72 同盟会議
一時は大乱闘となることを覚悟したのだけど、
「まずは、遠路はるばるご側路頂き、ありがとうございます。
九重さんは、にこやかに挨拶を済ませると、さっそくとばかりに現状の報告を始めた。
「みなさんもご存知の通り、一年前の災厄で、この日本という国は崩壊しました。いえ、日本どころか世界の国々が崩壊しているようです。特に、アジアは酷いようですけど――」
「九重、そんな前置きはいいから、さっさと進めろ。時間が勿体ないぞ」
話が世界情勢に飛んだところで、
確かに、彼女の言う通りかも......もしかして、九重さんって話し好きなのかな? ああ、坊さんだって言ってたし、説教好きなのかも......
「うほんっ、失礼しました。少し飛躍しすぎましたね。話を戻します――」
本人も尤もだと思ったのか、少しばかりバツが悪そうにしながら話を進めた。
彼の話では、埼玉では埼玉連合国ができあがり、千葉と茨城はチバラギ国となったようだ。
なんか、埼玉はまだしも、チバラギとか、誰が名前を付けたんだ? って感じだ。
僕の勝手なイメージからすると、ヤンキー王国のように思えて仕方ない。
「――埼玉連合やチバラギ国は、生産系に力を入れていて、自給自足に取り組んでいるようです。それ故に、今後の方針しだいでは、敵対国ではなく、取引国として付き合える可能性があります。ところが、東京、神奈川地区は最悪です。そもそもが生産に向いていない地域と言うこともあって、略奪を主としたグループが多いようです」
その話が出た途端、なぜか、北板連合の
おそらく、他の地区からちょっかいをかけられることが多いのだろう。
まあ、うちも台東区から攻められたことを考えると、他人事ではない。
ただ、葛飾の狂犬は、黙って頷く気になれなかったみたいだ。
「あんなゴミ共、みんなあたいが蹴散らしてやるぜ」
彼女の気持ちは分からなくもないのだけど、犠牲は少ない方が良いし、それ以前に、やはり戦いがない方が良いと思う。
まあ、今更、僕が言うのも滑稽な話かもしれないけど、今の僕ならそう考えることができる。
「そうですけど、ただでさえ魔物も居ますから、人間同士が争っている場合ではないですよね?」
「ちっ、とにかく、話を進めな」
うむ。九重さんの言う通りだ。魔物のことを考えたら、人間同士の諍いなんて不毛だよね。
てか、魔物といえば――
「その魔物に関してですが、一年経っても、いまだに何も解明できていません。出なくなったかと思えば、集団で押し寄せたりする状況です」
僕が魔物について考えていると、九重さんがそれについて言及した。
それについて、僕が知っている情報を教えてあげるべきかと考えたのだけど、氷華が小さく首を横に振るので、そのまま口を閉ざしてしまった。
そう、魔物についてだけど、ベラクアから少しだけ教えてもらったのだ。
異世界とこの世界は見えない通路で繋がっていて、魂はどちらにも行ける状況となっているようだ。
そして、魔物の絶対数は決まっているとのことだった。
というのも、一般的な魔物は、繁殖で数を増やすのではなく、精霊と同じように、無から生まれる存在らしい。
だから、どこかで一定数を倒すと、別の場所で生まれるという訳だ。
簡単に言うなら、この世界とアイノカルアを合わせた二つの世界が、一つのダンジョンになったようなものだと考えればよいかもしれない。
なので、魔物を撲滅することは不可能であり、特定地域に押しやっておくのが安全だと言えるだろう。
ただ、繁殖をする魔物も居る。それは、巨竜や聖獣と呼ばれる部類――上位の生物においては、人間と同様に繁殖で種族を繁栄させるらしい。
まだ、信用するなって話なのかな?
