第115話「悲しみの心に届いた、遥か彼方からの想い」

 ドスッ!


「!」

 タケルとキリカは思わず目を閉じたが、自分達が刺されていない事に気づいた。


 そして、おそるおそる目を開けると


「え?」

「あ、あ」


 槍はたしかに、人体を貫いていた。

 だが、刺されていたのは


「だ、大丈夫かい?」

 それは、いつの間にか来ていたイヨだった。


「な、何故、そんな事を」

 タバサの顔からは血の気が引いていた。


「なぜって、弟と義妹が殺されかけているのに、黙って見ている姉がいますか?」

 イヨは精一杯の笑顔でそう言ったが、彼女の口や腹からは大量の血が流れ出ていた。


「ねーちゃん」

「イヨ……」


 するとイヨは、自分の腹に刺さっていた槍を抜き、

「あたしの事はいいから、さっさとそれ消しておくれよ」

 黒い光を指さしながらそう言った。


「……う、うん」

 タケルは肩を震わせながら黒い光に目を向けた。


「それと、キリカ」

「え、な、何?」

「これで勘弁してくれるかい?」

 イヨはかつてキリカを刺した時の事を思って言うが、

「勘弁も何も、とっくに水に流してるわよ!」

 キリカは涙目になって怒鳴った。


「あら、そうだったのかい。全く、タケルには過ぎた嫁だね」

「え? あ、あのその、私達まだ」

 イヨの言葉を聞いたキリカが顔を真っ赤にしていると

 

「……弟を、頼んだよ」


「え?」


「ふふ。できればまた、夢の町の時みたいに、皆と、仲良く暮らしたかっ……た」

 そう言った後、地上へと落下していった。


「イヨ!」

 ミッチーが飛び上がってイヨを受け止め


「はっ? い、今治してあげるからね!」

 そしてタバサが地上へ降り立ち、先に降りていたミッチーとイヨの元へ駆け寄った。



「ねーちゃん……」

 タケルが地上のイヨを心配しながら呟くと

「タケル、今はあの光を……ごめんなさい。お姉さんが大変な時に」

 キリカはそう言って項垂れた。


「いいって。ねーちゃんだって、それを望んでいるだろから。じゃあ」

「ええ、じゃあ」

  

「「はああっ!」」

 タケルとキリカが更に力を込めると、黒い光がどんどん小さくなっていき……。


 やがて、爆音と共に消えた。


「や、やったあ!」

「ええ! やったわ!」

 



「そ、そんな……うう」

 タバサはその場に崩れ落ちた。

 だが、それは黒い光が消えたからではなかった。


――――――


 妖魔砲の中


「や、やったあ!」

 皆が手を取り合って、または抱き合って喜びを分かち合っていたが


「だが、この代償は高く付いたのじゃ」

「……ええ」

 ヴィクトリカとセイショウは、映像に映るとある光景を見つめ、涙した。


――――――


「ねえ、イヨ。タケル達がやったんだよ。起きてよ」

 ミッチーが涙を流しながら、そこに横たわるイヨに話しかけていたが、返事はなかった。


「ねーちゃん。まだ父さん母さんと会ってないだろ。なあ、返事してくれよ」

 タケルも声をかけるが、やはり返事はなかった。 


「イヨ、義姉さんってまだ言ってないのに」

 キリカはその目に涙を浮かべていた。


 そう、イヨは既に絶命していた。


「ねーちゃん。俺は誰にも辛い思いをさせたくなかったんだよ。気にするなって言うかもしれないけどさ、俺はいいとしても、タバサには辛すぎるだろ」



「もう少し早く治療を始めていたら。ううん、槍を突き出したりしなければ」

 タバサはその場で泣き崩れていた。

 そして、誰もそんなタバサに誰も声をかけられなかった。

 

 その後もタバサは、自分を責め続けた。




 私は、あいつを倒す為にイヨとミッチーを……。

 でも、いつしか二人を自分の子供と思うようになっていた。

 なのにこの手でイヨを、娘を殺しちゃった。


 そして、あいつを討つチャンスも無くなった……私にはもう、何もない。


 そうだ、それなら、このまま全てを。



 ……あれ?

