第61話 呪術研究会

ティーエ先生の話によれば、リーンは家族に黙って南の大陸へと来ているようだった。そして、その家族がまだ港町にいるらしく、ここから港町の冒険者ギルドに魔道具を使って連絡を取れば、家族と魔道具を使って話せるように手配してもらえるという事だった。

リーンは家族と連絡を取るために、ティーエ先生について魔道具のある場所へ行った。


午前中も終わり、ご飯を食べた後、特別クラスの生徒たちは、いろいろな研究の場所を各々で自由に見て回ることになった。リーンはまだ帰って来てなかったので、俺は1人で回ろうかと思っていたら、カインが俺に話しかけた。


「アギラは何か研究したいものがあるのか?」

俺はグループ名とその場所が書かれた紙に目をやりながら、返事をした。


「呪いについて調べるために、この魔導士学園に来たんだ。だから、この呪術研究会というところに行ってみようと思う。」


「呪いなんて、またマニアックなものを学びにきたんだな。」


「カインは何のためにこの学園に来たんだ?」


「俺たちは魔法工学を勉強するためにこの学園に来たんだ。」


「そうにゃ。アタシ達の楽園を復活させるにゃ。」

魔法工学は、魔法の力を利用して、ランプや通信技術などを持つ魔道具を作り出す学問である。その道具には様々な術式を書き込んでいかねばならない。複雑な魔道具ほど、緻密に計算して術式を埋め込んでいかねば発動しないのだ。


「何で魔法工学が必要なんだ?」


「その昔、俺達の国は空に浮かんでいたらしんだが、ある時、海に沈んでしまったらしい。だから、魔法工学の力で島を浮き上がらせて、新しく俺たちの楽園を作ろうと思ってな。」


「そうにゃ。だからこうして、魔法工学の天才のアタシがボスと一緒にこの学園に来たにゃ。」

何かいろいろと俄かには信じられない話ばかりだった。特に最後のミネットが魔法工学の天才だというのが1番衝撃的だった。いつもアーサーと同じように食べ物の事しか考えていないのかと思っていたが、どうやら違うらしい。


2人は俺も一緒に来るように誘ってくれたが、断った。先に呪術研究会に行く事にしたのだ。2人は魔法工学研究所のある場所へと向かって行った。


そして、俺は当初の目的である呪術研究会へと向かった。その場所の扉を開けようと思っても、全然開かなかった。どうやら鍵がかかっていて、誰もまだ来てないようだった。


俺はしばらく待ったが誰も来る様子がなかったので、他のところを見て回ることにした。

リストを見ると、新魔術研究室や古代魔術研究室など面白そうなものがいろいろあった。

その中に錬金術研究所というものがあった。


『これは、あれか。鉄を金に変えたりするっていうやつか。』

金はあっても困ることはない。それはこの世界でも一緒のことである。幸い呪術研究会の場所から近かったので、時間つぶしに行ってみることにした。


俺は錬金術研究所のある教室の扉を開いた。教室の中心には魔方陣が描かれており、1人の男がいた。

「おや、こんな時間に珍しいな・・・・そういえば、今日から特別クラスの生徒達が来るんだったか。ちょうどいい。今から錬金術を行うから、そこで見ていくといい。」

その男は、特別クラスの生徒ではなかったので、教師かOBのどちらかという事になる。一般の生徒も研究には参加できるのだが、一般の生徒は夕方まで授業があるので、もう少し遅い時間からしか参加できない。


