84 怪しい雲行き


 轟々と燃え盛る炎は、恰も怒りの体現であるかのように、烈火の勢いで何もかもを焼き尽くす。

 周囲を火の海に変えた炎を眺めつつ、その光景に満足するのだけど、なぜか首筋にピリピリとした嫌な感覚が走る。


 生きているのかも……まあ、あれだけの魔法を使う奴だ。生き延びていても不思議はないか……いや、やつのことだ――


 警戒を緩めることなく、もしやと感じて背後を仰ぎ見る。


「めちゃくちゃしやがるな……つ~か、これがお前の本気か?」


 やっぱり生きてた……にしても、速過ぎるよ。いつの間に回り込んだのさ。


 案の定、生きていることを不満に感じて、奴に不遜な態度を向ける。


「何言ってんの。これでも本気じゃないんだけど」


「マジかよ! こりゃ、参ったな……てか、お前、どこから来たんだ? 北板にお前みたいなガキが居るなんて聞いてないぞ」


 どうみても生意気な態度だと思うのだけど、祭はそれを気にせず、言葉ほど驚いていなさそうな態度で話を代えてきた。

 その口ぶりからすると、多分、北板連合のことを色々と調べたのだと思う。


 まあ、僕の情報が出てこなくても仕方ないよね。だって、北板が連合国に参加したのはついさっきだし……それよりも、この人……カッコイイところがムカつくけど、なんか悪い人だと思えないんだよね。


 まだ二十代半ばくらいに見える祭の雰囲気から、この男が率先して北板連合を攻めてきた理由が気になり始める。


 そういえば、僕等を悪だと言ってたのも気になるし……


「ねえ、どうして北板連合を攻めたの? なんで、こんな惨いことをするのさ」


 感じていた疑問をそのまま言葉にすると、奴は眉間に皺を寄せて声を張り上げた。


「はぁ? ふざけんなよ! てめ~らが先にちょっかいかけてきたんだろうが」


 えっ!? 先に手を出したのは北板なの? それってどういうこと?


「黒鵜君、何をしてるの!? その人は誰?」


「うおっ! なんだ、その歌姫みたいな女は!? 羽まで生えてるし、コスプレじゃね~のか?」


 奴の返事を聞いて疑念を抱いていると、自分のやるべきことを済ませたのか、ショート着物姿の氷華が舞い降りてきたのだけど、その特殊な服装を目にして、祭が顔を引き攣らせる。

 ただ、彼女としては、その態度が大いに気に入らないみたいだ。


「なに、この失礼な男! ちょっと見た目がいいからって、調子に乗ってるのね。少しお仕置きした方がいいんじゃない?」


 あ~、やっぱり、氷華から見ても格好いいんだ……ちぇっ、僕だって……


 憤慨する氷華を他所に、全く場違いな感想を抱いてしまう。というか、劣等感と嫉妬が心の中で渦巻く。

 僕だって、本当は格好良くなりたいんだよ? だけど、ルックスがね……

 持って無い者としては、あまりの格差にガックリと肩を落としてしまうのだけど、そんなことなどお構いなしに、祭と氷華が罵り合いを始めた。


「なんだと!? オレがお前等如きにやられるかっての。ていうか、なんだその格好。恥ずかしくないのか?」


「むぐっ! これのどこが恥ずかしいのよ。私よりもそっちの格好の方が恥ずかしくない? なに、そのブーツカットのジーンズに裸シャツとか、格好いいと思ってるの? どこのカッペよ。ああ、都下なら仕方ないわね」


「むかっ! カッペだと!? これのどこがカッペだってんだ! ああ、厨二を病んでる小娘に分かる訳もないか」


「くっ、失礼ね。誰が病んでるのよ! ほんとに最低ね。ねえ、黒鵜君、凍らせていいわよね? いえ、永久凍土に埋めてもいいよね?」


 実際のところ、どっちもどっちなのだけど、僕的には祭の服装に違和感はない。というか、どちらかというと、格好いいと思ってしまう。ただ、きっと、自分には似合わないと思う。