首を横に振った氷華の真意を探るのだけど、やはり、僕にはそういった機微を悟る行為は向いていないみたいだ。
結局、それを棚上げして、九重さんの話に耳を傾ける。
「――実際、足立にはベヒモス、葛飾にはマンティコア、板橋にはサイクロプス、尋常ではない魔物が現れて街を荒らしまわりました」
ん~、ベヒモスに比べると、あとの二種はそれほどでもなさそうじゃん。
九重さんの話を聞いて、思わず不謹慎な感想を抱いていると、狂犬――眞知田さんが感嘆の声を漏らした。
「それにしても、九重はすげ~な。よくベヒモスなんて退けたよな」
えっ!? ベヒモスを退けたのは僕だけど?
「いえ、私は何もしてませんよ」
僕が疑問を抱いていると、九重さんは首を横に振った。
しかし、彼女は、その態度を謙遜だと感じたのだろう。
「何言ってんだ。お前が何とかしなきゃ、足立は全滅していたはずだぞ。いや、北板も、葛飾も、今頃、悲惨な状況になってただろうさ」
確かに、あれを放置してたら、足立区どころか、葛飾区も更地になるだろうね。てか、もう来ないでね。
あの巨大な魔物を思い起こして身震いする。だって、今の僕ではとても太刀打ちできないからだ。
思わず心中で懇願する僕を他所に、九重さんと眞知田さんの会話が続く。
「本当ですよ。私は何もしてませんよ」
「だったら、ベヒモスは誰が葬ったんだ?」
「おそらく、神が降臨したんですよ」
「けっ! うんなもんが要る訳ね~だろ。もし居たら、あたいがぶっ飛ばしてやるよ。こんな世界にしたツケは払ってもらわないとな」
ああ、葵香。ぶっ飛ばすとか言われちゃって、ピンチだよ?
僕が可愛い幼女のことを思い出していると、九重さんがチラリと視線を向けてきたのだけど、直ぐに素知らぬ顔で話を元に戻した。
「さて、話を戻しますが、我ら四地区の状況について、最も発展しているのが荒川自治区さん、生存者が一番多いのが北板連合さん、戦闘力を持っているのが葛飾王国さん、足立国は一番土地が広いです。そんな訳で、どの地域も一長一短というのが現状です。だから、この四地区が同盟を組んで力を合わせれば、向かうところ敵なしだと考えたのです。ああ、戦いという意味ではないですよ」
なるほど、九重さんの言う通り、うちは僕等の戦闘力が突出しているけど、荒川地域の全てを守るほどの力はないし、開拓に関しても、人員や広大な大地がある訳じゃない。
そう考えると、他の地区も色々と問題を抱えていそうだけどね。
確かに、うちは今の規模なら、なんとでもやっていけるけど、このまま鎖国する訳にもいかないんだよね。だって、生活用品がいつまでも確保できるわけじゃないし。
実際、現状では生活用品をなんとか確保できているのだけど、工業の停止したこの国で、いつまでも生活用品が手に入るとは限らないのだ。
結局、現状の整理については、誰もが九重さんの意見に反論することなく、首を縦に振ることになったのだった。
現状の整理が終わったところで、一旦は休憩となり、各責任者は与えらえた教室で休憩を執ることになった。
おそらくは、情報を整理する時間をくれたのだろう。
「それにしても、あの九重という人の情報量は凄いな」
「まさか、私の苗字を知っているとは......偽名......」
ああ、いま、偽名と言おうとしたよね? まあ、分かってたけど......
