第85話「思い出の口づけ」
時は少し遡り、タケル達が港町へと旅立つ数日前の事だった。
「明日の朝ユイさんをご自宅に送り届けますので、今日は送別会といきましょうか」
セイショウがそんな事を皆に言った。
「いいわね。じゃあユイの好きなものいっぱい作るわ」
「キリカちゃん、うちも手伝うとね」
「あたしも~」
キリカとマアサ、ナナはそう言って台所へと向かった。
「さて、じゃあ俺は何を」
「君はユイさんとお喋りでもしなさい」
マオがタケルの襟首を引っ張って言う。
「今日の主役を退屈させないのが、君の仕事だよ」
「え? それは俺よりさ、アキナやイズナとか女の子同士の方がいいだろ」
「……ねえ。もしかして、気付いてない?」
マオがジト目でタケルを見るが
「何に?」
タケルは訳わからんとばかりに首を傾げる。
「……まあいいや、とにかく君に任せたよ」
マオはタケルの背中をポン、と叩いて言った。
「あ、ああ?」
そして、ユイの部屋の前
「ユイ、いるか?」
ドアをノックしたが、返事がなかった。
「居ないのか? 鍵はかかってないけど」
部屋に入ると、ユイはベッドの上で静かに寝息を立てていた。
「寝てるのか。じゃあ後にするか」
タケルがそう言って部屋を出ようと
「ん? あ、タケル?」
ユイは目を覚まし、ゆっくりと起き上がった。
「ごめん、起こしちゃったか」
「いいの。それよりわたしを襲いに来たの?」
「え、してもいいのか?」
「うん。いいよ」
ユイは真顔でそう言った。
「……いや、それはやっぱまずい」
タケルはユイから顔を背けて呟いた。
「何故? わたしの体を気遣って? それともキリカに悪いと思った?」
「え?」
「タケルって、いつの間にかキリカが好きになってたでしょ」
「え、えとその」
タケルは顔を真っ赤にして口篭る。
「夢の町では『自分はキリカが好き』ってはっきり言ってたよね」
「そ、そうだな。ってそれミッチーとねーちゃんにしか言ってなかったのに」
「皆知ってた。ねえタケル。告白するならあなたが先にするべき」
ユイは真剣な目つきでタケルを見つめる。
「そ、そう言われても、断られるかも」
「断るわけない。キリカはタケルが好きなんだから」
「え?」
「今すぐじゃなくてもいいけど、この先何があるかわからないのだから、ね」
ユイはそう言って、タケルに微笑みかけた。
「……わかったよ。ユイ、ありがとな」
「ううん。いい……いや、お礼寄越せ」
「え?」
「わたしとたくさんお話して。明日でお別れだし」
「あ、ああ。でも別れじゃないだろ、旅が終わったら会いに行くよ」
「うん。でもその時にわたしがわたしでいるかどうか」
「いや、俺は諦めねてえぞ。絶対どっかに治す方法があるはずだ。きっと見つけてやる」
タケルはそう言ってユイの頭を撫でた。
「……ありがと」
「ああ。さてと」
その後二人はこれまでの思い出話や、それぞれの昔話を語りながら過ごした。
そして夕方になり、居間でささやかな宴が始まった。
「どう? これ美味しい?」
キリカはユイの好物を差し出す。
「うん。美味しい」
それを口にしたユイは満面の笑みを浮かべながら答えた。
「あたしのも食べて~」
「これもどうね?」
ナナも得意の山菜料理を、マアサは故郷の郷土料理を差し出した。
「うう、ナナの料理が一番美味えけど、マアサやキリカのも美味えな~」
アキナは相変わらず大量に食べていた。
「主役より食べてどうするのよ、もう」
イズナが呆れながらそう言った。
「ねえタケル君、ユイさんはどうだった?」
マオがタケルに話しかける。
「うん。まあ楽しんでくれたよ」
「それはよかった。これでいい思い出が増えただろうね」
「ああ。そうだマオ、水晶球に記録するのって、俺にもできるかな?」
「ん? まあ君なら神力で水晶球に限らず、何にでも記録出来るだろうね。でも何でまた?」
「いや、これから先の出来事を記録しておきたいと思って。でも俺って日記とか書くの苦手だから、それが出来ればいいなと」
「そういう事か。うん、後でやり方教えてあげるよ。要領は同じだろうから」
「ありがと。じゃあ一杯やる?」
タケルはそう言って麦酒のビンを持ち、マオに見せる。
「うん。そういえば君とサシで飲んだ事なかったね」
「あれ、そうだっけ? じゃあ」
「うん」
タケルとマオはグラスを合わせ、乾杯した。