 いやいや、そんなことはどうでも良いんだ。二人とも、そろそろ話を進めないか? なんか色々と誤解がありそうなんだけど……


 祭と氷華の口喧嘩がエスカレートするのだけど、今はそれどころではない。

 いい加減、なんとか話を進めようと感じたところで、またまた空から何かが降ってきた。


「こっちは、終わったぞ~! そいつで最後か?」


 そう、やはり自分の分担を終わらせた一凛が空から急降下してきたのだ。

 ただ、彼女の登場は、新たな混乱を生んだ。


「何やってんだ? さっさと片付けちまおう……ぐあっ、じ、迅兄じんにい……」


「えっ!?」


「なに、一凛、あなた知り合いなの?」


 降ってくるなり、息巻くビキニアーマー姿の一凛が凍り付く。

 彼女の言葉は、僕と氷華を驚かせることに成功する。思わず一凛と祭を交互に見やる。いや、どうやら祭も驚いているようだ。


「い、い、一凛か? な、ななななな、なんだ。その格好は!」


「ぐあっ! 見るな! 見るな! 迅兄! 目潰しするぞ!」


「ぐぎゃっ! いてーーーーー! このバカ、潰してから言うな! ぼけっ!」


 一凛から放たれた咄嗟の目つき攻撃を食らって、祭はその場に蹲り、両目を押さえたまま罵り声を轟かせるのだった。









 両目を押さえて蹲る祭を前にして、一凛は何処からか取り出したローブを羽織った。


 恥ずかしいなら変身を解除すればいいのに……てか、アイノカルアなら分かるけど、日本でローブ姿の方がおかしくない? だいたい、なんでいまさら恥ずかしがるのさ……恥ずかしいならやらなきゃいいのに……


 色々とツッコミどころは満載なのだけど、今はそれよりも気になることが山ほどある。


「ねえ、一凛、迅兄って、兄妹じゃないよね?」


「ああ、迅兄は従兄なんだ。生き残ってたんだな。てか、なんで迅兄がここに居るんだ?」


 従兄がここに居ることを不思議に思ったのだろう。ローブ姿の一凛がコテンと首を傾げる。

 そんな彼女に、祭から聞いた言葉をそのまま伝える。


「どうも、西東京グループのリーダーらしいよ?」


「マジかよ! ビビリだったあの迅兄が? ブリーダーの間違いじゃないのか?」


 ブリーダーって……それに、ビビリだったんだ……この格好とか、もしかして無理してる?


 一凛の言葉で少しばかり親近感を抱くのだけど、隣に立つ氷華がしたり顔で毒を吐く。


「そういうことなのね。この男、それで態度が悪くて失礼なのね。やはり血は争えないわ」


「はぁ? それって、どういう意味だよ!」


「どうって、そのままよ」


「まあまあ、それよりも気になることがあるんだ」


 まなじりを吊り上げる一凛と不遜な態度を執る氷華を宥めつつ、振り出しに戻っては元も子もないと考えて、即座に話を代える。

 すると、即座に氷華が食いついてきた。


「気になること?」


「ん? 何があったんだ?」


 氷華に続き、一凛も視線を向けてくる。


「うん。どうやら、先に北板連合が都下……西東京グループにちょっかいを出したみたいなんだ」


「えっ!? それって本当? もしそうだとしたら……」


「マジかよ……てか、迅兄は小心者だからな。自分から攻めるなんで無理だろ」


 事情を説明すると、氷華は驚きを見せたものの、それを収めるなり腕を組んで考え込む。

 一凛に至っては、なぜかニヤリと嫌らしい笑みを浮かべ、横目で祭を見やる。

 ただ、一凛の台詞を看過できなかったのだろう。両目の痛みから復帰した祭が罵り声を放った。


「うるせっ! さっきから好き勝手言いやがって! だいたい、本気で目を突きやがって、失明したらどうしてくれんだよ。それに、一凛、これはどういうことなんだ!?」


「うちのあられもない姿を見るからだ! てか、うちは黒鵜連合国代表、黒鵜与夢の彼女だからな。害をなす者を滅ぼすだけさ」


「その黒鵜連合とやらが、なんで北板の肩を持つんだ?」


「ん? だって、北板が黒鵜連合に入れてくださいって、泣いて頼むからさ」


 あのさ~、北板の泣いて頼むは置いておくとしても、自分の好みでビキニアーマーなのに、あられもない姿を見たからって責めるのはどうかと思うよ? まるで振り込み詐欺みたいじゃんか。それに、黒鵜連合国ってなにかな? 勝手に国名に僕の名前を使わないでよね……


