食事シーンで魅せろ!

 六畳ひとまが考えるに、世界観やそこで暮らす日常を描写するのに重要なのが、衣食住と女性の扱いだ。

 いずれリアルとリアリティの違いとか史実に対するリアリティラインについてとか色々と考え方を説明しないといけないと思うが、今回は食の描写に関して。

 衣食住の中でも特に食は大事。食事シーンには重要な情報が数多く盛り込めるからだ。


 個人的に良いと思っている作品には良い食事シーンが描かれている。世界観やキャラの普段の姿や性格、そこでの暮らしぶりを間接的、或いは直接的に描写し、なおかつ、ストーリー上で重要な意味があったり進行上の緩急をつけたり、使い方ひとつで印象がガラリと変わる。


 特に凄いと毎回感心させられるのが、宮崎駿監督作品。最初の劇場長編監督作である『ルパン三世 カリオストロの城』なんてあらゆる食事シーンで情報が溢れているし、その後の作品でも食事シーンに重要な意味、役割をもたせている。

 『ハウルの動く城』でマルクルの食べ方にソフィーがウンザリするのは分かりやすい例だ。

 『天空の城ラピュタ』では冒頭の飛行船で出された夕食(パンに(恐らく)ベーコンとチーズが乗ったもの)でシータとムスカの関係性が判るし、パズーが買う親方の夜食、パズーの家でドーラが食べていたやたら豪華な食事、その後のタイガーモス号での食事は海賊たちと一緒にがっついて食べるパズーや料理を作ったシータの様子から、そこに受け入れられている様が見て取れる。

 『もののけ姫』の時代背景は室町時代くらいのようだが、主人公アシタカがジコ坊と共に食べるのは米を味噌で煮た雑炊(おかゆ?)だ。六畳ひとまの地方ではおみいさんと呼ばれている。

 『スターウォーズ』シリーズでも面白い食事シーンが多い。ルーク・スカイウォーカーが登場してからの夕食のシーンで出てくるブルーミルク、初めてヨーダと出会い、彼の住処で食べるのはおかゆのようなもので、薬味をまぶしていた。その前にはスナック菓子のような食事をとっている(ヨーダの出現で邪魔されたが)。


 食事内容やどうやって食べるかなどによって世界観や文化レベルが感じられるし、好き嫌いや素材への知識、料理の蘊蓄などでキャラの個性や生きてきた背景(出身地や生活環境など)を現すことも出来る。

 またストーリーの進行を緩やかにして緊張感をほぐしたり、情報整理をして次の進行につなげたり(『カリオストロの城』のルパンと次元の食事シーンは秀逸だ。スパゲティを取り合うコミカルな演出で情報整理、今後の目的、さらに身に迫りつつある危険も描写している)。

 逆に会食を陰謀の場にして緊張感を増すことも出来る。和睦の目的で開催された食事、しかし奇襲や罠、毒、暗殺の恐怖もある。

 本来なら和やかなはずの食事が、疑心暗鬼の中でピリピリしたムードで進行していくのは良いシーンになるだろう。

 映画『グラディエーター』では、剣闘士奴隷となったマキシマスに出された食事に、仲間が「毒かも知れないから止めとけ」と注意するが、隣にいた反目していた奴隷のひとりが自分のスプーンでかき混ぜ口に運ぶ。そして毒にやられたようにおどけて場を和ませるのだ。このシーンでは毒味を買って出るなど命懸けの行為で、反目が信頼に変わっていることが判る。


 紹介してきたのは映像作品ばかりだが、これが小説になると、より詳しく食事内容や様子を描写できるため、派手な戦闘シーンに負けないような、作者の腕の見せ所となる時も多い。

 どんな食材があるのか、それがどう調理されてどんな料理になるのか、見た目は? 味は? どうやって食べる? 小さな積み重ねが、その世界でそのキャラは確かに生きているというリアリティを感じさせる。

 異世界転移ものなら、そこをカルチャーギャップとして使うのもいいだろう。酷い臭いでどうしても食えないと思っていたものが、一口食べた途端に病み付きになってしまったとか、みんなと食事を共にすることでようやく受け入れられたとか。

 逆に言えば、食事シーンの印象が薄かったりすると残念だ。異世界に転移した直後でも、大した驚きもなく普通に食事するとか、せっかくの世界観をぶち壊してしまうような料理が出てきたりとか、これは作者の年齢や知識にもよるんだろうけど、ある作品で異世界ファンタジーなのに麻婆豆腐が出てきてひっくり返りそうになった。

 作者が食事に無関心、無頓着だと描写がおざなりになって貴族がフランス料理のフルコースを食べていたり、酒場で出された食事に何故かご飯がついてたりと、奇妙なシーンが続出することになる。もちろん意図的にやっていることもあって、それが伏線になっていることもあるから一概にダメと切り捨てられない。奇妙な世界観が終盤でひっくり返され(謎が明かされ)、凄いと唸る作品だってあるのだ。


 そう言えば六畳ひとまにビキニアーマーの少女とファンタジーで可変戦闘ロボというエロと萌えの神髄を骨の髄まで刻んだOVA『幻夢戦記レダ』の小説版(著者は菊地秀行!)ではヨニがカップヌードルを食べてたっけ。転移した世界が実は小説家の父親が書いた作品で(ファンタジーは初めてで四苦八苦していた)、それを知った陽子は「娘にあんな格好をさせるな!」と怒る。

 いやほんと、朝霧陽子(キャラデはいのまたむつみ)にはあの当時は本当にお世話になっ……(鶴ひろみさん、ご冥福をお祈りします。合掌……)。


 六畳ひとまの経験からも意外と描写が難しいのもわかる。異世界ものだと現実の食材や知識をどこまで使って良いのか分からない。

 転生や転移してきた主人公なら簡単だが、それがハイ・ファンタジーになると説明不足になったり過度になり過ぎたりしないよう、バランスは難しいのだ。

 苺(イチゴ)を説明するのにこれは苺だと言えない時があって、そんな場合はどうするか、よく頭を悩ませる。中には地の文で「これは現実世界では○○と呼ばれている」なんて書いてある作品もあったが、やはりそれはそれで世界観を壊していた。

 それ故にさっきも作者の腕の見せ所と書いたように、自分の作品に対する理解と思い入れの強さが反映されるのが食事シーンだと思う。


 食事シーンが本当にストーリーの骨休めにしかなってないのなら勿体ない。何かほんの少しでいいからこだわりを入れてくれたら、そこから感じるものは全く違った印象になるだろう。

 あのシーンのあれにはこんな意味が……なんて語りだしたらきりがないのでこの辺にしておく。

 そんな魅力的な作品を多く読みたいものである。


追記

 食べることについて語ると本当に止まらなくなるんだけど、ひとつ大好きなのを思い出したので追記。

 人種差別問題を背景に実際の事件を元にした『ミシシッピー・バーニング』という映画で、ジーン・ハックマンが容疑者の妻と話すときに食べているのが紙袋に入ったペカンナッツ(ピーカンナッツ)。町の特産品でおやつとしてよく食べられているものだ。

 その妻に「どうだい?」と差し出すと悲しい顔で「もう飽きたわ」と返す。

 このシーンも秀逸で、単にペカンナッツに飽きたというのではなく、長くこの町に居過ぎた、もう地域に染まってしまった、そんな意味がある。その妻の疲れた感じが印象的だ。

 この映画のせいで六畳ひとまはいつも輸入もののペカンナッツをキロ単位で買っておやつにしているのは秘密だ。

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