第2話 赤錆に塗れた国

 アユから生み出された貴金属が、ことりと床に落とされる。

 真広はそれをじっと見つめた。本物に見える。ただの高校生が、金属の真偽を見極められるはずもないのだが、駄菓子屋やスーパー等に売っている玩具おもちゃで無いことは分かった。

「こんなこと、どうやって……」

 思わずつぶやくと、アユはくすくすと笑って言った。

「あなたにも出来るわ。そうね、地面に両手を合わせてみて」

 とんとんと、アユは石の床を軽く叩く。戸惑いながらも、真広は床に両手をついた。ひんやり冷たい。

「イメージするの。あなたと、触れている石は繋がっている。石の動脈が、あなたの中にも流れている。あなたは石と一心同一の存在であり、石そのもののように動くことが出来る――」

 言葉通りに、真広はイメージを繰り返した。何度も繰り返して、かたかたと両腕が震えだす。それは石と同一になったからではない。

「……どうした?」

 後ろで見ていたサラが、真広の様子に首を傾げた。真広は力なく首をふって、石床から手を離す。

「俺には、できません」

 当たり前だ。自分はおそらく、この世界の人間ではないのだから。

 気まずそうに俯く真広の上から、再びアユの優しい声が降ってくる。

「大丈夫よ。私も、少し急だったとは思うもの。……サラ、外はどうだった? 何も無かったかしら」

「……この少年と出会った以外には、何も」

「そう、よかった」

 アユはほっとしたように息をはく。その後、真広を見た。

「マヒロくん。あなたは何処から来たのかしら。ヒトを見たのは初めてなんて言うから、みやこじゃ無いことは確かだけれど……」

「えっと……」

 暫く逡巡した後、真広は意を決して言った。

「日本の、白湯川さゆがわ市って所からです」

「サユガワ?」

 こてんと首を傾げたアユの様子に、真広は肩をすくめる。

(やっぱり、分からないよな……)

 しかし、それに反応したのはサラの方だった。

「北にある、辺境の国だな。あそこは何度か顔を出したこともある。おそらく、此処へ逃げ込むプログラムでも仕込まれていたんだろう」

「え!? い、いや、あの」

 話が進んだことに驚いて、真広は慌てて後ろを振り返る。

 サラは何がおかしいのかと、顔をしかめていた。

「あの、日本ですよ? 日本の白湯川……」

「ああ、ニホンのサユガワだろう。分かったから繰り返さなくていいぞ」

 日本の白湯川。おそらく別世界であろうこの場所で、同じ国の同じ市名があるなどとは信じがたい。ぱくぱくと口を開閉していると、サラが言った。

「ようこそ、ニホンの少年よ。ここは赤錆の国、全ての鉱物が錆びるようにプログラムされている、役立たずの為のゴミ箱さ」

 床に落ちたままの貴金属は、輝きも失い気付けば錆だらけになっていた。

 


 赤錆の国。

 それは通称で、決まった国名は無い。

 ただ居場所を無くした者たちが、ここに辿りつくのだという。

「都から追い出されたもの、ただ自堕落になりたい者——まあ理由はともかく、ここには善か悪かを判断する為の倫理観は存在しない。どんな凶悪犯罪者と出会っても、生きるか死ぬかは自分でしか決められない」

 サラが淡々と説明していく中で、真広は顔を蒼白に染めていく。とんでもなく物騒な国じゃないか!

「お、おれ、これからどうしたら……」

「なんだ。びびったのか、臆病者だな」

「そりゃあ! 死ぬかもしれないんですよ!?」

「……だから、どうした?」

 どうも、お互いの価値観が合っていない。真広がさらに声を荒げようとした時だった。

「まあまあ、サラ、普通はみんな怖いと感じるものよ。マヒロくん、大丈夫。凶悪な犯罪者なんて滅多にいないわ。現に、私達と出会うまで、マヒロくんは誰とも会わなかったでしょう?」

「そ、それは確かに……」

「居場所が無いからって、わざわざここに来る人も実は少ないのよ。私たちの他に、あと何人いたかしら? 指で数えられる事は覚えているけれど」

「……六人だ」

 サラが答える。

「ふふ、ねえ、とても少ないでしょう?」

 アユの朗らかな笑みに、真広はほっと胸をなでおろした。だけど、今の状況はけして好転しているわけでは無い。再び気を引き締めて、アユに聞いた。

「あの、アユさん。おれ、これからどうしたら良いんでしょうか」

「うーん。身の安全を保障するだけなら、都に行くのがいいわね」

「みやこ?」

「そう。滅多なことをしなければ、早々追い出されない。能力の使い方もちゃんと教えてもらえるし、仕事だって豊富にあるの」

 サラが真広の肩を叩く。

「外はまだ明るい。今から行けば、二日で着く」

「ふ、ふつか?」

「やあね、サラ。今日くらい泊まってもらえばいいのに」

 急ぎ過ぎだとアユは言うが、それよりも二日もかかるのかと真広は驚いた。もしかして徒歩で行くのだろうか。自慢じゃないが、帰宅部だった足腰の弱さには自信がある。

「私達のテリトリーに余計なヒトがいることは喜ばしいことではない。……お前が一番知っているだろう」

「そうだけど……ごめんね、マヒロくん。もう少しお話したかったけれど、せっかちな妹がいるものだから」

「……いや、私は気長な方だと思うが……」

 ぽつりと対抗した台詞に、「そんな所が短気なのよ?」と反論されながら、サラは口先を尖らして外に出て行ってしまった。

「サラが都まで送ってくれるから。じゃあね、マヒロくん」

「は、はい。ありがとうございました」

 真広も外に出る。振り返ると、開け放たれた引き戸の奥で、陽光に照らされたアユは綺麗な笑みを浮かべていた。長い黒髪が、うすく靡いている。

 しばらくそれに見惚れたあと、一度会釈をして背を向けた。

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針と糸、赤錆の国 発条 @clockwork

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