 一凛の返事は、もう突っ込むのも疲れるくらいに呆れる内容なのだけど、氷華は黙っていられなかったみたいだ。


「あられもないって、それは胸がないのにビキニの所為じゃないの? だいたい、黒鵜君は私の彼氏でもあるんだから、うちの・・・は止めてくれないかしら」


「な、なんだと! うちより小さい癖して」


「なんですって! どこが一凛よりも小さいのよ」


「どこがって、胸に決まってんじゃんか! 地平線に干しブドウの癖しやがって」


「むきーーーーーーーー! 誰が地平線なのよ! 絶壁ビキニ!」


 相変わらず、乳ネタになると炎上するよね。てかさ、氷華の場合、そのネタだと必ず反射で返ってくるんだから、やめればいいのに……どう考えても、同じ穴のむじなだよ?


 全く進歩のない口喧嘩を始める氷華と一凛を見やり、ガックリと肩を落として深い溜息を吐く。

 すると、祭がコソコソと声をかけてきた。


「おいっ! よくこの二人を彼女にしたよな。二人も彼女が居るのはどうかと思うが、ひとつ忠告してやる。女は見た目じゃないぞ。ああ、乳はあるにこしたことはないけどな」


 どうやら、祭からすると、氷華と一凛は見栄えはするけど、性格に難ありだと言いたいのだろう。

 でも、二人ともツンの時はキツイけど、デレの時は可愛いんだよね。てか、彼女は二人だけじゃないんだけどね……


「こう見えても、二人とも優しいんだよ?」


「ふ~ん。お前、物好きなんだな」


 二人の素を知っている者としては、祭の言葉を否定するしかないのだけど、現在の二人を見て誰が優しいと感じるだろうか。

 案の定、奴は胡乱な視線を向けてくるのだけど、どうやらその言葉は口喧嘩を続ける彼女達の耳に入ってしまったようだ。


「そこっ! うるさいわ、氷漬けにするわよ!?」


「迅兄、目だけじゃなくて、口も塞いでやろうか?」


「もう、二人とも止めなよ。日が暮れるよ? それよりも、少し話し合わない? できれば無益な戦いはしたくないんだよ。二人ともそうでしょ?」


 直ぐに脱線する二人に釘を刺すと、彼女達はバツの悪そうな表情で頷く。


「そ、そうね。ごめんなさい」


「う、うむ。すまん」


「ほ~っ、尻に敷かれてる訳でもないのか!? うぐっ……失言でした」


 ねえ、あなたは黙っててくれない? また炎上するからさ……


 せっかくほとぼりが冷めたのに、油を注ぎそうな祭に半眼を向ける。

 というか、氷華と一凛から冷たい眼差しで串刺しにされて、祭は塩をかけられたナメクジが如く身を縮めることになるのだった。









 人の印象とは、色々と知ることでガラリと変わるものだ。

 当初、祭をハードボイルド風で格好いいと感じていたのだけど、蓋を開けてみるとその様相に相反して、すこぶる真面目な人物に思えてきた。

 なにしろ、一凛が色々と暴露した所為で、完全にメッキが剥がれてしまったのだ。

 それでも、祭は自分のスタイルを死守するつもりなのか、必死に平静を取り繕いつつ、ここまでの経緯について話してくれた。


「――そんな訳で、オレ達も腹に据えかねたって訳だ」


「先に北板連合が縄張りを荒らしたのも問題だけど……」


 祭の話が本当かどうかは分からない。ただ、随分と雲行が怪しくなってきた。


「そうね。それも問題だけど、薬は頂けないわ」


 氷華が顔を顰めるのも当然だ。なにしろ、ここ北板連合の主産業が麻薬だというのだ。

 ただ、その話を信じようにも、少しばかり突拍子もなさすぎる。

 多分、一凛もそう考えたみたいだ。半眼を従兄である祭に向ける。


