第85話ミコトの居場所4

 煙すら入らない程の満腹感に襲われながら、腹ごなしのつもりでひーとんに都の散歩をしようと誘うと、彼は俺に付き合ってくれた。色々な店や商売を眺めていると、ここの活気というか賑わいに気圧されそうになっていた。夜も更けているというのに、辺りは明るく人出も多い。

 都を照らしている灯りは、行燈とか提灯も少なからずあるのだが、それだけではここまで明るくはならない。明白なそれ以外の灯り、『電気』の恩恵であるネオンやライトが存在しているのだ。

 確か、水芭蕉のアジトでも電球の様な物が通路を照らしていた。つまり、この世界では電気を生み出す事は既に可能になっているのだ。火力か水力か、まさか原子力はないだろう。あったらヤベーもんな。ここの電力は何処から来ているのかひーとんに尋ねた所、面白い話が聞けた。

 俺たちが足を着けているこの陸地は、四方八方を海が囲っているらしく、潮の満ち引きを利用して半永久的にコイルを回して発電しているのだとか。完全なるクリーンエネルギーだ。それだけではなく、活火山の地熱を利用した火力発電や、風力なんかでも電気を賄っていると言う。発電装置だけを作ってしまえば、その後はノーコストで電気が使い放題なのだ。

 もちろん、それはミコトの為の物であって、ここに住むヒトは電気など知りもしない。というよりも、知られてはいけないプロメテウスの火の一つなのだとか。


「でも、そんなけ電気作ってここだけで消費しとんの?余らん??」


「さぁ?電気の事は二一組の管轄だから、俺もそこまで深く知ってるワケじゃねーし」


 もしかしたら都ってここだけじゃなくて他にもあったりするのかも。そんな事をポーっと考えていると、腹の調子が平常に戻ってきた。ここまで落ち着けばカナビスを充分堪能できる。俺は二本の紙巻を取り出し、一本をひーとんに分け、同時に火を着けた。脂っこいラーメンを食べた後の一服は、至極のデザートになった。

 プカプカと煙を吹かしながら散歩を続けていると、俺たちと同じ様に煙を吹かしているミコトがいる事に気づいた。あれ?この世界にタバコってなかったんじゃないの??そんな疑問が浮かんでいる俺の隣で、ひーとんも同じ事を思っていた様だ。


「いつの間にタバコなんか売り出したんだ?前来た時はそんなのなかったぞ。どこで買えんだろ?」


 彼はそう言ったが、俺はカナビスがあればそれで良かったので、他のミコトが吸っている物にそれほど興味は沸かなかった。そんな俺の思考とは裏腹に、『その店』は突如として俺たちの眼前に現れた。


『もくもく亭』


 なんだそのふざけたネーミングは。なめてんのか。という個人的な感想は横に置いとくとして、どうやらこの店で件の物が手に入るみたいだ。俺はあまり乗り気じゃなかったが、ひーとんが入ろうと言うので、素行調査の様なつもりで店内に足を踏み入れた。


「いらっしゃーい。あれ?一見さんかな?どうぞどうぞ、色々見ていって!チルアウトできるスペースもあるから、ゆっくりしてってねー」


 俺たちを出迎えてくれた店員のミコトの馴れ馴れしさに多少の苛立ちを覚えつつ、商品を物色し始めた。道中で見かけた子たちが咥えていた物は、俺たちが吸っているカナビスの様に紙に巻かれた物だったが、店に置いてある商品は、パッケージに梱包された植物片だった。風体こそカナビスに酷似していたが、香りの方はというと、とてもじゃないがいい匂いとは言えなかった。

 それにパッケージのデザインがどうも胡散臭い。やたらと派手だし、なんだかワケの分からないイラストが滅茶苦茶ダサい。好き好んでこれを買っていくヤツの気が知れない。あとネーミングな。何だよ、コレ。


「えぇ~っと…リトルグレイ…、レプティリアン…、トールホワイト…、アヌンナキ……、全部宇宙人だがや」


「へぇ~ッ!よく知ってるね!その通りだよッ!」


 商品の名前を見て、それが宇宙人の種類だと気づいた客は俺が初めてだったらしい。その洞察力(?)を褒めてくれはしたが、俺は全然嬉しくなかった。っていうか他のヤツらは分からなかったのかよ。まぁ、こんなもんを買ってくヤツは、学もなけりゃセンスもないんだろうな。俺も学があるワケじゃねーけど。

 店内には、他にも巻紙やフィルター、簡単に巻く為のローラーなども販売していた。どうやら客は自分で紙に巻く必要があるらしい。そんなもん、サービスで巻いてやれよ。ヨシヒロの爪の垢でも巻いて吸わしてやりたいもんだ。


「キミたち初めてだから、何選べばいいか分かんないんでしょ??よかったらテイストできるから色々試してみてよッ!」


 全く的外れなお節介を受け、どうしたもんかと困っていると、店員の子が何本かの紙巻を渡してきた。巻いてあるヤツもあるんじゃねーか。俺は断ろうと思ったのだが、それを受け取ったひーとんは興味津々で火を着け始めた。彼がテイストしているのに、ツレの俺が試さないのも変かな、と渋々一本試してみる事にした。

 ………のだが、マッズ!!マッズい、コレ!何?何なの、コレ!?劣化したステッカーの粘着剤を、ワキガの人の分泌物で煮詰めた上、鮒寿司の樽の底で何年か発酵させた様な…、とにかくマッズい!!コレ、マッズい!!

 不快感の塊みたいな味に、俺の身体は拒絶反応を示した。一度体内に取り入れてしまった成分を取り除こうと、横隔膜がポンプの如く激しく上下運動を繰り返し、俺は嗚咽してしまった。いくらなんでもこれは失礼じゃないかと少しは思ったが、もうそれどころではなかった。さっき食ったラーメンが出てきちゃったらどーしてくれんだよ。


「ひ、ひーとんはどう思う…??」


「う…、うん。…独特な味だね……」


 一応気を遣ってか、間接的な表現をしてはいるが、要はマズいって事でしょ。よかった、コレが受け付けないのは俺だけじゃなかった。そりゃそうだ、だって俺たちはカナビスを知っちゃってるもん。もしコレしか知らないんだったら、甘んじて楽しむ事もできたかも知れない。しかし味良し、香り良し、キマり良しのカナビスを日頃から嗜んでいる身としては、比べる対象にすらならない代物だ。

 申し訳ないが、今回は御縁がなかったという事で。


「あちゃ~、お気に召さなかったかぁ~。残念…」


 俺たちの反応に、店員の子は肩を落としていた。何か心苦しい気もするが、そもそもこんな物人様に売ってんじゃねーよ、と文句言いたいのを我慢してやってんだ。ありがたく思えよ、このクソガキ。勝手に入ってきて、勝手に試して、勝手な事を言う俺は、限りなく失礼だった。

 しかし、どうやったらこんなマズい物ができるのか、最後に作り方を聞いてから店を出る事にした。


「ところで、コレってどーやって作っとるの?」


「聞いた話だと、劣化したステッカーの粘着剤を、アポクリン汗腺から採れる体液で煮詰めて、酢飯と鮒で挟んで発酵させてるみたいだよ」


 俺はソムリエの才能でもあるのだろうか。

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