第42話  航海

 俺とアーサーは少女の声にぎくりとして、後ろを振り返った。

 するとそこには、少女が船の方に駆け寄る姿があった。


「その船。私の・・・まだ出ちゃダメ。」

よく見ると、その耳は少し長く尖っている。妖精族エルフだと分かった。この世界にいる種族の事は授業で聞いていた。言葉は南の大陸の言語を使っていた。


「 風の精霊よ 銀礫の鎖を断ち切り 解放せよ 浮揚フロート 」

エルフは風魔法を唱えて、出向しようとしていた船に飛び乗った。


「あ、ごめん。ここに捨ててあると思って。その割には綺麗かなとも思ったんだけど・・・どうしても南の大陸に行くのに必要だったから。」

俺は飛び乗ってきたエルフの少女に南の大陸の言葉で、弁解をする。

アーサーは隠れるように、俺の頭の後ろにしがみついてぶら下がっていた。


「ちょっと、勝手に船を出港させちゃって・・・て、南の大陸へ行きたいの?」


「ああ、南の大陸へ行くのに船が必要だったんだ。勝手に動かしてすまない。」


「そうなの・・・じゃあ、まあいいわ。私も南の大陸へ行きたかったから、あなたも乗せてあげるわ。」

結構あっさりしていて助かった。アーサーもそれを感じて、俺の頭を離し、ふわふわと俺の顔の横へと出てきた。


「結果オーライですにゃ。この船を見つけて良かったですにゃ。」


『こいつ・・・』

エルフはアーサーを見て目を輝やかせていた。


妖精猫ケットシーじゃない。しかも喋るなんて珍しい。あなたのペットなの?」

アーサーに手を伸ばしていた。


「いや、俺の魔力で召喚したアーサーっていうんだ。一緒に旅している。」


「可愛いじゃない。私はリーンっていうの。妖精族エルフよ。よろしくね。」

視線はアーサーの方を向いていた。そして、アーサーを胸に抱いて頭を撫でた。


「俺はアギラだ。一応、人族だ。こんなすごい船に乗せてもらってありがとう。」

「いいよ。いいよ。私も1年前くらいに偶然見つけたやつだし。それに、1人で南の大陸行くのも不安だったからね。」


『ん?』


「この船って、君のなんだよね?」


「リーンでいいわよ。・・・そうね。1年前に見つけてから、ちょくちょく見に来てたんだけど、誰も使ってる様子がなかったから、私のものにしたのよ。ちょうど、南の大陸へ行くのに私も必要だったからね。」


『んん?それだと、俺と一緒のような気も・・・』

いや、細かい事は気にしない事にした。こうして、南の大陸へと渡ることができるのだから。


「それで・・・君・・リーンは何しに南の大陸へ行くの?」


「はるか昔に大賢者と呼ばれたエルフを越えるために、魔法の研究をしに行くのよ。今、メガラニカ王国の魔導士学園というところで広く生徒を募集してるらしいの。そこの、特別クラスに入るためよ。」

俺は南の大陸の事に詳しくなかったので、魔導士学園というものに興味を持った。


「魔導士学園って何?」


「魔導士学園を知らないなんて、あなた、本当に、人間なの?」


「人間なんだけど、南の大陸へ行くのは、これが初めてなんだ。だから、あまり南の大陸のことは分からない。」

リーンは不思議そうな顔で俺を見た。


「北の大陸にも人が住む場所ってあったのね。・・・まあいいわ。魔導士学園は、魔法の素養のある者を集めて、魔法の研鑽に励むところよ。いろいろな新しい魔法や、古代の魔法なんかの研究もしているらしいわ。今、種族を問わない特別クラスというものができたらしいの。といっても、試験があるらしいから、まだ入れるかは分からないんだけど・・・でも、きっと大丈夫よ。こう見えて私は魔法が結構得意だから、受かるに違いないわ。」

