第26話トランプ4

 卓を囲んだ灯篭の灯りが、風に吹かれ小さく揺れると、いつの間にか増えているギャラリーの影を少しだけ歪めた。騒めくコヨミのたもとでトランプに興じる男4人を見守る様に月までもが、既に沈んだ太陽に照らされたその半身を俺たちの正面に向けていた。


「そいやぁ今日は満月だな。コヨミ使えば何月何日か分かんのかて」


 デックをシャッフルし終え、配り出そうとしている氏家に唐突に質問を投げかけると、氏家は手を止める事なく俺の問いに答えた。


「慣れればコヨミを使わなくても分かるんだけど、今日は7月15日だね。コヨミの上部に扇形の飾りがあるだろ?その中心に穴が空いてて、その穴から北極星と月をそれぞれ結んだ線の角度で何月かが分かるんだ。あとは月の形で日にちが分かるよ。今日は満月だから15日でわかり易いね。新月は1日だよ。さっきも言ったけど、ここの世界ではひと月は28日、それが13ヶ月で一年だからね」


「ふーん、よぉ出来とんな。でも雨だったり曇りん時はどうすんだて」


「星と月が見えない時はどうしようもないね」


 自分で聞いといて何だが、この世界で日付を気にしなきゃならん事なんかあるのか?氏家が頑張って作っただあろうこのコヨミの存在に疑問を抱きつつ、鬼大富豪は終盤戦に差し掛かった。


