08-12

ATからの連絡を受けたらしい宏樹さんは例のケースを持って解析室へ向かう。


「防人…お前まで来ることは無かったんだぞ」

「いえ、僕も付き添います。貴方の言うようにあのカプセルの中身が恐ろしいものなのかどうか確認して起きたいですので」

「……そうか」


白い通路を進み、解析室に着いた僕らは扉に手を当ててロックの解除を確認して中に入る。


「いらっしゃい…待っていたわよぉ!」


先に中に入った宏樹さんの向こうから若い女の人の声がしたと思ったその時、宏樹さんが右にずれてその奥から来た大きな何かに飛びつかれた。


「うぅっ!」


その何かは僕の腕の自由を封じ、甘くて柔らかい何かで口を塞ぐ。

飛びつかれた衝撃でバランスを崩した僕は受け身も何もとれずにそのまま床に背中を叩きつけ、仰向けの状態で横たわる。

背中がすごく痛いが僕は目を開けて、僕に飛びついてきた何かを確認する。

力が強く、腕の自由に動かせないので目線だけで確認する。


それは人だった。

僕の上にいた何かは軍服の上から白衣を着た変わった格好の少女だった。

そして僕の口を塞ぐものはその少女の口だった。その少女は僕に抱きついた状態で僕の口を塞いでいた。

つまりはキスをしてきているのだった。


「ふぐ、ふぐぐ」


いきなりのことでそこまで頭が回るのに1秒ほど時間がかかってしまったが、ハッとした僕は彼女を振りほどこうと身を捩(よじ)らせる。


「ふぉら…あふぁれふぁいの…」


何を言っているのかよく分からないが、今はこの少女を振りほどくのが先だと、そう思った。

しかし、何かの技でもかけられているのだろうか?

一向に振りほどけそうにない。


「……っ!!!」


口の中に柔らかくて生温かくて少しザラザラとした何かが入ってくる。

それはすぐに舌であることが分かった。


一体何をしているのか?何がしたいのか本当に本っ当に分からない。

彼女は目をつむっているから人違いだと気づいていないのか、それとも最初から僕が狙いなのか?


分からないけど、後者の答えは無い。

そして絶対に離れないといけないと思った。

心の奥底からそう思った。


「……ん?」


舌と一緒に何やら小さなものが入ってきたのに気がつく。

今度はツルツルとした長細い何かが…。

彼女が上に、僕が下になっているこの体勢のため、口に入ってきたそれは僕は喉元にまで落ちていく。

そしてそれをそのままコクリと飲み込んでしまった。


「ふふっ…飲んだわね」


上に乗っていた少女は短く笑い、僕から離れる。


「何を…?」

「新薬よ。人間である貴方で試して…あらぁ?宏樹ちゃんじゃないのね」


気がつくの遅いですよ…。


「んぅもぅ!何で避けちゃったの? 宏樹ちゃん!」


少し大人っぽい口調ででも声はまだ少し幼さが残る声で軍服の上から白衣を着た少女は宏樹さんの方を向いてプンスカと怒る。

二人の身長同じくらいなんだな……。


「もう想像ついてましたからね。貴女は前々から隙あらば色んな人に新薬を試そうとするんですから。ご飯に混ぜたり、予防薬とかいって注射したり、先程のように口移しで飲ませようとしたり等々……」

「だぁてぇマウスでの実験は飽きたんだもん。やっぱり人間じゃなきゃね」

「貴女のなかには人間=モルモットという定理が成り立っていますよね?」

「そんなこと無いわよ。人間<モルモットという定理ならまだしもねぇ」


モルモットの方が上だった…。とそんなことで驚いていてる場合じゃない。

二人の会話から僕があのキス魔に……あ……そういえばキスをされたんだっけ。

あんな形で僕のファーストキスを………


「――!?」


……いかんいかん、彼女の口元を意識するな。僕はこの女の人には初めて会ったんだ。

初対面なんだ。


キ…いや、聞くことはさっき飲まされた物のことだ。

二人の話から飲まされたのは薬だと分かったし、何の薬なのかを聞けばいいんだ。


意識するな。意識するな……よしっ。

僕は唾液でべたべたした口を拭い、起き上がると軍服白衣の少女に頭を掻きながら聞く。


「あの~すいません。あの…えっと……」

「何かしら?……ぁぁ、名前は『怪視(けみ)』よ。よろしくね」

「あ、はい。よろしく…です」

「で、貴方は?」

「ぇ?」


「貴方のお名前は何て言うの?」

「あぁ…僕は防人…慧と、言います」

「慧ちゃんか…うぅん、可愛い名前ねぇ~…それで何か御用かしら?」

「あの、さっき飲まされた。えっと…新薬って言ってましたけど…あれは一体何の薬なんですか?」


ヤバイ薬じゃなければいいけど…。


「知らなぁい」

「は?」

「昨日の夕方ぐらいだったかしら?薬の調合してたらねぇ偶然何か成功してるぽい感じになったからカプセルにしてみたの。でも何を入れたかメモするのを忘れちゃった」


怪視さんは「テヘッ」とわざとらしくボサボサの自分の頭をコツンと叩く。

が、そんなことはどうでもいい。


「ちょっ……毒とかだったらどうするんですか!」

「うぅんそれなら大丈夫よ。人間にとって毒にならないものしか入れてないからぁ。それに毒性のあるものがないかどうかも調べたしね」

「そうですか………!??」


何…だ?…視界が揺らぐ。

部屋がいきなり回転し始めたみたいだ。


「…だい……か…」

「あらぁ……たぃへ……」


二人の声が…意識が…遠退いていく……。

力が入らなくなった足では支えきれなくなった僕は床に手をつき、そしてそのまま深い眠りに落ちた。

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