071. 二人の闘い

 火口の霊力溜まりに貯えられていた力は、相当な量だったらしい。

 これまでにも脈破で潰した霊脈は多いが、一時間経って尚、激しく輝く光の筒が立ち上がっていた。

 カルデラの外から、蒼一は霊力の放出を眺める。


「まだ、霊脈潰しを優先した方がよさそうだな……」


 陽炎で力の流れを探ってみても、この火山跡一帯の全てが反応対象だ。どこを指すわけでもない剣先は、ただ微妙に揺れるのみ。


 なら片っ端から破壊するだけだと、彼は脈破をデタラメに撃ちつつ、石竜の居場所へ向かった。

 蒼一の歩いた道筋に沿って、次々と霊力の噴出が生まれて行く。

 この行動は自分の接近を告げる狼煙となり、カルデラの縁を下る時点で、竜は既に身構えていた。


「脈破っ……跳ねる!」


 ピョンピョンとバッタのように火口内を飛び回り、霊脈破壊を繰り返す勇者。

 竜とは距離を取り、彼はその後ろに回り込むように跳躍の軌道を調整した。

 バジリスクは中心から動かず、首だけを回して、勇者の破壊活動を見守る。その視線を外すことなく、竜は背中を丸めた。


「来たか! 百花繚乱っ」


 霊力ブーストした多量の抗魔の粉が、蒼一と石竜の間に散布される。しかし、石化光の量も尋常ではない。

 彼の真正面こそ、百花繚乱が粉の勢いを削ぐが、脇に逸れた赤い光は抗魔の防御圏外だ。

 石化の光粉が横手から軌道を曲げて、蒼一に襲い掛かる。


「跳ねるっ……空圧盤!」


 バックジャンプで後方に退避し、それでも追い縋る石化光を、スキルで吹き飛ばした。


「まだまだ元気だな、トカゲ野郎」

「逃げマスカ?」

「……いや、おちょくり足りねえ」


 どうやら石化は連射できないようで、次の噴出まで少し時間が空く。

 このタイミングを利用し、蒼一はギャンブルに出た。


「脈応っ」


 一瞬で彼の姿が消えたことに、石竜は苛立つ。また逃げられた、そう考えたからだが、勇者が出現したのは竜の後方だった。


「尻尾の先か……まあいいや。行くぞ、ロウ!」

「行くデス!」


 転移先の霊脈もしっかり破壊してから、彼は尻尾に向かって走り出す。

 尾の先端に向かい、盾のエッジが振り上げられた。


「盾斬り!」

「グルォーッ!」


 尻尾を一メートルくらい斬り飛ばしただけでも、痛みはしっかりあるようだ。

 巨体を回して振り返るバジリスク。

 ピチピチと跳ねる尾先を抱え上げる蒼一は、怒る魔物と目が合った。


「怒んなよ。無駄にはしねえ」

「グアァァーッ!」

「霊鎖っ」


 今度こそ、勇者は火口から掻き消える。鬱陶しい敵の気配は、いくら竜が感覚を研ぎ澄ましても、周囲に感じられない。

 尻尾の痛みを塗り潰すかのように、バジリスクは傷も構わずに尾を振り回した。





 拠点に帰った蒼一は、ゴロンと収獲物を地面に転がす。


「おかえりなさい。トカゲ焼くの、少しだけ手伝ってもらえますか?」

「おうよ」


 雪に頼まれ、帰還早々に彼は調理作業に従事した。

 跳ねるバジリスクの尾を、ラバルが異様な目で見つめる。

 何か質問される前に、蒼一が戦闘経緯を説明した。


「炊事っ……ほんのちょっとだけど、ダメージには違いない。このまま切って縮めれば勝ちだけど、そう上手くは行かないだろうな」

「やはり、斬りかかる隙は少ないと?」

「いやあ、先端以外は太いんだよ。盾だと切り離せん」


 尻尾をマルーズとメイリが押さえ、雪が皮を剥いで行く。

 むき身の尾肉を勇者が焼くと、ようやく気味の悪い動きが止まった。


「トカゲ肉はどうだったんだ?」

「それがですね、意外にもいい味なんですよ」

