラスだというのにな。何を恐れてるんだか・・・まあいい、俺も少しばかり冒険者たちを助けてやるとするか」

蜥蜴人族リザードマンであるロゼは高揚して、またも尻尾を振るう。

ビシビシ、ビシビシ

その後ろで顔を赤く染めて体を揺らす少女。

プルプル、プルプル


 隣に座っていたリーンが俺に聞く。

「アギラはどうするの? 冒険者ギルドの手助けをするの? なら私も冒険者ギルドを助けようかしら」

 リーンはどうも冒険に憧れすぎているようだ。


「先生が回復魔法を使える者は優先的にって言ってるし、治療の方に行こうかと」


「えっ?? アギラって回復魔法も使えたの?」

 そう言えばリーンといる時は師匠の薬しか使ってなかったから、俺が回復魔法を使えるのを知らないのかもしれない。

「いちおう使えるよ」


「えっ? えっ? ・・・分かったわ。じゃあ一緒に回りましょう。マリオンも一緒でいいわよね」

 俺が回復魔法を使えることを知って戸惑いを見せたが、俄然張り切りだすリーン。俺はマリオンとも一緒に回ることを了承した。


 その後クラスでは回復魔法を使えるものは各々グループを作っていた。ゼロやソロモンは光魔法は使えるが回復魔法は使えないので冒険者ギルドの依頼を受けるという事だった。




 そして次の日、シリウスという少年が休み時間に俺に近づいてきた。

「ちょっとツラを貸せ」

 シリウスの側には蜥蜴人族リザードマンの後ろでプルプルと震えていた少女と、その少女によく似た少年がいた。

 二人は双子の兄妹であるという噂を耳にした事があるが真相は分からない。


 俺は三人の後ろをついて学園の中庭へと出た。

 そこには5人の見慣れぬ生徒達もいた。どうやら一般クラスの生徒のようだった。それに合流するとシリウスは俺の方へと向き直り言った。

「代われ。」


「えっ?? 何を?」

 何を代わるのかがさっぱり分からない。


「慈善活動のグループを、だ」

 そこで俺はピーンときた。このシリウスという少年はリーンかマリオンのどちらかに気があるんじゃないだろうか。それで俺の代わりにグループに入りたいという事だろう。

 しかしだからと言って数の暴力に頼るのはいかがなものか。教室でさらっと言ってくれた方が抵抗なく代わってあげれたのではないだろうか。俺が思案しているとシリウスは続けた。


「回復魔法研究会に所属する二人と貴様とでは実力に差がありすぎるだろう。私が行った方が多くのものを助けることができるだろう。それがひいては特別クラスのためになるのだ。貴様でもそれくらいの事は分かるだろう。貴様では足を引っ張っておしまいだ」

 ・・・何か思ってたのとは違うようだ。

 シリウスが喋り終えると後ろから、「そうだ」「さっさとシリウス様に代わればいいんだ」「お前では失敗するに決まってる」とか言葉の弾丸が国会中継の野次のように飛んできた。

 シリウスの横に並んでいる双子の兄妹を見ると無言で俯いている。この二人は何なんだろうか。俺の視線に気づいたシリウスが口を開く。


「この二人は貴様も知っているとは思うが、特別クラスのアルティマとウルティマだ。二人は回復魔法を使えるんだが、私と肩を並べるには到底及ばない。だから、貴様はこの二人とグループを組んで、私がリーンとマリオンと組む方がいいと判断したのだ。二人は特別クラスにぎりぎりで合格している。貴様のような落ちこぼれでも仲良くやれるだろう」

「そうだ」「さすがはシリウス様」「さすシリ」「さっさと落ちこぼれ同士でグループを組め」「せいぜい失敗して恨まれないようにな」

 相変わらず後ろの少年A、B、Cと少女A、Bが吠えていた。

 視線を前に移しアルティマとウルティマを見ると、二人はプルプルと震えている。それを見ていると何だか可哀そうな気がしてきたのだ。ウルティマが教室で震えていたのを思い出すと何とか力になってやりたい気がしてきた。

 二人は落ちこぼれというレッテルを張られ教室内で苦労しているのかもしれない。それを救ってやるのが今回のイベントなのかもしれない。

 俺は特別クラスの全員と仲が良いわけではないが、仲良くなりたくないわけではない。これを機に交友を広めるのもいいかもしれない。

 そもそも代わったところで誰かが危険に陥るというわけでもないのだし、リーンとマリオンには説明すれば分かってもらえるだろう。


「分かった。じゃあ代わろう」


「そうか。貴様が話の分かる男で安心したぞ。では、二人と今後の事は話あってくれ。俺はリーンとマリオンに交替の件を伝えてくる」

そう言って後ろにいた者達と校舎の中へと消えて行った。


 まあいい。この三人で成果を出して驚かせてやればいいのだ。俺は二人に声かけた。

「じゃあ、いっぱい治療してシリウスを見返してやろうぜ。リストにのってる難易度の高い症例からとりかかっていく事にしないか?」

 ここから下克上の物語が始まるのだ。


 アルティマはプルプルとした震えを止めて、俺をキッと睨みつけた。

「何仕切ってんだよ。僕より落ちこぼれのくせしやがって」

おうふっ。


「そうよ。入試で17点だったって事は知ってるのよ。大きな顔しないでよ」

ちょっ、ちょっと。何で知ってるんだ。俺の黒歴史を・・・


「慈善活動は三人一組だから僕達のグループに入れてやるけど。仕方なくだからな」

アルティマは声を荒げた。


「そうよ。私達の足を引っ張らないでよね」

ウルティマはオラついた。


そして、二人が教室に戻るのを俺は呆然と眺めた・・・









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