24 暴走組


 大手のジーンズショップは、さすがとほめたたえたくなるほどに素晴らしかった。

 ジーンズは勿論のこと、シャツや下着、カバンや帽子、靴やアクセサリーなどもあり、身に着ける何もかもが揃っているように思えた。

 ただ、それは僕にとって少しばかり不運を呼び込んだように思う。


「これがいいかな? それともこっちのほうが……でも、少し地味だし……」


「何言ってるんだ。断然これだろ」


 幾つも並べた服を見比べて、氷華はあれやこれやと呟いている。

 そこへ、他の服をもってきた一凛が騒ぎ始めた。

 彼女達はどういうつもりか、自分達の服ではなく僕の恰好を何とかしたいと考えたようだ。

 そんな訳で、彼女達は様々な服を引っ張り出しては、僕を着せ替え人形にし始めたのだ。


「ちょっ、一凛、それは勘弁して」


 一凛が手にしたDQN御用達のヤンキースウェットを目にして、思わず悲鳴を上げた。

 彼女は何を考えているのか、物凄く残念そうな表情で抵抗を試みる。


「え~~~、めっちゃいいのに……通気性もいいし動きやすいし、威嚇いかくにもなるし」


「いやいや、魔物がそれで恐れを為すとは思えないんだけど……」


「あっ、それもそっか……でも、これからは敵が魔物だけとは限んないぞ?」


 相手が魔物であることを突っ込まれ頭を掻く一凛だけど、直ぐに否定の言葉を口にした。

 彼女の言う通り、今回のことで他の人も能力――魔法を使えると分かった以上、これからは魔物だけではなく、人間にも気を付ける必要があるのだ。


「よし、これとこれ、あとは、これね。黒鵜君、着てみて」


 会話なんて全く聞いていない氷華が、衣服を一式そろえて差し出した。


 またか……これで何回目か分かってんのかな~。女の子って、本当に買い物が好きだよね……もう疲れちゃったよ……次からは絶対に一人で探すことにしよう……


 いい加減に飽き飽きして、彼女が差し出す服を受けとりながら、思いっきりウンザリとした様子を隠すことなく更衣室へと入る。


 ふむ。ガーゴパンツか……これなら問題なさそう。


 これまで色んな服を着ることになったのだけど、どれも似合っているとは思えず、いい加減にウンザリとしていた。

 だけど、今回の服は割と真面だった。


 やっとだね……それで上はパーカーか……夏に長袖とかくそ暑いんだけど、これはしょうがないよね。我慢しよう。


 パーカーを着こみ、一緒に持たされた帽子をかぶる。これで完了だ。


「着替えたよ」


 着替えを済ませたことを告げつつ扉を開けると、待ってましたとばかりに氷華と一凛が近寄ってきた。


「ま~、こんなものかしら」


「なんか、普通でつまんね~」


 いやいや、普通でいいからね。


 あからさまに面白くなさそうな一凛に心中で突っ込んでいると、満足というよりは仕方なしといった様子の氷華が右手を差し出した。


「はい。これからはこれを掛けた方がいいわ」


 彼女が右手に持っていたのはサングラスだった。


「おっ、かっちょい~~、キャッツアイじゃん」