一凛に続いて、九重さんの情報量に驚いた氷華が墓穴を掘る。
すると、それに続いて、萌も驚きの声をあげた。
「まさか、あたしの名字まで知ってるとは思わなかったよ」
彼女が驚くのも当然だろう。こっちの世界に連れてきてから、誰かに彼女の名字を教えた記憶がないのだ。
だから、彼女の名字を知っているのは、僕等だけのはずなのだ。
「愛菜、どうしたの? トイレかしら?」
誰もが九重さんの情報収集能力に驚いている中、氷華が愛菜に声をかけた。
チラリと見やると、彼女は確かにモジモジとしている。
「トイレなら、一凛、付いて行ってあげて」
「ちっ、しゃ~ね~な~」
「ち、違うんです」
仕方なしと言わんばかりの一凛が席を立つと、愛菜は慌てた様子で両手をパタパタと振る。
ならば、どうしたのかと尋ねようとしたのだけど、途端に彼女は頭を下げた。
「ご、ごめんなさい」
「ん? なにを謝ってるの?」
「ああ、そういうことね?」
僕には、愛菜の言動が理解不能だったのだけど、どうやら、氷華は何かに気付いたようだ。
「ねえ、氷華、どういうこと?」
言い難そうにしている愛菜から視線を外し、氷華へと向ける。
すると、彼女は肩を竦めて溜息を吐いた。
「はぁ~、知り合いだったのね」
「はい。お爺ちゃんと九重のオジサンが知り合いで......」
ああ、そういうことか、僕等の名前を知っていたのは、愛菜が情報を漏らしていたからなのだ。
「まあ、名前の件はインチキだったとしても、あの情報量は凄いぞ?」
「それについては、その通りね」
一凛の感想は間違っていない。それを理解している氷華も反論することなく頷いた。しかし、氷華は直ぐに別のことについて口を開いた。
「それで、同盟についてどう思う?」
「僕はいい話だと思うけど?」
「うちも反対する要素はないな」
「いいんじゃないかな~。人間同士が争っている場合じゃないだろうし」
「私も賛成です」
僕に続き、一凛、萌、愛菜の三人が同盟に賛成すると、氷華は再び溜息を吐いた。
「私は反対だわ。いえ、条件しだいかな。同盟自体は悪くないと思うけど......いえ、間違いなく同盟自体がだめなのよ」
「ちょ、ちょ~~、言ってることがチンプンカンプンだよ?」
意味不明な発言に、僕が理解不能であることを告げると、彼女は申し訳なさそうに首を横に振った。
「ごめん。上手く説明できないんだけど、同盟を組むのは簡単だけど、上手くいくとは思えないの」
氷華は何を気にしてるのかな? まさか、不毛や巨乳の件が
その後も、色々と話し合ったのだけど、結論は出なかった。
というのも、僕は一人でも反対意見があるのなら、今回の話はなかったことにしようと決めていたからだ。
そして、その想いは誰もが共通だったようで、僕の意見に反対する者はいなかった。
最終的に、申し訳なさそうにする氷華に問題ないと告げ、僕達は会議室へと戻るのだった。
僕等が会議室に戻ると、既に全員が集まっていた。
「おせ~ぞ! ジャリども」
入るなり、眞知田さんから叱責が飛んできた。
ヤバいと感じて、氷華や一凛をに視線を向ける。
しかし、彼女達は顔を顰めつつも、遅れたことは事実だと感じたのか、甘んじて受け入れたようだ。
因みに、眞知田さんのお供は、二人の女性であり、どちらも同じようなマスカレードにローブといった様相だ。
「ほんと、狂犬は気が短いから困るよ」
憤りを露わにする眞知田さんに、眞銅くんが茶々を入れる。
そんな彼も二人の女性を連れていたのだけど、こちらはどちらも二十歳くらいの優しそうな女性だった。
そして、どちらも胸が薄いことが、氷華や一凛にとっては好印象だったみたいだ。
二人とも、眞銅くんにケチをつけたりしなかった。
「なんだと!」
「まあまあ」
眞知田さんが怒りを露わにするのだけど、それを九重さんが宥めている間に、僕等は自分達の席に着く。
それを確認した九重さんは、一つ頷いてが立ち上がる。
「それでは、さっそくですが同盟の話に移ります」
そう前置きした九重さんは、スラスラと話を進める。
「――という訳で、北板連合は、労働力の提供をお願いしたいです。葛飾王国さんは防衛のための戦力を出して頂きたい。それから、荒川自治区からは技術提供をお願いしたいのです」
「じゃ、土地しかない足立国は何をするんだ?」