「へえー」

「鶏のササミみたいで。スパイスがあれば、更に美味しくなるんですけどねえ」

「コショウとかか。そういうのは無いよな、この世界」


 あまりに雪が美味そうに食べるので、ハナも一切れ挑戦してみる。


「料理の腕だけは、認めざるを得ないわ。この甘いやつは絶品」

「トカゲ足の甘露煮ですね。目玉の甘味と相性がいいんです」

「……これ、ビホールの味なの?」


 材料を知って顔を歪めつつも、ハナは二切れ目を口に運ぶ。本当に美味いらしい。


「その調子で、どんどん食え。三回目行って来る」

「はーい。尻尾はテールシチューですかね」


 料理ビュッフェのようなベースを後にして、蒼一は夜の近づく荒野をまた一人進んだ。

 散々、霊脈破壊に励んだため、火口の光は拠点からでも判別できる。空を明らめるあの光が途絶えた時が、反撃のチャンスだ。


 ――それまでに、竜には消耗してもらわないとな。


 この夕焼けの中の戦いも、二回目と同じような流れで攻撃を応酬し合う。

 脈破で接近、百花繚乱と風系スキルで石化を防御。

 脈応で撹乱して、この戦闘では、竜の後ろ脚に傷を負わせる。


 霊鎖で戻って、雪の健啖ぶりを確認し、また出撃。

 四回目以降は、夜の闇に紛れての戦いだ。脈破で噴出する魔光が、街灯のように行く手を照らしてくれる。


 勇者が必ず北から現れることを学習したバジリスクは、五回目で戦法を変えてきた。

 彼が火口に向かって斜面を駆け降りる際に、いち早く迎撃の石化光が放れる。


 蒼一は空圧盤で赤い光を吹き飛ばすが、それまでより光の数が少ないことに、嫌な予感がした。

 案の定、余力を残していた石竜は次弾を短い間隔で噴射したため、竜に接近するのを途中で諦めて彼は後方に跳ね下がった。


「ちまちま斬られてキレたか? 百花繚乱!」


 勇者を守る抗魔のベールが、七色に輝いて展開される。

 対して竜の赤光は無数の筋を形作り、四方八方へと飛び散った。ランダムに細かく軌道を修正しつつ、複雑に編まれる石化光の網。

 ある筋は上方へ、またある光は左右に分かれ、勇者を捉えようと進行方向を変える。

 夜空を飛び交う魔の蛍は、ほとんどが抗魔を避けて火口中に広がった。


「くそっ、近づけねえ」


 こうなると、更に後方へと跳躍するしかない。

 二度ほど跳ねながら、彼は空圧盤で赤い蛍火を押し戻す。

 仕切り直しと体勢を整えたところで、遂に石竜が中心部から動き出した。


「グルルルルァッ!」

「速えーじゃん!」


 バジリスクのスピードは、蒼一の予想を遥かに上回っている。

 巨体とは思えない速度で走り寄り、彼の前で大きく口を開いた。


「口も使えるのかよ……」


 口腔内に発生する赤い光は、背中から噴き出す物と同じに見える。だが、その光点の数は桁が違う。


 これこそがバジリスクの本気の攻撃、石化ブレスだ。

 獲物を仕留めるまで飛び続ける赤い光が、脆弱な魔法防御なぞものともせずに降り懸かる。

 終焉の平原を訪れた有象無象は、こいつにトドメを刺されたのだった。


「霊鎖ぁっ!」

「グルァーッ!」


 間一髪、転移で拠点へ退却する蒼一。仲間が毎度のように出迎えてくれたが、まだ安心するのは早い。


「おいおいおい」


 火口際で発射された石化ブレスが、雲霞を成してカルデラから溢れる。その光は、ベースキャンプからでもはっきり見えた。

 赤い光の津波は、すぐにグニャリと方向を曲げ、一キロ近く離れた蒼一を目指す。


「ハナ、魔法防御を手伝ってくれ!」

「任せて!」


 光が到達するまでの時間、蒼一は百花繚乱を、ハナはその打ち消し効果を上回る数で障壁魔法をひたすら連打した。

