第103話「心の力は運命をも変える」

「なんだと、あれをディアルがだと!?」

 イシャナが立ち上がって叫んだ。


「うん。だから早く止めないと!」

 タケルがそう言った時


「無駄じゃ。あれは一度放つと、命尽きるまで止まらんのじゃ」

 ヴィクトリカが俯きがちになって言う。

「そ、そんな!? なんか手はないの!?」


「いや、手があっても止めないでくれ」

 イシャナが首を横に振って言う。


「え、何でだよ!?」

 タケルがイシャナの方を向いて言うと、

「もしあれを止めたら、もう妖魔獣を倒す手がないだろう?」

「で、でも……あ」


 見るとイシャナは、血が出るほど拳を握りしめていた。


「……ごめんなさい。わかったよ」

 タケルは目を閉じて謝った。


「ありがとう。さあ皆、今のうちに回復しておけ! ディアルの命を無駄にしない為にも!」

 イシャナが皆に向かって叫ぶと、全員が無言で頷いた。



「ぐ……妖魔獣が燃え尽きるのが先か、俺が死ぬのが先か」

 ディアルがそう呟いた時


”グロローー!”


 妖魔獣が頭上のディアルを払いのけた。


「ウワアアア!」


 そしてディアルが宙に舞う。


「あ、危ない!」

「受け止めろ!」

 皆が一斉にディアルの方へ走ろうとした時


「でりゃああ!」

 ミッチーの体から気が吹き出し、ディアルに向かって飛んでいった。


「な、ミッチーってあんな事出来たのか!?」

「あいつもだけど、あたしも気で浮かんで飛べるわ。今は出遅れちゃったけどね」

 イヨがタケルの隣に立ってそう言った。


「すっげえな……ってミッチー、頼んだぞ!」

 タケルが上空のミッチーに向かって叫ぶと


「任せといて! はっ!」

 ミッチーが飛んでくるディアルを受け止めた後、地上に降りた。


「ディアル!」

「ディアルさん!」

 皆が二人の元に駆け寄ると


「う……い、今なら、奴を」

 ディアルは息も絶え絶えになりながらも、妖魔獣を指差す。


”グロロローー!? ナ、ナゼキエヌーー!?”

 妖魔獣は蒼い炎に包まれたまま叫んでいた。



「よし皆、いける!?」

「ああ。ここは俺達がやるから、タケルが最後に決めてくれ」

 イシャナが身構えながら言うと、タケルも剣を構えながら頷いた。


「よし、全員ありったけの力を妖魔獣にぶつけろ!」


 イシャナの号令の元、皆がそれぞれの技を、魔法を妖魔獣に当てた。


”グロロローー!?”


 すると妖魔獣の体が崩れだした。そして


「あ、あれは!?」

 

 妖魔獣の額に小さい光が見えた。


「タケル、あそこを目掛けて撃つのじゃ!」

 ヴィクトリカがそれを指さしながら叫ぶ。

「ええ! ……光心剣!」

 タケルがすかさず剣を抜くと、その剣先から光が放たれた。


 そしてそれが妖魔獣の額を貫いた時


”グ、グ、グロロローー!?”


 妖魔獣が大きな音を立てて砕け散り、光の粒となって消えた。


「……ふう、妖魔獣の気配は完全に消えたのじゃ」

 ヴィクトリカが頷きながら言うと


「おっしゃああ!」

 全員が鬨の声をあげた。




 その後

「ニムロッドさんも無事だったよ。今は気を失っているけどね」

 ミッチーが妖魔獣のいた辺りからニムロッドを担いできた。

「よかった。これも全て、ディアルさんのおかげね……でも」

 イヨが振り返って後ろを見ると、そこではキリカとマアサがディアルを治療していた。


「どう?」

 タケルが二人に尋ねるが

「ディアルさんにはもう魔法は効かんとね。だからキリカちゃんが」

「なんとか最高神様の力を送っているけど……う」


「う、う」

 その時、ディアルが目を開けた。


「え?」

「ディアル、しっかりしろ!」

 イシャナがディアルを抱き起こす。


「に、兄さ、ん。あいつ、倒せた?」

 ディアルは辛そうにしながらも、兄に尋ねる。

「ああ、お前のおかげで、倒せたぞ」

 イシャナはなんとか笑顔を作って答える。


「よかっ、た。ねえ、兄さん」

「ん、何だ?」

 ディアルはイシャナの手を握り


「レイラと、生まれてくる子供をお願い」

 最後の力を振り絞るかのように、はっきりとそう言った。


「……ああ。俺に任せておけ」

 イシャナは目に涙を浮かべながら答える。


「あり、が、と」

 そして、ディアルはゆっくりと目を閉じた。




「う……」

「ディアル……」


 皆がディアルを想い、涙した。



「すまんのじゃ。私が蘇生術を使えたら、助けられたのに」

 ヴィクトリカがそう呟いた時


「え!?」

 突然ディアルの体が光り輝きだした。

 

