第94話「好きだと気づいたあの時の事」

 タバサはその後、新世界を創ろうとするラン(と彼)を手伝いながら過ごしていた。


「ふう、海や川、山は出来たし、植物や動物も増えてきたわね」

「そうだね。人間はまだいないようだけど」

 ランと彼が辺りを見渡しながら言う。


「そろそろ出てくるわよ。それにラン姉様とあんたが創造主様なら、悪い奴は出てこないでしょうね」

 タバサが彼を見つめながら言うと


「あれ? タバサちゃんは僕の事嫌いじゃなかったっけ?」

「え? き、嫌いよ。でもあんたは、その、ふ、ふん!」

 タバサは顔を真っ赤にし、あさっての方を向いた。


「あらら~、油断してたらタバサに盗られちゃうかもね~」

 ランは余裕の表情でそう言った。



 そして幾年月が過ぎ、人間も現れ、小さな村がいくつかでき始めた頃だった。


 この世界に異世界の大魔王が率いる軍勢が飛来した。

 どうやら住み良い世界を求めてやって来たようだ。


 大魔王軍は人々を襲い、村や田畑を焼き払っていった。


 それに彼が立ち向かっていった。


「はあっ!」

 ギャアアアー!


「ふう。ねえ皆、大丈夫?」

 彼は魔物達を倒した後、村人達に話しかけた。

「は、はい。怪我人はいますが、命に関わる事はありません」

「そう、よかった」

 彼の顔には安堵の表情が浮かんでいた。


「か、かっこいい……はっ?」

 我に返ったタバサは首を横に振った。



「さてと、ランにタバサちゃん。皆の事は任せたよ」

 彼がそう言って何処かへ行こうとすると

「ちょっと待って、まさか」

 ランが彼を呼び止める。


「うん。あいつら皆やっつけてくるよ」

「だから待って! こいつらですら雑兵なのよ! いくらあなたでも無理よ!」

 ランが倒れた魔物達を指さしながら言う。


 その魔物達は決して弱くなかった。いや下手すると魔王クラスの強者。

 それが雑兵であるなら、その親玉の大魔王はどれほどの強さか。

 いかに神をも殺せるとはいえ……と彼女は夫を心配し、何度も引き止めた。


「ちょっと! 私達だって戦えるんだから、せめて皆で行こうよ!」

 タバサが見かねて言うと


「僕はランもタバサちゃんも守りたいんだよ。これ以上大切な人達を、誰一人として死なせてなるものか!」

 彼は普段とは違う真剣な表情になって叫んだ。


「え、私も? 散々あんたをボロカスに言ってたのに」

「どう言われようとも、僕にとってタバサちゃんは大切な妹だよ」

 それを聞いたタバサは、思わず涙ぐんでしまった。


「大丈夫、僕は死んだりしないよ。って、タバサちゃんは僕が死んだ方が都合いいかな?」

 彼が軽口を叩くと、タバサは


「……ダメ」

「へ?」

「死んじゃダメ。だから勝とうが負けようが、生きて帰って来て……兄様」

 か細い声でそう言った。


「わかったよ。それと兄様って呼んでくれてありがと」

 彼はタバサの頭を撫でながら礼を言った。



 その後、彼は傷つきながらも敵全員を蹴散らし、大魔王を討ち取った。


「はは、ただいま」

 彼はよろけながら家に帰って来た。


「お帰りなさい、あなた」

 ランが涙目になって彼に抱きつこうとした時

「兄様~!」

 タバサが先に彼に抱きつき

「よ、よかった、うわあ~ん!」

 彼の胸に顔をうずめて泣き出した。


「ちょっとタバサ、あたしより先に抱きつかないでよね!」

 ランがプリプリ怒りながらタバサの首根っこを掴む。


「はっ? ご、ごめんなさい姉様!」

 タバサは慌てて彼から離れた。


――――――


「で、その時から父上様を?」

 話が途切れたのを見計らって、セイショウが尋ねる。


「ええ。でもこの時はそれが恋心だとは思ってなかった。ただ妹として兄様を好きになっただけのつもりだったわ」

