第139話それぞれの仕事4

「あッ!たくちゃん!おかえりなさいッ」


 マチコの店に着くと、意外にもあんずとマチコは仲良く晩酌をしていた。あんずは俺の姿を確認するやいなや、カウンターから飛び降り、俺の元へと駆けてきた。彼女の事を高桑に紹介しなきゃならないが、俺はそれが憂鬱だった。高桑は今、恋人を失い傷心している。そんなヤツに『こちらは俺の最愛のあんずです』なんて言えるワケがない。しかし、あんずを紹介しない事には、話が進まない。

 どーしたもんか、と悩んでいると、俺の隣にいる高桑の存在に気づいたあんずは、自ら自己紹介を始めた。


「この方もたくちゃんのオトモダチですかッ!?はじめまして、あんずと申します。たくちゃん共々よろしくおねがいしますッ」


「あ、あぁ…。始めまして。俺は高桑勇輝だよ。よろしくね、あんずちゃん」


 あんずからの挨拶に返事を返した高桑は、あんずが俺とどういう関係なのか聞いてはこなかった。それをいい事に、俺はあんずとの関係性を彼に説明しなかった。それを教えた所で、高桑の傷を蒸し返す事にしかならないし、何かが良くなる事もない。

 伝える必要のない真実に蓋をして、俺は明日の勝負についてあんずも含めた三人で会議を開催した。マチコは蚊帳の外だが、どうせカウンターの向こう側で聞き耳立ててんだろう。


「高桑、明日はこのあんずを連れて雀荘にカチ込みに行くぞ。コイツは目が物凄くいいもんで、相手のサマを抑止する役をしてもらう。

 差し当たっての標的は成瀬兄弟だけど、ヤツら蹴散らしたら今度は雀荘を相手取る。本当の目的はそっちだでよぉ。ミッションは、雀荘の『免状』を奪う事だ。

 卓で何やればええかは分かっとるだろ?」


「『絶半分』は忘れとらんわ。俺からすりゃあ、お前がヘマしんか心配だわ。

 それより、雀荘の免状なんか分捕ってどーすんだて。スパイスと何か関係あんの?」


 高桑には、俺たちが掲げる『スパイス撲滅作戦』の概要を伝えてはいなかった。だが、マチコの店を貸し切っている状態の今なら、気兼ねなく悪巧みの相談ができる。

 俺は彼に、現在進行形で進めている作戦内容を全て話した。中毒者への治療の事、スパイスの生産場所を無力化する事、そして俺たちが賭場をムチャクチャにする事…。その中で、雀荘や他の賭場の免状を強奪する事で、スパイスの供給ルートを一つ閉じられるのだと伝えると、高桑は目の色を変えた。

 コイツはあまり感情を露わにする事はしない。感情がないワケじゃなくて、腹の底を悟られない為だ。それは、賭け事の場面では大きな武器になる。ポーカーフェイスを崩さない高桑が露骨に表した怒りは、スパイスへの憎悪が俺以上である事を物語っていた。そりゃそうだろう。何たってカノジョを殺されてるんだからな。

 そんな彼に、以前都の来た時に託した宿題を完遂させているかの確認をした。高桑にやって欲しかったのは、自分のランクを下げる事、席決めの牌のパターンを解読する事、成瀬兄弟の資産を調べる事。


 あの雀荘に通うプレーヤーは、五段階のランクに別れていて、卓へのお誘いは下位ランクからしかできない。成瀬兄弟は上から二番目の『乙ランク』だと言っていた。俺はこの前の一度しか雀荘に行っていないし、クソ兄弟にボロカスにやられていたので、最下位ランクの『戊ランク』だ。しかし、何度も雀荘で勝負を重ねた高桑は、最上位ランクの『甲ランク』だった。そのままでは、高桑がいる限り成瀬兄弟を卓に誘えない。高桑のランクをヤツら以下にする事は、勝負を成立させる第一条件だ。

 そして、成瀬兄弟の常套手段には、上家に直人が、下家に澄人が座る位置関係を保つ事が含まれている。それが可能なのは、雀荘と兄弟の間に『通し』がある裏付けでもある。それを逆手に取って、開局時に東家に高桑が、北家に俺が座る事ができれば、勝ちへの階段を段飛ばしで登れるのだ。

 最後に、勝ちへの最短ルートを築く為には、成瀬兄弟の懐事情を知る事が不可欠だ。ダラダラと長く打つつもりは毛頭ない。一回目の半荘でヤツらを文無しにして、二回目の半荘でトドメを刺す。しかし、ヤツらの資産が分からなければ、レートを設けられない。この問題をクリアするかしないかで、戦況は大きく変わってしまうのだ。


「先の二つは特に苦じゃなかったけどよぉ、成瀬兄弟の資産は変動が大きいもんで、結局分からんかったわ。すまん」


 うーん…。確かに他人がいくら持ってるとか知り様がないもんな。自分でも無理な注文をしてしまったと後悔していると、カウンターの向こうでワインをチビチビやっているマチコが目に入った。そうじゃん、コイツ情報屋じゃん。都の中で分からない事があれば、彼女を頼ればいいだけだった。

 俺はポケットからコーヒーチケットを二枚取り出し、それを差し出しながらマチコに質問した。


「マチコ、コーヒー二杯頼むわ。高桑も飲むだろ?それと、成瀬兄弟の資産教えてッ」


「またアイツらの事ぉ??詳しい額までは知らないけど、昨日の時点で二人合わせて140万。たぶん150はいってないと思うよ」


 なるほど。これでレートが決められる。しっかしマチコのヤツ、よくこんな情報まで仕入れてるよな。どっから手に入れてるんだろう。マチコの商材の入手先に一抹の疑問を感じていると、その彼女からの要望があった。


「たくやくん、チケット二枚出したでしょ?もいっこ質問できるから、何でも聞いて」


 相変わらずギブアンドテイクを強要してくるマチコに急かされ、俺はついでに雀荘の資産についても質問した。成瀬兄弟の後は雀荘が相手になる。おそらくは莫大な資産を保有していると予想は付くが、俺たちの前ではあまり意味がない。どーせ勝つのは俺たちだからだ。

 俺が新たにした問いを聞くと、マチコは頭を抱え、深い溜息を吐いた。答えるかどうかを悩んでいる様子だ。


「はぁ~…。ソレ聞いちゃう?結構ヤバめの質問だよ。たくやくん自覚してる?

 教えてあげてもいいけど、私にもリスクがかかるんだよねぇ。チケット一枚じゃ割に合わないから、もう一束コーヒー券買うか、あんずちゃんのためにボトル一本入れてよッ!上物の大吟醸があるんだぁ。絶対あんずちゃん気に入ると思うよッ」


 コイツ、俺の足元見てやがんなぁ。まぁ、貝には困ってないし、あんずに大好きな酒を飲ませてやりたい。俺は大吟醸を一本入れる事にして、とりあえず幾らするのか聞いてみた。


「こちらの一升瓶は、一本貝15000になりますッ」


「高ッけーわッ!ボケェッッ!!」

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