第49話「ずるい」

「え、それどういう事?」

 タケルが尋ねると、ダンは俯きながらゆっくり話し出した。


「……僕の生まれ故郷は、僕が生まれた頃はまだ平和な方だったそうです。けどある時、今の領主が来てから全てが変わったそうです」


 重税を課し、収めない者は捕らえて奴隷にし、ならず者達を兵士に仕立て上げて若い娘を攫ってと……。

 それに耐えかねた町の人達は反乱を起こしましたが、領主は一騎当千の強者で指揮能力も高く、あっという間に鎮圧されてしまいました。

 両親もその反乱で亡くなり、僕は商人である叔父に助けられ町を脱出したんです。

 その後は叔父と旅をしながらよろず屋をしていましたが、その叔父も去年病で亡くなりました。


 ダンは拳を握り締め、肩を震わせながら語った。


「だから強者を集めて、か?」

「はい。僕一人じゃどうやっても敵わない。それならと思って」


「ねえ、王都に訴えたりしなかったの?」

 キリカが話に入って尋ねる。

「反乱の前に叔父が行きましたが、全く相手にしてもらえなかったそうです」

 ダンはゆっくりと首を横に振った。

「おそらく対応した奴も裏で繋がっていたのだな……おのれ」

 イズナが握り拳を作って眉を顰めていた。


「……なあ皆、あの」

 タケルが何か言いかけた時

「何だ? 領主を倒しに行くと言うのなら異論はないぞ」

 イズナが険しい顔で先に言い

「そうだぜ。こんな話を聞いてほっとけるかよ」

 アキナも立ち上がって同意し

「うん。わたしも賛成」

「そうよね。私も異論はないわ」

 ユイとキリカも手を上げて同意した。

「そっか。よし、じゃあ行こうか」


「え? あ、あの。今の僕には皆さんを雇うお金なんて」

 ダンは慌ててタケル達を止めるが

「何言ってんだよ。いらないよそんなの」

 タケルがダンの肩を叩いて言うが

「これは命懸けになります。なので好意に甘える訳には」

 彼は目を瞑り、首を横に振る。

 するとイズナがダンを見つめ、口調を柔らかくして言った。

「好意ではないの。私は陛下の家臣として、王命を果たさなければならないのよ」

「え、あの? それっていったい?」

「私ね、実は王国戦士団副団長なのよ」

「え? そ、そうだったのですか?」

「ええ。そして私は国内でそういう輩を見つけたら成敗しろ、と陛下より命を受けているの。それならどう?」

 ダンはしばらく沈黙していたが

「えと、わかりました。よろしくお願いします」

 イズナの方を向き、ゆっくり頭を下げた。

「ふふ。さあ皆、今日はもう寝ましょうか」




 その夜、テントの中で横になっていたキリカは、隣に寝ているイズナに声をかけた。

「ねえイズナ。まだ起きてる?」

「……ええ、何?」

 イズナはキリカの方を向いて返事をした。

「さっきの話だけど、いつの間に副団長になってたの?」

「旅立つ前にイシャナ様に任命されてたのよ。でも主命はちょっと違うわ」

「へ?」

「それは先王ツーネ様から私の兄、イーセに下された命令よ」

「ちょっと、それじゃダンを騙したの?」

「騙してはいないわ。私は兄の遺志を継いだ者だから、主命も受け継いだという事」

「あなたって何というか」

「ふふ、そう、私はずるい女よ。だからどんな手を使ってでも奪い取りに行くわよ。キリカも油断しないようにね」

 イズナは優しげな笑みを浮かべた後、寝返りを打って眠りについた。

「……うん」



 数日後、一行は町に着いた。

 だがそこは酷く荒れ果てていて、人々の顔には生気が感じられなかった。

「な、何これ? 魔物か何かに襲われたかのようだけど、もしかして」

 キリカが驚いていると、ダンが険しい顔になって話し出した。

「ええ。全て領主が……おそらく奴の館だけですよ、綺麗なのは」


「そうかよ、じゃあその前に」

「ん、そうだな」

 タケルとイズナの目線にあったのは、守備兵の鎧を着ているが、その顔つきはチンピラそのものの連中が町の者達を襲っていた。


「ああ、あいつらぶっ飛ばしてやろうぜ」

 アキナも指をポキポキ鳴らし

「よし、行くか」


「ん? なんだ……ギャアアアア!?」

 タケル達はあっという間にそのチンピラ達を倒したが

「げ、新手が!?」

 何処かで聞きつけたのか、先程より数倍のチンピラ達が向かって来る。


「皆さん、こっちへ!」

 ダンが路地裏を指さしながら叫び、そこへ走って行く。

 タケル達も後に続いた。


「お、どうやら上手く巻いたようだな」

「ええ。この路地裏は入り組んでいて、道を知らないと抜け出せないんです」

「そ、そうか。で、これから何処へ?」

「領主の館へと続く隠し通路ですよ」


 やがてタケル達はある家の裏口まで来て、その扉を開けた。

 中は奥行きが狭く、扉のすぐ側に地下への階段があるだけだった。


「ここを降りて暫く行けば、館の庭へ出られるんです」

 ダンがそれを指さしながら言う。

「そうか。しかしよくこんなのがあるって知ってたな?」

 タケルが感心して言うと、

「ええ。だってこれ、僕の父が考えたんですから」

「え、それどういう事?」

「父は前領主様の側近だったそうで、何かの時に前領主様を避難させられるように父が内緒でこっそり作った、と叔父が言ってました」

「そうだったのか。なあ、これって今の領主は知らないのか?」

「知っているのはもう僕だけのはずです。さ、行きましょう」

「……ああ」


 そして狭くて暗い通路を進み、やがて光が見えてきたかと思うと、一本のロープがぶら下がっていた。

 どうやらそこは井戸の底のようだった。

 タケル達はそれを使って上に登っていくと、ダンが言ったとおり庭に出た。

 

「庭には誰もいないようだな。番犬とかいるかと思ったけど」

「万が一刺客が来ても返り討ちにできる自信があるのかもね」

 タケルとキリカがそう話していた時、


「ああ、そのとおりだ」


 !?


 井戸の前にいたのは、鋭い目つきに頭は丸刈り、鍛え抜かれた体に武道着を纏っている三十代位の男だった。


「あ、あ、あいつです!」

 ダンがその男を指さして叫んだ。


「ふん、たった一人でとは大した自信だな」

 タケルが領主を睨みつけながら言うと

「ああ。妖魔をも倒せる強者が相手では、俺一人でやった方がマシだからな」

「何!? 何故それを知ってる!?」

「ある者が教えてくれたのさ。お前達がここへ来ることもな」

「ん? それってもしかして巨乳のねーちゃんか?」

 タケルはイヨを思い浮かべながらそう言ったが


「いいや、可愛い少年だった。だから後で俺と(ズキューン!)でもと誘ったが、顔面真っ青になって走り去っていったわ、クソ」


 全員沈黙してしまった。


「うう、それ見たかった。ハアハアハア」

 ユイは鼻血を出しながら戯けた事をほざいた。


「ダン、あなたは下がってなさい。危ないから」

 イズナがダンを庇うように前に立った。

「い、いや僕も戦いま」

「ダメ! あなたも結構美少年だし、いろんな意味で危ないわ!」

「え?」




「うう、危なかった。あんなムキムキのオッサンにどーてー奪われてたまるかよ。どうせならイヨかタバサ様にされたいよ」

 物陰からタケル達を見つめて呟いていたのは妖魔王タバサの部下、ミッチーだった。 

 しかしこの男、主君とヤろうなんて大した奴かもしれん。

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