「ふふ、皆楽しそうですね……ん? な、何だこの禍々しい気は!?」
セイショウは驚いて立ち上がり、気配を感じる方を見た。
「フフフ」
そこには酔っ払って黒いオーラを纏ったユイが立っていた。
「誰だ、彼女に酒飲ませたのは?」
セイショウはいつの間にか近くに逃げてきたキリカ達を睨んで尋ねる。
「知らないわよ! てか周りにお酒置いてなかったわよ!」
キリカが心外とばかりに怒鳴り返す。
「あの、私達が飲んでいたのは、ヴィクトリカ様が差し入れてくれたこれですが」
イズナがそう言って桃色のビンを差し出した。
「ん、これは世界樹の蜜の香り?」
セイショウはその匂いを嗅ぎ、ヴィクトリカを睨む。
「それは女子達へのサービスじゃ。それを飲むと若々しさがいつまでも保てるのじゃ」
「ほう、ですがこれにはほんの僅かですが、酒も入ってますよねえ~?」
セイショウの額には青筋が浮かんでいた。
「ふふ、そうじゃ。ユイにいい思い出をくれてやろうと思ってな」
「え? ウワアア!?」
ヴィクトリカはユイ目掛けてセイショウを突き飛ばした。
「ヴィクトリカ様、いったい何を!?」
キリカが慌てながらも尋ねると
「これからいい物が見れるぞ、ほれ」
ヴィクトリカが指さした先には
「ゴラー! 術解けー!」
「助けてー! 僕はソッチやだー!」
いつの間にかタケルとマオはユイに操られ、先程突き飛ばされたセイショウの服を脱がそうとしていた。
「く、私をも金縛りにするなんて、てか離れろー!」
セイショウは必死に二人に向かって叫ぶが、無意味だった。
「うわ、これって最高じゃねえか」
「そうね。ハアハアハア」
アキナとキリカは既に鼻血出していて
「ナナちゃん、見ちゃイカンと」
「やだ~、あたしも見たいよ~」
「……いつからこの子は? てかうちも見とうなってきたとね」
「だから一緒に見ようよ~」
「うん、いいとね」
マアサとナナはそっちのケがなかったはずだが、何故?
「あ、あの。まさか、あれに何か盛りました?」
何故か苦しそうにしているイズナがヴィクトリカに尋ねると
「そうじゃ。邪魔されとうないから、腐のオーラを混ぜておいたのじゃ」
この腐れロリババアはワイングラス片手にニヤニヤ笑っていた。
「そんな……ああ、もうダメ」
イズナの目から光が消えた。
「フフフ、さ、ユイや」
腐れロリババアがユイを促すと
「ええ。さあ、始めて」
ユイが底冷えするような声で全裸になっている男達に言う。
「こ、こんな事になるなら先にナナちゃんとしておけばよかった」
「うう。あの可愛い双子を纏めて食べておけばよかった」
マオとセイショウは諦めモードで、何か戯けた事をほざいていたが
「……ぐ、このやろ」
タケルはまだ諦めていなかった。
「無駄じゃ無駄じゃ。腐女子レベルMAXとなったユイには誰も、ん?」
ヴィクトリカはタケルの体が輝きだしている事に気づいた。
「な、何? まさか……ウギャアアーー!」
タケルの体から溢れんばかりの光が放たれ、それが辺り一面を照らし、腐女子共のオーラを消し飛ばし、そして全員が気を失った。
「ふ、ふう。ってあれ、また……?」
タケルも力尽きて気を失った。
「……う、ん? あれ?」
ユイが起き上がって辺りを見ると、全員が死屍累々となっている。
「これどうしたの? まさかまたわたしが?」
どうやら酔っていた時の事は覚えてないらしい。
「あ、タケル、セイショウさんやマオもすっぽんぽん? って、このままじゃ皆風邪ひいちゃう」
ユイはよろけながら立ち上がって皆を起こそうとしたが、誰も目を覚まさなかった。
なのであちこちから人数分の毛布を持ってきて、それを皆に被せた。
「ふう、これで……あ、そうだ」
ユイはタケルの顔を見つめ、そして
そっと彼の唇に、己のそれを重ねた。
「いい思い出になった……けどもうちょっと、いいよね?」
そう言ってタケルの隣に潜り込み、幸せそうな笑顔で眠りについた。
――――――
「あらら、やるわねあの子」
「はは、明日の朝になったら修羅場だろうけどね」
イヨとミッチーは映像に映るユイを微笑ましそうに見つめていた。
「ふふ。そのくらいしてくれないと、助けた甲斐がないわよ」
タバサも優しい笑みを浮かべ、そう呟いた。
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