第27話 サンマのかば焼き
「お、あんたゲルムさんじゃねえか」
「そういうお前さんは確か、アルフレッドとか言ったか? 剣の調子はどうだい?」
ゲルムが光食堂の席に着いたとほぼ同じタイミングで店に入ってきた『人狼』アルフレッドが彼を見つけて隣の席に座る。
ゲルムはアルフレッドを始めとしてかつての猛将ライオネルの他、現国王の剣を打った名工中の名工である。
「いらっしゃいませ。ご注文は何にしますか?」
「店主、とりあえずサンマのかば焼きとライスをくれ」
「はいかしこまりました。少々お待ちを」
アルフレッドはそう注文する。それを聞いていたゲルムは嫌な顔をして彼に問う。
「サンマか。確か海の魚だとは聞いてるが……魚なんて美味いもんかの?」
ゲルムは……というか、ほとんどのドワーフは魚料理が苦手である。
彼のようなドワーフの居住地というのは山、特に鉱山に集中している。
そのため大抵のドワーフは海を見ることなくその生涯を終える者が多く、海の魚を食う機会は非常に限られている。
山に運ばれてくるものがあるとしたら日持ちするように干物、あるいはきつく塩漬けされたもの。
干物はまだいいとして塩漬けにしたものは身の芯まで塩が入っており度を越した塩辛さであり、好んで食う者は少ない。
また遠くから運ばれてくるものなので運賃が
山すそを流れる川からも魚は獲れなくもないがどれも泥臭く小骨が多いものばかりである。
そのためドワーフたちにとって魚というのは「やたらとしょっぱいか、泥臭くて小骨の多い、
というイメージが定着してしまっている。なのでゲルムはこの店でも酒はよく飲むが魚料理は口にはしなかった。
「お待たせしました。サンマのかば焼きとライスになります」
「おっしゃ! 来た来た! 今日も美味そうだな!」
「ふふっ。ありがとうございます。ではごゆっくり」
運ばれてきたのは白いライスと、赤茶色の薄っぺらい何か。おそらくこれが「サンマノカバヤキ」とか言うやつなのだろう。
「何じゃその形は? 魚には見えんぞ?」
「かば焼きと言って身を開いたものだそうだ」
「ふーむ、そうか」
ゲルムが見つめるのをよそにアルフレッドは出された料理を美味そうにバクバクと食い進めていく。
「なぁお前さん。さっきから美味そうに食ってるが、美味いのか?」
「ああもちろん! この店の料理はハズレなんて無いよ。俺が言うんだから間違いないぜ?」
「ふーむ。そこまで言うか。なら食ってやろうじゃないか。オイ店主! ワシにもサンマのかば焼きを1人前頼む!」
アルフレッドがやたら美味そうに食ってるのを見て、興味が湧いたのだ。
それに、酒もメシもその辺の貴族向けの店でも敵わないような絶品を出すと知っているから、間違っても変なものは出さないだろうと踏んでの事だった。
「お待たせいたしました。サンマのかば焼きになります」
待つことしばし……ゲルムの前にもそれが出てくる。
アルフレッドが食っているのと同じ薄っぺらい赤茶色に染まった、よく見ると魚の身らしきものだ。
ここまで来たら食うしかない。そう思ってフォークでブスリと魚の身を刺して口に運んだ。
「!!」
まず舌に来たのはタレの味。甘く、ほんのりとしょっぱいそのタレは未知のうま味が濃縮されていた。
そしてその後からくる肝心なサンマの身も脂とうま味が乗ったまるで旬真っ只中のような極上の物で、口の中でほどけるように溶けうま味を放つ。
また処理が丁寧なのか小骨らしい小骨も入っておらず、柔らかな身だけを存分に
美味い! それも常識外れに美味い! という一言しか出てこない。
(こりゃセイシュに合うぞ!)
「オイ店主! セイシュを追加じゃ! あとサンマのかば焼きとか言ったか? それも追加じゃ! 早めに持ってきてくれ!」
ゲルムは直感を信じて酒の追加注文も行う。
ほどなくして出てきたセイシュをあおりながらさんまのかば焼きを食う。彼の直感は大当たりで酒のつまみにピッタリだった。
さんまのかば焼きの甘いタレと締まった身が、辛口でキリっとした清酒にぴったりと合う。
酒もかば焼きもあっという間に流し込むように胃袋の中へと消えていった。
「いや~アルフレッド! お前さんには感謝だな! お前さんがいなけりゃワシは魚を食うことはなかった!
うっかり魚がこんなに美味いもんだと気づかずに死ぬところじゃったわい!」
「そうか。でも俺はゲルムさんの前で魚を食っただけだぜ?」
「いやいやいや! お前さんがワシの前で魚を美味そうに食ったおかげでワシは魚の美味さを知れた! お前さんには感謝しかないわい!」
ゲルムは心の底から嬉しそうにアルフレッドに言う。
それ以来、ゲルムは何十年も前に鉱山から丸ごと引っ越ししてきた家族にも魚を食うようすすめたという。
【次回予告】
彼女がこの店に通うようになって大分経った。今日は何を注文しようか?
第28話「餃子」
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