「てか、麻薬なんて作ってどうするんだ? お金なんて価値がないし、売れないだろ。迅兄、うちらを担いでるんじゃないよな?」


「お前を担いだって、なんの得もね~よ。重いだけだろ」


「ああ、迅兄って、自殺願望があったんだ。それならそうと言えよ。直ぐに逝かせてやるぞ」


「ま、まて、ちょっとまて! 冗談だ! 冗談! お前、ちょっと過激に成長してないか?」


 うん、思いっきり過激になってるよね。知り合ったころはここまでじゃなかったんだけど……やっぱり、血の所為なのか……いや、今はそれよりも北板の件だ。


 迫る一凛から即行で逃げ出す祭を他所に、氷華のみならず、一凛の変化にも疑問を抱く。

 だけど、今はそれについて考えている場合ではない。


「祭さん、申し訳ないけど、仲間を引かせてもらえるかな」


 まずは、戦いを終わらせることを優先に考え、祭に提案してみる。

 だけど、色々と面白くないのだろう。奴は思いっきり顔を顰めている。


「引かせるもなにも、お前等、無茶苦茶しすぎだ! 物凄い被害だぞ」


 確かに、やたらめったら暴れたからね。氷華なんてみんな氷漬けにしてるだろうし、一凛は容赦なく亜空間に閉じ込めてるのかな?


「まあ、それに関しては申し訳ないんだけど、一応、みんな殺してないはずだから、治癒に関してはこっちでなんとかするよ。身体の欠損についても治るよ。それでいいよね? 氷華、大丈夫だよね? 一凛も逝かせてないよね?」


「え、ええ……」


「あ、ああ……」


 マジなの? 君達、暴れすぎでしょ。まあ、僕も二人のことは言えないけどね……


 視線を逸らしながら、あいまいな返事をする氷華と一凛に呆れてしまう。

 ただ、ここで苦情を言っても始まらないし、同じ穴のむじなとしては、指摘しても反射されそうな気がする。


「ちぇっ、まあいいや、一応、それでいいとして、これからどうするんだ?」


 どうやら、祭としても無駄な戦いを好まないようだ。渋面となりながらも頷く。ただ、これからについてを気にしているみたいだ。


「取り敢えず、眞銅君と話してみよう。もし、祭さんの話が本当なら、それなりの謝罪をするべきだし。一緒に来てもらえるかな?」


「一緒に行くのはいいが、まさか嵌めたりしないよな?」


 これからの行動について説明すると、訝しげな視線を向けられたのだけど、氷華と一凛がたちまちツッコミをいれた。


「嵌める必要がどこにあるの?」


「迅兄を逝かせるくらいのことで、そんな手間をかける必要なんてないだろ?」


 実際に戦ってみた印象からすると、そう簡単に倒せるとは思えない。でも、三人で掛かれば負けることはないだろう。

 だけど、祭はそう思わなかったみたいだ。思いっきり眉を顰めて毒を吐く。


「ちっ、ほんと強気な奴等だ。お前等、そんなんじゃ、いつか痛い目に遭うぞ」


 まあ、誰でもそう思うよね? 実際、トラブルだらけだし……


「あははは。大丈夫だよ。もう散々と痛い目に遭ったからね」


「ふんっ!」


「氷華がな!」


「何言ってんの、一凛もだよね?」


「ふぐっ……」


 氷華が頬を膨らませてそっぽを向くと、一凛が自分じゃないと首を横に振る。

 でも、それは真っ赤な大嘘だ。二人に限らず、僕等は散々と酷い目に遭っているのだ。

 まあ、だからと言って、もう痛い目に遭わない訳ではないし、これからも酷い目に遭うことだろう。


 こうして戦いを一旦は収め、僕等は祭を連れて、根本原因を突き止めるために帝京大学へと足を向けたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る