第81話寄り道3

 ヨシヒロの家に着く頃には、すっかり夜になってしまっていたが、まだそんなに遅い時間ではなかった。少し離れた場所にトラックを止め、高い座席から慎重に降りようとする俺を嘲笑うかの様に、あんずはシートから飛び降りて駆けて行った。彼女はハクトに会えるのが相当楽しみなんだろう。


「ハクトちゃーんッ!あんずだよーッ!!」


 玄関先で呼び鈴代わりの掛け声をあんずが鳴らすと、間髪入れずにハクトが家から飛び出してきた。再会を喜び合う少女二人のキャッキャウフフを眺めながら、俺とひーとんも玄関に辿り着くと、それと同時にヨシヒロも出迎えにやってきた。


「こんばんは、いずみくん。あれッ?今日は友達と一緒なんだ」


 目立つガタイをしているひーとんの存在に速攻で気づいた彼は、歓迎の意を込めて、自身とハクトの紹介をしてくれた。


「始めまして。国枝祥大です。こっちはもののけのハクト。よろしくね」


「やぁ、俺は山野仁志。こちらこそよろしくー」


 滞りなく互いの自己紹介を済ませ、ヨシヒロは俺たちを家の中に招いてくれた。相変わらず物が多くて散らかっている彼の部屋は、少し片付けないと腰を降ろす事もできず、そそくさと整理をを始める彼の作業が終わるまで、俺たちはただ傍観していた。

 ほんの一分足らずでくつろげるだけのスペースを拵えてくれたヨシヒロに軽くお礼をして、俺とひーとんは腰を落ち着けたが、まだ座敷に上がっていないあんずの陰にハクトが隠れていた。初めて会うひーとんに少し怯えている様だ。俺らが初めて来た時もこんな感じだったし、人見知りが激しいんだろうな。

 そんなハクトに気づいたのか、ひーとんは優しげな笑顔で彼女に向かって手を振った。それを受け取ったハクトは、どう反応すればいいのか分からない様子で、さらにあんずの背中に隠れてしまった。


「お、俺なんか怖がらせちゃったかな…」


「はは…、ごめんね、山野くん。ハクトは初対面だとこんなんなんだ。気にしないで」


 すかさずひーとんのフォローをしたヨシヒロは、『ちょっと待ってて』と言い、お勝手に向かった。俺やあんずが遊びにくる様になったので、お茶を常備する事にしたらしい。お茶を淹れに行った彼にトテトテとハクトが着いて行ったので、手隙になったあんずは、漸く俺の隣で腰を落ち着けた。

 しばらくしてお茶の匂いが立ち込めてくると、それを察知したあんずが憂鬱な表情を浮かばせた。あ、あんずってお茶苦手なんだった。でも、せっかく用意してくれたお茶を無下にもできないし、どうしようかと悩んでいると、急須と湯呑を抱えたヨシヒロの隣で、壺を持っているハクトが目に入った。


「あんずちゃんはお茶よりこっちの方がいいと思って…」


 なんと彼らは、あんずの為にお酒まで用意していてくれた様だ。抜かりねぇなぁ。気の利いたおもてなしに多少の申し訳なさ感じている俺を後目に、ヨシヒロは湯呑にお茶を注いでくれた。隣ではハクトがあんずにお酌をしている。いつもは壺ごと酒をかっ食らうあんずだが、彼女よりも上品なハクトに合わせ、おちょこでご相伴に預かっていた。それを見ていたひーとんが、物欲しそうに口を開いた。


「あ、俺も酒の方がいいなぁ」


 おい、あんたドライバーだろ。とツッコミそうになったが、飲酒運転を取り締まる警察もいなければ、交通法などという法律もないこの世界では、彼の行為を咎める事は誰にもできない。問題は酒飲んで運転できるかって事だろうが、彼なら余裕でできそうだ。

 グイッとお茶を飲み干したひーとんは、空になった湯呑をハクトの前に差し出した。その湯呑に恐る恐る酒を注いだ彼女は、お礼の笑みを向けられると、恥ずかしそうにはにかんでいた。ひーとんを無害な人だと察したのだろう。だけどハクト、この人トチ狂ったキチガイだからな。気ぃつけろよ。喉ちんこを超えて飛び出しそうになった言葉を、俺はお茶で流し込んだ。