 以前もこんな事があったような気がするわ?

 その時も全てを消そうと思ったわ。

 怒りと悲しみに身を任せて。


 けど、タケルが私を斬って止めてくれた。

 涙を流しながら。


 何でこんな記憶が?


 ……ああ、そうなのね。

 

 皆が想いの力を送っているのね。

 

 ありがとうね。

 でも、それは他の人に。

 

 いえ、あの子達の事だもの。もう既にしていたのかも。

 今を生きる私達では気づけないだけで。


 でも、これ以上は危険なはずよ。だから……。



「ねえ、力を貸してくれる?」

 タバサが立ち上がり、槍に話しかけた。


” あなたが何をする気かは分かっているわ。でも、それは ”


「いいの。たとえどうなろうとも」


” それなら、わたしも最後まで一緒に。そうでないと、力は貸さない ”


「わかったわ。ありがとうね」

 タバサは槍を抱きしめ、礼を言った。


「タバサ様、何を」

 ミッチーがタバサに話しかけると


「ごめんね、勝手に連れてきて」

「え? うわあっ!?」


 ミッチーは突如現れた透明の球体に包まれた。


「向こうにはご両親とお兄さんがいるはずよ。だから安心して」

「え? ま、まさか」

「ええ。あなたを元の世界、元の時代に帰すのよ」

「そ、そんな!? 僕はまだここにいたいです!」

 ミッチーが球体を叩きながら言うが


「私がいなくなったら、あなたはこの時代に居られなくなるわ」

「え?」

「ミッチー、今までありがとうね」

 そう言って槍をかざすと、球体が浮かび上がり、徐々に消えかかっていく。


「さよなら。私の可愛い息子」

 タバサが涙を流しつつも、笑顔でそう言った。


「……タバサ様、いや、母さ」

 だが、ミッチーは全て言い終わる前に消えた。



「な、何をする気だよ?」

 タケルが尋ねるが、タバサはそれに答えず槍を振るった。


「え!?」

 そこに仲間達や、大勢の見知らぬ者がいた。

 どうやら妖魔砲の中にいた全ての者達が移動して来たようだ。


「セイ兄ちゃん、無事でよかった!」

 キリカはすかさず兄に抱きついた。

「ああ。だがどうして外に出られたのだ?」


「タバサが、じゃろうな」

 ヴィクトリカが二人に近づきながら言った。


「そうですか……え?」

「あれ、タバサは?」

 セイショウとキリカが辺りを見渡すが、タバサの姿は何処にもなかった。


「妖魔砲の中へ行ったようじゃ」

「え、今更何を?」

 セイショウが首を傾げると


「分からぬ。だがあれに自分自身の生命エネルギーを込めて、目的を果たそうとしておるのかも。じゃが、それではタバサが」


「俺が行って止めてくる! このままタバサを死なせてたまるか!」

 タケルが力強く叫び

「ええ。私も行くわよ!」

 キリカがタケルと共に妖魔砲に向かおうとすると


「待つのじゃ、今からでは間に合わん! それにお前達とて、殆ど力は残っておらんじゃろうが!」

 ヴィクトリカが二人を止めようとするが 


「でも、最後まで諦めたくない!」

 タケルがヴィクトリカを振り切ろうとした。


「わ、私だって諦めたくないが、私もセイショウもまだ力が戻っておらん……もう」

 ヴィクトリカが「無理」と言いかけたその時



「わたしがタケルとキリカを、あそこへ連れて行くわ」

 タケルの後ろから声が聞こえた。

 彼等にとって、聞き覚えがあり過ぎる声が。

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