俺の事を何か勘違いしているっぽかったけど、竜の国の事は基本的に秘密にしないといけないので、訂正することはしなかった。


『そこなら呪いの研究でもしてるだろうか・・・?』

そんなことを思案していると、リーンが俺に尋ねた。


「アギラは何しに南の大陸へ行くの?」


「呪いについて調べようと思ってるんだけど、そこでは呪いの研究もしてるの?」


「呪い・・?・・たぶん、してるんじゃないかしら。でも、なんだってそんな物を調べたいの。」


「知り合いが呪いにかかってるから、治す方法の手掛かりを見つけようと思って。」


「そういう事ね。じゃあ、アギラも、魔導士学園の試験を受けてみればいいんじゃない。入って、呪いの研究をしてみれば。特待生に選ばれれば、授業料とかも無料らしいし。でも、特待生に選ばれるのは私になっちゃうかもしれないけど。その時はごめんね。」

その提案はいいもののように感じた。特待生に受かれば、魔導士学園で呪いについて研究して、受からなければ、違う方法で呪いの手掛かりを探せばいいのだ。

 試験に受けてみようかと考えていると、アーサーが何かを感じ取ったようだ。


「にゃにゃ、海の方から怪しげなものが近づいてますにゃ。」

俺とリーンは海の方を見ると、海の中に大きな黒い影が見えた。


 その影は船の5m手前くらいで止まって、水の中から姿を現した。大きなイカの魔獣だった。

触手を振り上げ襲い掛かろうとしていた。


「 雷精よ 一条の光となりて 降り注げ 雷光電撃ライトニングボルト 」

リーンが雷の魔法を詠唱すると、空から一本の雷が落ちた。

 その雷はサムシーの雷魔法にはかなり劣っていたが、イカの魔獣を退散させるには十分だった。


「どう、私の魔法。なかなか凄いでしょ。」

少し膨らんだ胸を前に出して、誇らしげだった。


「そうだね。すごかったよ。」

可愛らしい少女の自信を無くすようなことをするほど、気の使えない男ではない。


「私がいなかったらこの船危なかったわよ。」

リーンはふらふらと船室の方へ歩き出した。


「ちょっと、疲れたから少し眠ってくるわ。」

どうやら魔力切れに近い状態になっているらしかった。


 俺はリーンが船室に入ったあと、せっかく海に来たのだから、釣りでもしようということで、釣り竿を制作することにした。鎧を加工するには、かなり温度の高い火を使わなければならない。しかし、船に燃え移ると危険なので、ロックブレイカーの角を加工することにした。これならば、風の魔法と水の魔法で加工できた。そして、糸はシャツから取った。


 こうして完成した釣り竿で魚をのんびりと釣ることにした。

 4,5匹ほど魚を釣ったところで、海にまたもや異変が起きた。黒い影が左舷に3つ、反対の右舷にも4つ現れた。そして、水中からイカの魔獣が姿を現した。どうやら、仲間を連れてきたらしい。

 魚の入った鍋を眺めていたアーサーが叫んだ。

「にゃにゃーー。マスター。」

前までは、亜空間に逃げ込んでいたが、俺の力を信用してくれているらしかった。


「任せろ。」

 俺は雷の魔法を広範囲に展開する。俺の魔法で雷雲が辺りを覆い、船の周りに無数の雷撃を撃ち込んだ。その雷撃に当たったイカの魔獣たちは、海の上で息絶えた。

 俺は風魔法で足を一本切り落とし、アーサーの亜空間に放り込んだ。あとで食べるためである。


 俺は魚とイカを調理する事にした。鍋の中で火を使えば、船が燃える心配がなかった。そして、調味料として海水から塩を作った。調味料が少ないのが悔やまれた。


 料理が完成しそうな頃、船室からリーンが出てきた。どうやら、意外と早く魔力切れが回復したらしい。

「何か美味しそうな匂いがするわね。」

 半分寝ぼけているのか、リーンの上半身にはさっきまで身につけていた服がなかった。つまり、上半身だけ裸であったのだ・・・


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