 ★8thゲーム


 俺の手札

 S3,H3,S5,S6,H6,D6,S8,S9,SJ,DJ,SK,HA,S2,NJ×1,OJ×1


 氏)H4,D4→和)H9,C9→今)SJ,DJ→武)SQ,HQ→氏)PASS→和)PASS→今)PASS…/

 武)D789→氏)PASS→和)PASS→今)PASS…/

 武)C4→氏)H8…/

 氏)H5,C5→和)PASS→今)PASS→武)HK,DK→氏)PASS…/

 武)C3→氏)C8…/

 氏)S7,C7→和)PASS→今)PASS→武)H2,C2→氏)PASS…/

 武)H10→氏)CQ→和)CK(縛り)→今)PASS→武)PASS→氏)OJ…/

 氏)C10,D10→和)DQ,OJ(縛り)→今)PASS→武)PASS→氏)D2,OJ…/

 氏)DA(上がり)→和)PASS→今)S2→武)OJ…/

 武)CJ→和)CA(縛り)→今)PASS→武)PASS…/

 和)D35,OJ→今)S89,OJ→武)PASS→和)PASS…/

 今)HA→武)PASS→和)PASS…/

 今)S6,H6,D6,NJ(革命)→武)PASS→和)PASS…/

 今)SK→武)PASS→和)HJ→今)S3→和)NJ…/

 和)S10→今)H3→武)PASS→和)PASS…/

 今)S5(上がり)…終了


 ●結果(通常革命×1)…レート2倍

 一位:氏家(+60)+170

 二位:今泉(+20)+3030

 三位:武石 残り1枚(-20)-3050

 四位:和田 残り3枚(-60)-150


 結果はどうあれ、このゲームで俺がしなければならないお膳立ては全て揃った。この後はただの消化試合だ。このトンチキゲームが終わった後の氏家のアホ面が見ものだな。


「今泉くん、勝ちは一番多いけどこんなんじゃ目標の金額は到底無理だよ?大丈夫?」


「確かにこんなんじゃ無理だわな。でもそれはよぉ…、まぁええわ。それより今の内に言っとくけど、俺はお前のケツ毛なんぞ買い取るつもりねぇでそのつもりでおれよ」


「…、分かってるよ」


 ★9thゲーム


 俺の手札

 D3,H4,S6,D6,S8,H9,C10,CJ,HQ,CQ,SK,DK,C2,D2,NJ×1


 和)S5→今)H9→武)S10→氏)CK→和)PASS→今)D2→武)PASS→氏)PASS…/

 今)C10JQ→武)PASS→氏)PASS→和)PASS…/

 今)S6,D6→武)SJ,DJ→氏)SQ,DQ→和)PASS→今)PASS→武)PASS…/

 氏)C345→和)H678→今)PASS→武)PASS→氏)PASS…/

 和)D910J→今)PASS→武)PASS→氏)PASS…/

 和)S9→今)HQ→武)PASS→氏)H2(縛り)→和)PASS→今)PASS→武)PASS…/

 氏)S4→和)C8…/

 和)H10→今)C2→武)OJ…/

 武)S3,H3→氏)S7,C7→和)PASS→今)SK,DK→武)HA,DA→氏)PASS→今)PASS…/

 武)D4→氏)D5(縛り)→和)PASS→今)PASS→武)PASS…/

 氏)S2,NJ,OJ×2(革命&上がり)→和)PASS→今)PASS→武)PASS…/

 和)SA,CA→今)PASS→武)C9,OJ(縛り)→和)OJ×2…/

 和)HK(上がり)…終了


 ●結果(革命上がり×1)…レート50倍

 一位:氏家(+4000)+4170

 二位:和田(+2000)+1850

 三位:武石 残り4枚(-2000)-5050

 四位:今泉 残り4枚ジョーカー×1(-4000)-970


「たくやくん、大丈夫なのかなぁ…」


「たくちゃんどうかしたんですか?ももこさま」


「うん…。今のでプラスだったのが一気にマイナスになっちゃったの」


 俺の背後であんずと桃子が心配の声を上げていた。それもそうだ、このゲームで本日最大の負けを喫してしまったからだ。そのマイナスは俺の支払い能力を大きく上回っていた。だが何も心配する事はない。俺が欲しかったのは、最後のゲームのディーラの権利だ。それさえ手に入ればいくら負けようが取るに足らない事なのだ。


「次でこの鬼大富豪も終わりだね。少しは楽しんでもらえたかな?本当は今泉くんの救済処置の為に設けた場だったんだけど…」


「何が救済処置だて。イチイチ癇に障る野郎だな。それと何終わった気でおるんだ、あと一回残っとるがや。下らん御託並べてぇなら全部済んだ後にしろ、このダボハゼが」


「そうだね…、これは失礼した(ダボハゼって何だろう…)」


 氏家に毒づき、俺はトランプの束を手にした。このデックも手に馴染んできた事だし、最後の仕上げと参るか…。


 ★LASTゲーム


 俺の手札

 S3,H3,C3,D3,SA,S2,H2,C2,D2,OJ×6


「ちょ、ちょっと待って!それはおかしくないッ!?」


 全てのカードを配り終えた頃、氏家が意義を唱えた。まぁそうなるわな。俺の手札は明らかにおかしい。他のデックから持ってきたという例のオープンジョーカーが全て俺の手中にあるからだ。何かしたに決まっている。だがこいつは気付くのが遅すぎた。


「文句あるなら配っとる時に言えや。こんな簡単なサマも見抜けねぇ甘ちゃんが。これは賭け事だぞ?気ぃ抜いとる方が悪いに決まっとるがや。それによぉ、お前らだって互いの手札共有しとったじゃねーか。俺が気付いてねぇと思ったんか、たわけ」


 そう、こいつらは3人ともグルだ。消去法で俺の手札を明かし、氏家がゲームをコントロールしていた。しかし、その行為は本来勝つ為にやるものだ。俺が一番腹を立てているのは、3人で俺を嵌めながら俺に勝とうとしていない事だった。何がしたいのかは分からないが、酷く馬鹿にされた気分がして腹の虫が収まらなかった、だからブチのめす事にしたのだ。