 僕は知らなかったのだけど、一凛の言葉からすると、どうやらサングラスの名前らしい。


「なんか、ウルトラマンみたいだね……」


 その形から小さい時に見た映像を思い出してしまった。


「いいから、掛けなさいよ。あなたの眼をさらす訳にはいかないでしょ?」


 氷華が言う通り、僕の左目は普通ではなくなった。それを気にして用意してくれたんだろう。

 そういう意味では、とても気が利いているというか、気遣ってくれているのがわかる。


 性格や口調は少しキツイけど、結構、いい女の子だよね……それに、可愛いし……


 氷華の気持ちを有難く感じて、心中で褒めちぎりながらサングラスを掛けたのだけど、途端に噴き出す声が耳に届いた。


「ぷっ! ぷぷっ……ご、ごめん……」


「黒鵜って、そういうのがぜんぜん似合わね~な。くくくっ」


「ぬぐっ……」


 掛けろと言われて、素直に掛けたら笑い者にされてしまった。

 氷華は必死に笑いを堪えるのだけど、一凛は遠慮なくケラケラと笑い出す。


 これって、めっちゃ酷くない? やっぱりいい女の子というのは取り消しだ。とんでもない奴等だ。


 隠すことなく不満を露にする。だけど、サングラスの所為でそれも分からないらしい。

 視線を逸らしてクスクスと笑う二人に、冷たい視線を投げかけても、全く気付いた様子もない。


「まいいや、僕の服はこれでいいから、君達も必要な物を集めたら?」


 不平を口にしても限がないと思い、更衣室から出ながら、いつまでも笑っている彼女達に冷やかな声を投げかけた。


 薄暗い店舗の中でサングラスを掛けているというのに、僕の視界は真昼のように見通しがいい。

 きっと、左目の所為だと思うのだけど、なぜか右目も同じように見えるのが不思議なところだ。


 それはそうと、不貞腐れたまま更衣室から出ると、一凛が右手を差し出した。

 その様子からして、いきどおりなど微塵みじんも伝わっていないようだ。


「ちょ、ちょっと待った。まだ終わってないぞ! ほれ、これも」


 笑いを噛み殺した一凛が差し出した右手には、何やら黒いものが握られている。

首を傾げながらもそれを受け取り、無造作に両手で広げてみる。


「ぐあっ……あ、あのさ、これって」


「ん? パンツだぞ?」


「それは分かるんだけど……これじゃなきゃダメなの?」


「やっぱり、渋い男はビキニだろ!」


「ひうっ……」


 モロに三角の形をしたパンツを広げて抗議するのだけど、一凛は憮然ぶぜんとした表情で愚問だと言う。

 ただ、氷華に関しては、それを見て何を想像したのか、思いっきり顔を赤らめている。


 確かに、下着は着替えてなかったので、彼女の好意は有難いのだけど、さすがにビキニパンツには抵抗がある。

 いくらなんでも、トランクスかボクサーパンツにして欲しい。

 真っ黒なビキニパンツに半眼を向けて溜息を吐く。そして、直ぐにそれを丸めと却下の言葉を口にする。


「これは――」


「他のパンツを穿いたら、夜中に脱がすからな!」


 ちょ、ちょっと、それは……お前は変態か!?