 火口が見えなくなる程の魔光と壁が、拠点の前方を埋め尽くす。


 石化粉は勢いを落とすことなく、蒼一たちのいる場所へと到着した。繚乱の抗魔ベールが、赤い光と激しく反応を繰り返す。


「押し切られたら負けだ!」

「私たちは何をすれば?」

「雪は必死で食え!」


 百花繚乱は、蒼一の持つスキルの中でも、飛び切り燃費の悪い能力だった。

 これでもかという連続発動で、やや飽食していた女神の食欲が復活する。


「私……んもんも……食べて……んぐっ」

「喋るな、食え! 百花繚乱!」

「メイリも手伝うよ!」

「お前は食わんでいい!」


 蒼一とハナの奮闘に、マルーズも弱いながら、水の防壁で加勢した。

 残念ながら、メイリとラバルは見守るしか出来ない。マーくんも、不安そうに周囲を点滅する光の粉を見回す。


 このいつまで続くかと思われた防衛戦も、やがて抗魔反応が消えることで、終結したと知れた。

 ストップウォッチがあれば計測できただろう、その時間は計十八分。

 魔竜の異常な強さに、蒼一と雪以外の皆の表情が強張る。


「クピクピー……」

「まったくクピクピだな。そりゃみんな石になるわ」


 ムシャムシャと肉を噛み続ける女神に、めげた様子のない勇者。二人に向かい、ハナが不安を訴える。


「この攻撃を何度もされたら、その内やられるわよ」

「心配し過ぎだ。火口を見てみろよ」


 暗い夜空に浮かび上がる、黒いカルデラ。石化光も消え、山の輪郭は見づらい。


「何も無いわ……?」

「そうだ、消えたんだよ。少なくとも、もう今は火口に霊脈が無い」

「クチャクチャ」


 雪も咀嚼で肯定する。

 半日で霊脈を破壊できたなら上出来だ。


 ――あんな馬鹿げたブレス、何度も撃たれてたまるか。


 完全に石化を封じたわけではないだろうが、ボチボチ敵も弱るはず。

 蒼一の戦いは、ここからである。

 雪の夕食も、ここからが本番だった。





 六回目の徒歩行。

 慣れた斜面の経路を、蒼一は途中で変更する。

 待ち構える石竜を警戒して直線ルートは止め、東に回り込んでから火口の様子を窺うことにした。


「痛っ、イタタタ……毒反転っ」


 腹痛の理由は、言わずもがな。雪が何か毒を食ったからだ。

 彼には知る由も無いが、単調な味に飽きた雪は、苔をスパイス代わりに振り掛けて食べていた。

 石トカゲの毒苔焼きは、ピリ辛の刺激が堪らないそうだ。


 ハナの回復魔法も万能ではなく、拠点メンバーにも疲労が蓄積した者が現れる。

 マルーズとラバル、それにメイリの三人は、仮眠を取って休むことにした。

 マーくんも適度な運動に満足して、馬と一緒に本格的にクピ寝してしまった。


 警戒役のハナは、適当に食事を続ける雪へ回復を施す。

 これを怠ると、蒼一へダメージが行く。主に酷使された顎の筋肉疲労によるものだ。


「しっかし、よく食べるわね」

「ハナさんは、食べなかったんですか?」

「そりゃ食べて回復もしたけど……トムスは、魔力を大量に使うのを遠慮してたんだと思う」

「大事にされてたんですねえ」


 大事に、というのは間違っていない。その通りなものの、雪たちを見ていると、違うパートナーの在り方も好ましく思える。


 ――トムスが見つかったら、説教してやるんだから。二百年分は長いわよ。


 自分の希望を叶えてくれることを願い、ハナは十八番目が進む遠くの火山痕を眺めた。

 雪は食べ続けた。

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