「んじゃ、チャッと始めんぞ」


 俺の意見に反論出来なかったのか、氏家らは甘んじて最後のゲームに臨んだ。


 今)S3,H3,C3,D3(革命)→武)PASS→氏)PASS→和)PASS…/

 今)S2,H2,C2,D2(革命)→武)PASS→氏)PASS→和)PASS…/

 今)SA,OJ×2→武)PASS→氏)PASS→和)PASS…/


「おい、あんず。ちょっとこっち来てくれん?」


「は、はい!」


「アレ持っとるよな?」


「これですか?たくちゃん」


 最後の一手を打つ直前、俺はあんずを傍に呼んだ。道中に渡した石を持たせて彼女を俺の隣に置き、俺は武石に話しかけた。


「武石、よぉ聞けよ。俺はこれで上がるけど、返せる奴はおらんはずだ。必然的に次はお前のターンになる…。お前がよほどの馬鹿じゃなけりゃ俺の様に1ターンで全て出せる手札にしといたでよぉ…。お前と氏家の間柄なんか知ったこっちゃねぇが、氏家に義理立てすんなら好きにしろ。ただ、氏家に番が回った瞬間……。あんず、それ潰せ」


「はいッ!」


 バキン……ッッ


 俺の合図と共に、あんずが握っていたこぶし大の石は粉々に砕け散った。


「お前の首から上がこういう風になるで、良く考えてカード出せよ」


 脅し以外の何者でもないあんずにさせたパフォーマンスに、周りのギャラリーたちは驚きと恐怖の形相を浮かべていた。

 童子の破壊力を初めて目にする者、改めて思い知る者、色々な反応が伺えたが、当の武石は額に汗を滲ませながら氏家と目を合わせていた。奴らが意志の疎通を行うのを遮る様に、俺は残りのカードを全て吐き出した。


「これで上がりだ…」


 今)OJ×4(ジョーカーのみ革命&上がり)武)PASS→氏)PASS→和)PASS…/


「武石くん、俺たちの完敗だよ。俺に番を回さなくていいから、上がってくれ」


 どうすれば良いのか、答えを探し倦ねいている武石に向かって氏家は指示を出した。本当こいつらの関係って何なんだろ?


 武)S456→氏)PASS→和)PASS…/

 武)SK,HK,CK,DK(革命)→氏)PASS→和)PASS…/

 武)S8,H8,D8,NJ(革命)…/

 武)SJ,HJ,CJ,DJ(革命&上がり)…終了


 ●結果(通常革命×4、革命上がり×1、ジョーカーのみ革命上がり×1)…レート80000倍

 一位:今泉(+2400000)+2399030

 二位:武石(+1200000)+1194950

 三位:和田 残り15枚(-1200000)-1198150

 四位:氏家 残り15枚ジョーカー×1(-2400000)-2395830


 アホみたいなレートを記録し、この『鬼大富豪』の幕は降りた。結果は俺の圧勝と氏家の大敗だった。武石と和田は…、どうでもいいや。


「さぁ、それじゃあ精算といこうか。なぁ、氏家」


「……あぁ、負けた分はちゃんと払うよ。でも少し待ってくれないかな?240万もの貝はとても一度じゃ運べないんだ…」


「て事は、貝自体は持ち合わせがあんだな?じゃあええわ、分割で払ってもらえりゃ。そん代わり多々良場でしっかり働いて貰うでな。支払いが終わるまでお前の文句は一切受付んし、俺に舐めた口聞いたらあんずにボコらせる。ええな?」


 少しやりすぎな感は否めないが、俺は本当に氏家の事が気に入らないし、『鬼大富豪』を仕掛けて来たのもこいつの自業自得だ。なぜなら、このゲームの考案者の一人に俺がいるからだ。

 元々はただの遊びで始めた仲間内の大富豪が、金を賭ける様になってどんどんルールを追加していった成れの果てが、ジョーカーを増やしたこの特殊な大富豪だ。その面白さに数多くのカモたちが挑んで来たが、その度にボコボコにして身包みを剥いでやった。

 こと賭け事に関しては、俺の生命線でもあった。家族を失った俺は、そうやって生き延びるしか他なかったのだ。だからこそ、舐めた打ち方をする氏家たちが許せなかった。


「明日の昼頃多々良場に来い。打ち合わせするでよ。そん時持って来れるだけ貝持って来いよ」


「分かったよ…」

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