「ところで、いずみくん。今日はどんな用できたの??」


「そうだそうだ、ヨシヒロにお願いがあんだけどさぁ、3日くらいあんず預かってくれんかなぁ?」


 都へ買い物に行かないといけない事と、そこにはアヤカシを連れて行けない事を説明すると、どうやら彼は都の存在を知らない様子だった。本当にこの家から出ないんだなぁ、ヨシヒロは。もっと他のミコトとか場所に関わりを持った方がいいんじゃないかと思ったが、ここでハクトとのんびり過ごす事が、彼にとっては何よりの幸せなのかも知れない。俺のお節介な気持ちを心の奥にしまいつつ、何か楽しい事をする時には絶対彼をお誘いをしようと密かに決めた。

 俺がヨシヒロにしたお願いは、隣でカナビスの準備をしているハクトの耳にも届いていて、あんずと3日間一緒に過ごせる事を手放しで喜んでいた。その拍子に倒れそうになったボングを寸での所で支えたヨシヒロも、快くあんずを預かってくれると言ってくれた。

 それはさて置き、ずっと黙って様子を窺っていたひーとんは、ハクトが用意している一式に目が釘付けになっていた。俺が今まで彼に分けていたカナビスは既に紙に巻かれた物だったので、ボングを使って行う吸引はまだ見た事も聞いた事もないのだ。


「今ちゃん、コレなに??」


「あ、ひーとんボング初めてか。こりゃあんた、どえらいええヤツだよ」


 全く説明になっていない俺の言葉を皮切りに、この場をオーガナイズしてくれているヨシヒロがボコボコと音を鳴らしながら大量の煙を吸い上げた。同じ様に吸引を行うハクトの所作をじっくり観察していたひーとんにボングが回ると、彼も初体験のボングでカナビスを楽しんだ。

 俺やヨシヒロよりも昔の時代を生きていた彼は、シャブを始めとするハードドラッグを俺たちの時代とは比べ物にならない強さのネタで嗜んでいたそうだが、そんな彼を一撃で骨抜きにするほどのトリップをボングが与えていた。俺を経由してあんずにボングが回る頃には、ひーとんはトロトロになっていたのだ。あ、この子、もう今日は運転できないんじゃね?そんな事を思う俺の心をテレパシーか何かで感じ取ったのか、優しいヨシヒロはこんな提案をしてくれた。


「今夜は泊っていったら?出発は明日でもいいんでしょ??」


 その言葉を聞いた俺たちは、リミッターを解除した。今日はとことんカナビスを楽しもうッ!!いくとこまで行こうッッ!!あんずもハクトも、これから一緒に過ごす3日間を思い、浮かれている様だ。こんな楽しい夜はこっちに来てから…、いや、一人で生きていく事を決意してから初めてかも知れない。大勢でワイワイやるのってこんなに愉快なんだなぁ。この空間に流れる時間や、それぞれが溢す笑いに、俺たちの感じる多幸感は最高潮に達した。


「スッテンテレツケテレツケテンッ!スッテンテレツケテレツケテンッ!」


 アルコールのブーストをかけているひーとんは、不思議な踊りを踊り始めていた。どんだけキマッてもそうはならんやろ。と思いながら、彼のコミカルな動きに笑いと涙が同時に出た。抱腹絶倒を余儀なくされている俺は、呼吸すらままならなくなりながらも、自分がこんなに笑える人間なんだと思い知らされていた。このトチキチに。

 制御できない横隔膜の痙攣を堪えている俺がどう映ったのか、急にあんずが近づいてきては、俺の耳元で静かにハッキリと呟いた。


「アタシはずぅーーっと、たくちゃんと一緒ですからねッ」


 彼女の台詞に俺はハッとした。あんずはトラックでの俺の話をしっかり聞いていたのだ。

 天涯孤独になってから、いついかなる時も襲って来た寂しさや喪失感に、耐えるしかないから耐えてきた。本当は、誰かと一緒にいたかった…。一人はイヤだと、ずっとずっと思っていた…。寂しがり屋で、気が強いのに芯が脆い俺の孤独は、あんずの言葉で漸く救われた。

 俺は溢れ出る涙を、ひーとんの踊りのせいにしながら、あんずを強く抱きしめた。


「たくやさまとあんずちゃん…、またやってる…」


「あの二人はラブラブなんだねぇ」


「スッテンテレツケテレツケテンッ!!」

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