 一凛には呆れて物が言えないのだけど、結局は意地でも退かない彼女に根負けして、フロントがこんもりと盛り上がるセクシーパンツを身に着けることになってしまった。









 なんだかんだで、氷華と一凛の繰り広げるファッションショーが終わったのは、既に外が真っ暗になる頃合いだった。

 自分の分が終わったところで、彼女達に付き合いきれないと感じて、黙々と宿泊の準備を進めることにした。


 まあ、その素っ気ない行動で、彼女達から冷たい視線を浴びる羽目になった。だって、似合ってると言わないと怒るんだから、本気で付き合ってはいられない。


 そんな訳で、二人からの冷たい視線に耐え忍んだ。

 その結果、店舗の真ん中には、何もない空白地帯が生まれ、長椅子とカーテンで作り上げたベッドが、少しばかり意味深な雰囲気を漂わせていた。

 そこへ、ファッションショーに満足したのか、デニムのミニスカートにスパッツ、上は僕とお揃いのパーカーを着た氷華がやってきた。

 隣には、ハーフパンツにやはりお揃いとなるパーカーを身に着けた一凛が居る。

 何を考えたのか、三人ともパーカー姿となり、どこかユニホーム的な雰囲気を感じる。

 ただ、色はそれぞれで、僕が白、氷華は水色、一凛はオレンジだった。


 それはそうと、着替えを済ませてやってきた二人は用意されたベッドを目にして、氷華はいぶかしげな表情となり、一凛はニヤリとした。


「ねえ……」


「ん? なに?」


「これって、三人で寝るの?」


 少しばかり顔を赤くした氷華が、その大きな手作りベッドを前にしておずおずと尋ねてくる。

 それに、あっさりと首を横に振って見せた。


「ううん。僕はあっち!」


 衝立ついたてのように移動式のハンガーラックを並べた向こうを指す。

 その返事を聞いた氷華は、そそくさとハンガーラックに掛かった服をずらして向こうを覗く。そして、直ぐに振り返ると、少しばかり残念そうな表情で頷いた。


「そ、それなら、いいわ」


「くくくっ」


 納得した割には肩を落としているように見える。それを目にした一凛は、またまたクスクスと笑っている。

 それが気に入らなかっただろう。氷華が透かさず一凛に冷たい視線を向ける。


「なによ!」


「いや、なんでもない。てか、うちは一緒でも構わんぞ?」


「えっ!? それって……」


 一凛が返した言葉を耳にして、思わず聞き返してしまう。

 すると、氷華の顔が一瞬で般若に変わった。


「なに喰いついてんのよ! バカっ! いい訳ないじゃない」


 しまった……思わず喰いついちゃったよ……てか、思春期の男に向かって喰いつくなって言う方が無理だよね……


 怒りの視線と罵りの言葉をもらい、恥ずかしくなってうつむいてしまう。

 その様子がツボにはまったのか、一凛が腹を抱えてベッドの上に転がる。


「くくくっ、あはははははは」


 高らかに笑い声をあげる一凛に、冷たい視線を向けた時だった。


「フシャーーーーーーー!」


 それまで大人しく寝ていたココアが威嚇の声を上げた。

 それだけで敵の接近だと察し、すぐさま右手を突き出す。

 隣では、氷華も手を掲げ、一凛が空手の構えをとっていた。


「おっと、ちょっと待ってくれ。行き成りは簡便な」


 突き刺すような視線をバリケード代わりにしていたハンガーラックに向けると、それを掻き分けるようにして銃を持った男が軽い調子で声を掛けてきた。


 これって、もしかして……というか、何しに来たんだろ……なんか、嫌な展開だな~。


 見るからに粗暴な雰囲気を漂わせるその男だった。

 それを目にした途端にピンとくる。そして、その男が暴走組の面子だと察して、嫌な雲行きになってきたことを感じとるのだった。









 緑の迷彩服を着た男は一人ではなかった。

 全員で十人の男が次々に姿を現した。そして、誰もが完全武装の状態だった。

 それをピンチだと察したのだろう。すぐさま氷華が氷の壁を展開した。


「氷壁!」


「うおっ! こいつはすげぇ~ぜ」


「これって、氷なのか?」


「一瞬に、これだけの氷を?」


「これなら水に困ることはなさそうだな」


「マジか! こんな能力者なんて見たことがないぞ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


「そ、そうだ。オレ達はお前等と戦う気はないんだ」


 突如として現れた氷の壁を目にして、男達は驚きとおののきを露にした。ただ、慌てて戦意がないことを告げてきた。

 ところが、その言葉を氷華が両断した。


「それだけの武装をしているのに、戦う気が無いと言われて誰が信用するのかしら? 私達はそこまで愚かではないし、能天気ではないわよ?」