同盟における役割の話になったとろで、眞知田さんが九重さんに冷たい視線を向けた。
チラリと横を見ると、氷華も同感だと頷いていた。
まあ、土地しかないんじゃ、自分の地域を提供するしかない。でも、今のところ、土地に困ってる人なんていなよね? だって、沢山の人が死んでしまって、土地だけは腐るほどにあるんだから。
少なからず、氷華や眞知田さんの考えを悟って納得していると、九重さんが少しばかり自慢げに口を開いた。
「足立王国からは、情報を提供しますよ」
ああ、なるほど。確かに九重さんの情報収集能力は半端ないもんね。
例外なく全員が頷いているところを見ると、それについては、誰もが納得しているのだろう。
それを見て満足したのか、九重さんが同盟の可否について尋ねる。
「それでは、同盟に賛成の方」
その声に反応したのは、眞銅くんだった。
彼は、迷うことなく手を上げていた。
しかし、僕のみならず、眞知田さんも手をあげてはいない。
「眞知田さんは反対ですか?」
僕も手を上げてはいなかったのだけど、九重さんはなぜか眞知田さんに問いかけた。
すると、彼女は椅子の背にもたれ、大きな胸を強調すると、まるで嘲笑うかのように鼻を鳴らした。
「ないない。うちを傭兵国にしようって腹積もりか? こんな同盟なんて意味がね~。うちには何も得るもんがね~じゃんか」
確かに、彼女の意見は分からなくもない。だって、うちも自治区だけでやっていけるのだ。別に同盟が必須な訳じゃない。
眞知田さんの意見に少なからず納得していると、九重さんは僕に視線を向けてきた。
仕方ない。思ったままを話そう。
僕が覚悟を決めて口を開こうとした途端、突如として氷華が立ち上がった。
「同盟なんて無意味だと思います。一時的に上手くいっても、継続できるとは思えません。だって、私達が技術提供して、他の地区の人達がそれを得れば、そのあとは、私達なんて用無しですよね?」
「ほう~、ジャリのわりには賢いじゃね~か」
氷華の意見を聞いた眞知田さんが、感嘆の声をあげる。
どうやら、少しは見直したみたいだ。
ただ、氷華としては、偉そうに張られた胸が気に入らないのだろう。褒められたのに、ニコリともしていない。
「ふむ。お二方の意見は理解しました。でも、何とか力を合わせていきたいと考えています。譲歩できる条件などがあれば良いのですが......」
困り顔の九重が譲歩の提案を口にする。
おそらく、何としてでも同盟を成立させたいのだろう。いや、もしかして......
成立させないと困る事態に陥るんじゃないのかな?
僕が深読みを始めた時だった。氷華がとんでもないことを口にする。
「同盟は無意味ですが、この四つの地域を一つの国にするのなら賛成です」
ちょ、ちょ~、氷華、マジで言ってるの? って、案外、いい案かも? 僕も今の重責から逃れられるし。実はナイスな案じゃね?
氷華の案に納得していると、眞知田さんが高らかに笑い声を上げた。
「あははははははははは。あはははははははははははは」
彼女は腹を抱えて笑い始める。
もちろん、その笑いが続くにつれて、氷華の視線が厳しくなる。
そして、僕の機嫌も悪くなり始める。
あのさ、何がそんなに可笑しいの? ちょっと、ムカつくんだけど。この乳牛、燃やしてやろうかな......
「ねえ、お姉さん、笑いすぎだよ? 失礼って言葉を知ってる? それが分からないようなら、仲良くできそうにないね」
自分の彼女が笑われて面白いはずがない。気が付けば、立ち上がった僕は彼女に冷たい言葉を浴びせかけていた。
すると、彼女は何を考えたのか、怒るどころか、頭を下げてきた。
「悪い悪い。別に悪気はないんだ。そのジャリの意見が尤もだと思ってさ。九重、お前よりも、そのジャリの方が賢いぞ」
どうやら、彼女は嘲笑った訳ではなかったようだ。逆に、氷華の意見に称賛の声をあげた。
ただ、その続きは、氷華にとって面白いものではなかったようだ。
「あたいは、そのジャリに賛成だ。だが、その国の王があたいならの話――」
「あり得ないわ」
「ないね。それだけは、絶対にないよ」
大きな胸を張る眞知田さんの言葉を耳にした途端、氷華と眞銅くんの二人は、即座に却下の言葉を口にするのだった。
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