第95話「側にいると決めた姉、側にいて欲しかったという弟」
セイショウが生まれた日の事。
彼等の元に多くの人々が手に祝いの品や食べ物や飲み物を持ってやって来た。
そして天界の使者としてヴィクトリカと彼女達の末の弟と妹もやって来て、盛大な祭りとなった。
その時タバサは、皆から離れた場所にいた。
「どうしたのじゃ? こんな所で何をしておる?」
タバサを見つけたヴィクトリカが話しかけるが、彼女は返事をしなかった。
何があったかと何度も話しかけると、タバサはボソボソと話し出した。
「……私、あの子が生まれて嬉しいはずなのに、何故か悲しいの」
「は?」
「何でかなあ。あの子がラン姉様じゃなく、私の子供だったらいいのにとか思っちゃって、悲しいの……」
タバサは辛そうな表情だった。そしてその目には涙が浮かんでいた。
「タバサ。お前は……そうか」
ヴィクトリカはタバサの心の内を察した。
「姉様、私」
「何も言うでない」
ヴィクトリカがタバサを制し
「さ、久しぶりに抱きしめさせてくれ」
そう言ってタバサを抱きしめると、彼女は声を殺して泣き出した。
思いっきり泣けばいいのじゃ。
私もな、かつてはこうやって泣いたものじゃ。
愛する人の隣にいるのが自分ではないと。
ヴィクトリカは心の中でそう言った。
「リカ姉様、ありがとう」
泣き止んだタバサが顔を上げ、礼を言うと
「いいのじゃ。……なあタバサ、私と一緒に中心世界に行かぬか?」
「え?」
「私はこれからあそこへ何年かかるかわからぬ大仕事をしに行くのじゃ。だからタバサや、私を手伝ってくれぬか?」
それを聞いたタバサは、目を閉じてしばらく考え込んでいたが
「気遣ってくれてありがとう。でも、やっぱり私はここにいたいの。たとえ隣にいられなくても、側にいたいの」
精一杯の笑顔でそう言った。
「そうか。だが辛くないか?」
「うん。大丈夫」
「……うむ、わかったのじゃ。ではしばらく会えぬが、達者でな」
「リカ姉様も、気をつけてね」
そして、ヴィクトリカが去った数日後の事だった。
「しっかりして!」
セイショウが突然高熱を出した。
「ランの力でも、僕の力でも治せないってなんだよ!?」
「もしかすると、秘めた力が強すぎて体が耐えられないのかもしれないわ」
ランがセイショウを抱きながら言う。
「姉様。セイショウをこっちに」
タバサが手を差し出しながら言う。
「え? 何をする気なの?」
ランがおそるおそる尋ねる。
「私が治すわ。あの秘法で」
「あの秘法? ってまさか」
「うん。あれよ。私、母様から教わってたの」
タバサが頷きながら言う。
「で、でもあの秘法を完全に使えるのは、タバサのお母様だけよね?」
ランが驚きながら言うと
「そうよ。母様のようには無理だけど、セイショウを治すくらいなら私でもなんとかなる、と思う」
「そ、そうなの?」
「お願い……セイショウが死んじゃったら、僕は」
彼が目を潤ませ、頭を下げる。
「うん。任せといて、兄様」
タバサはセイショウをベッドに寝かせ、どこからか杖を取り出し
「今治してあげるからね。はあっ!」
そこから七色の光をセイショウに向けて放った。
こ、これはキツいわ。
でも治せば、もしかしたら兄様が……。
って、いけない。
そんな邪な事考えちゃ、成功しない。
今はただ、セイショウの事だけを。
やがて光が収まると、セイショウは静かに寝息を立てていた。
「な、治ったの?」
ランがタバサの方を向いて尋ねるが
「……ごめんなさい」
タバサは涙目になって頭を下げた。
「え、まさか」
ランの顔が真っ青になる。
「ううん。治ったけど、その代わりに成長が一時的に止まったみたい。たぶん数年位は赤ちゃんのままだと」
タバサが俯きがちになって言う。
「いいよそんな事! ありがとう、タバサちゃん!」
彼はタバサを抱きしめながら礼を言った。
「に、兄様!?」
タバサは突然抱きつかれ、顔を真っ赤にして驚いていた。
「ど、どさくさ紛れに何やってんのよ~!」
ランが彼の耳を引っ張りながら叫んだ。
「イテテ! い、いいだろ別に!」
「よくないわよー!」
(……ごめんなさい姉様。今、ずっとこのままでって思っちゃった)
――――――
「そうだったのですか。タバサ姉様、あなたが私を」
セイショウは自分が長い間赤子のままだったという事は知っていたが、どうしてそうなったのかまでは知らなかった。
「そうよ。そしてあなたは見立て通りの間、成長が止まったままだったわ」
「そしてその間に、人々が」
「ええ。あれはどうやっても止められなかったわ。そしてあいつが現れて」
その後最高神によって彼は消され、ランは封印された。
タバサとセイショウは天界へ連れて行かれ、しばらくは彼女が彼の世話をしていたが、ある時姿を消した。
しばらくの後、戻ってきたタバサは混沌世界で見つけた神殺しの槍を振りかざし、最高神を討とうとした。
だが返り討ちに遭い、別世界へ追放された。
「その後私は、時にはこの体を差し出してでも力を求めたわ」
タバサの目には涙が浮かんでいた。
「全ては復讐の為、ですか」
セイショウもその目に涙を浮かべている。
「ええ。あなたから両親を奪ったあいつを……いえ、この世で一番愛していたあの人を消された恨みを」
タバサが拳を握りしめながらそう言った時
「あなたがずっと側にいてくれたら、私は寂しくなかったでしょうね」
セイショウはタバサを見つめ、そんな事を呟いた。
「え?」
「分神精霊の皆様は私を慈しんでくれましたが、私が思う家族とは違った。だから両親は無理でも、せめてあなたが、タバサ姉様がいてくれたら……昔はそう思いましたよ」
彼は涙を拭いながらそう言った。
「そうだったのね。じゃあ今からでも一緒に暮らす?」
タバサも涙を拭って言うが
「あなたが妖魔王でなければ、即座に了承したでしょうね」
セイショウは首を横に振った。
「……じゃあ、私を倒す?」
タバサが鋭い目つきになって言うと
「ええ。本来なら神剣士が妖魔王を倒すべきでしょうが、彼等にはアレの始末と、イヨさんとミッチー君の事をお願いしましょう」
セイショウは身構えながら答えた。
「わかったわ。たとえあなたでも、容赦はしない」
「それはこちらの台詞です。では」
「ええ」
ここに妖魔王対守護神いや、「姉」と「弟」の戦いが始まろうとしていた。
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