 彼女の言う通りだ。

 彼等が持っているのは、一瞬で僕等を蜂の巣にできる機関銃なのだ。

 戦う気がないという言葉を鵜呑うのみにできるはずもない。


「これは、ここに来るまでの装備だ。丸腰で外に出る訳にはいかんだろ。それも分からんのか。やっぱりガキだな」


 一人の男が憤慨したのか、容赦なく毒を吐いた。

 すると、それを聞いた一凛が片眉を吊り上げて逆襲する。


「これくらいで逆上するような奴と真面に話せる訳がない。さっさと帰った方が身のためだぞ」


 物言いには棘があるのだけど、彼女の言うことは尤もだ。

 初めはその気がなくとも、憤慨と激情だけで引き金に掛けた指を引く可能性もある。

 案の定、ムキになった者が暴言を吐いた。


「な、なんだと! このガキが! ちょっと能力を持ったからって調子に乗りやがって、ぶっ殺してやる」


「下手に出るから調子づくんですよ」


しつけが必要そうだな」


 ダメだこりゃ……初めから喧嘩腰とか、戦う気はないと言っていたけど、何しにきたんだろ。


 男達の愚かさに、呆れて声すら出なくなる。

 ところが、そこで一人の男が、怒りの声を上げた。


「こら! やめろ! お前等は黙ってろ」


「す、すみません」


「は、はい」


「も、申し訳ありません」


 どうやら、叱責しっせきした方が上官なのだろう。三人の男が謝るのが聞こえる。

 もちろん、氷華が張り巡らせた氷の壁で、奴等の様子がハッキリと見える訳ではない。それでも、薄っすらと見える姿と焦った声だけは察することができる。


 暴言を吐いた男達が大人しくなると、叱責した声が今度はこちらに話し掛けてくる。


「すまない。別に悪気はないんだ。本当に話をしに来ただけなんだ。少しだけ話を聞いてくれ」


 いったい何の話が……いや、多分、勧誘だと思うけど……それよりも、この人達どうやって僕等の居場所を知ったんだろうか?


 リーダーぽい男の声に答えることなく、奴等がここを嗅ぎつけた方法について思考を巡らせる。

 男は返事がないのを承諾と勘違いしたのか、勝手に話を進めた。

 だけど、全く聞く耳を持っていない。なぜなら、彼等の目的が直ぐに読めたからだ。


「お前等、奴等と反りが合わなかったんだろ? だったらオレ達と組まないか?」


 やっぱりか。そう言うと思ってたよ。


「申し訳ありませんが、その気はないです」


「ぐおっ、即答かよ」


 予想通りの誘いを即座に断ると、リーダーらしき男はその返事の速さに呻き声を漏らした。

 ぶっちゃけ、そんなことは如何でも良いのだ。

 この時、頭の中にあるのは、裏切り者の存在だった。

 そう、直樹達の中に裏切り者が居るのだ。

 そして、そいつが暴走組に僕等のことを伝えたとしか思えない。


 実際、直樹達のことを助ける気など無い。だけど、今は彼等の中に葛木くずのきが居たことで心が揺らいでいる。

 そんな僕の耳に、再び男の声が聞こえてきた。


「理由を聞かせてくれないか?」


「その気がないからです」


 既に氷の向こうの存在なんてどうでも良い。クドクドと理由を話すつもりなどない。

 だから、先程と同じ答えを繰り返した。

 すると、氷壁の向こうから怒号が聞こえてくる。


「くそっ、舐めやがって!」


「ガキの分際で!」


「やっぱり、ぶっ殺した方がいいですよ」


「やめろ! てめぇら、帰るぞ!」


 リーダーらしき男は罵声を吐き散らす男達を叱責したかと思うと、引き上げの声を上げた。

 一触即発の状況だったのだけど、結局はこと無きを得た。

 リーダーに叱責されて、怒れる者達は苦言を漏らすことなく引き上げているみたいだ。

 氷壁でハッキリと見えないとはいえ、人影が氷に映らなくなるのを見て、ホッと息を漏らす。

 だけど、そこで再びリーダーらしき男の声が聞こえてきた。


「ああ、一つ聞きたいんだが、お前等は奴等を助ける気か?」


 その問いにどう答えたものかと悩んだのだけど、少しでも抑止力になればという考えから、一言だけ返すことにした。


「あなた達しだいでしょ」


「ふむ」


 その答えを聞くと、その男は特に何も言うことなく立ち去ったようだ。

 それにホッとしてベッドに腰を下ろしたのだけど、氷華が間髪いれずに眼前で仁王立ちした。

 彼女の表情からして、恐ろしくお怒りのようだ。


「どうしてあんなこと言うのよ」


「ん? なにが?」


 氷華が何を怒っているのか分からない。首を傾げつつ視線を一凛へと向ける。

 すると、彼女は理解しているのか、渋い顔をしていた。


 あれ? なんか拙いこと言ったっけ?