 タバサは目を閉じて答える。


「そうでしたか。しかし以前聞きましたが、父上様はとんでもなく強かったのですね」

「そうよ。後で知ったけど、あの世界に攻め込んだ大魔王は堕天した高位の神だったの。その軍勢も大魔王の力でパワーアップしていたのに、それをたった一人で……うう」

「ん?」

 セイショウはタバサが急に俯きがちになったのを見て首を傾げると


「やっぱかっこ良くて強かったわ。ああ、兄様~♡」

 タバサは頬を染め、手を組んで彼を思いながらトリップし始めた。


「おーい、戻ってこ~い」

 セイショウがボソッと呟くと


「はっ? こ、コホン!」

 タバサが我に返って咳払いをする。


「で、いつ気がついたのですか?」

 セイショウがやや呆れながら尋ねる。


「それはセイショウ、あなたが生まれた時よ」

「え?」


――――――


 その後タバサは以前とはうって変わって、彼に纏わり付くようになった。

 そして 


「ちょっとタバサ! うちのダンナから離れなさいよー!」

「嫌! どうせ姉様は夜になったら兄様と……だったら今はいいでしょー!」

 ランとタバサは彼を挟んで言い争っていた。


「あのさ、二人共喧嘩しないで」

 彼が彼女達をなだめようとするが

「『あなた』『兄様』は黙ってて!」

「はい……」



「なんなのじゃ、この有り様は?」

 そんな彼等を遠巻きに見ながら呟いたのは


「あ、リカ姉様?」

「あらヴィクトリカ、来てたの?」


 精霊女王で分神精霊の長、そしてランの姉でもあるヴィクトリカだった。


「来てたのじゃないわ。いくら遠見の力で様子を見れるというても、直に会えぬのは寂しいのじゃぞ」

 ヴィクトリカが文句を言うと

「……ごめんなさい、あたしは」

 ランは頭を下げて謝った。


「いいのじゃ。しかし、直に見るとまたいい男じゃのう」

 ヴィクトリカが彼を見つめながら言う。


「え? ま、まさかリカ姉様も兄様を」

 タバサが震えながら呟くと

「誰が妹のダンナを取るか!」

 ヴィクトリカは心外とばかりに叫んだ。


「え? ダンナって、ヴィクトリカは彼とあたしを認めてくれるの?」

 ランがおそるおそる尋ねる。

「私だけじゃなく、最高神様もなのじゃ」

「え!?」


「彼があの大魔王を倒したのを見てな、二人の仲を正式に認めるとのお達しが下ったのじゃ。それとお前達は今まで永久追放処分だったが、それも解けたのじゃ」


 それを聞いたランとタバサは手を取り合って喜んだが、彼は無言のままであった。


「まああなたも思う所はあるじゃろうが、ここはどうかひとつ、な」

 ヴィクトリカが彼に向かって頭を下げる。

「……ええ。ここは義姉さんの顔を立てておきますよ」

 彼は口元を僅かに緩ませた。


「おお、ありがとうなのじゃ。しかしこんないい男が義弟になってくれるとは、私も嬉しいのじゃ」

 ヴィクトリカが頭を上げ、満面の笑みを浮かべると


「やっぱりリカ姉様も好きなんだわー!」

「ちょっと、あたしのダンナ取ろうとしないでよー!」

 タバサとランはヴィクトリカに向かって思いっきり怒鳴った。


「だから誰が取るかー! だいたいお前らも知っておろうが! 私は」

「え、何?」

 彼が聞き耳を立てると


「はっ!? い、いや何でもないのじゃ!」

 ヴィクトリカは慌てて誤魔化した。


「ふ~ん? ま、追求しない方がいいか」



 その後、天界からランの他の妹や弟達が訪ねて来るようになり、賑やかな毎日となった。


 そんなある日、彼とランの子、セイショウが生まれた。


 だがそれは、タバサにとっては嬉しさと悲しさが入り混じった出来事だった。

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