第75話「吹雪の山道で」

 タケルは吹雪の中、山道を歩いていた。


「しっかしこれ修行にもなるって言ってたけど、寒さに耐えるのがなのか?」

 山育ちのタケルにとっては少々の坂など苦ではなかった。


「あ、もしかしてここ、何か出るのかな? 魔物か竜かが」

 そう言いながら歩くこと一時間。



「さ、寒い。てかまだ頂上が見えねえ。この山いったいどれだけ高いんだよ?」

 そう呟いた時、足が何か柔らかいものに当たった。


「ん? 何だ……って、あれ?」

 足元を見ると、そこに一匹の兎が倒れていた。

「おい大丈夫か、しっかりしろ!」

 タケルが兎を抱き上げて声をかけると


「キュ~(さ、寒いよ~)」

 兎は震えながら小さな声で鳴いた。

「そうか。よし」

 タケルは自分の懐に兎を入れた。

「これなら暖かいだろ。ところでお前、どこから来たんだ?」

(えっとね、僕は雪女に捕まってたんだけど、留守の間に逃げてきたの)

 兎は懐から顔を出して答える。

「え、雪女って本当にいるのかよ? って、捕まってたのはお前だけか?」

(ううん、他にも仲間が捕まってるの。でも僕は一番小さいから逃げなさいって皆に言われたの)


「そっか(助けてやりてえが、そいつがただ獲物を獲ってるだけならどうしようか)」

 タケルがそう考え込んでいると


「あら、その兎は」

「え?」

 声がした方を見ると、そこには髪が青白くて肌も白く、その肌と同じ色の薄いローブを着た若い女性が立っていた。


「あ、あんたもしかして雪女?」

「雪女? まあ似たようなものだし、それでいいわ。でもよくわかったわね」

 女性が首を傾げながなら答える。

「いや、こんなくそ寒いのにそんな薄着でいられる人間はいねえだろ」

「まあそうね。ところでその兎ちゃん返して」

 雪女が兎を指さしながら言う。

「なあ。こいつ食うのは勘弁してくれよ」

 タケルは兎を庇うように抱きしめ、雪女に頼んだ。

 だが

「は? 私その子を食べるつもりなんかないわ。むしろ保護していたんだけど」

 雪女は心外とばかりに答える。


「え、保護って?」

「人間達が必要以上に動物を狩ってるからよ。このまま放っておいたら絶滅しちゃうと思ってね」

「そうだったのかよ。でもこいつは仲間達と一緒に無理矢理攫われたと言ってるぞ」

 兎は怯えながらも頷いていた。


「え、あなた動物の言葉がわかるの?」

「ああ。と言っても全てのじゃねえけどな」

「それでも凄いわよ。ねえ、誤解を解きたいからうちに来て通訳してくれない?」

 雪女はタケルに手を合わせて頼んだ。


「え? まあいいけど」

「ありがと。じゃあこっちよ」


 タケルは雪女に案内され、道から外れた森の奥を歩いていくと洞窟があった。

 そして中に入り、奥へ進んでいくと……。


「え?」

 そこは地平線が見えるくらい広い場所だった。

 どういう仕組みかそこは真昼の外のように明るく暖かい。

 そして色とりどりの花が咲いており、鳥や犬猫、牛や馬に豚、他にもたくさんの動物がいた。


「なあ、ここってもしかして異空間か?」

「そうよ。これで作ったのよ」

 雪女はそう言って懐から赤く光る宝石を取り出した。


「あ? それもしかして、頂上にあるっていう魔法石?」

 タケルがそれを指さしながら尋ねる。

「ええ。よく知ってるわね」

「ああ。実は俺、それを取りに来たんだけど」

「そうなの? でもこれはあげないわよ。欲しいなら自分で頂上まで取りに行ってよね」

「え、それってまだ幾つかあるのか?」

「頂上にいっぱい転がってるわよ」

 

 ……


「あの、珍しいものって聞いたんだけど?」

「普通の人間は頂上まで辿り着けないから、そう言われてるんじゃないかな?」

 雪女が首を傾げながら言う。

「え、何で?」

「それは通訳してくれたら教えてあげる。さてと、兎達は何処かしら?」

「あ、あそこに」

 見ると草むらに数十匹の兎が隠れていた。


「じゃあお願い。私が行ったら逃げちゃうかもしれないし」

「ああ。誤解が解けたら呼ぶよ」

 そう言ってタケルは兎達に近づいていった。


 そして先に一緒にいた兎を放した後、彼らに理由を話した。

 すると長老らしき兎が前に出てこう言った。


(そうでしたか。いや、私達をヨダレ垂らしながら見てたものだから、てっきり食べられるのかと思いました)


 タケルはすかさず雪女の元に駆け寄り、彼女の頭をどつき倒した。

「何すんのよ痛いじゃないのよ!」

「おのれが紛らわしい事すっから怯えていたんだろがー!」


 そして

「皆が可愛いかったからつい。ごめんなさい」

 雪女が兎達に頭を下げると


(いえいえ。あの、私達を心配して保護してくれたのは嬉しいですが、元の場所に帰して下さいませんか?)

 長老兎が話した事をタケルが訳して伝えると


「でも、戻ったらまた人間に狙われるわよ」

 雪女は心配そうに言う。


「(ええわかってます。ですが私達は元の場所で生き、そして死にたいのです)だってさ。どうする?」

 タケルが尋ねると


「ねえ、せめて冬の間だけでもここに居てくれない? 暖かくなったら帰すからさ」

 雪女が土下座する勢いで懇願すると


「(わかりました。しばらくお世話になります)って言ってるぞ」

「よかった~。じゃあ皆、ゆっくりしてってね」

 雪女は笑顔いっぱいでそう言った。


 それを見た兎達は警戒を解き、各々飛び跳ねたり近くの草を食べ始めたりした。



「さてと、俺はそろそろ」

「待ってよ。外はもう暗くなってきてるから危険よ」

 雪女がタケルを呼び止める。


「え、もうそんな時間? うわ、どうしよ?」

「今日はここに泊まってってよ。お礼もしたいし。それに頂上へ行くには、あら?」

 雪女はタケルを見て何かに気づいた。

「ん? どうしたんだよ?」

「あなたって薄いけど人間以外の血も引いてるようね」

「え? うん、俺って聞いた通りなら神様の子孫らしいけど」

「やっぱり。それなら行けるかもしれないわ。だって純血の人間だと、頂上にある結界を通れないんだもの」


「嘘? そうだったのかよ?」

「そうよ。もし違ってたとしても、別の手があるけどね」

「え、別の手って何?」

「えーと、それは後で教えてあげる。さ、あっちに私が住んでる小屋があるから、今日はそこで休んでよ」

 雪女がタケルの手を引いて言う。

「あ、ああ。じゃあ」


 そしてタケルは雪女の小屋に案内され、そこで一夜を明かす事にした。

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