 全く思いつかないのだけど、それを見て氷華が溜息を吐く。


「はぁ~、あのね。あなた達しだいって言ったわよね。どうしてあんなこと言うの?」


「ああ、あれね。あれは、少しでも抑止力になればと思って……」


「なる訳ないじゃない」


 自分の考えを素直に伝えると、物の見事に切って捨てられた。その断言ぶりは、完全に両断と呼べるだろう。

 そんな一刀両断の技を見せた氷華は、両腕を腰に当て続きを口にする。


「私が奴等だったらこう思うわ。くそっ、仲間にならないし、邪魔になるのなら奴等もやっちまおうぜ」


「うぐっ……た、確かにそうだけど、飛竜を倒すような相手に向かってくるかな~」


「ねえ、黒鵜君って、少し……少しじゃないけど、魔法が使えるようになって浮かれてるんじゃない?」


 彼女の持論に対して、反論というか自分の意見を告げると、彼女は呆れた顔で窘めてきた。


 少なからず、自分の力に自信を持ち始めているのは事実だし、大抵の相手なら負ける気がしない。

 だから、それを有りの侭に伝える。


「確かに、浮かれていないと言えば嘘になるかもしれない。でも、それほど有頂天になってる訳じゃないんだけど……それに、現実を見てない訳でもないよ?」


「それじゃ、黒鵜君は馬鹿なのね」


「ぐおっ。それは言い過ぎじゃない?」


 あまりの言葉に、思わず立ち上がる。

 もちろん、頭にも血が上っている。

 すると、その光景を黙って見ていた一凛が割り込んできた。


「なあ、黒鵜。お前の魔法は半端ないけど、あいつらは機関銃を持ってたぞ? きっと狙撃銃とかもあるんじゃないか? ああ、ランチャとかも持ってるかも。まあ、それはいいとして、お前、あの機関銃の弾を避けられるか?」


 一凛の言葉は、頭をぶん殴られたような衝撃を与えてきた。


 確かにその通りじゃんか……狙撃なんてされたらイチコロだし、そうでなくても機関銃で撃たれたら、魔法なんて発動させる暇なんてないじゃんか……


 自分の愚かさに気付かされて、力無くドサリとベッドに座り込む。

 途端に、氷華がそれみたことかと追い打ちを掛けてくる。


「飛竜が相手だと彼等は無能だけど、相手が人間なら彼等は有能なんじゃない? 試合なら彼等に負ける気はしないけど、戦いなら勝てる気がしないわ。だって、一対一でもなければ、よ~いドンでもないのよ?」


 全く以て氷華の言う通りだ。

 魔物は能力が高く、知能が低い。だから、作戦を立てることも無ければ、姑息な手を使ってくることもないだろう。だけど、人間は違う。出来ることが限られているからこそ、知恵を絞れば、姑息な手段も執るだろう。

 そう、本当に愚かだったのだ。彼女の言う通り、間違いなく浮かれていたのだ。


「ごめん……いや、それより、早く逃げなきゃ」


 今更ながらに現実を思い知らされ、慌てて立ち上がると、直ぐに逃げようと告げる。

 ところが、氷華は首を横に振った。

 それに驚いて思わず声を上げてしまう。


「ええっ!? 逃げないの?」


「逃げないわよ? というか、来るのが分れっていれば対処できるでしょ? どの道、直ぐには来ないわよ」


「えっ!? どうしてそう思うの?」


「そこは黒鵜君が言った通りよ。彼等も飛竜を消し飛ばすような相手と真面に戦いたくないでしょ? だから、私達が警戒を解いて、寝静まってから襲ってくると思うわ」


「なるほど……でも、どうやって戦う? 向こうは色んな武器を持ってるんじゃ?」


 一凛の言葉を思い出し、作戦について尋ねる。

 氷華は笑みを見せると、コホンとひとつ咳ばらいをして、自慢げに持論を披露し始める。


「それも問題ないわ。襲ってくるのが分っていれば、こちらも準備ができるでしょ? 一番怖いのは、私達の気付かないタイミングで襲われることよ? 戦いで勝てないなら、試合にしてしまえばいいのよ。そう、勝手に試合にするの」


 凄い……僕よりも肝が据わってるし、僕よりも冷静だし、僕よりも賢い……感服だ……


 ニヤリとニヒルな笑みを浮かべる氷華に向けて、脱帽の思いでカクカクと頷く。

 ただ、自慢げな彼女に、一凛がニヤリと嫌らしい笑みを浮かべてツッコミを入れる。


「なあ、あんまり胸を張らない方が良いぞ? ないのが丸解りだ」


「ムキーーーーーーーーーーー! 一凛のバカっ!」


 それまで鬼の首を取ったかのように誇らしげにしていた氷華は、最後の最後に一凛から遣り込められた。

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