第138話それぞれの仕事3
「で、その高桑くんなんだけど、都の北東にある『怪鳥』っていう居酒屋に入り浸ってるよ。そのお店のマッチがあるからあげるよ。地図も書いてあるから」
マチコはしっかりと情報屋としての仕事を果たしてくれた。さっきあんなに馬鹿にされた俺相手なのにも関わらず。俺は少しだけ自分の行いを悔いたが、彼女に謝るなどという事はしなかった。ソレとコレとは話が違うからな。
高桑に関する情報を手に入れた俺は、早速その居酒屋に向かう事にした。アイツの心境を思うと、こっちまで胸が締め付けられそうで、居ても経ってもいられなかった。こういう時は、誰かと一緒にいた方が得策だと、己の人生経験から学び取っている。俺がアイツの慰めになるかは分からないが。
「マチコ、ありがとな。5万分のカードは置いてくで、ドアの修理に使ってくれ。余りはヨシヒロたちに渡してくれやええわ。
それと、ちょっとの間あんずを預かってくれん?高桑には俺一人で会いに行きたいもんでよ…」
恋人を失い傷心の高桑の前に、あんずを連れて行くワケにはいかなかった。『'98』に置き去りにされるあんずは、少しの時間でも俺と離れる事に良い顔をしなかったが、察しのいい彼女は、会話のニュアンスから今はワガママ言える状況ではないと悟っている様子だった。
色々と辛抱してくれているあんずに、申し訳なさを感じながら、俺は一人『怪鳥』という居酒屋を目指し、マチコの店をあとにした。
高桑に会ったら、俺は何て声をかければいいのだろう…。じんわりと湿った暖かい空気が全身に纏わり付き、俺の足取りを重たくした。
――――――――――………
「いらっしゃいませーッ!お一人さまですか??」
「いや、ツレが来とるはずなんだけど…」
マチコに教えられた居酒屋は、こじんまりとしていたが、なかなか盛況している様で、客も多かった。その殆どはグループで来店していたが、カウンター席の一番奥で、辛気臭さを全身から醸し出す異様な客の姿があった。高桑だ。アイツ、俺と一緒で酒なんか飲める体質じゃねーのに無理して飲んでやがんな。
彼の隣は運良く空いていて、俺は何も言わずにその席に座った。しかし、高桑は俺に気づこうともせず、燗をされた酒をチビチビとやっていた。彼の前には、空いた徳利が何本も転がっている。下戸のヤツがそんなに飲んだら、急性アル中でワヤになんぞ。
「大将ッ、冷たい緑茶もらえる??あと、コイツにも。それからテキトーにつまみ出してッ」
「よろこんでッッ!あッ、お客さん、高桑さんのお連れさま??彼、ずぅーっと飲んでるんですけど、大丈夫ですかね??」
おい、店の人にも心配かけさせてんじゃん。ダセェからやめろよ、そういうの。と、いい加減に酔いつぶれている高桑に注意しようとした時、彼は漸く俺の存在に気づいた。
「あ、あれ?たく…や…??」
「おうッ、高桑。おめぇ、大丈夫かて。もう酒は止めにしてお茶でも飲もまい」
高桑は約束を破った事も、みゆきちゃんの事も何も言わなかったが、それについて一つも聞いてこない俺が事情を全て知っていると察した様だ。はっきり言って、みゆきちゃんを失った事でポッカリ開いた心の穴は、俺じゃ埋められない。そのくらいは理解できている俺は、高桑が自分で切り出すまで、じっくり待つ事にした。
少しでも酔いが冷める様に、少しでも安心できる様に、俺も何も言わず、高桑の背中を擦り続けた。こういう時の人肌って、結構あったかく感じるもんだ。本当なら、抱きしめて一緒に泣いてやりたい所だが、男同士でやったらホモに思われそうで怖いし、何より絵面が汚い。それをやる勇気など、俺は持ち合わせていないのだ。
頼んだ飲み物と共にだし巻き玉子が届き、高桑に勧めてやると、一切れの玉子を口にした彼は、小刻みに震え出した。そりゃ泣きてぇよな…。カノジョがいなくなっちゃったんだもん。寂しいよな…。擦っていた手にもう少し力を込めると、彼の嗚咽が移ったのか、俺まで泣きそうになってしまった。
いいよ。泣きたいだけ泣きな。もし文句言ってくるヤツがいたら、俺がぶっ飛ばしてやる。お前は今、世界で一番泣いていい男なんだ。気が済むまで泣け。
決して口には出さないが、そう思う俺の気持ちが伝わったのか、高桑は声を上げながら泣き崩れた。コイツのこんな姿は初めて見る。だけど、いつもは俺が引くほどのお調子者の泣き顔は、どこをどう見ても高桑だった。やっぱりコイツは俺の友達だ。その大事な友達をこんな目に合わせたスパイスに対して、俺の憎悪は増すばかりだった。
「拓也、すまん…。ありがとな。だいぶ楽になったわ。それと、約束破ってまってホントにごめん」
「気にせんでええわ。落ち着いたんなら場所変えてーんだけど、どーだ?動けるか??」
俺が高桑に会いにきたのは、コイツを慰めたかったからじゃない。明日の成瀬兄弟との勝負の為だ。その延長で、賭場を潰す事についての相談もせにゃならん。しかしそれは、こんな居酒屋でできる話ではない。壁に耳あり、障子に目あり。どこで誰に聞かれてるか分かったもんじゃないからな。内緒話できるのは、この都ではマチコの店『'98』だけだ。
あんずを待たせている事もあり、一秒でも早く戻りたかった俺は、高桑を連れて店を出る事にした。彼もスパイス根絶に向けた作戦が、次のフェーズに移行しているのを察知し、さっきまで酔いどれていたのが嘘の様に、シャキッと背筋を伸ばした。
「会計は俺に任せろ。高桑には、こないだ建て替えてまった3万の貸しもあるしよ」
「お会計ご一緒でよろしいですか?全部で4万になりますッ!」
俺、お茶しか飲んでないのに、借りた貝より1万も足が出ちゃった。コイツどんなけ飲み食いしたんだよ。まぁ、その分は雀荘でしっかり働いてもらうか。
マチコの店に戻る途中、ひーとんからのコールが入った。テレパシーの事は出来るだけ内密にしたかったので、無闇やたらに使わない約束だったが、何やら進展があった様だ。
《今ちゃーんッ!『もくもく亭』の小間使い一人拉致れたんだけどさぁー、もう俺らって作戦始めてもいいの??》
「マジ?やるやん、ひーとん!好きなように始めてええよーッ!ただ、あんま目立たんようにねーッ!」
都全体を巻き込む俺たちのランチキ騒ぎは、現在を以て静かなスタートを迎えた。
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