デート10
「わ、わかった」
断る理由がない。
恵一は首が痛くなる勢いで、こくこくと頷いた。
「そうとなったら、萌、すぐ帰ろう。今夜あいつが来ない保証はないだろ? 暗くなってからだと何かヤバそうじゃないか。
悪いけどいつもの部屋、しばらく借りるぞ」
「いつもの部屋」と言うのは、萌の家の客間のことだ。
恵一は萌の家に泊まるとき、いつもこの部屋を使用している。
今回も当然この部屋に厄介になるつもりでいたのだが、想定外のことが起こった。
「無理かな。今、じいちゃんとばあちゃんが使ってる」
「何で」
「何でって、正月だし。兄さん知らなかったの? じいちゃん達から何も聞いてない?」
「聞いてない。
ってか、あの人達、俺が正月どうするか聞いたときは山梨で温泉巡りするって言ってたんだけど……」
「温泉行く気分じゃなくなったんじゃない」
「はあ……。あの人達のことだから、お前ん家にも思いつきで来たんだろ? 萌、姉さんから正月にじじばば来るって聞いてたか?」
「いや」
「だろ? ったく。
最近、ますます酷くなって来た。俺を呼んだら、説教くらうとでも思ったんだなきっと」
思いつきで行動するのは母の悪い癖だ。その癖は実の娘であり、恵一の姉のめぐみにも色濃く受け継がれているのだが、それはまあ、置いておくとして……。
去年の秋、恵一が生死の境を
当初は登山の予定だったのだが、ようやく連絡が取れたときには、何故か「あざらし」を見に滋賀県まで行っていたらしかった。
ぽや〜んとした母の声が蘇る。
『
「びわちゃんって何だ!海の繋がらない琵琶湖への侵入経路はどこだ!」
思い出すと気持ちが荒んで来る。
連絡がつかなかったから仕方がないが、謎のあざらしに存在の重さで負けた気がする。
「はぁ、わかった。じゃあリビングで寝るからいいよ」
いつもの部屋が両親に占拠されていては致し方ない。
「……リビング、エアコン壊れてるよ」
「じゃあ、ヒーター貸して」
「去年壊れてから買い換えてない」
「いや、直せよ。……まあ、良いや。我慢するよ」
「何で?」
「え?」
「俺の部屋に泊まればいい。前だって泊まってたんだから」
十分寝れるスペースあるよ、と言う萌に、恵一は咄嗟に口にしていた。
「そりゃそうだけど、あのとき俺、透けてたじゃないか」
「……透けてないと何か問題でもあんの?」
「え?」
「生身だとどんな問題が起こると思ってる?」
「っ。……いや、別に。そんなことないけど」
静かな萌の瞳には、わずかに面白がるような色が浮かんでいる気がした。
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