「私達は今、人体錬成の秘術を研究しているんだ。今から行うのはその前段階さ。」


『あれ?思ってた錬金術と違うぞ・・・』

魔方陣の中心には片腕のない人形が置かれていた。

その男は魔方陣に手を当てて何かを呟いた。

すると凄まじい光が魔方陣から溢れ出した。その光は魔力を帯びており、危険性を感じさせた。明らかに制御できていないように感じられた。


「アーサー隠れてろ。」

アーサーはフードの中にいたが、時空の中に退避するように命じた。


やばそうだな・・・


四重・魔法防御クアドラプル・マジックバリア・・・五重・魔法防御クインティプル・マジックバリア・・・六重・魔法防御セクスタプル・マジックバリア・・・


俺は魔法防御をどんどん重ね掛けした。


光は、稲妻のように荒れ狂っていた。しばらくすると、渦を巻いて魔方陣の中心へと収束していった。

そして、中心に置かれていた人形は、片腕が復元していた。


「はあ・・はあ・・・はあ・・・成功だ・・・」


げげ・・・失敗だろ。俺はその男の姿を見て目を見開いた。


『左腕が・・・ない。』


「いやいや、失敗ですよ。あなたの腕が・・・腕がなくなってます。」


「これは・・・・忘れていた・・・・。錬金術の基本は『等価交換』!!何かを得ようとすれば同等の代価が必要となる。これは・・・その代償だな。」


『いやいや。どういう方程式に当てはめて計算すれば、人形の腕と人間の腕がイコールになるんだ?』

その男は復元した人形を手に取り、嬉しそうに眺めていた。


『危ない。この男は危ない。』

ここは危険な匂いがした。一刻も早く退散するとしよう。

しかし、その男をそのままにするには忍びなかった。


「出てこい。アーサー。」


「はいにゃ。」

アーサーが時空の隙間から出てくる。


「師匠の薬を出してくれ。」

アーサーは俺に師匠の薬を手渡す。


「これを、良かったら飲んでください。腕が治ると思います。」

その男は半信半疑で、渡された薬を飲んだ。その男は光に包まれて、その光が消えると、左腕が生えてきた。


「な、なんだ。この薬は・・・人体錬成だと・・・・しかも、代償を必要としていないなんて・・・・どういう事だ・・・すまないが、まだこの薬は持っているのか?あったらもう1本だけ譲ってもらえないだろうか?相応の礼はするつもりだ。」

師匠からの薬はいっぱいあったけど、その数には限りがあったので、勿体つけて渡してあげた。毎回さっきの儀式の度にねだられても困るからな。


「そんなにあるわけではないので、大切に使ってください。」


「ありがとう。ではひとまず・・・この人形を、差しがあげよう。これはプレミアムがついた伝説の魔女の人形なんだ大切にしてくれ。これはさっき飲んだ分だ。また後日、改めて礼はさせてもらうつもりだ。」


『・・・・この人形・・・いらないな・・・・』

俺は全然欲しくなかった。渡す時にかなり躊躇していたし、左腕を代償にしてまで直そうとしたのであれば、価値のわかるあなたが持っているべきではと思った。


「いいですにゃ。あっちは、それ、欲しいですにゃ。」

何故かアーサーが人形を欲しがったので、貰うことにした。そして、その男は錬金術に興味があるか聞いてきた。俺はめんどくさい勧誘をされる前に教室から出ていくことにした。


「色々と回ってからまた来ることにします。」


「そうか、いつでも来てくれ。歓迎するよ。」

ここには2度と来ないだろう・・・・俺は固く誓って教室を出て行った。


俺はもう一度、呪術研究会のある場所に戻ってみた。今度は扉に鍵がかかっておらず、開ける事ができた。


俺は扉を開けながら、さっきのような場所ではないことを祈った。

その部屋は本棚に囲まれており、本が無数に置かれていた。中心には机と椅子が5つあった。

そして、1人の女の子が椅子に座って本を読んでいた。その姿に俺はドキッと心臓が脈打ち、全身の体温が下がったように感じた。


『貞子だ・・・いや・・爽子か・・・』

椅子に座った女の子は黒いロングヘアーで、その前髪は顔の半分を隠していた。よく見ると、前髪の隙間から細い目が覗かせていた。

俺が自己紹介しようとすると、後ろの扉が開いた。俺はびくっと身構えた。


『風早くんか?』

後ろを振り向くと、そこには特別クラスで見た女の子の顔があった。


「ここ、呪いの研究してるの?」

その女の子は入って来るなり聞いた。


「・・・・そ、そうです。わ、私は、ここの、部長を、や、やらせて、貰ってる。ク、クロエです。」

本を読んでいた女の子が返事をした。


「ククロエさんね。私はドロニアよ。」


「あっ、い、いえ、わ、私はクロエです。す、すみません。」


「俺はアギラです。よろしくお願いします。俺も呪いについていろいろ知りたくてここに来ました。普段はどういった活動をしてるんですか?」


「そ、そうですね。ふ、普段は、しょ、書物から呪いの効果や、そ、その持続期間を調べたり、は、発生原因を推察したり、対処方法を考えたりしています。そ、そして、ぼ、冒険者ギルドから、呪いに関する依頼が、ゆ、優先的にこちらに来るようになっていますので、そ、それの解決のためにそこへ向かったりもします。ば、場合によっては、い、依頼がなくても、興味のある呪いの噂があれば、そ、そこを調べたりもしています。」

活動はまともそうだった。


「わかったわ。私はここで呪いの研究をするわ。」


「俺もお願いします。」

俺はここで呪いの研究をする事に決めた。


「た、ただ、も、問題がありまして・・・」


『なんだ?』


「そ、その、あと1カ月以内に5人集まらないと、じゅ、呪術研究会は続けていけなくなってしまいます。」

聞くと、今年4人が卒業してどこかへ旅立っていったらしく、今はクロエ1人だけになってしまったそうだ。研究室は5人以上いないと活動が認められなくなって、活動するための部屋を借りれなくなったり、学校側から冒険者ギルドへの便宜を図ってもらえなくなったりするそうだ。その他にも活動資金がおりなくなったり、調査中の出席日数がカウントされなくなったりもするらしい。


まずは、研究員をあと2人確保しなければならないようだった。

その時、フードの中にいたアーサーが小さな声で俺に耳打ちをした。

「マスター、ドロニアは魔女族まじょですにゃ。あっちにはわかりますにゃ。魔女族まじょには、気をつけた方がいいですにゃ。」


アーサーは不穏な事を口にした・・・。





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