「な、なんだこれは!?」

「え、え……?」

 皆が驚き戸惑っていると、光が収まり、そして


「……う」

 ディアルが目を開け、起き上がった。


「えええ!?」


「あ、れ? 俺、生きてる?」

 本人も何が起こったのかわからないようで、キョロキョロと辺りを見ながら戸惑っていると、

「デ、ディアル~!」

 イシャナが彼に抱きつき、ついでに頬ずりした。


「ちょ、兄さん何すんだよー!」

「うう、よかった~!」

 イシャナが泣き叫びながら、彼をしっかりと抱きしめる。



「でもいったい、何が起こったとね?」

「さっきまでたしかに生命エネルギーが無かったのに?」

 マアサとキリカが首を傾ると

「ど、どうやら上手くいったようですな」

「え?」


 いつの間にかニムロッドが目を覚ましていた。

 だが、彼の姿が透けて見える。


「ニムロッドさん、もしかしてあなたが彼を?」

 ミッチーがニムロッドに尋ねると

「そ、そうですじゃ。なんとか儂のエネルギーを、渡す事ができました」

 彼は息を切らしながら答えた。


「ニムロッド、お主の肉体は仮初めの物なのじゃぞ! その状態でエネルギーなぞ渡したら」

「消えてしまうのでしょう、魂が」

 ヴィクトリカが言う前に、ニムロッドが言った。


「わ、わかっててやったのか? 何故じゃ?」

 ヴィクトリカが青ざめた顔になって尋ねると


「若者が儂のような年寄りより先に死んではなりませぬ。それに儂はもう、ゆっくり眠りたいのですじゃ」


「え、でもそれじゃ、ニムロッドさんの望みはどうするの?」

 タケルが思わず尋ねる。


「儂の望みは、皆様が叶えてくれるはず」

「え?」


「あなた達がいれば、この世の全ての者達が幸せになるじゃろう。そしてそこには妖魔王、いえご無礼して……タバサ様もいるでしょう」


「ニムロッドさん?」


「……ふふふ、儂を救い、そしてタバサ様とも仲良くされる。天界の者達は、あなた達を見て仰天するでしょうなあ」


「それが、あなたの望み?」

 タケルが尋ねると、ニムロッドはゆっくりと頷いた。


「うん。もし彼女と戦う事になっても、必ず最後は」

「頼みました、ぞ。もう、これで悔いは、ない。おさらばです」

 ニムロッドの姿が薄れていく……。


 その時

「消えさせやしないよ。あなたはご家族とあっちで暮らしな」

「え?」


 見るとイヨがニムロッドに向けて手をかざしていた。

 そして、その手から優しい光が放たれ、彼を照らす。


 すると……。


 消えかかっていたニムロッドが透明ながらも姿が戻り、そして


 - おお、これは……ありがとうございます ー


 その魂が光り輝きながら、天へと登っていった。



「凄えねーちゃん! あんな事が出来るなんて!」

 タケルがイヨの側に駆け寄ると


「って、あれ? なんであたしにあんな事ができたのさ?」

 イヨは不思議そうに首を傾げていた。

「え、自分でもわからないの?」

「そうよ。何故?」


「もしかすると、力を貸してくれたのかもね」

 ミッチーが上を指さしながら言う。


「そう、かもね……タバサ様の敵だけど、今は礼を言っておくよ」

 イヨは空を見上げながらそう言った。



「消え行く魂を戻すなど、最高神様でも不可能じゃ。あれはイヨ自身の力だが、神力ではない」

 ヴィクトリカがイヨを見つめながら呟く。


「先程のディアルの事といい、今のニムロッドの事といい……心の力とは神の力を超え、運命をも変えてしまうのじゃな」

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